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■Night Bird -蒼月亭奇譚-■

水月小織
【6118】【陸玖・翠】【面倒くさがり屋の陰陽師】
街を歩いていて、ふと見上げて見えた看板。
相当年季の入った看板に蒼い月が書かれている。
『蒼月亭』
いつものように、または名前に惹かれたようにそのドアを開けると、ジャズの音楽と共に声が掛けられた。

「いらっしゃい、蒼月亭へようこそ」
Night Bird -蒼月亭奇譚-

 あの日見た写真がずっと引っかかっていた。
 そして、何気ない依頼で古い写真を見ながら交わしたほんの二言程度の会話。
「何か訳がありそうだな」
「ええ…でも今は関係ない話です」
 関係ない。確かにそうかも知れない。
 なのに何故こんなに引っかかるのだろうか……。

「ふむ…なかなか難しそうですね」
 陸玖 翠(りく・みどり)は、黒猫の式神である七夜を使い、あの日見た写真について情報を集めていた。依頼で行った研究所は今はまた閉鎖されているようだったが、七夜を使えばある程度の情報収集はたやすい。
 あの時に見た写真は、一緒にいた友人が帰り際に持って行ってしまった。だが、写真はまだ何枚か残されていたので、その中で一番写りのいい物を七夜に取ってこさせ、翠はそれを眺めていた。
 セピア色のかなり古い写真。写っているのは何人かいるが、その中の黒髪で色黒の男の目つきが気になる。それは遠い過去から写真を通して自分を睨み付けているような、それでいて何か気になる目つきをしていた。
 調べた情報を整理しながら翠は考え込む。
 施設の中にあった書類には、鳥類の研究をしていた「綾嵯峨野(あやさがの)研究所」という名前があった。だが、書類を見ても鳥類の何を研究していたのかは、翠には分からなかった。おそらく他の誰かが見ても分からないよう、中に書いてあった言葉が暗号のようになっていたのも原因だろう。
 しかし、何故鳥類の研究を暗号化する必要があるのだろうか。
 綾嵯峨野研究所が活動していたのは明治から大正に移る時代の混乱期で、しかも何とか読み取れた資料からは、その頃に施設が全焼してその後研究所自体が閉鎖されたらしい。
 そしてあの施設の中にいた「カッコウ」と名乗った生体コンピューター…カッコウに関して翠はさほど興味はないが、友人の言っていた「ヨタカ」という名と写真にはかなり興味がある。おそらく自分の考えが当たっているのなら、鳥類の研究というのは表向きなのだろう。そして…。
「蒼月亭のマスターにそっくり…ではなく、きっと同一人物なのでしょうねぇ」
 蒼月亭には一度だけ行ったことがある。確か昼間はカフェで、夜はバーになるという店だ。
 そこにいたのは、確かに写真に写っている男とうり二つの男だった。持ってきた店の案内が書いてあるカードには「ナイトホーク」という名前が書いてある。
 ヨタカ…夜鷹…ナイトホーク。名前にも共通点がある。
 もしかしたら「鳥類の研究」というのは表向きの話で、おそらくは鳥の名前は暗号で、それらを研究しているのを隠すためにそう名乗っていたのだろう。
 だが、これ以上ここで七夜に情報収集させても、新しい事は得られそうになかった。いつもならたやすく情報が手に入れられるのに、研究所の名前とその目的が分かった時点で、ふつっ…とその研究所に関しての消息が消えているのだ。
「ともあれ行ってみれば何かわかるでしょう」
 翠は日が暮れ始めている街並みを見ながら立ち上がった。
 ここから先は自分で動くしかない。たやすく話してくれるとは思わないが、何故その古い写真の当人が、当時と変わらぬ姿のままで存在しているのかを知りたい。
「………」
 これはどんな感情なのだろうか。
 願望か、希望か。それとも絶望か…。

「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 時間が早いせいで夜の客がまだいない蒼月亭に行くと、ナイトホークが顔を上げお辞儀をしながらこう言った。そして、カウンターの一番奥に行こうとする翠を手で止める。
「ごめん、一番奥の席は指定席なんで。ご注文は?」
「ブッカーズのロックを」
「かしこまりました」
 カウンターに座り、翠はナイトホークの動きを見る。一緒に連れてきた七夜には全く気付いていないようで、ナイトホークはロックグラスに大きな氷を一個入れ、ブッカーズを上から注いでいる。やがてエビのサラダと共にロックグラスが差し出された。
「お待たせいたしました、シュリンプサラダはつまみ代わりに。ブッカーズってあんまり出ないバーボンなんだけど、こういうの頼んでくれると嬉しい。チェイサーは?」
「いや、なくても大丈夫です」
 年間約6000本しか生産しない、プレミアム品のバーボン。そんな物を置いてある辺り、採算を取るというよりはかなり趣味に偏った店なのだろう。そんな事を思いながらグラスを傾けていると、ナイトホークはベストの胸ポケットからシガレットケースを出しながら、翠に話しかけてくる。
「陸玖さんだったっけ?この前皆と一緒にコーヒー飲みに来てたよな?」
「ええ、良く覚えてましたね」
「客商売長いからね。一度顔見たらほとんど覚えてる…客が客を呼ぶから、常連が連れてきた人は印象強いし」
 その言葉にある友人の顔が浮かんだ。
 そういえばここに始めてきたのも彼の紹介だった。翠はふっと笑いながら話す。
「ナイトホーク殿は彼と仲がいいのですね」
 彼…と言う言葉が誰を指したのか、ナイトホークはすぐ分かったようだった。手持ちぶさたに煙草をもてあそびながら何かを思い出すように遠くを見る。
「つきあい長いからね」
「どれぐらいのつきあいなんですか?」
 その言葉にナイトホークが困ったように天を仰ぎながら煙草の煙を吐いた。
「それなりの長さ。悪い、あんまり客のことは喋りすぎないようにしてるんだ」
 どうやらそれなりにガードは堅いらしい。
 多分このまま話し続けても、ナイトホークは肝心なところをぼかして話し続けるだろう。翠はグラスを置き、ポケットから一枚の写真を出した。それを見たナイトホークの顔色が変わる。
「…その写真、もしかして誰かと一緒に何処か行ったときに手に入れた?」
 その質問に翠は答えなかった。一緒に行ったとき…と言っているからには、ナイトホークはもう一枚の写真を既に「見た」のだろう。無駄なことを話せば、きっとはぐらかされるに違いない。
「ここに写っているのは、ナイトホーク殿本人なのでしょう?」
 翠がナイトホークの顔を真っ直ぐ見る。それに溜息をつきながら、ナイトホークは写真を手に取った。
「…そうだよ。俺嘘つくの下手なんだわ」
「やはりそうでしたか」
 グラスをスッと飲み干し、翠が大きく息を吐く。ナイトホークはブッカーズの瓶をクロスで拭きながら、困ったように笑う。
 はたして翠はどこまで自分のことを知っているのだろう。
 研究所にいたことか、それとももっと深いところまで調べているのか。自分に関して知っていることを、他の誰かが翠に話しているとは思えない。だが、ナイトホークからは翠が何を目的としてそんな事を聞くのかが全く分からなかった。
「お代わりは?」
「ブッカーズをもう一杯。そしてナイトホーク殿にも。夜はまだ始まったばかりです。ゆっくり話しましょう。それに私は敵じゃありません」
「敵じゃない、とは?」
「私は彼の友人です。その友人を裏切るような事はいたしません。だから、その写真と同じような目で私を見なくても大丈夫ですよ」
「………」
 ナイトホークが煙草を持ったまま目を押さえる。おそらく無意識に睨み付けているような視線になっていたのだろう。ナイトホークはそれに気付いたように苦笑し、灰皿に煙草を置く。
「悪い、動揺した。じゃあ陸玖さんのおごりをいただきながら、話せることだけ話すよ」
「翠でいいですよ」
「じゃあ俺も呼び捨てで」
 翠のグラスに二杯目のブッカーズが注がれ、ナイトホークは小振りのグラスにそのまま注ぐ。そしてストレートを飲みながら、ふうっと一つ息を吐く。
「何から話せばいいのかな…出来れば他人のことはなるべく喋りたくないんだけど」
 そう言ってナイトホークは写真を翠に返した。翠はその写真を見ながら、沈黙する。
 ナイトホークが心配しているのは、ここに写っている他の者や自分の過去についてなのだろう。だが、翠はそれには全く興味がなかった。
 ただ、聞きたいことは一つだけだ。
「ナイトホーク、どうして貴方本人が変わらぬままの姿で、この古い写真に写っているのか…私が知りたいのはそれだけです」
「ああ、俺不老不死だから」
 息をするように、あっさりとナイトホークがそう言う。
「正確に言うと不死って訳じゃないんだ。死んでも何故か生き返る…何が原因かは分からねぇ。ただ、昔手術とか人体実験されたのが原因なんだろうとは思ってるけどな」
「それで変わらぬままの姿なのですね…」
 その言葉で翠は理解した。
 何故この写真が気に掛かったのか、何故あの時の会話がいつまでも胸に引っかかっていたのかを。
 無意識に翠は、自分と同じ不老不死の者に気付いていたのだ。
 目を落とした写真に写るナイトホークからは「永遠の生を続けなければならない孤独」のようなものが浮かんでいる。それは睨み付けるような目つきとはまた違う、同じ立場でなければ分からないような微かな表情だ。
 翠はグラスを置き、ぽつりと呟いた。
「私も貴方と同じなんですよ」
「はい?」
 ナイトホークがグラスを口に付けたままの姿で止まる。翠はカウンターに肘をつき、遠くを見るように視線を泳がせた。もう遙か昔過ぎるが、しっかりと覚えている忌まわしい記憶。
「私も人魚の肉を食べさせられましてね…それからずっとこの姿のままです。老いることも死ぬこともない。でも、長く生きていることは悲しいことも多いですが、悪いことばかりでもありませんね」
 それを黙って聞いていたナイトホークはしばらく考えた後、ふっと困ったように笑いながら、ミキシンググラスに氷を入れ始めた。
「そうだな、悪いことばかりでもないな。こうやって長くつきあえそうな人に出会えるんだから、人生ってやつは最高に面白い。俺から翠に一杯カクテル贈ってもいい?」
 ナイトホークがそう言って慣れた手つきでカクテルを作っていくのを、翠はじっと見つめていた。
 確かに気の遠くなるような時間を生き続けるのは悲しいことが多い。不老不死であっても時間は止められないし、どうしようもない別れもある。だが、長い時間を生きてきたからこそ、こんな出会いがあってもいいだろう。
 それにここでなら、一人でゆっくり感傷に浸っても誰も何も言わないだろう…。
 翠の目の前に琥珀色のカクテルが差し出される。カクテルは二杯あり、その一つはナイトホークの物らしい。
「『コープス・リバイバー』死人返りって意味だけど、不老不死の俺達にはぴったりだろ」
 ナイトホークがそう言いながら笑う。
 翠はそのグラスを持ちあげた。カクテルからはベルガモットとレモンの香りがする。そしてナイトホークが吸っている煙草の香り…グラスを合わせながら翠とナイトホークはくすっと笑いながら一言ずつ呟く。
「不思議な縁に」
「今までの絶望と、これからの希望に」
「乾杯」

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師

◆ライター通信◆
ご来店ありがとうございます、水月小織です。
『JACK IN THE BOX −現実編−』で見た写真が気になるということで、それを調べてナイトホークの元に行くという話になりました。お互い不老不死ということで、色々と同じように思うことがあるのだと思います。
多分実年齢はナイトホークの方が年下です。翠さんから見たら、明治大正の辺りは最近の話なのかもしれません。
お酒はナイトホークの趣味で出してしまいました。『コープス・リバイバー』は、ブランデーベースのカクテルです。
リテイクなどはご遠慮なく言ってくださいませ。
では、また機会がありましたらご来店下さい。