■遙見邸郊外にて・ドジっ子メイドの買物修行■
めた |
【6378】【ティーダ・アーシェン】【実体化データ】 |
遙見邸から少し離れたところにある商店街。
いつものとおり七罪・パニッシュメントは、家族の食事のために買物に出ていた。ぼけーっとしていると買う物を忘れてしまうので、しっかりとメモも持っている。お金はあるが、やっぱり節約しておきたい。スーパーのタイムサービスなどは把握済みだ。というか遙見家次男・遙見虚夢に調べてもらっただけなのだが。
「さって……っと」
気合をいれて、七罪は歩き出す。
――まあ、もっとも。
いまいち迂闊というか、抜けている七罪が、無事に買物を済ませられるわけがないのだが。
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遙見邸離れにて・ドジっ子メイドの買い物修行
「はにゃう……どうしましょう」
買い物帰りの七罪・パニッシュメントは、突然振り出した雨を見上げて、困惑してしまっていた。
買い物に出たは良いが、七罪は傘を持ってきていなかったのである。濡れて帰るには、遙見邸は遠すぎる。
「でも……急いで帰らないと……」
夕飯が遅れると、とある神経質な人物が不機嫌になる。正当な理由があった場合はともかく、傘を持ってこなかったのは七罪の不注意だ。『貴様は天気予報も見ないのか!』と怒られるのがオチだ。
「すいません」
そんなことを考えていると、横から声がかけられた。
驚いてそちらを向く七罪。今まで気配も何も無かった――七罪は本の精霊で、人が近づけば確実にそれと分かる。
「あの……」
「あ……」
そこに立っていたのは、青い髪の女性。彼女と七罪は、思わず同時に声を発していた。お互いに、同時に。
「――あなた、人間じゃない……ですね?」
同じ、台詞を。
全く濡れていない。
青い髪の女性――ティーダ・アーシェンと名乗った彼女は、散歩の途中だったらしい。すぐさま七罪が人間で無いと判じ、思わず声をかけてしまったということだ。
「すいません、ティーダさん。なんか傘代わりにしてしまったみたいで……」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですから。いつでも言ってください」
ティーダは水を操る能力を持っているのだという。一定空間内の湿気を弾き飛ばし、七罪が濡れないようにしてくれているのだ。まさしく傘扱いだが、ティーダは純粋に好意でしてくれているようで、七罪としては頭が下がるばかりである。確かにこの能力は素晴らしく、
しかし、これならば時間通りに家に着きそうだ。苦怨の機嫌も損ねないで済むだろう。
「あ、こっちです」
「あ、あらっ?」
突然曲がる七罪。ティーダは水の制御が間にあわなかったようで、七罪は少し濡れてしまった。
「ひゃっ……」
「ご、ごめんなさい……突然横道に入られたので……」
「こっちこそごめんなさいです……でもこっちのほうが近道なんですよ」
狭い裏路地を進む二人。ティーダはちょっと困っていたのだが、七罪についていくのだった。
で、結局――。
「迷いましたぁ……」
「あ、あらあら……」
半泣きで頭を下げる七罪に、ティーダも困った表情をする。
「近道だったんじゃ……」
「ふぇええ……確かにそのはずだったんですけれどもぉ……もう三年も前に使ったっきりだったので……」
つまり勘違いをして道に迷った、ということである。
元々ティーダはこのあたりの人間ではないので、道など分かるはずも無い。とはいえ七罪とて分からないのなら――八方塞がりである。
「ねえねえちょっとさあ、そこの二人ぃ?」
「道に迷ったのお?」
そんな二人に、いかにも軽薄そうな声がかかった。
二人の男である。もっともいかにも『俺たち不良でーす』と全身で主張しているような出で立ちで、ティーダも呆れてしまう。こんな輩を相手にするはずもない――。
「あ、はい、そうなんですよぉ」
のに。天然の七罪は、あっさり受け答えてしまった。
「俺らが案内してやろっかあ?」
「え、本当ですか? わあ、ありがとうございますっ」
ティーダは思いっきり力が抜けてしまった。ここまで世間知らずで、よく今まで買い物ができたものである。こんな連中に案内させれば、どこに辿りつくか分かったもんじゃない。
「――申し訳ないですが」
七罪をかばうように立ちながら、ティーダは相手を睨みつける。
「あなた方に道がわかるとは思えません。先を急ぐので失礼します」
「なっ……」
ティーダはそれだけを告げると、さっさと身を翻して行こうとする。まあ、もちろん不良二人がそのまま見逃すわけも無く――。
「ちょっと待てよッ!」
ティーダの肩を男が掴む。
「あんまりしつこいと――」
振り返るティーダ。
その手には――どこからか、水が集まっていた。
「嫌われますよッ!」
どん、という音と共に。
大量の水が、男たちに向かって撃ちだされた。
「……ふぅ」
悲鳴をあげる間もなく、流されていく男たち。どうせ雨なので濡れても構わないだろう。
「あ、あの……」
「ああ、大丈夫です。ちょっと脅かしただけですから。怪我もしないと思いますよ」
「は、はあ……」
特に男嫌いというわけでもなかったが――ああいう手合いは、ティーダの好みではなかった。
困惑する七罪と共に、ティーダは分からない道を進むのだった。
道を進んでいくと、遠くから泣き声が聞こえた。子供の泣き声である。
「あ、あそこですっ」
ティーダと七罪は、すぐさま走って泣いている少女のほうへ向かった。
「あらあら……どうしたの?」
ティーダが泣いている女の子に声をかける。七罪もうずくまり、目線を女の子に合わせた。
――そこで、はたと気付く。ここにいるのは青い髪の女性と、メイド服の女である。変だと思われないだろうかと、七罪は気になった。
が。まあ子供らしく、特に変な目では見なかった。
「え、えぐっ……お、お家が……」
「迷子でしょうか――?」
「迷子じゃないもんッ!」
強がる女の子。しかし家が分からなくなったのなら迷子以外の何者でもない。
「そういえば私達も迷子でしたね……どうしましょう、ティーダさん?」
「わたし、迷子じゃないのにぃ……」
「とりあえず、この子を送り届けてから……どうにかして、帰りましょうか」
「はい」
こうして、三人の珍道中は、迷いきって進むのだった。
「遅い――」
「大丈夫ですわ。今頃迷子の女の子を助けているはずですわよ」
「ガキ助けるより俺のメシが先だろうが……」
「仕方ありませんわね。ちょっと助けに行ってきますわ」
「ああ、頼んだぞ浄花――」
買っていたお菓子を女の子にあげると、彼女は途端に機嫌を直した。もともと七罪は子供好きなので、手をつないで歩くのは嫌ではなかった。
その内に、女の子が知っている場所に出たらしく『あ、ここ知ってるー』と、女の子は調子良く進んでいく。これには七罪もティーダも苦笑せざるも得なかった。
やがて、女の子の家に着いたらしい。
「あ、あそこだよぉー」
ててててて、と可愛らしい動作で走る女の子の跡に、二人は続く。
「あ、あらあら……水がはねてスカートが……」
「いいじゃないですか、元気な女の子で」
雨は最初よりも大分勢いが衰えたが、それでもまだ降っている。もっとも少女は、傘もささずに濡れていない七罪とティーダを気にしている様子はないが。
そして――。
女の子の家の前に、七罪の知り合いが立っていた。
「遅いですわよ、七罪さん」
遙見家三女――遙見浄花が、そこにいた。
礼を言う女の子を後に残し、三人は遙見邸へと向かう。未来予知が可能な浄花は、先回りして七罪とティーダを待っていたらしい。
せっかくだからティーダも、ということで。ティーダ・アーシェンは遙見邸に招待されたのだ。
「初めましてティーダさん、私、遙見浄花と申しますわ」
「あ、ど、どうも……」
ティーダの目線は、自然と浄花の豊満な胸にいく。自分の胸を気にしているティーダとしては、うらやましい限りであった。
「それで? 今日のご飯は何ですか七罪さん」
「えーと、エビグラタンとマカロニサラダと、ワンタンスープですよぉ。あとデザートはザクロです」
「ザクロ……お兄様の好物ですわね」
「はいー♪」
七罪はビニール袋に手をつっこみ、赤い果物を取り出す、が――。
「あ、あれ…っ?」
取り出したのは、しおしおに乾燥したザクロであった。
「えっ……な、なんでっ!?」
「…………ご、ごめんなさいっ! それ多分私のせいですッ!」
いきなり頭を下げるティーダに、七罪も浄花も、何も言えないのだった。
「つまり――」
眼鏡をかけた遙見邸当主、遙見苦怨は、相変わらずの目つきの悪さでティーダをにらみつけた。
「貴様の水分蒸発能力で雨を弾き飛ばしたまでは良いが――果物の水分までも一緒に乾燥させて、こんな食えないザクロを作り出したというわけだそれでいいんだなこの青髪女ッ!」
「あ、でもでもほら、ドライフルーツっていうのもありますから――」
「果汁しか食うところのないザクロの水分弾き飛ばして一体どこを食えと言うんだこの天然ボケボケダメメイドッ! あアッ!? 貴様らそのとぼけた脳みそに銃弾ぶち込むぞッ!?」
いつになく荒れている苦怨である。夕飯が遅くなった上に好物のザクロまで食えなくなってしまったのだ。彼としては散々、という思いだろう。
「大体お前は――」
「いい加減になさいませこのひきこもり眼鏡」
ぐしゃ、と後ろから苦怨が踏み潰される。ハイヒールをはいた浄花が頭を踏みつけたのだ。
「大体一人じゃエビグラタンもマカロニサラダもワンタンスープを作れないくせに一体何様のつもりですの?」
「じょ、浄花……」
「もっとティーダさんの能力を有効活用する方法を考えたらどうですのまったくデリカシーも知恵もありませんわねこの旧式人間」
浄花はそう言って、ティーダの方を見て、にっこり笑うのだった。
「おお……こいつは……」
ティーダ達がいるのは、地下であった。遙見邸の地下は巨大な書庫となっており、湿気もたまりやすい。おまけにさすがの七罪も掃除が行き届かないので、埃と湿気で、すぐに本が傷むのである。
しかし――。
「はい、これで湿気が飛びました。少しはマシになったと思いますよ」
「感謝する」
一転して機嫌を良くした苦怨。全く単純なものである。七罪とティーダは顔を見合わせて苦笑した。
「湿気は本の大敵だ。ありがたい。どうせなら夕食も食べていけ」
「はいー♪ 腕をふるいますよぉ」
にぎやかな一家である。ティーダはもう一度苦笑する。
「お三方」
上に続く怪談から、浄花が声をかけた。
「雨がやんだようですわよ」
空にかかるアーチを見て、七罪と苦怨が感嘆の声を上げる。
雨のあとは虹は、とても美しかった。
「すごいですわね」
「ええ……水は、やはり美しいものですから」
水が光に反射して作り出す虹に、ティーダが微笑む。
浄花とティーダは並んで顔を見合わせる。七罪の付き添いは疲れたが、それでも面白かった。
「さ、晩御飯作りますよぉー」
「あ、手伝います」
気合をいれる七罪のあとを、ティーダが追いかけていった。
後日談――。
夕食の後の、ティーダと浄花の会話。
「あの……浄花さん?」
「なんですか、ティーダさん?」
ティーダは顔を赤らめながら、浄花の胸を見る。
「どうしたら……その……そんなに大きくなるんですか?」
「あら、気になります?」
笑う浄花。
「やっぱり……殿方に触ってもらうのが一番ですわねえ」
「ほ、本当ですかっ?」
「冗談ですわよ」
あっさり言われて、ティーダはがっくり肩を落とすのだった。
<了>
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■ 登場人物
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【6378/ティーダ・アーシェン/女性/22歳/実体化データ】
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■ ライター通信
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初めましてティーダ・アーシェン様。担当ライターのめたでございます。
プレイングが実に細かくご指定なさっていて、こちらとしてはただ書くだけ――という感じだったのですが、さすがにそれではつまらないと思い、色々と趣向をこらさせていただきました。特に最後のあたりとか(笑)。これで喜んでいただけましたらば、作者冥利につきるというものでございます。
一度遙見邸に踏み込みましたらば、貴方はもう遙見邸の常連であります。これからも遙見邸に来てくだされば、遙見一家がにぎやかに暖かく出迎えますですよぉー。
ではでは。このお話、気に入ってくださいましたらば幸せです。
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