■魔女の唄、キミの夢■
千秋志庵 |
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【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】 |
魔女――そう呼ばれる少女は、闇を纏った世界で唄を奏でていた。
哀しい旋律を、時に表情へ僅かに感情を滲ませながら。
願ってもいない力を愛で、
望んでいない死を受け入れるために。
「来た、のね」
求めるのは、自分を壊す相手。
欠片もなく、存在を消してくれる存在。
その力を計るために、殺し続けるだけの存在。
魔女は、人から嫌われるだけの存在なのだから。
――でも私は、どうしてそう思うようになったのだろう。
ただの殺人者、通り魔と成り果ててもそう思う理由を、少女は知らない。
都市伝説の一つでもない、少女の噂。
唄う魔女の夢を見る、一人の少年。
少年は或る日、少しだけ行動を起こすことになる。
一つ、少女の願いを叶えることを。
一つ、少女をこの世界に留めておくことを。
そのいずれかを、選択するために。
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魔女の唄、キミの夢
――初めまして。
その挨拶の仕方に、どことなく違和感を憶える。「初めまして」ではなく「お久し振り」ではないのかと、そんなことを思いながらも、目の前の少女の前で少年は軽く頭を下げた。
――お久し振りです。
対する少年の挨拶は、ぎこちなくも場に最も適していたものであった。
何せ、少女は少年の存在を知っているだけで会ったことはないし、少年は夢の中で何度も少女に対峙していたのだから。
それからはどちらともなく、声を掛けることなく立ち竦み。
声を失って。
言葉を逃して。
凍るような、それでもどこか温かみのある空気を破ったのは、阿佐人悠輔だった。
少年に頼まれて、人殺しを続ける少女を救うという依頼。
夢の中で少女が少年に語るのは生の悲劇でもなく、死の悦楽でもなく。
語るのは、この世界そのものから消えてしまいたいという願望。
叶えたいから協力してほしいという少年に、悠輔は二つ返事で了承した。
可能性として思うのは、少年の望むのは少女がこの世界に在り続けるということ。
一抹の希望を抱き、少女が夜な夜な殺戮を繰り返す場所へと足を向ける。
一目で少女は少年が毎日夢で語り掛けている相手だと。
一目で少年は少女が毎日夢で語り掛けられている相手だと。
そう、理解した。
そして、あまりにも奇妙な挨拶が交わされる。ちぐはぐで全く噛み合わない挨拶だった。
「それで、どうするんだこれから？」
「どうするって、どういうこと？」
問いが可笑しいのか、少女は愉しそうに首を捻った。合唱だったら女子の高音域を務めそうな声がころころと音を出して笑う。
「人間、死ぬときは死ぬものよ」
「殺してもらいたがる人間の台詞じゃないな」
「別に無差別に殺してもらう訳じゃないわ。正々堂々と真剣に殺し合って、その結果としてこの身が滅ぶのを望んでいるだけ」
「死ぬときは死ぬと言うなら、敢えてそういう道を選ぶ気持ちが理解出来ない」
「理解を主たる目的とはしていないから仕方ないわ」
「殺されることを第一に、か？」
「まあ、そんなとこ。私は簡単には死なない。だから、その生に意味を与える……そんなとこ、かな」
コンクリートの地面にぺたりと座り込み、二人にも座るように目で合図する。悠輔と少年は一瞬だけ顔を見合わせた後、地面を少し払うようにして腰を下ろした。
「それでも俺は、死ぬことが救いや幸せなんて、そんなこと絶対に認めたくはない」
「だから抗うの？」
「ああ。出来ること全てを、納得するまでやり遂げるには」
奇異なものを見るような目で悠輔を見ていた少女は、ふいに問の矛を少年へと向けた。
「それなら『初めまして』で『お久し振り』は、どうして私に会いに来たの？」
それまでは静かに二人のやり取りを見守っていたが、少女の真っ直ぐな目に小さく溜息を漏らした。真実も偽りも彼の中にはない。理由も意味も、所有していない。
「理由がなければいけませんか？」
だから少年の正直な答えに、少女は首を横に振って否定した。
「理由があれば良いというものでもないわ」
「理由があれば、誰か他人を納得させることは出来るけどな」
「うん。それでも自分の衝動は抑えられないけどね」
「それが殺人衝動なのか？」
「正しくは、殺害されたい衝動」
長い長い言葉のやり取りの合間に、時折他愛のない話題が混じる。
明日の天気のこと。
近所の猫のこと。
好きなモノのこと。
嫌いなモノのこと。
話題が逸れることを誰も咎めはせず、話題に少女は時折笑みを見せた。
「そういう顔、出来るんだな」
「へ」と呆気に取られた顔をして、少女は自分の顔を指差し、それからどこからか取り出した鏡でまじまじと見始めた。
「変なとこはない、と思うけど」
「そういう意味じゃなくて――ちゃんと笑えるんだなって」
「失礼な。一応そういう機能は付いてます、ロボットじゃないんだから」
「そうだよ。夢の中でも、笑ってた」
「泣いてた、んじゃなくて」
「それでも、笑ってた」
「……まあ、歌うことは嫌いじゃないから」
それからすくっと立ち上がり、少女は闇の中へと足を向けようとする。帰るのか、消えるのか。その背に悠輔は慌てて声を掛ける。
「俺は納得してないぞ、全っ然」
「だろうね」
「なら納得するまで死なせはしない……」
「それも悪くないけど、殺せない相手に付き合うことは出来ないわ」
「何でだ？」
「殺せないなら、一緒にいられない。自分ルールってやつでね、例外は認められないの」
「だったら、これから認めようとすればいい」
「行動を起こすに遅いことなんてないけど、認識するには遅いことが幾つもある。それが、これ」
言って、少女は俄かに闇に消えた。残された二人は立ち上がることも出来ず、冷たい人工的な地面の上にただ呆然と座っていることしか出来ない。
「多分、ね」
訥々と呟くように言葉を発しながら、少年は顔を悠輔に向ける。
「多分、これが最善なんだと思います、僕は」
「おまえも俺も納得してないのに？」
「でも誰も今日は死んでないです」
確かにな、と悠輔は頷く。それまでは殆ど毎日のように人が闇に吸い込まれては殺されるという行為が続いていたが、確かにその日は何も起こっていなかった。
「だからと言って、毎日ここに通うのはごめんだぞ、俺は」
「それなら、僕が通えばいい話。ですよね？」
ほんの少しだけ、ただ頼るだけだった少年が、それこそほんの少しだけ頼もしく見えたことを嬉しく思いながら、悠輔は頷いた。誰も死なない方法の単純な証明を、結局は少年が為しえていた。
「最善と最高は異なる、か」
誰にともなく悠輔は呟く。
へたり込んでいたままの少年を起き上がらせ、それぞれの帰路に付く。
ただ綺麗な月の下で、少しずつ何かが変わろうとしていることが、心のどこかを僅かにではあったが軽くさせていた。
【ＥＮＤ】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【５９７３／阿佐人悠輔／男性／１７歳／高校生】
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■ ライター通信 ■
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お久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
少女と少年の邂逅の物語です。
互いの名前は知らなくても、信頼出来る何かが彼らの間にはある。
だから、
「初めまして」
で、
「お久し振り」
ではなかったのか。
そのようなことを思いながら書かせていただきました。
最初のやり取りが一番気に入っています、実は。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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