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■特攻姫〜お手伝い致しましょう〜■

笠城夢斗
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
 ぽかぽかと暖かい陽気の昼下がり。
 広い庭を見渡せるテラスで、白いテーブルにレモンティーを置き。
 白いチェアに座ってため息をついている少女がひとり――
 白と赤が入り混じった不思議な色合いの髪を珍しく上にまとめ、白いワンピースを着ている。輝く宝石のような瞳は左右色違いの緑と青。
 葛織紫鶴(くずおりしづる)。御年十三歳の、名門葛織家時期当主である。
 が、あいにくと彼女に、「お嬢様らしさ」を求めることは……できない。

「竜矢(りゅうし)……」
 白いテーブルに両肘をついて、ため息とともに紫鶴は世話役の名を呼んだ。
 世話役たる青年、如月(きさらぎ)竜矢は、紫鶴と同じテーブルで、向かい側に座って本を読んでいた。
「竜矢」
 再度呼ばれ、顔をあげる。
「はあ」
「私はな、竜矢」
 紫鶴は真剣な顔で、竜矢を見つめた。
「人の役に立ちたい」

 ――竜矢はおもむろに立ち上がり、どこからか傘を持ってきた。
 そして、なぜかぱっとひらいて自分と紫鶴が入れるようにさした。
「……何をやっているんだ? 竜矢」
「いえ。きっと大雨でも降るのだろうと」
「どういう意味だっ!?」
「まあそのままの意味で」
 役に立ちたいと言って何が悪いっ!――紫鶴は頬を真っ赤に染めてテーブルを叩いた。レモンティーが今にもこぼれそうなほどに揺れた。
「突然、いったい何なんですか」
 竜矢は呆れたようにまだ幼さの残る姫を見る。
 紫鶴は、真剣そのものだった。
「私はこの別荘に閉じ込められてかれこれ十三年……! おまけに得意の剣舞は魔寄せの力を持っているとくる! お前たち世話役に世話をかけっぱなしで、別に平気で『お嬢様』してるわけではないっ!」
 それを聞いて、竜矢はほんの少し優しく微笑んだ。
「……分かりました」
 では、こんなのはどうですか――と、竜矢はひとつ提案した。
「あなたの剣舞で、人様の役に立つんです」
「魔寄せの舞が何の役に立つ!」
「ずばり魔を寄せるからですよ」
 知っているでしょう、と竜矢は淡々と言った。
「世の中には退魔関係の方々がたくさんいらっしゃる。その方々の、実践訓練にできるじゃないですか」
 紫鶴は目を見張り――
 そして、その色違いの両眼を輝かせた。
「誰か、必要としてくれるだろうか!?」
「さがしてみますよ」
 竜矢は優しくそう言った。
特攻姫〜お手伝い致しましょう〜

 ある日のこと。葛織紫鶴の元を、黒冥月が訪れた。
「話を聞いてやってきたんだがな」
「話?」
 きょとんと紫鶴が聞き返すと、冥月は大げさなしぐさで肩をすくめ、
「紫鶴の剣舞で魔を呼んでくれるのだろう?」

 それは紫鶴の世話役、如月竜矢が提案したこと――
 退魔の家系の次代当主紫鶴は、弱冠十三歳にしてその強い『魔寄せ』能力から、別荘地に閉じ込められた。
 彼女の特技は『剣舞』。強い魔寄せの能力がある舞である。
 こんなものが何の役に立つかと苛立っていた紫鶴に、竜矢が言ったこと。それは、

 あえて魔を寄せ、修業の場を求めている人々の役に立つこと――

「仕事辞めてから鈍り気味だからな。紫鶴に頑張ってもらおう」
 と冥月は紫鶴の頭をぽんと叩いた。
「ただし私は多少腕に覚えがある。本気でやってくれよ」
「ミ、冥月殿。今日は満月でとても危険――」
「それぐらいでなくてはやり甲斐がない」
「では昼! 昼間がいいな!」
 焦って言う紫鶴に、冥月はにやりと笑って、
「夜だ。真夜中で頼むぞ」
 ときっぱり言い切った。

 紫鶴の力は月に影響される。
 ――満月では最高潮だ。まして夜には。

「だ、大丈夫だろうか……」
 紫鶴は真剣に心配していた。満月の夜に呼び出す魔は紫鶴にも予測がつかない。
「まだ十三歳に心配されるほどおちぶれてはいないぞ」
 冥月は笑いながら、紫鶴の髪をなでた。
「いいから、安心して舞ってみせろ」
「―――」

 世話役・竜矢の作る結界の中で、紫鶴は舞を始める。
 地に片膝をつき、精神力で生み出した二本の剣を下向きにクロスさせて。
 ――手首につけた鈴が、しゃらんと鳴った。
 しゃん
 紫鶴は立ち上がる。
 しゃん
 しゃん……

「勢いがないな」
 冥月は紫鶴の舞を見て一言そう言った。そして、
「おい竜矢。茶を一杯頼む」
「は?」
 自らにも結界を張っていた竜矢が、ぽかんと口を開ける。
 冥月は暗闇の中からぽんとテーブルと椅子を生み出し、そこに腰かけた。
 冥月の能力は、影を始めとする『闇』を操ること――
 さらには本まで影の中から取り出し、高く足を組んで読み始めた。
「何をしてるんです? 姫が舞っている最中に」
 竜矢が不審そうに眉をひそめる。
「気にするな」
 冥月はそっけなくその言葉を一蹴した。

 やがて――
 どろりと、地面から泥の塊のような人型の『魔』が大量に現れた。
 そして、その場で唯一結界に護られていない冥月に一斉に襲いかかる。
「冥月殿――!」
 どこか遠慮がちな舞を続けながら、紫鶴が声をあげる――

 が。

 地面は、暗闇。影ばかり。
 地面から突如飛び出した刺が、冥月に襲いかかろうとしていた『魔』たちを串刺しにした。
 瞬殺――

「ミ、冥月さん……」
 屋敷からお茶を持ってきた竜矢が、引きつった顔になる。
 冥月は身動きひとつせず、本から目を離してさえいなかった。
「どうした、この程度か? 紫鶴」
 ぺらりと本をめくりながら冥月はそっけなく言う。
「―――」
 紫鶴ははっと我に返った。そして、
「ミ、冥月殿には遠慮はいらぬのだったな――」
 慌てて止まりかけていた舞を再開した。

 しゃん
 しゃん
 しゃん しゃん しゃん

 勢いが戻ってくる。鈴の音が、暗闇の空気を震わせる。

 しゃん しゃしゃしゃしゃん

 今までの分を取り返すかのように、紫鶴は舞った。
 そして呼び込まれたのは――

 庭を埋め尽くすほどの、『魔』。
 雑多だった。翼持つもの、地面にはいつくばっているもの、まとめて闇の中からざっと生まれ、月明かりを浴びながら冥月に襲いかかった。
 しかし――
 地面から生まれた刺は、一匹残らずそれをしとめてしまった。
「お、いい紅茶だ」
 冥月は竜矢が渡した紅茶を一口飲み、そんなことをのたまった。
「そりゃどうも……」
 竜矢は呆れた様子で冥月を見る。
 紫鶴はいよいよ力をこめて舞い始めた。
 冥月は変わらず本を読みながら、
「おかわり」
 と傍らに立つ竜矢にティーカップを差し出した。
 その冥月を次々と襲うは月明かりを浴びた『魔』たち――
 それを一目も見もせずに、
「紅茶はちゃんとセイロンの葉を使ってるな? よし、認めてやる」
 などと冥月は竜矢に言い、ただ地面から生えた刺だけが『魔』を串刺しにする。
 生まれる『魔』が、だんだんとはっきり形となってきた。
 オオカミ、ゾウ、イノシシにトラ、ライオン熊果てにはマンモスまで――
「ああ、かわいそうに」
 冥月は初めて『魔』に目をやった。
「殺しがたいな。しかし――」

 ざくっ

 ――刺の瞬殺。
 冥月は欠伸をした。
「次はなんだ? 紫鶴」
 紫鶴は舞った。必死に舞った。
 吸血鬼、オオカミ男、ミイラ男にフランケンシュタイン……だんだんホラーになってくる。
「ん? そうか、私が今ホラー小説を読んでいるせいか?」
 言いながら冥月は敵を見た。面白そうに。
「一撃で倒すのはもったいないな。だが――」

 ざくっ

 ――刺の瞬殺。
「ああ、今私は面白い小説の主人公を殺してしまったな」
 冥月は嘆くように空を仰いだ。
 満天の星空、満月の夜――
「――小説の中ではもっと手ごたえがあるのだが」
 意地悪な言葉が紫鶴の耳に届く。
 紫鶴はやっきになった。舞って舞って舞い続けた。
 現れる魔物がデーモンになり、やがてソロモン七十二柱へと変わる。
 伝説の男ソロモン王。それが封印し、あるいは使役したと伝えられている七十二体の悪魔――
 まずは十体。しかしあっさりと冥月の串刺しの前に消え去った。
「ソロモンも意外と弱いものを相手にしたのだな……」
 冥月はつぶやいた。
「紫鶴ー。面白いからもっと伝説上の魔物呼んでくれ」
「……っ……っ……っ」
 紫鶴は汗だくになりながら舞いを続ける。
 ソロモン七十二柱の、十五体が舞い降りた。
 それさえも、苦もなく冥月はしとめてしまった。
 残りも――一体何体現れたのか分からぬほど瞬殺で――冥月はソロモン七十二柱をつぶしてしまう。
「ふわあ……」
 彼女は大きくあくびをした。
「紫鶴……」
 紫鶴は汗だくで、舞を中断していた。
 そんな少女を一瞥して、
「……役に立たないな」
 冥月は言い放った。
 紫鶴の心の中で、何かが弾けた。

 舞が再開される。
 それまでとはたしかに何かが違う舞が。
 ひゅっ ひゅっ と剣が鋭く空を切る。
 しゃん しゃしゃん
 しゃん!

 鈴の音が空気を震わせる。まるで怯えさせるかのように。
 呼応するかのように――
 突然、月が雲に隠れた。

 ぴしゃっ

 ごろごろ……ドガァァァン!!!

 破裂するような雷の音――

 雨が降り出した。急激な雨が。
 土砂降りの雨に、竜矢が慌てて紫鶴をかばいにいく。
 だが紫鶴は、駆けて来た竜矢を無視して一点を見つめていた。
 冥月と同じ一点を――

「雷神――ゼウス!」

 ――こんな存在を呼び寄せるのは、紫鶴も初めてだった。
 果たして『魔』なのか――
 否、

「『魔』だな……気配がおかしい。こいつは本物の雷神ではないだろう――当然だろうが」
 冥月はちろりと赤い舌を見せて、舌なめずりをした。
「しかし大きさと能力は今までとはケタ違いだ――」
 にやり、と不敵な笑みをひとつ。
「こういうのを待っていた」
「冥月殿!」
 紫鶴が叫ぶ。
 ゼウスが、持っていた杖をふりかざした。
 冥月は横に飛んだ。

 ピシャアァァァン……!!

 冥月の一瞬前いた場所――テーブルと椅子が雷で破壊された。
 地面の影から、鋭い刺が発生する。
 ゼウスは上空に飛んだ。すれすれのところで避けられる。
 再び杖を振りかざす――

 ドガッ ヴァガアァアアアン!!!

 土をえぐるような雷の一撃。冥月が生み出した刺が破壊された。
「なかなかやるじゃないか」
 冥月はぺろりと指先をなめる。
「でも――まだまだ甘いな!」
 ひゅんっ――
 影から縄が伸びる。
 長い長い縄。あっという間に伸びて、ゼウスの体にからみついた。
 縄はそのまま、ゼウスの体を地面へと落下させる。
 そこに――

「終わりだ」

 太い刺が一本、ゼウスの体を待っていた。

     **********

 雲が晴れ、満月と星が戻ってくる。
「よく頑張ったな」
 冥月は紫鶴の汗だくの髪を、丁寧に整えながら撫でた。
「私も楽しかった。紫鶴の舞は綺麗だしな」
「え?」
 紫鶴がきょとんとした声を出す。
 ――冥月はずっと本を読んでいて、舞など見ていなかったはずで――
 冥月はいたずらっぽく微笑み、
「あんまり素直に、人の挑発には乗らないことだ、紫鶴。いざというとき危険だぞ」
「え……あ……」
「しかし雷神ゼウスまで呼ぶとはな。紫鶴もレベルアップしたものじゃないか」
 紫鶴の髪を撫でながら、冥月は楽しそうにそう言った。
「私も紫鶴もレベルアップで万々歳だ。なあ?」
「わ、私は――」
 紫鶴は不安げに冥月を見上げた。
「冥月殿の……役に……立てたのだろう……か……」
 冥月はその紅唇に、笑みを浮かべた。
「もちろん」
 紫鶴の顔に満面の笑みが広がっていく――
 冥月は空を見上げる。
 満月の夜。満天の星。
 一番輝くのは、少女の笑顔。

(こんな夜も悪くないな……)
 輝くものに囲まれて、冥月はそんなことを思った。
 戦いの後のこんな爽快な気分。それとともに心地よく。
(そうだ、悪くない……)
 ――かつての仕事を辞めてから、心穏やかな日々が増えた。
 そんな一日に、今日を入れても悪くない。
 そう、悪くない――

 長い長い夜が、もうすぐ明ける。
 輝く笑顔を持った少女とともに、冥月は朝日を迎えた。
 これ以上なく、爽やかな気分のまま――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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黒冥月様
こんにちは、いつもありがとうございます。笠城夢斗です。
今回はこちらのゲームノベルにご参加頂き、ありがとうございました。
瞬殺してしまう冥月さんのお話は苦労しましたwどんな敵ならお気に召すだろうかと考えたあげく訳の分からん敵が出てきてしまいましたw失礼致しました。
よろしければ、またお会いできますよう……