コミュニティトップへ



■止まない雨■

叶 遥
【4642】【瑠璃垣・羽桜】【パソコンと体術と銃の師匠】
 空はどんよりと重く、しとしとと糸のような雨を降らせている。昨夜軒下に吊るしたてるてる坊主も、しっとりと濡れていた。
「いつまで続くのかね〜この雨は」
 窓の外を眺めつつ、玉鈴がため息混じりに呟いた。雨が降り出してからもう一週間。部屋の中には乾ききらない洗濯物が至る所に干されていて、ますます湿度と鬱陶しさを増している。
「前線が動く気配はないってさ。当分太陽は拝めそうにないね」
 天気予報を見ながら緋翠が答える。ブラウン管の向こうでアナウンサーも首を傾げている。まるで時が止まっているかのように前線が停滞しているのだ、誰もが不思議に思うのも無理はない。しかもこの現象は日本全域に影響を及ぼしている。そろそろ異常気象だ、世界の終わりだ、なんて騒ぎ出す者が現れてきそうな雰囲気もあった。
「も〜体が鈍ってしょうがないよ!ちょっと道場行って来る」
「晶がいるはずだ。相手してもらえよ」
 腕を振り回しながら出て行った玉鈴と入れ替わるように、今度は瑠璃が姿を見せた。入り口から少し背伸びしつつ声をかける。
「緋翠」
「ん?どうした、瑠璃」
「こっち」
 軽く手招きして、どこかへ歩き出す瑠璃。彼が向かったのは庭。傘も差さず外に向かって歩を進める彼を、緋翠も慌てて追った。
「お、おい瑠璃!風邪引くぞ、傘くらい…」
 たしなめる緋翠の言葉も無視して、瑠璃の細い指が庭の池を指差した。
「…?……あっ!?」
 雨に打たれ、揺れる水面。よく見るとそこに一つの紋様が浮かんで見えた。円の中に一本ラインが入り、黒と白に塗り分けられるあの紋様。
「陰陽の印…」
「ただの陰陽じゃない」
 言われて見れば、本来なら左右対称になるはずの陰と陽を沸けるラインが奇妙に歪んでいる。
「陰の力が強まっている…。陰陽のバランスが崩れているのか」
 瑠璃はコクリとうなずいた。
「陰の力が強まって、雲が動かなくなった。陰は静寂と停滞の力。なんとかしないと…」
「雨は永遠に降り続けるってわけか…」
 また瑠璃がうなずく。
 この異常気象の原因が「そういう」モノなら、自分たちでなんとかできるかもしれない。
「日本全体でバランスが崩れてるってことは、結構大掛かりなナニかがあるってことだな?」
「多分。さっき、台所に浮かんでた紋様は祓ったけど」
「効果がなかったってことは、別に大元があるんだな…」
 チラリ、と瑠璃を見る。大きな瞳がこちらを見返していた。
「しょうがない、戦力集めて出動しますか!ずっと雨ってわけにはいかないからな」
「うん!」
 やる気を見せた緋翠の発言に、彼の顔が綻んだ。少女のような、少年のような、可愛らしい笑顔を見せられてこちらも思わず笑んでしまう。女の子ではないとわかってはいても、彼にいいところを見せたい、と思えた。
止まない雨〜童歌〜

 気付いてみれば、なるほど至る所に「それ」は現れていた。トイレや風呂はもちろん、コップに汲んだ水にまで…とにかく、水が溜まっている所には必ずその陰陽の紋が浮かんでいる。ずいぶんと侵食が進んでいるらしい。一つ一つ祓ってはみるけれど、雨は一向に止む気配を見せない。やはり大元がどこか別のところにあるのだろう。
「さて、どうしようか…瑠…」
 瑠璃に声をかけようと隣を見れば、そこにいるはずの姿はそこにはなく。さっさとどこかへ出かけていこうとする背中が見えた。
「瑠璃?」
 どこに行くんだ、と問うと彼は一言「仕事」と答える。
「これくらい、緋翠が行くまでもないよ、僕が行く」
「でも…」
「大丈夫。ボディガード、連れて行くから」





「降ってるわねぇ…」
 しとしとと降り続く水のカーテンを、瑠璃垣・羽桜は店内からボンヤリと眺めていた。一週間、ずっと降り続いている雨。これが梅雨時ならまだしも、明けたばかりのこの時期にこれだけの雨はやはり奇妙だ。喜ぶべきは、降り方がひどくないおかげで災害までは発展していない、ということだろうか。それにしても。
「…やっぱり臭うわね…」
 ちょっと感覚を研ぎ澄ませてみただけでヒシヒシと感じる、偏った陰陽の気配。やはり原因はそこにあるのではないのだろうか?
「………」
 放っておくこともできる。この街には意外とたくさん陰陽の術を使う人がいるし、その中の誰かが解決してくれることもあるだろう。けれど。
「あーあ、損な性分よねぇ」
 気付いてしまったものを、見て見ぬフリなんてできない。どうもさっきから悪い予感もしているし。
 仕方なく立ち上がると、手早く店じまいをして外に出た。
 傘は持たなかった。どうせ濡れることになるだろう。




 ボディガード(の晶)を連れた瑠璃と羽桜がバッタリと出くわしたのは、市民公園へ向かう途中の交差点だった。それぞれの進行方向からやってきたその人を見て、互いに「あ」と声をあげる。
「こんにちは、羽桜さん」
 瑠璃がニッコリと笑う。羽桜も笑顔を返して、隣に立つ晶に視線を向けた。
 背が高く、体も逞しい。少し不良ぶった金髪も違和感を感じさせない…「男らしい」少年だ。
「隣の彼、誰?瑠璃もとうとう女の子になる決心でもしたの?」
 それならお赤飯炊かなきゃね、と言うと少年の顔がパァッと輝く。
「えっ、そうだったのか?瑠璃ちゃん…そこまで俺のこと想ってくれてたのかっ!!」
「ただのボディガードです」
 今にも抱きつかんばかりに感激する晶に帰ってきた言葉は、あまりにもそっけない否定の言葉。しかも無表情に拒まれていることろが哀れを誘う。
「一緒に何でも屋やってる、晶です。力強いしボディガードには最適かと思って」
「ああ…確かに頑丈そうだものね。盾としては最高かも」
 羽桜が同意すると、瑠璃は嬉しそうに微笑む。
『いや…そこで喜ばれても…っ』
 晶の心の嘆きは、もちろんあっさりと流される。
「晶、こちらは瑠璃垣羽桜さん。あっちの方でお店やってるんだ」
「どうも。瑠璃にはご贔屓にしてもらってるの」
「あ…どうも、晶です。よろしく」





 聞けば、彼らもあの雨の正体を探り祓うために出てきたのだという。目的が同じであるなら、別行動を取る理由はない。羽桜は二人と共に行くことにした。羽桜が気配を感じる方向を指すと、瑠璃も同様に感じているようだった。
 気配を追って歩くこと五分…市民公園の入り口へと辿り着いた。
 ずっと雨が降り続いているせいで、子供たちの笑い声で溢れるべきその場所はシンと静まり返っている。ずぶ濡れのブランコもシーソーもどこか淋しげだ。
「こっちね」
 尚も奥へ進む。公園の突き当りには少し大きめの池が作られていて、その池の淵を飾るように桜の木が何本か植えられている。春先には咲き誇る桜の花が池の水面にも映って、さぞかしきれいな光景なのだろうが…今はただ、雨に打たれてしょんぼりと肩を落としているばかりだ。
「―あれ」
 不意に晶が声をあげた。
「なんかぶら下ってねぇ?」
 見ると、桜の枝々の間から何やら白いものが覗いている。
「…てるてる坊主…?」
 誰かが結わえ付けていったのだろう(運動会でもあったのだろうか)それは、雨に濡れて心なしかショボンと頭を下げているようにも見える。時折風に煽られてなびく白い体が、水面に頼りなげに映った。
「二人とも、見て。あのてるてる坊主の下」
 羽桜に言われるまま、その足元を見た二人は「あっ」と声をあげた。
 てるてる坊主の足元の水面には、今までに見た中で一番大きな陰陽の紋様が浮かび上がっている。一番なのはその大きさだけではない。
その偏りも今までで一番だ。ほとんどが「陰」に偏っていて、かろうじて「陽」が残っているおかげでそれが紋様なのだとわかる程度だ。
「あれが元凶…みたいね?」
「すっげぇ〜、初めて見た」
「感心してる場合じゃないでしょ。元凶がわかったら、次は?」
 まるで教師のような問いかけに、瑠璃が小さく挙手をして答える。
「祓います」
「よろしい。じゃぁ…」
 羽桜は微笑むと、懐から小型の銃を取り出しその照準をてるてる坊主へ合わせる。
「ミッション・スタート、ね」
 引き金を引いた瞬間、乾いた破裂音が響き桜とてるてる坊主を繋いでいた糸が切れた。支えを失ったそれはそのまま池の中へと沈んでしまうかと思われたが、すんでの所でフワリと浮かび上がった。支えも何もなしに、自力で。
「………」
 ぷつり、と音がして、てるてる坊主の頭と胴体を区別していた縄が解かれた。真っ白な体はただの布切れへと戻り、ハラリと水面へ落ちる。
「え…!?」
 てるてる坊主の中から姿を現したのは、菩薩像だった。穏やかな笑みを湛えた青銅製の菩薩が水面に浮かぶ様は、むしろ神々しささえ感じさせた。その足元に、禍々しく歪んだ陰陽の紋様を浮かべていなければ。
 あまりにも意外なその姿に、一瞬気を取られたのが良くなかった。
 菩薩像から放たれた水の攻撃に、瑠璃は反応することができなかった。
「!!」
「瑠璃っ!?」
 目の前に迫る、黒い水の塊。
 やられる…!
 そう観念して目を瞑った瞬間、フワリと体が浮いた。温かな体温を感じたかと思うと、そのまま地面に叩きつけられる。目を開けば、すぐそこには金色の髪が。
「………!」
「大丈夫!?二人とも!」
 羽桜が駆け寄り、瑠璃の上に倒れこんでいた晶を助け起こした。
「晶くん、平気?」
「いてて…は、はい大丈夫っす…」
 倒れたときに擦りむいたのだろう、血が滲む腕をさすりながら晶が応える。どうやら、辛うじて直撃を食らうことは避けられたらしい。彼のすぐ横に立っている桜の幹が、大きく抉られていた。
「瑠璃ちゃんは、大丈夫?怪我してねぇ?」
 二人の瞳が、固まっている瑠璃へと向けられる。
「――――……」
「…瑠璃、ちゃん…?」
「――――………」
「…瑠……」
「…っの、バカッ!!」
「へっ?」
 突然浴びせられた怒鳴り声に、晶の目が丸くなった。そんな彼の態度がますます気に入らないのか、すっくと立ち上がった瑠璃は大声で「バカ」を連呼した。普段の彼からはおよそ想像もつかないような勢いで。
「信っじられない!なんで危ないってわかってて飛び出すんだよ!」
「え、だって瑠璃ちゃんが危なかったから…」
「そんなの関係ないだろっ!僕は助けてって頼んだわけじゃないし、それに…っ」
「二人とも」
 怒りが治まらないらしく、尚も怒鳴ろうとする瑠璃を羽桜が静かにたしなめる。
「お説教は後ね。今はまだミッション中だから」
「…はい」
 何度か深呼吸をして冷静を取り戻した瑠璃はホウキを構え、羽桜の隣に立った。
「―あれ?」
 まるでかばうように、晶に背を向けて。
「そこにいて。動かないように」
「え、でも俺…」
「いいから!!」
「――はい…」
 瑠璃の剣幕に押され、大人しくなる晶。そんな二人にクスッと微笑んでから、再び羽桜は菩薩像を見る。彼女を取り巻くように水面が波立ち、第二の攻撃がやってくるであろうことは想像がついた。
 波の一つ一つが大きく盛り上がり、ゆっくりと人型を取る。水の人形がいくつもいくつも、菩薩を守るように立ち上がった。彼らの眼球がない、くぼんだ目が羽桜たちを見ている。
「いい?瑠璃」
 引き金に指をかけ、羽桜が言う。
「私があの菩薩の術を破る。サポート、お願いね」
「はい」
「うん、いいお返事」
 ニッコリと微笑み、引き金を引いた。破裂音と同時に弾き飛ばされた鉛の弾は真っ直ぐに菩薩像へと向かったが、その額を貫く前に見えない壁に止められた。それを合図に、水人形たちが牙を剥き飛び掛ってきた。羽桜の前にホウキを構えた瑠璃が立ち、かれらを迎え撃つ。
「30秒でいいわ」
「了解!」
 瑠璃の手にかかればホウキも立派な武器だ。薙刀のように構え、一体一体確実に倒していく。
 水人形が一体倒れる度に、また新たな敵が菩薩像の足元から生まれる。果てがないのではないかと思われるその戦いを、羽桜は静かに見据えていた。水人形が倒れ、新たに作られるその一瞬。そこに、術を破るスキが生まれるはずだ。そのスキにこの弾を撃ち込む。チャンスは、一度きりだ。
 羽桜が瑠璃からもらった30秒は、そのタイミングを計るため。
「……」
 生まれては消え、消えては生まれる水人形。ほんの一瞬見える、小さな小さな術の隙間。的を外さない自信はあるけれど、タイミングだけは慎重に掴まなければ。
「―――きたっ!」
 一体の水人形が幹に叩きつけられ飛沫と共に弾けたその瞬間。羽桜の銃が火を吹いた。鉛の弾丸は真っ直ぐに宙を切り…そして。
『ギャアアアアッ!!』
 菩薩像の額を貫いた。貫通したそこから、断末魔の悲鳴と共に真っ黒な煙のような気が噴出す。
『オ…オノレ、ェ…』
 絞り出すような低い唸り声。呪いの言葉を繰り返す不気味なその声は、やがて煙と共に小さくなり消えていった。
「………」
 静寂が戻り、そして…空にも再び、太陽が戻ってきた。




「なー、待ってよ瑠璃ちゃんっ」
 帰り道。拗ねた表情で前を歩く瑠璃を、晶が必死でなだめながら追っていた。
「な、機嫌直してよ〜」
「お前なんか知らないっ」
「なんで怒るんだよ?俺、ボディガードだろ?瑠璃ちゃんのこと守るために付いてったんだろ?なー」
「…………」
「瑠璃ちゃぁ〜ん」
「わかってないわね、あなたは」
 半泣きで瑠璃に呼びかける晶。羽桜は微笑んで、そんな彼の肩を叩いた。
「?」
「ヒーローになりたかったら、自分の身を投げ出すだけじゃダメよ?」
「はぁ…?よく、わかんねぇっす…」
「ま、修行を積むことね。なんなら私の下で修行する?」
 いたずらっぽく言ってウインクをして見せた羽桜の目に、晶の後ろで複雑な表情を浮かべこちらを見る瑠璃の姿が映る。
『あの子も、わかってないわねぇ…』
 そんな二人が、なんだか微笑ましく思えた。








□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【4642 / 瑠璃垣・羽桜 / 女性 / 25歳 /パソコンと体術と銃の師匠 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めましてこんにちは、叶です。
この度は発注いただきまして、ありがとうございました!

「お師匠」ということで…ちょっとだけ先生らしい感じで活躍していただきました。
大人の女性で、とてもカッコイイですよね!


また機会がありましたら、ぜひよろしくお願いいたします。
ありがとうございました!!