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■特攻姫〜お手伝い致しましょう〜■

笠城夢斗
【4551】【佐倉・美春】【無職】
 ぽかぽかと暖かい陽気の昼下がり。
 広い庭を見渡せるテラスで、白いテーブルにレモンティーを置き。
 白いチェアに座ってため息をついている少女がひとり――
 白と赤が入り混じった不思議な色合いの髪を珍しく上にまとめ、白いワンピースを着ている。輝く宝石のような瞳は左右色違いの緑と青。
 葛織紫鶴(くずおりしづる)。御年十三歳の、名門葛織家時期当主である。
 が、あいにくと彼女に、「お嬢様らしさ」を求めることは……できない。

「竜矢(りゅうし)……」
 白いテーブルに両肘をついて、ため息とともに紫鶴は世話役の名を呼んだ。
 世話役たる青年、如月(きさらぎ)竜矢は、紫鶴と同じテーブルで、向かい側に座って本を読んでいた。
「竜矢」
 再度呼ばれ、顔をあげる。
「はあ」
「私はな、竜矢」
 紫鶴は真剣な顔で、竜矢を見つめた。
「人の役に立ちたい」

 ――竜矢はおもむろに立ち上がり、どこからか傘を持ってきた。
 そして、なぜかぱっとひらいて自分と紫鶴が入れるようにさした。
「……何をやっているんだ? 竜矢」
「いえ。きっと大雨でも降るのだろうと」
「どういう意味だっ!?」
「まあそのままの意味で」
 役に立ちたいと言って何が悪いっ!――紫鶴は頬を真っ赤に染めてテーブルを叩いた。レモンティーが今にもこぼれそうなほどに揺れた。
「突然、いったい何なんですか」
 竜矢は呆れたようにまだ幼さの残る姫を見る。
 紫鶴は、真剣そのものだった。
「私はこの別荘に閉じ込められてかれこれ十三年……! おまけに得意の剣舞は魔寄せの力を持っているとくる! お前たち世話役に世話をかけっぱなしで、別に平気で『お嬢様』してるわけではないっ!」
 それを聞いて、竜矢はほんの少し優しく微笑んだ。
「……分かりました」
 では、こんなのはどうですか――と、竜矢はひとつ提案した。
「あなたの剣舞で、人様の役に立つんです」
「魔寄せの舞が何の役に立つ!」
「ずばり魔を寄せるからですよ」
 知っているでしょう、と竜矢は淡々と言った。
「世の中には退魔関係の方々がたくさんいらっしゃる。その方々の、実践訓練にできるじゃないですか」
 紫鶴は目を見張り――
 そして、その色違いの両眼を輝かせた。
「誰か、必要としてくれるだろうか!?」
「さがしてみますよ」
 竜矢は優しくそう言った。
特攻姫〜お手伝い致しましょう〜

 葛織[くずおり]家の別荘に、ひとりの女性がやってきた。
 佐倉美春[さくら・みはる]。そっけなく名前だけを告げた彼女は、葛織家の少女紫鶴[しづる]に向かって、
「実践訓練をさせてくれると聞いたのだけれど。で、どうやってやるの」
 とさっさと本題に入りだした。

 退魔の名門葛織家――
 その次代当主と目されているのは、現在弱冠十三歳の少女である。
 葛織紫鶴。彼女は「魔寄せ」の能力が強すぎて、生まれてすぐに結界の張ってある別荘地へと閉じ込められた。数人のメイドと、たったひとりの世話役とともに。
 彼女は世話役の如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]に言った。
 人の役に立ちたい――
 竜矢は答えた。ならば得意の「魔寄せの剣舞」を舞えばいいと。
 魔との戦いの訓練をしたがる人間はいくらでもいる。そういう人たちのために舞いなさい――と。

「美春殿は……退魔師なのか?」
 紫鶴は不思議そうに訊いた。
 美春から感じられる気配が、とても不思議な――普通の人間とは違うようなものだったから。
 美春はそっけなく、
「私のことを説明する義理はないわ。――昼か夜かを指定しろとのことね」
 ――紫鶴の剣舞は月に影響する。
 ゆえに、月の力の強い夜のほうが……その「魔寄せ」の力は強い。
「夜にするわ」
 美春は言った。
「危険だぞ?」
 紫鶴は心配そうに言う。「怪我を、しなければよいが……」
「危険なのは承知よ。でも、こうでもしないと普通の修練では遅すぎるの」
 美春は決然とした光を瞳に宿し、空を見た。
 もうすぐで陽の落ちる時間だった。

 やがて――夜がやってくる――

 紫鶴は、竜矢の張った結界の中で、二本の精神力で生み出す剣を手に取った。
 地に片膝をつく。二本の剣の刃を下向きにクロスさせる。
 顔は少しうつむき気味に――彼女の赤と白の不思議な色合いの長い髪が、さらりと流れて幼い横顔を隠した。
 しゃん
 手首につけた鈴が、鋭く夜闇を震わす。
 ひゅっ
 紫鶴は剣を振り上げ、立ち上がった。
 しゃん しゃん しゃん
 そして、剣舞が始まる――

 美春はその手に日本刀の形をした魔剣を生み出していた。
 そして近くにいた竜矢に言った。
「余計な手出しは無用よ。私一人でやるから」
「了解しました」
 竜矢が軽く手をあげる。
 美春は注意深く月明かりのみの庭を見渡す。
 ぐるるるる……
 獣のうなり声が聞こえて、はっと振り向いた。
 暗闇の中から、黒い犬が躍りかかってきた。
 美春はさっと剣を横薙ぎに振るう。狙いたがわず黒犬を切り裂く。
 剣を振るうと同時に、美春は後ろへとさがっていた。
 と、
 ごえあぁあぁああああ
 何とも耳障りなうなり声が背後から聞こえて、美春は振り向いた。
 地面から――
 泥人形が姿を現す――

 ざん!

 魔剣の一振りで泥人形の首を飛ばし、美春は叫んだ。
「この程度の魔物では足りないのよ!」
 しゃん
 答えるように、鋭く刃と刃のこすれあう音がした。
 紫鶴の舞がいよいよ勢いを増していく。
 黒犬が大量に発生した。背後からは泥人形も。
 美春の魔剣の一振りで、大方の『魔』は消えていく。
 切っては一歩さがり、また一歩踏み込んで魔剣を振りかざしては一歩さがり。
 ヒットアンドアウェイに忠実に、美春は細かい『魔』たちを消していった。
 やがて『魔』の姿が変わっていく。ひらりとした幽霊のような薄く透き通った人間――
 それが大量に発生して一斉に美春に襲いかかる。
 美春は体ごと魔剣を一回転させた。
 魔剣の威力は絶大だった。襲いかかってくる幽霊すべてが消え去っていく。
 しかし一撃をふるったその直後に隙ができた。
 美春は腹に痛みを感じた。――幽霊が腹をすりぬけていった。
(内臓をやられてはいないでしょうね)
 舌打ちし、返す剣でその幽霊を切り飛ばす。
 幸い、痛みはそれ以上広がらなかった。美春はもう一度体ごと剣を一回転させた。それで最後の幽霊たちが消滅する。
「足りないわ!」
 美春はもう一度怒鳴った。
 紫鶴は舞った。
 どしん、と地が揺れた。
 現れたのは、三体のマンモス――
「………っ!」
 美春は剣を一閃する。しかしそれはマンモスの足を少し傷つけただけで終わった。
 大きな足が、美春を頭上から踏みつけようとする。
 美春はさっと後ろへ下がった。
 マンモスの牙が美春を襲う。
 美春は必死で避けた。
(こんな『魔』も――いるなんてね!)
 どすん!
 庭に、マンモスの深く大きな足型ができる。
 ――あんなものに踏まれたら、一撃で終わりだ。
 美春は身をかがめながら走った。マンモスの一体の側面へ。
 魔剣をまっすぐ突き出す。後ろ足に向かって――

 ず……ん……

 重い、たしかな手ごたえとともに、魔剣が後ろ足に突き刺さった。
 美春は剣を引き抜く。マンモスの顔が後ろを向いたのを察して。
 素早くマンモスから離れた。
 他のマンモスが、どしん! と庭に足型をつけていた。
 しかし、傷つけたマンモスの動きだけが鈍っている――
 美春は走り回り、何とか大きすぎるマンモスの足と牙を避けながら一体を狙い続けた。
 側面をうまく取れたら、足を剣で突き刺す。
 両の後ろ足を何度も突き刺しているうちに、とうとうその一体はどさりと体の後部を地面につけた。
(――まずは一体――)
 動けなくなればこちらのものだ。
 同じことをあと二体に繰り返せばいい――
 後ろ足を失っても顔は動く。牙だけに注意しながら、美春は走った。

 と――

 ガオオオオオオオオウ!

 背後から暗闇を振動させる雄たけびがあがって、美春ははっと振り向いた。
 そこに、一体の不気味な『魔』がいた。六本足で立っている。顔が三つある。くるくると顔が回って三つの顔をさらしている。ひとつずつの顔だけ見ればライオンのようだ。
「………!!!」
 美春は焦った。
 ぴっ――
 気づかぬうちにマンモスのほうに近づいてしまっていたらしい、マンモスの牙が美春の背中の服をかすめていく。
「―――!!!」
 美春はマンモスを後回しにすることにした。マンモスは動きがのろい。離れた場所で六本足と戦えば何とかなるに違いない――
 マンモスから離れるには、かなりの距離が要った。
 美春は自分の息があがり始めていることの自覚があった。

 ――退魔師は本来、長い修練を積み重ねてなるもの。
 美春は訳あって、四年という短い期間で退魔師にならなくてはならなかった。
 技術や知識は何とかなっても、基礎体力などは短時間でどうにかなるものではなく――
 そう。
 美春の一番の弱点は、持久力のなさなのだ。

 マンモスの周りを走り回り続けた、それが響いた。
 加えて――
 六本足は、やたらに足が速かった。
 ヒットアンドアウェイがうまくできない。逃げることができず追い立てられ、美春は爪で何度も怪我をさせられた。
 さらには、六本足の足がやたらと硬い。魔剣を足で防がれた。
(こんな――)
 美春はかっと激昂した。
 魔剣を構える。精神力を集中させる。
 霊力を――魔剣に伝える。
 霊力を固める。固める――
「魔剣――絶!」
 六本足に向かって一閃した。
 防御力を完全無視して、確実にダメージを与える技――
 六本足が切り飛ばされた。
 ――足さえなくなればいい。
 美春は胴体だけとなった『魔』を見下ろす。
 不気味に回る三つの顔が、ぎろりと目をむいて美春を見上げる。
「負けるわけには……いかないのよっ」
 美春は魔剣をふるった。
 顔がひとつ飛んだ。二つ目。三つ目。
 最後に胴体に魔剣を突き刺す。
 六本足だった不気味な『魔』は、しゅうと煙を立てて消え去った。
「……っ……っ」
 美春は肩で息をした。
 魔剣・絶は制御が難しく、今の美春では一撃放つのが精一杯だ。あれさえあれば、マンモスさえも一撃で倒せたかもしれないが――
「美春殿!」
 紫鶴の声にはっと気づくと、マンモスの牙が身近に迫っていた。
 びりっ――
 腕の部分を破かれ、肌に血がにじむ。
 美春はばっと一歩後退した。
 どしん、とマンモスは一歩前進してきた。
 美春の額に汗がながれる。
 ――まだ走れるか?
 否。
 走らなければ――
 美春は駆けた。――足が重くなっているのも構わず。
 そして、魔剣を振るった。
 バキィン!
 マンモスの牙が根元から折れる。
(よし――折れる!)
 マンモスが雄たけびをあげた。
 その顔が暴れた。もう一本の牙が乱暴に美春に迫った。
「………!」
 美春は一歩下がる。下がることにも体力が要る。
 そしてすかさず一歩踏み込もうとして――足がすべった。
「しま……っ」
 倒れた美春のすぐ上空を、マンモスの牙が通り過ぎていく。
 美春は焦って体を起こした。
「美春殿……!」
 紫鶴の呼ぶ声が聞こえる。
「手を出すんじゃないわよ!」
 美春は大声で応え、魔剣を構え直した。
 牙の根元に向かってもう一撃――
 特殊な剣は、うまくマンモスの牙を折り取った。
(――いける!)
 どしん!
 美春の確信を踏み潰すように、マンモスの足が鳴る。
 敵は三体――
 一体は後ろ足を失い、一体は牙を失い、一体は無傷のまま。
 まだ、走り回らねばならない――
(牙を失ったものは、足を取るのも簡単――!)
 問題は、牙を持っている他の二体の攻撃を避けながらうまくやれるかどうかだけ。
 集中力が要った。まわりをよく見ているだけの。
 マンモスは足も凶器だ。それを忘れてはいけない。
 美春は駆けた。重い足で駆けた。
 うまく他の二体の攻撃をかいくぐり、牙を失った一体の足に順調に魔剣を突き刺していく。
 マンモスの胴体が地に落ちた。
 あとは胴体を消すだけ――
 ざん!
 美春は上からまともに魔剣を切り下ろす。
 一撃では終わらなかった。二度、三度。
 手ごたえが、腕力に響いた。
(腕が――重い)
 思って、慌てて首を振った。
 そんなことはない。まだまだいける……!
 五度目の魔剣での攻撃で、ようやく一体のマンモスが消滅した。
(次は――)
 美春はきらりと瞳を光らせて標的を変える。
 後ろ足を失った一体は、動けない代わりに顔の動きが激しい。
 無傷の一体。あれの牙を取ればいい――
 そう思い、一歩を踏み出した――とたん。
 がくん。膝が揺れた。
「―――っ」
 視界が回った。目の前に、マンモスの牙があった。けれどどうしようもなく。
 足が――崩れていく――
(ああ――)
 もうだめだ、そう思った瞬間に。
「美春殿!」
 ざん!
 鮮やかな剣さばきで、マンモスの後ろ足を取った少女がいた。
 ――紫鶴の世話役の竜矢が、その手に針を生み出している。
「申し訳ありませんが、手出しさせて頂きますよ」
 ひゅっ
 針が暗闇の中を飛んだ。
 マンモスの、月明かりでできたわずかな影につとととっと突き立ち、その刹那にマンモスの動きが完全に止まった。影縫い――
「姫。後はお願いします」
「分かっている!」
 二本の剣を持った少女は舞うような動きで、二体のマンモスをしとめた。
 美春はしゃがみこんだまま、呆然とそれを見ていた。
「美春殿! ご無事か――!」
 赤と白の髪をした少女は、駆け寄ってきて美春の怪我を見た。
「ああ! 怪我をなさっているんだな。竜矢、早く手当てを――」
「はいはい。救急用具は用意してありますよ」
 竜矢が箱を手に美春の傍らに膝をつく。
「美春殿!」
 紫鶴は泣きそうな顔で美春の横に座り込んだ。
「心配した……! よかった、これだけの怪我で済んで――!」
「………」
 美春は黙りこくって、うつむいた。
「み……美春殿?」
 少女が心底心配そうな顔で、顔をのぞきこんでくる。
「余計な手は出さないでって言ったはずよ?」
 美春は顔をあげて、冷たい目で紫鶴たちを見た。
「み……はる……どの……」
 紫鶴がショックを受けたように口ごもる。
 美春は――
「……でも、助かったわ」
 初めて、笑顔になった。
「ありがとう」
 それは、嫌味ではなく心からのお礼――
「美春殿……!」
 紫鶴の顔に笑顔が咲いた。そのまま少女は抱きついてくる。
「姫! 佐倉さんの手当てができませんよ――」
「あ! す、すまない、大丈夫か――?」
「大丈夫よ」
 ……傷なんかどうでもいい。
 自分は負けてしまった。ひとりで片をつけるつもりだったのに。
 ――なのになぜ、こんなにも心がすっきりしているのだろう?
「きっとあなたのおかげね……ありがとう」
 紫鶴に向けて囁いた。
「え?」
 紫鶴がきょとんとした顔になる。
 美春は笑って、空を見上げた。
 夜空に半月。明るい星々。
(これを――見上げる余裕も、ここへ来るまではなかった……)
 美春はこつんと、紫鶴の額に自分の額を当てる。
 ただ、それだけ。
 たくさんの言葉があったような気もするけれど、それだけ。
 それだけで充分だった。
「美春殿……」
 囁いてくる少女の声が心地いい。
 美春は長くそのままでいた。心地いい夜風に吹かれながら、ずっとそのままで――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4551/佐倉・美春/女/22歳/無職】

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■         ライター通信          ■
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佐倉美春様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルにご参加頂き、ありがとうございました!お初ということで、性格等イメージとズレがないといいのですが……
アクションは、なぜかマンモスとの戦いになってしまいましたwいかがでしたでしょうか。
よろしければ、またお会いできますよう……