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■迷惑な遺産■ |
朝倉経也 |
【1926】【レピア・浮桜】【傾国の踊り子】 |
魔導師団の先代の団長なる人物が、先日大往生を遂げたそうである。
「――とは云っても、その人が団長やってたのは二百年以上前の事で、私が入団した時には既に今の団長だったから、私自身は全然知らない人なんだけどね」
山と積み上がった書類の一枚一枚に、うんざり顔とヤケクソ気味の力で決済印を叩き付けながら、メルカは室内に集った者達にそう切り出した。
頼みたい事があると、そう聞いて来たのだが……
今の話が、依頼の前振りなのだろうか?
「そこは今から説明するよ――実は今の団長ってのが、その先代団長の一番弟子にあたってね。師匠の遺品を幾つか形見分けされたらしいのさね。ところが……」
びったん。
机全体が揺れるほどの力で、また決済印。
「――それ以来、妙な事が続いてるらしいんだよ」
そしてメルカは、捺印が終わった書類どもを、ばさりと後ろへ投げ捨てた。先ほどから彼女はこの動作を繰り返しており、背後にはこうして投げられた書類の束が、標高数十センチで積み上がっている。
「師匠の遺品を譲ってほしいって、妙な男が何度も訪ねてきたり、結局何も取られなかったけど、留守中に誰かが忍び込んだ形跡があったり……来客については『譲るつもりは無い』って云っても、それでも引き下がらないんだそうな」
よっぽど高価な品なのだろうか。
「見せてもらったわけじゃないから詳しくは知らないけど、置物とか魔法書が大半らしいよ。んで、その中に、異世界の神様とやらを象った石像がひとつあって、訪ねてきた男が欲しがってたのは、その石像なんだとさ」
ここまでを聞いて、場に集った冒険者達にも、今回の依頼の内容が予想できてきた。
つまり、その石像を盗難などの危険から護ってほしい――と?
「当たり。師匠の形見だけに、団長としては手放す気は一切ないんだけど、副団長の私が『この状態』って段階で、団長以下他の連中がどれだけ余裕が無いかは察してもらえるよね?」
げんなりと、メルカは後方を振り返った。
前方へ目を戻しても、決済待ちの書類はまだまだ積みあがっている。
「まぁ、こんな状態でも必要な協力はちゃんとするから……悪いがちょいと頼まれてもらえないかね?」
無言で室内に現れたグラファが、無言のまま、新たな書類の山を床にどさり。
そしてやはり無言のまま、次の書類を運びに退出してゆく。
――とても、断れる雰囲気ではなかった。
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迷惑な遺産
■乱入者あり
とっぷり真夜中となってもやはり明かりが消えない人手不足過ぎる師団。
ひょっこりと尋ねてきたレピア・浮桜は、相変わらずなメルカの様子に、呆れたようなほっとしたような、どちらとも取れる微妙な苦笑を浮かべていた。
「差し入れよ。ノンアルコールだから、これなら仕事の邪魔にならないと思うんだけど」
その表情のまま、持参したボトルを差し出す。
一方のメルカの顔には、何故か軽い驚きがあった。
「こりゃありがたい――けど、今日は差し入れが多い日だな」
ひょいと視線が横に流れる。そこには、綺麗に焼き上げられた小豆のシフォンケーキが鎮座していた。どうやらこれも差し入れらしい。
「成程ね」
レピアの唇から納得の呟きが漏れて出る。
「まぁそんな有様じゃ、差し入れのひとつもしたくなるわよ」
何しろ師団の忙殺具合は、黒山羊亭にまで噂が届いた程なのだから。哀れと思う親切な人物が、他に居たとしても不思議は無い。
「本当に、ありがたい事さね」
メルカの意識は、早くも書類の山へと戻っている。その様子を見下ろしながら、一体何を思ってか、不意にレピアは机越しにメルカの方へと身を乗り出してきた。
「――って、差し入れするばっかじゃなくて、こっちからもひとつ貰いたい気分なんだけど……」
「ほへ?」
決済印を手にしたまま、間の抜けた声と共にメルカが顔を上げる。そのすぐ眼前には、含みのある笑みを浮かべたレピアの顔――
「久し振りに会ったんだし、再会のキスでもさせてもらおうかな――なんて」
「ほえ?」
真ん丸く見開かれたメルカの目を見返し、レピアは艶然と微笑む。
その直後――
――ゴホン。
わざとらしいまでに大きな咳払いの音が響いた。そして振り返るまでもなく、すたすたとふたりの間に割って入る猛者がひとり――グラファだ。
どさどさと、新たな書類を机上に積み上げる彼の眉間には、やたら深い皺が刻まれている。
そして彼は、不機嫌そうな目を一瞬レピアに向けはしたものの、結局何も云わぬまま、またすたすたと部屋を出ていってしまった。
「狙ったよーなタイミングでの登場だったな……」
メルカはきょとんと見送るばかり。
そして一方のレピアは――
「何か、睨まれちゃったみたいねぇ」
肩を竦めつつも、全然こたえていない様子だった。
■サイズ別、野郎三態
この日ならば団長が説明の時間を取れるという事で、依頼を受けた者達が彼の屋敷へと向かったのは、翌日の朝の事だった。
王宮に近いお屋敷街の一画、両側に生垣を廻らせた木の門の前に並んだのは、大中小とバラエティに富んだサイズの男達である。
「瓦屋根の付いた門かよ……なーんか、妙な感じの屋敷だなぁ」
隣近所と比べ一軒だけ独特な門構えを前に、肩に乗せたリスともども目を丸くしているのは、小サイズ――もとい、シャオ・イールン。
「うん、変わってるよね……でも何か、見てて物凄く落ち着くんだけどな」
生垣の向こうからせり出した松の枝を見上げ、奇妙な懐かしさを感じているのは中サイズ――じゃなくって、葵。
本来であれば、長身の彼は「大サイズ」と表記したいところなのだが、諸般の事情により今回は中サイズ扱いである。
では、残る「大サイズ」が誰なのかと云うと……
「ほーお、こりゃ和風建築って奴だな。この世界でお目にかかるたァ思わなかったぜ」
――シャオと葵の中間にそびえ立っていた。
二メートル超級のマッチョ親父となれば、そりゃもうダントツの大サイズである。伸びっぱなしの無精髭にぼさぼさの金髪が、一見猛獣……あ、いや失礼(汗)……獅子を思わせる。
彼の名は、トゥルース・トゥースと云った。
「さァて……どんな像を拝ませてもらえるのかね」
「どさまぎに盗もうとするんじゃねぇぞ?」
ニヤリと期待の笑みを浮かべるトゥルースを、後ろに倒れそうな程に反り返って見上げながら、茶化すようにシャオが云う。無論そんなつもりじゃないのは承知だが、彼のいかつすぎる人相の前では、つい云ってみたくもなるのだ。
「馬鹿云うんじゃねぇ。神の教えを説くこの俺が、そんな真似するわけ――」
一気に仏頂面になったトゥルースは、首にさげたロザリオをかざし己の職業を強調しようとするが……
「漫才は後にして入ろうよ」
のほほんと放たれた葵の発言によって、見事に不発に終わってしまった。よりにもよって「漫才」とは――本人に悪気は無いのだろうが、何とも無情な形容である。
「ま、団長待たせてるわけだしな」
ぽきんと折れそうな程に首を傾けトゥルースを見上げ、ニッと一瞬笑って見せると、シャオが門へと手を伸ばす。
だが、白木の門が開かれたのは、彼の手が触れるよりもわずかに先の事だった。
「ありゃ?」
開けようとするよりも早く開かれた門に、目を丸くする三人。
その視線の先に、ゆっくりと姿を現した者が居た。
線の細い、学者めいた面差しと身なりの男である。門が開いたのはつまり、この男が内側から開けたためなのだろう。そして、向こう側に人が居た事に対する驚きは、彼の方でも同様らしかった。
「あ……」
一瞬大きく目を見開き、それからそそくさと、大サイズと中サイズの間をすり抜けるようにして場を立ち去ろうとする。
「あんたは――?」
こちらの問いかけにも、答えようとしない。
「お客さんだったのかな?」
背を丸め急ぎ足で去ってゆく背中を暫し見送ってから、三人はようやく屋敷へと足を踏み入れた。
■笑っているのか怒っているのか
出迎えたのは、小柄に小太り後退しまくった前髪と、ある意味での「三種の神器」を取り揃えた中年男性だった。
「像ならホレ、あそこに置いてあるのがそれじゃよ」
彼が依頼主である団長なのだが、その容姿やのんびりした口調からは、とても魔導師という職業は連想できない。
(どっちかと云うと、人のいい田舎の領主……)
三人が三人とも全く同じ感想を抱いた事は、とりあえず秘密にしておこう。
「最初は居間に飾っとったんだが、どーにも外見がアレなもんでなぁ……」
ぽりぽりと、云いにくそうに頭を掻きながら団長が指差したのは、書斎の片隅にある机――の、下。
身を屈ませてその場所を覗きこんで、三人の目がまたもや丸くなった。
「――何だりゃ?」
真っ先に声を上げたのは、シャオ。
葵とトゥルースも、唖然とした表情を隠していない。
珍妙な場所に据えられた石像は、これまた非常に珍妙な姿をしていた。
大きさは40センチ程。黄色がかった透明な石で作られたそれは、「神様」という言葉から連想される範囲を逸脱して、何とずんぐりむっくりの三頭身だったのである。そしてその大きな頭は、てっぺんが何故か微妙に尖っていた。
「これが神様なのかよ……」
吊り上った目は糸のように細く、口元は笑っているのだが、笑っているのか怒っているのか、どちらとも云えない表情になっている。そして体型も、肥満児のような中年太りのような――これまたどちらとも云えない。「愛嬌がある」と善意の表現も可能ではあるが、構成するパーツがそんな有様の為、たとえ背中に光背を背負っていたとしても、とても神様には見えないのが正直なところだった。
「えーと……何処の世界のだったかはわからんが、確か『びりけん』とか云う名前の福の神の一種らしいぞぃ。足の裏を触ると、ご利益があるんだとか……」
「あんまりありがたみ無さそうなんだけどな……」
拍子抜けといった顔で、シャオとトゥルースは「びりけん像」を見据えたまま肩を竦める。ずんぐり三頭身を前にめげていないツワモノが居るとすれば、それは葵だけだった。
「見慣れてくれば、可愛い気もするよね。それに……何だか見覚えがあるような……」
もしかすると、自分が居た世界に存在したものだろうか――記憶の奥底に引っかかるものを感じながら、しかしそこを追究している場合ではなかった。
「こいつの由来とか、狙われるに値するような、何か特別な力や価値があるって話は無ぇのかい?」
依頼を果たす上で必要な情報を聞き出す事の方が先である。無理に屈めすぎた腰を叩きながら、トゥルースは団長の方を振り返るが、そうした詳しい事は、団長もまた一切知らないらしかった。
「わしは勿論、師匠の家族も誰も知らんよ。五百年ぐらい前に街の骨董屋から手に入れてきて、それで自室に飾っとったんだそうな。相当気に入ってたようで誰にも触らせなかったし、掃除とかで動かす時も、えっらい慎重に扱ってたとか……」
「こんなの気に入るなんて――凄ェセンスしてたんだな、その師匠とやらは」
呆れ果てたようなシャオの視線が、再びびりけんのとんがり頭に注がれる。
トゥルースは更に問いを重ねた。
「何の価値も無けりゃ欲しがる奴なんて居ねぇワケだし……この像を譲ってくれって云って来た奴は、そのあたり何も云ってなかったのか?」
「単に『研究の為』としか……何の研究かすらも一切云わなんだなぁ。さっきも散々尋ねたんだが、それ以上は何も云う気は無い様子だったの」
――さっき?
大中小のスリーサイズトリオの視線が、さっと見交わされた。
さっきも尋ねてきたという事は、自分達が門の前で会ったあの男が、もしやその人物だったという事だろうか。
タイミング的に、間違いあるまい。
「まぁ、いかにも変な研究してそーなツラだったけどな」
果たしてどんな研究なのか――それをあれこれと推察しながら、三人はもう一度薄黄色の石像へと目を向けるが、びりけんさんは何も語らず、相変わらず笑っているのか怒っているのかわからないをしているだけだった。
■追加ですよ
この後は会議のハシゴがあるという事で、一通りの状況説明や屋敷の案内を終えると、団長は慌しく出かけてしまった。
後を一任された三人は、ひとまず縁側に腰を下ろし、葵がおやつ代わりに持参していた小豆のシフォンケーキをかじりながら、作戦会議へと突入する。
「像を狙う理由は本人に聞かないとわからないみたいだし、もう一度来たところを待ち伏せて捕まえるのが無難かな?」
葵の提案に異を唱える者は居ない。
但しこの場合問題となるのは、そのチャンスがいつどのような形で訪れるかという事だ。
「正面玄関からの交渉じゃなく、また忍び込んで盗み出そうとするかも知れねぇし、待機するならそれに対する備えもしとくべきだろーなぁ」
「寝ずの番でも俺は平気だけど……何日も待つのはかったりーよな。さっさとご来訪願えるようなエサが撒けりゃ、手っ取り早ぇんだけど」
そんな都合のいいエサがさてあるのか――考えあぐねてシャオが庭の景色へと視線を移す。
そして彼は、そこで意外な人物の姿を発見した。
「ありゃ?」
ぐるりと池を廻るようにしてこちらへ近づいてくるのは、グラファだ。気のせいか、昨日師団で見かけた時よりも、仏頂面指数が上がっているようにも見える。
「メルカから伝言だ」
三人の前に立つと、前置きも無く本題――理由はわからないが、やはり機嫌は良くないらしい。
「もうひとり助っ人が増えたら、とりあえずここに運び込んでくれ――だそうだ。師団まで来てくれ」
簡潔すぎてまるで意図のわからぬ指示を、ポカンと呆気に取られたような問いが、三人の口を突いて出た。
「助っ人って――石像護衛の?」
「誰だよそれ?」
「……つか、『運び込む』って表現は何だ?」
■ふたつ目の石像
それから小一時間ばかりが過ぎた頃。
閑静なお屋敷街の住民様ご一同は、奇妙な光景を目にする事となった。
「段取りの都合上仕方無ぇのはわかるんだが……こんな重いモンふたりだけで運べなんて、過剰労働もいいトコだよなぁ」
「メルカに手伝えなんて云えないし、グラファが手伝う性格じゃない事も、何となくわかってたけどね……」
白い布が掛けられた何やら大きな物体を、トゥルースと葵が団長の屋敷へ運び込もうと奮闘している場面である。何を運んでいるのかはわからぬが、相当に重い物らしく、ふたりの額にはびっしりと汗が浮かんでいた。
門の前で一度そっと地面に下ろし、汗を拭いながら周囲の様子に視線を走らせる。
「僕たち目立ってるみたいだね」
玄関、或いは部屋の窓から、何事かと好奇の目を向けているご近所様の姿が、ざっと見ただけでもかなりたくさん――師団からここまでの運搬ルート全てで考えれば、相当数の人の目を引いた事だろう。
「これだけ目立ちゃ、後はやりやすいかもしれねぇな」
首尾上々とばかりに、トゥルースがニヤリと笑う。
そこに、別行動を取っていたシャオが駆けつけ、そして今度は三人がかりで運搬作業は再開された。
びりけんの居る書斎へと運び込まれたのは、一体の石像だった。
豊満な肢体と長い髪を持つ、艶麗な踊り子の像――それを眺め、葵が苦笑を浮かべる。
「まさかもう一人の助っ人が彼女だったとはね」
果たしてこの像が何者か、葵はそれを知っていた。レピアだ。
「本当に、こいつが夜になったら人間になるのか? どう見たって石じゃねーか」
国を滅ぼす程の舞の名手で、それ故に呪いを受け、昼はこうして石となってしまう――それは先ほど師団でメルカから説明されたが、シャオにはまだ半信半疑らしい。物云わぬレピアの顔をまじまじと見上げ、首を捻る。肩の上のリスもまた、同様に首を傾げているあたりが微笑ましかった。
「まぁ、あと半日もすりゃ事実かどうかはわかるだろ。それにたとえ石像でも、美人のねーちゃんが追加されて、むさ苦しい面子に潤いが出来たんだから、俺とすりゃ文句は無ぇぜ」
トゥルースは大らかに考えているらしい。
あっけらかんと笑って云うが、「一番ムサ苦しいのはあんただろ」とシャオに突っ込まれ、直後に苦い顔となった。
そんな両者のやり取りを、葵は今回も「漫才」として軽やかにスルーしてしまう。
「それよりシャオ、そっちの首尾はどうだった?」
「バッチリ」
ぐっと、自信ありげに親指が立てられた。
「ご近所中に噂をばら撒きまくってやったからな、あちらさんの耳に届くのも時間の問題だぜ」
「そーなると、後はエサに食いついてくれるのを待つだけだな」
――どういう作戦となったのか、簡単に説明しておこう。
びりけん護衛メンバーとしてここに運び込まれたレピアの事を、シャオは「団長が新たに引き取った師匠の形見」と、ご近所様にふれ回ったのである。「これも凄いモンらしい」と。
この噂がびりけんを狙っているあの男の耳に入れば、どんな像か興味を持って、それほど間を置かずもう一度ここへ来るのではないか――それを待ち伏せてやろうと、つまりそういう事である。
これが成功してくれるかは、ひとえに噂の広まり方次第だ。
「待ってるだけもつまらねぇし、そんじゃちょいと、ご近所さんの様子でも見てくるかな」
レピアの運搬ですっかりだるくなってしまった肩をゴキゴキと鳴らしながら、のそのそとトゥルースが部屋を出て行く。
「じゃあ僕は、盗難対策の罠でも仕掛けてこようかな」
のんびりと呟きつつ、葵も一旦部屋を去り、そして残ったシャオはと云うと――
「どー見ても、こっちの方がありがたみありそうだよなぁ……」
艶めいた大美人とずんぐり三頭身――珍妙この上ない取り合わせの石像ふたつを見比べながら、己の感覚と現実とのギャップに頭を悩ませていた。
■捕獲劇! の筈が……
結局、昼のうちにあの男がもう一度訪れる事は無く、護衛活動は夜の部へと突入する事となった。
「もしこのタイミングで来るとすれば、それはつまり盗みに来るって事でしょうし――油断させる為にも、ここの明かりは消しておいた方がいいんじゃない?」
日没と同時に石から人へと戻ったレピアが、一通り屋敷の構造や葵の仕掛けた罠の位置を確認し終えて云う。
「作戦の内容からすると、あたしはもう少し石像のフリをしてた方がいいみたいだしね。部屋が暗ければ、この姿でも身動きしなけりゃ誤魔化せるでしょ」
確かに。
他の三人、特に大柄なトゥルースが張り込みのために身を潜めるにしても、この場は暗い方がいい。
早速、家中の明かりが消させる事となった。
机の下のびりけんさんは、わざとらしく机上へと移動させられ、レピアは石だった時と同じ姿勢のまま、びりけんが据えられた机の横へ。小柄だがバネのあるシャオは、一歩の跳躍で机へと届く位置を計算しながら手近な本棚の陰を陣取って、そして葵はのそのそと、押入れの中へ入り込む。
どうやっても自分の巨体を隠せる場所が室内に見付けられなかったトゥルースはと云うと……
「確か、あそこから上がれた筈だな……」
団長から聞いた邸内の間取りを頼りに、ある場所へ向かうべく部屋を出て行く。
待つ事暫しで、ミシミシと天井の軋む音が三人の耳に聞こえてきた。
まさか、天井裏に隠れたのだろうか?
「天井ごと落っこってきそうで怖ぇよな……」
闇の中、頭上を見上げたシャオがボソリと呟く。
「転落事故ってさ、落ちた本人よりその真下に居た人の方が、被害大きいんだってね……」
押入れから半分だけ顔を覗かせた葵も、心配そうに天井を見上げていた。
「云いたい放題云いやがって……」
溜息混じりの低い声が天から降った後、室内は静寂に包まれる。
その状態のまま、さて何時間が過ぎた頃だろうか――
「そう云われると、入りたくなるのだが……」
ぼそぼそと、独り言のような声が廊下でしたかと思うと、ごとごとと何かを動かす音が少し響き、それからそっと部屋の入り口が開いた。そして少しの間を置いて、黒い人影が室内に踏み込んでくる。
(来たみたいね)
その姿を横目に確認したレピアは、しかしまだ動こうとはしなかった。石像のフリをやめるのは、ギリギリまで引き付けたその後だ。
慎重に周囲をうかがいながら、その人物は一歩一歩室内を進む。
「……あれか?」
期待と緊張を滲ませた声の後、人影はゆっくりとレピアの方へ近づいてきた。
(そろそろだな)
その動きを気配で敏感に察知したシャオとトゥルースが、いつでも動けるようにと身構える。
そして、侵入者はついに机の前に達した。
「この像もそうだと聞いたのだが……」
机上のびりけんとレピアを見比べ、まずはレピアの方に手を伸ばそうとした瞬間――
「――ッ!?」
電光石火の素早さで、レピアの蹴りが賊の足元を襲った。
「今だッ!」
その動きに呼応するように、シャオとトゥルースが持ち場を飛び出し、不意の打撃によろめいた人影を取り押さえにかかる。
彼らは暫し、もみあいとなった。
「動くな!」
そこに追撃を加えたのは、葵だ。
静止の叫びと同時に、仕掛けた罠の紐を引く。
直後、先ほどのトゥルース以上に黒く巨大な物体が天井から落下してきて、そしてドスンと派手な音を立てた。
「やったか!?」
案外あっさり片付いた――歓喜の声と共にシャオが部屋の明かりを灯すが……
「あー……」
何故かその顔は、直後に盛大な呆れを浮かべる事となった。
罠を仕掛けた当人の葵も、ポカンとした顔をしている。
彼が天井から落としたのは、一体何処から仕入れてきたのか巨大な檻だった。
しかし、その檻の中に閉じ込められもがいているのは、侵入者ではなくそれを取り押さえようとしていたトゥルースの方である。
「猛獣捕獲……しちゃった」
――うん、確かに猛獣っぽいよね。
「誰が猛獣だ! つか、早く出せ!!」
とんだコメディ劇場を繰り広げている間に、賊はびりけんを抱え部屋を飛び出してしまっている。レピアをシャオは、既にその姿を追っていた。
ようやく檻から解放された猛じゅ……ごめん、間違い――トゥルースと、平謝りの葵も後に続く。少々出遅れてしまったのだが、どちらに向かえば捕獲劇に合流できるか、それを把握するのは非常に容易な事だった。
「あーあ……やっちまってるぜ」
「これ、後で怒られたりしないかな?」
恐らくは足止めを狙ったシャオの攻撃によるものだろう。壁や床が焦げ襖が薙ぎ倒され、何ともわかりやすい目印となっている。
それらを辿り、追いついた場所は床の間付きの居間――そこは、ちょっとした修羅場と化していた。
「逃げるなって云ってんだろ!?」
びりけんを抱えたまま逃げ回る男に向け、シャオが衝撃波だの炎の矢だのを立て続けに放つ。しかし、必死な男はギリギリながらもそれらをかわし、結果、逃げる事の叶わぬ壷や掛け軸達が、身代わりの犠牲となるのだった。
「止めないとやばいんじゃない……?」
巻き添えを食らいかねない勢いに、レピアは部屋の隅で肩を竦めている。止めるべきだと思いつつ、近付くに近付けないのだろう。
「一度弾みがつくと、ガキは限度超えやすいからなぁ……」
バタバタと跳ね回るシャオの表情は、この上なく楽しそうである。一種爽快感すら漂っている。たとえるなら真夏の太陽の下、白球を追いかけグラウンドを走り回る少年達のような――うん、君は今、輝いて見えるよ。
――何もそこまで白熱しなくてもって思うのも事実だけどね。
「このままだと家が壊れそうだね」
仕方ない――飛び交う炎に溜息をこぼすと、葵は手の中に水の縄を生み出した。本来ならば犯人捕縛用のつもりだったのだが、これは用途変更もやむを得ないだろう。
シャオへと狙いを定め、そして縄を投げようとしたその時――
「うわ…ッ!」
猛攻をかわし続ける疲労がついに出たのか、逃げ回る男の体が大きくバランスを崩した。足がもつれたようだ。
「もらったぁ!!」
そこへ放たれたシャオの衝撃波が――
「あー……」
狙いを外し、男の抱えていたびりけんをかすめて過ぎる。
次の瞬間――……
■台風直撃
ごおぉぉぉぉぉぉぉぉう……っ!!
凄まじい轟音が、家中に響き渡った。
「何なの!?」
状況を把握するいとまは無い。直後、レピアの体は強い圧力を受け壁へと叩きつけられていた。
「風!?」
同様に薙ぎ倒された葵が、びりけんへと目を向ける。
男の腕から投げ出され床に転がったびりけんさん――その周囲を、確かに風が取り巻いていた。
「風っつーより、竜巻か台風だなありゃあ……」
小さいが、しかし猛烈な勢いを持っている事が明らかな竜巻が、びりけんを護るように発生している。容赦なく襲う風圧の中で、立っていられるのはトゥルースだけだった。
……ただでさえばっさばさな髪が更に乱れ、見た目の猛獣度が三割増量(当社比)してるけど。
「何で急に台風なんだよっ!?」
肩のリスともどもくるくると室内を飛ばされながら、シャオは完全に混乱していた。自分が放った攻撃がきっかけになったらしいと、それは察しがつくのだが、どういう仕組みで風が発生したのか、それ以上は理解不能らしい。
「とりあえず……ただの石像じゃないって事ははっきりしたわね」
「うん……凄い力だね」
ようやく体を起こしたレピアと葵は、ちゃっかりトゥルースの巨体を盾に風圧を避けながら、もう一度びりけんの方へと目を向けた。
そこにある光景を一言で表現するなら――
「……惨状」
――他に無い。
シャオだけでなく、男も飛んでいた。
それから机も襖も衝立も。
部屋中のありとあらゆる物が突風にあおられ、盛大にその場を舞っていた。
もはや、シャオの攻撃による被害など霞んでしまう程の惨劇が、そこにある。
「まぁ……この際全部びりけんのせいって事にしちまえばいいかな……」
当のシャオは一切の抵抗を諦め、なすがままに部屋中を旋回しながら責任転嫁の段取りを考えるばかり。一方の窃盗犯に至っては、完全に失神している。
――止める手立ての見付からぬまま、びりけんの突風は結局朝までやまなかった。
■エンディング
狂乱の一夜が明けた。
ようやく捕らえた男とびりけんを伴い、四人が報告のために師団へと足を運ぶと、彼らの話に真っ先に反応したのはグラファだった。
「風だと……?」
一声発するなり、やけに真剣な顔でびりけんを覗きこむ。
「――風衛石か」
ややあって彼の口を突いたのは、半ば呆然とした呟きであった。その表情は「信じられぬ」と云いたげである。
「もしかして、魔石の一種……?」
己の魔力を分け与え、様々な能力を持つ石を作り出す――かつてはそんな魔石錬師であった彼が反応するという事はもしや――レピアの推測は当たっていた。
「風の力を与えられた石で、自己防衛能力に優れているため、鎧や盾の装飾に使われる事の多い石だ。とは云っても、こんな大きさの物は俺も見た事が無いし、自己防衛するという事はつまり、削ったり割ったりといった加工が困難という事でもあるから、こいつで像を作るなんて事はとても……」
「――つまり、物凄く貴重品なんだねこれは」
ソーン広しと云えど、もしかしたらこれひとつかも知れない。正に、お好きな方にはたまらない逸品だろう。
葵のみならず、誰もが納得の表情をしていた。
「そりゃあ取り扱い注意だし、迂闊に他人にゃ触らせれねぇわな」
感心を通り越してもはや呆れ果てた目で、トゥルースが隣でしょぼくれている男を見下ろす。
「そんな貴重品ともなりゃ研究したくなるお前さんの気持ちもわからんでもないが、こりゃあまりに厄介すぎだ――懲りただろ?」
「……」
無言のまま、うなだれた頭が揺れた。
「ちょっとぶつけただけで台風直撃じゃあ、おちおち研究も出来ねーし。こんな迷惑なブツは諦めて、被害はそこの団長さんひとりに食らってもらう方がいいと思うぜ?」
苦笑いするシャオの言葉にも、また頭が揺れる。
「つまりわしは防風林扱いかいな……」
団長ひとりが情けない声を上げるが、直後に真横から放たれたツッコミが、そんな抗議をぴしりと封じてしまった。
「師匠の形見を手放す気は無いって、そう云ったのはあんただろ? だったら文句云いなさんな」
天井まで届きそうな程うず高く積まれた書類の向こう側――
「とにかく皆、お疲れさん」
――メルカは今日も、決済印を握っていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1720 / 葵 / 男 / 23 / 暗躍者(水使い)】
【1926 / レピア・浮桜 / 女 / 23 / 傾国の踊り子】
【2275 / シャオ・イールン / 男 / 12 / 撃攘師(盟主導師)】
【3255 / トゥルース・トゥース / 男 / 38 / 伝道師兼闇狩人】
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■ ライター通信 ■
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「聖獣界冒険紀行」としてお届けするのは初めてになる、人手不足師団の物語にご参加下さりありがとうございました。
執筆を担当した朝倉経也です。
肩の力を抜いたスーダラ路線という事でこんな結末となりましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
また、皆様のプレイングとキャラクターを活かしきれたかどうか……こうした集合型ノベルは久し振りのため、かなりドキドキしております。
レピア・浮桜様
お久し振りですね。頂いたプレイングの関係から、前半の描写が少なくなってしまい申し訳ありませんでした。
しかものっけからガン飛ばされてるし……。
無愛想なお目付け役のあの態度から察するに、野望(?)の達成はなかなかに難しそうですので、長期戦の構えをオススメ致します。
またお会いできる機会がある事を、心より願っております。
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