■特攻姫〜寂しい夜には〜■
笠城夢斗 |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
月は夜だけのもの? そんなわけがない。
昼間は見えないだけ。本当は、ちゃんとそこにある。
「……せめて夜だけだったなら、こんなにも長い時間こんな思いをせずに済むのに……」
ベッドにふせって、窓から見上げる空。
たまに昼間にも見える月だが――今日は見えない。
新月。
その日が来るたび、葛織紫鶴[くずおり・しづる]は力を奪われる。
月がない日は舞うことができない。剣舞士一族の不思議な体質だった。
全身から力を吸い取られたかのような脱力感で一日、ベッドの中にいる……
「……寂しいんだ」
苦しい、ではなく――ただ、寂しい。
ただでさえ人の少ないこの別荘で、部屋にこもるということ。メイドたちは、新月の日の「姫」に近づくことが「姫」にとって迷惑だと一族に教え込まれている。
分かってくれない。本当は、誰かにそばにいて欲しいのに。
「竜矢[りゅうし]……?」
たったひとりだけ、彼女の気持ちを知っていて新月でもそばにいてくれる世話役の名をつぶやく。
なぜ、今この場にいてくれないのだろう?
そう思っていたら――ふいに、ドアがノックされた。
「姫。入りますよ」
竜矢の声だ。安堵するより先に紫鶴は不思議に思った。
ドアの向こうに感じる気配が、竜矢ひとりのものではない。
――ドアがそっと開かれて、竜矢がやわらかな笑みとともに顔をのぞかせる。
「姫」
「竜矢……どこに行って」
「それよりも、嬉しいお客様ですよ。姫とお話をしてくれるそうです」
ぼんやりと疑問符を浮かべる紫鶴の様子にはお構いなしに、竜矢は『客』を招きいれた――
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特攻姫〜寂しい夜には〜
葛織紫鶴、十三歳。
次代葛織家当主と目される彼女は、その身に宿す葛織の力が強すぎた。
葛織の力は月に影響される。満月の日に最大限に達し、そして新月の日には――……
「こうして寝込む、か」
黒冥月はベッドにふせっている紫鶴を見つめながらつぶやいた。
「冥月殿……」
紫鶴は寝乱れた姿をさらけだしながら冥月を呼んだ。
「殿はいらん」
冥月は手をぷらぷらさせて、
「元気がないな。いつもは無駄に騒ぐのに」
と茶化すように言った。
紫鶴が申し訳なさそうな顔になる。
「姫、大丈夫ですか」
紫鶴の世話役、如月竜矢が紫鶴の寝巻きを整えた。それを見ていた冥月は、
「女同士の語らいに無粋だぞ」
とあっさりと竜矢を部屋から追い出した。
「冥月殿……」
「だから、殿はいらん」
心細げになった紫鶴の声に、「やつがいないと寂しいか?」
と冥月は尋ねる。
「……。寂しい……」
「ふん。やつでも少しは役に立つということか」
「りゅ、竜矢は――」
紫鶴が一生懸命体を起こし、訴えようとしてくる。
冥月はそれをおさえ、乱れた紫鶴の髪をそっと整えてやった。
「まったく……新月になるとこうも弱るとは厄介な体質だな」
紫鶴の赤と白の不思議な色合いの髪をくしけずりながら、
「――まずはそれを取り除くか」
「え?」
きょとんとした声を出す紫鶴を無視して、冥月は紫鶴を連れて転移した。
暗い、暗い場所――
「影の中だ」
冥月は軽くそう言った。
紫鶴は呆然と突っ立っていた。本来なら立つことなどとてもできない日に。
「驚いたか?」
冥月は腕を組んで笑った。「影内は亜次元だ。元の世界との関わりは絶たれる。当然月の影響もない――つらくないだろう?」
「う、うん」
紫鶴は嬉しそうにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
長い赤と白の髪が跳ねた。
暗い世界に、紫鶴の青と緑の瞳がよく映えた。
「まあ今、上は大騒ぎだろうが構わぬだろう」
冥月は苦笑する。
あの姫君第一主義の竜矢などは、姿を消した姫に大騒ぎするに違いない。
そんなことをおぼろげに思いながらも、そんなことはどうでもいいと切り捨てて、
「さて」
冥月は紫鶴に向き直った。
「望むならこの家から出してやるぞ。外の世界を見たくないか」
「え……」
紫鶴が呆然と冥月を見上げる。
「だ、だって私はこの魔寄せの体質が」
「そんなものは私がどうにでもしてやる。どうだ、外へ出る気はないか」
「―――」
紫鶴の視線が泳ぐ。暗い中、目立つ青と緑の瞳が揺らぐ。
彼女の瞳に、自分はどう映っているだろうとふと思った。黒づくめの自分。影に溶け込むような自分――
甘い言葉を囁く悪魔にでも見えるだろうか?
そんなことを思って苦笑した。
――私にはそれが似合いだ。
そう思ったとき、紫鶴が口を開いた。
「いや、いい」
両手を握ったり離したりしながらそう言った紫鶴に、冥月は「どうして」と理由を尋ねる。
「私は……誓ったんだ。今は竜矢頼みにしている親戚の関連――自分が成人したら、自分でしゃんとして親戚と相対できるようになると。今、この家を出たら、竜矢を裏切ることになる。いや……自分の約束を反故にすることになる」
紫鶴は明るい色の目で、まっすぐと冥月を見つめた。
「私は自分でこの家をどうにかする。そう決めている」
――まぶしい色の目だ。冥月はまぶしく思って目を細める。
そして、
「……いい娘だよ、お前は」
と紫鶴の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「あっ。さっき冥月殿が整えてくれた髪――」
「だから、殿はいらん。さて、ならせめて――」
ふぁっ
影の暗さが吹き飛んだ。
一面に、どこかの風景が浮かび上がった。
「……これがお前の住んでる家の周辺だ」
「え!?」
紫鶴がきょろきょろと突然浮かび上がったヴィジョンを見渡す。
「これが……」
「これが、お前の屋敷を外から見た図だ」
冥月はヴィジョンを映し変える。
ぱっとどでかい屋敷が見えるようになった。
「―――」
紫鶴は呆然と自分の住む屋敷と、その周辺の屋敷とを比べて、
「……大きかったのだな、私の家は」
と言った。
「ああ、お前の家はしゃれにならないほど大きいぞ。まして住んでる人数が人数だからな」
紫鶴と、竜矢と、数人のメイド。
たったそれだけで彼女たちは何坪か分からない大きな別荘地に住んでいる。
「さて、次にどこを見たい? どこでも見せてやれるぞ」
「わ、分からない――その、外へ出られると考えたこともないから」
「今まで竜矢とかメイドとかに習わなかったのか? 外の世界の話を」
「せ、世界一大きいヴィクトリアの滝とかか?」
――冥月はがくんと肩を落とした。
なぜ突然そんな次元まで話が飛ぶのだ。
「見せてやれんことはないがな……」
ため息をついて、冥月はヴィジョンを映し変えた。
耳をつんざくような水音がした。――滝――
「うわあ……」
想像を絶する大きさの滝に、紫鶴はぽかんと口を開けた。
「これって……そんなに大きいのか?」
ずるうっ
冥月は危うくすべってこけそうになった。
よく考えたら紫鶴は普通の滝を知らない。世界一大きいものを突然見せても見せ甲斐がないではないか。
「いいか紫鶴。通常の滝はだな――」
冥月は日本国内の手ごろな滝をヴィジョンに映し出した。
「――これぐらいのサイズなんだ。さっきのとは天と地ほどの違いがあるだろう?」
「ほ、本当だ……」
紫鶴が滝を手につかもうとして失敗する。
これはあくまでヴィジョン――本物ではない。
「でも……小さくてもすごい……」
「お前の家は金持ちだが無茶ではないな。家の中に小さな滝があったりはしていないからな」
「そ、そんな家があるのか?」
「あるとも」
冥月はどこかの金持ちの別荘を映し出す。
……純和風の庭園の中に、小さな滝がたしかにあって、ばしゃばしゃと水を流しだしていた。
「へえ……」
紫鶴は興味深そうにそれを見ていたが、
「――やっぱり自然の中にあるほうがいい」
と冥月を見て眉尻を下げた。
冥月は微笑した。そして再びビジョンを映しかえる――
耳をつんざく水音。ヴィクトリアの滝――
「世界一有名な滝といえばナイアガラだが、世界一大きい滝はヴィクトリア・フォールズだとよく知っていたな」
「りゅ、竜矢が教えてくれた――」
耳をふさぎそうになりながら、紫鶴が大声で答えてくる。
「ふん……」
あの世話役は教育はおこたっていないらしい。冥月は片頬をつりあげる。
「それにしても、なぜいきなり滝を思いついたんだ」
「……竜矢が滝を好きだから……」
その返答に、冥月は片眉をあげた。
「世話役が好きだからまっさきに思いついた? ほう――」
「な、なあ冥月殿、竜矢もこの影内に連れてくることはできないのか?」
紫鶴は興奮した様子で言ってきた。
「竜矢も、私の世話を付きっ切りでしているから外には滅多に出ないんだ。見せてやりたい」
「竜矢、竜矢と……」
冥月は呆れて腕を組む。
「そんなにあの男がいいか?」
「私の親代わりだ」
少女は即答してきた。
「……竜矢はだめだな。あれはひとりで背負い込みすぎる」
冥月はつぶやいた。
「もっとわがままを言ってやれ。やつは、お前の姫としての覚悟をまだよく分かっていない――」
「わ、わがままは嫌だ」
紫鶴が顔をぷるぷると振った。
「私は、竜矢に優しくしたいんだ。わがままはほどほどにしたい」
「……そんなにあの男がいいか?」
「竜矢は――」
ヴィクトリアの滝の音がやみ、影内に静けさが戻ってきた。
気がつくと景色は、どこかの森の中になっていた。
「………? ここはどこ――」
「気にするな、落ち着くだろう?」
「……うん」
自然は心を豊かにする。森林浴などは最高だ。
そして……心を解放してくれる。
紫鶴はぽつり、ぽつりと胸の内を語る。
「竜矢は……私の世話役になったために若いうちから束縛された。おまけに私の能力のために何度も死にかけた……。やつには両親がいない。もし私が父や母になれるなら、竜矢のそれになりたい」
「両親か」
冥月は目を細めた。
「……そんなものいなくても、やつなら充分やっていけそうだがな」
「そんなこと!」
紫鶴は冥月にすがるように言ってきた。「分からないじゃないか……! 私は両親がいなくて寂しいと思った! 竜矢がそうでない理由はない!」
「やつには、両親より大切なものがあるだろうよ」
ぽん、と紫鶴の頭に手を置いて。
冥月は、どこか優しげに囁いた。
「むしろやつは、両親の代わりになるべきだ。紫鶴の両親の。紫鶴、だからわがままをいっぱい言ってやれ。たくさん言ってやれ」
「………」
紫鶴がうつむいた。
「そうすることが、竜矢への恩返しになるのか……?」
「恩返しじゃない。むしろ竜矢がまだまだ働き足りないのさ。だから働かせてやれ」
「そんな……」
「いいのさ、それで」
冥月は微笑んだ。
紫鶴が冥月の微笑を見て不思議そうな顔をする。
「さ、次はどんなところを見たい?」
冥月は問う。紫鶴の肩を抱き寄せながら……
**********
朝が近くなる頃に、冥月は紫鶴を影から解放した。
「少しは楽なのか?」
「ん……新月当日よりはまし……」
足元をふらつかせる紫鶴をベッドに寝かせると、ちょうど竜矢が部屋に入ってきた。
「お帰りですか」
「……全然驚いてないな」
「あなたが一緒でしたからね」
竜矢はふふと笑った。
「おやおや。護衛も人任せか」
「あなたが連れて行ったなら姫も楽しんだことでしょうと思っただけですよ」
「本気でお前は……」
冥月は呆れて竜矢を見た。「……人任せだな。呆れたものだ」
「代わりに、利用できるものは利用しますよ」
「おや、いい度胸だな」
にやりと唇の端を吊り上げる。
紫鶴がベッドで、
「竜矢、ヴィクトリアの滝を見たぞ……! あとはピラミッドとか、氷山とか!」
嬉しそうに報告してきた。
「よかったですね」
竜矢は微笑んで、そして冥月にしか聞こえない小さな声で、
「この笑顔が見られるならなんでも利用します」
「………」
冥月はきらきらと瞳を輝かせる紫鶴を見る。
――この笑顔を見られるなら――
「……そうだな」
紫鶴はまだまだ自分の体験を話し続けている。
竜矢と並んで立ちながら、冥月は微笑んでそれを見ていた。
輝く青と緑の瞳を見つめながら……
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
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■ ライター通信 ■
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黒冥月様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は新月の夜に紫鶴を楽しませに来てくださってありがとうございました!
紫鶴の発想がとっぴなため、訳の分からんヴィジョンを見せることになってしまいましたが、よろしかったでしょうか。楽しんで頂けたら嬉しいです。
よろしければ、またお会いできますよう……
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