■CallingV 【木五倍子】■
ともやいずみ |
【0413】【神崎・美桜】【高校生】 |
チリリーン。
甲高い鈴の音が夜の街に鳴り響く。どこか葬送の音のようにも聞こえた。
暗い夜道にその音が響いた直後、闇の中から現れるようにその人物は現れた。
「憑物……」
近くにある街灯が点滅し、そして消えた。
辺りは闇に包まれる――――。
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CallingV 【木五倍子】
「俺は仕事だからついて行けないんだが」
「いいんですよ。買い物に行くだけですから」
「…………」
むぅ、と彼は顔をしかめた。
神崎美桜は苦笑した。
「心配しすぎですよ」
「……そうだな」
遠逆和彦は微笑する。
「美桜を信用しよう。道中、気をつけて」
*
正直なところ、和彦について来てもらっては困る。
(一緒に居ると買えないものもありますからね)
彼は気にしないかもしれないが……自分が気にするのだ。
細々したものを購入して、美桜は無事に家に向かって帰っている最中だった。両手に紙袋を持っている美桜は眉をひそめる。
(ちょ、ちょっと重い……。こういう時、和彦さんが居れば楽といえば楽ですけど)
そこまで考えて、美桜はハッと首を左右に振った。
(こ、これも体力をつける一環です……! がんばるぞっ)
紙袋を持つ手に力を入れて歩く美桜の耳に、小さな声が届いた。
助けを呼ぶ声だ。しかもこれは……人間の『声』ではない。
(これは動物……しかも、小さい……)
美桜はその声のするほうを目指して走り出した。とは言っても全力疾走はできない。
荷物が重いせいもあるが、美桜は元々足が遅い。
「はっ……はっ……和彦さんだったらもっと颯爽と走っていくのに……!」
羨ましい。自分もああいう足が欲しい!
紙袋を鳴らして走る美桜は、やっとその場所まで来た。流れ出る汗を拭う。
(あ、暑……。えっと、ど、どこ?)
きょろきょろと探すと、沼の近くに犬の親子がいるのが見えた。沼から何かがはみ出ており、それが犬の親子を攻撃しているのだ。
目を細めてうかがうと、沼から出てきているのは魍魎のようだった。
ここに和彦がいれば説明してくれるだろうが……美桜の知識では妙なゼリー状の物体にしか見えない。
襲われていた犬の親子の親犬はぐったりとした様子で倒れている。威嚇するように吠えているのは子犬のほうだ。
(ど、どうしましょう!?)
なんとかしなくては。
美桜は手荷物を手頃な木の根元に置くと、沼の近くに立っている看板を掴んだ。
(おっ、重いぃ〜!)
『沼に入るべからず!』という文字と妙なマスコットキャラが描かれた看板を引っ張り、振り回す。
「このっ……! ワンちゃんから離れなさい!」
看板の重みに任せて魍魎向けて振り下ろされたそれは、まったく効果がなかった。
べしゃ、と潰れたソレは元の姿に復元して美桜のほうを見た。
看板を落とし、美桜はじんと痺れる手を見下ろす。
(い、痛……。看板てこんなに重いんですね……)
しかし……看板を振り回すとは思わなかった。いくら慌てていたからとはいえ。
(……これも、和彦さんのおかげ……ですかね)
なんて感心している場合ではない!
美桜は子犬の前に立ちはだかる。守るように。
「こ、これ以上は手出しさせませんっ」
と、かっこよく言うのはいいが……美桜には攻撃手段はない。
(ど、どうすれば……。清浄護珠があるので防御はできますけど……)
相手の思考を読み取ろうとするが、まったく読み取れない。
そもそもこのゼリーのような敵は知能があるかも怪しかった。
逃げる、という考えがパッと閃いた。
(そうです! 今は逃げたほうがいいです!)
後で和彦に説明して、この妙なゼリーをなんとかしてもらおう。それがいい。
美桜はすぐさま犬の親子を抱えた。しかし……親犬がかなり重い。
(おっ、重い……)
今日はなんだか重いものばかり持っている気がする。
ふらつく足でよろよろと逃げ始めた美桜は、何かにぶつかってしまった。
「わっ!」
「あ、わりぃ」
どうやら人間にぶつかったようだ。
美桜は犬を抱え直し、相手に頭をさげた。
「すみません、こちらこそ。きちんと見ていなかったもので……」
そして顔をあげる。はっ、としたように美桜は動きを止めた。
長い前髪の間から覗く緑と黒の瞳。
(色違いの……瞳……)
背筋に悪寒が走った。なぜかは、わからないが。
少年は美桜の背後に迫るゼリーに気づき「ああ」と、気の無い声を出した。
「こんなとこに逃げてたのか。犬でも喰って元気になろうって魂胆か……?」
呆れたように言う少年の言葉に、美桜は怪訝そうにする。
少年はゼリーをぎろりと見遣った。
「……ったく。犬なんて喰っても美味くねえよ」
彼はいつの間にか手に漆黒のクナイを持っていた。それをゼリーに投げつける。
クナイがずどん、と身体に突き刺さったソレは……うごめいた。何が自分に起きているのか理解できず……「ぴ」と小さな声をあげて、破裂した。
飛び散ったゼリー状のものは地面に吸い込まれるように消えてしまう。
「…………」
呆然とそれを見ていた美桜は、少年のほうに視線を戻す。
誰だろう、この人は。
(黒い髪……。制服姿ってことは……高校生ですか?)
なによりも気になったのは、その色違いの瞳。
腕の中の犬の弱々しい鳴き声に美桜は「あ」と気づき、母犬の様子を心配そうに見た。
(かなり弱ってるみたいです……。私の血で治癒能力を増幅させられれば……)
そう思って美桜は犬を自宅に連れ帰ることにした。
「あの、この子を治療するためにうちに帰ろうと思うんですけど」
「……そんなことする必要はねぇと思うけど」
「え?」
「まぁ……おまえがそうしたいって言うなら勝手にすればいいだろ。一々オレに訊く必要はねーんだし」
当然と言えば当然のことを少年は言う。
「そ、そうですよね」
「ああ」
「あの……今回は助かりました。私、神崎美桜と言います」
「…………」
少年は面倒そうに後頭部を掻いた。
「オレは遠逆陽狩。助けたってほどのことじゃねーよ」
「とおさか!?」
ぎょっとしたように美桜が目を剥く。
慌てて自分の硬直を解いた。
(そ、そうですよ……。前に和彦さんに考え過ぎって言われましたし……)
美桜はにっこりと微笑んだ。
「遠逆さんですか」
「ああ」
「私の……彼氏も、その、遠逆という苗字なんです」
気軽にそう言うと、陽狩は「へぇ」と微笑んだ。愛想のいい少年だ。
「遠逆和彦さん、って言うんですけど。……あの、お知り合いとかではないですか?」
「知らねーな、全然」
さらっと笑顔で言う陽狩の言葉に美桜はがくっ、とする。
「遠逆という家の退魔士なんです。四十四代目になったんですけど……すぐに降任した……人です。
遠逆さんは、そこの退魔士じゃないんですか?」
「……確かにオレは遠逆の退魔士だけど。それがおまえに関係あんの?」
棘のある声ではないが、陽狩は突き放すように目を細めた。
「そのトーサカカズヒコ? ってヤツとおまえが恋人だろうがオレに関係ねーだろ」
「そ、それは……」
美桜は、和彦に起こった様々なことを思い出していた。
憑物封印のこと。それによって、彼の命が危険に晒されたこと。
「……遠逆さんは、なぜここに? お仕事ですか?」
「それも、おまえに関係ねぇ」
だろ? と陽狩は簡潔に呟く。
「遠逆なんて名前の退魔士くらい、この日本を探せば居るところには居るだろ」
「そう……ですね」
考え過ぎ、という言葉が美桜の脳裏によぎった。
美桜は今度こそと笑顔を浮かべる。
「でも退魔士さんなら、大変ですね。私に手伝えることがあるなら、お手伝いします」
「ねーな」
またもあっさりと陽狩は言い放った。悪意が込められてはいないが、明らかに美桜は落胆する。
「だいたいお嬢さんにできることなんて、オレ、わかんねーし。
見るからに体力なさそーだしな。学生なんだから学校で勉強してろよ」
「そ、それは……」
「オレを手伝ってる暇あったら、もっと他にやるべきことあるだろ。他人にお節介してねーで、自分のことやれ」
彼の言うことは、しごく当たり前のことだ。
「で、ですけど……」
「じゃあ逆に訊くけど……オレに手伝えること、あるか?」
ニッと笑って言う陽狩に、美桜は言葉に詰まった。
陽狩に手伝ってもらうこと? いや……特にはない。
きょろきょろと見回して、紙袋に目がとまった。
自分は両手で犬を抱えている。あの荷物までは持てない。
「えっと……あの、すみません……。よければウチまで荷物を運んでくれませんか?」
「…………」
陽狩はきょとんとし、それから吹き出して笑った。
「それくらいはいいけど……。お嬢さんは無用心なんだな。こういう時は、携帯電話で彼氏を呼ぶのが普通だろ?」
「あ……」
そこまで考えていなかった。
陽狩は母犬の頭をぐりぐりと撫でる。
「足と内臓が少しやられてるな……。ま、これくらいならなんとかなるだろ」
「へ?」
彼はふ、と目を細めた。陽狩は手を離す。
ぐったりしていた母犬が突然耳をピンと立て、もぞもぞと動き出した。
「えっ、ど、どうしたの、急に!?」
「もういいから放せ」
「で、でも……」
「もう元気だぜ、そいつは」
陽狩の声に反応して、母犬は大きく吠えた。美桜の足もとをウロウロしていた子犬もつられて吠える。
美桜は母犬を降ろした。
犬はじゃれつきながらさっさと行ってしまった。
「ほら、これで荷物が持てるようになった。満足か?」
にこっと明るく笑う陽狩を、美桜は呆然と見る。
「ど、どうやったんですか?」
「企業秘密。それに、ああいう野良犬は環境が変わるとストレスになるからな。お嬢さんの家で世話するのは、やめたほうがいい」
陽狩は紙袋のほうへ歩き、それを持つと美桜のほうへ戻ってきた。そして紙袋を差し出す。
「ほら」
「あ、はい」
受け取った美桜はずし、と重みのくる荷物に苦笑した。
「じゃあな」
陽狩はさっと片手を挙げて美桜から去ろうとする。驚く美桜は「えっ」と戸惑う。
「あ、あの!」
足を止めて陽狩は振り向く。
「なんだ? まだなんか用があるのか?」
「ど、どうして東京にいるんですか?」
陽狩は呆れたような顔をする。
「だからさ、それはおまえに関係ねーだろ? なんで他人にオレの居る理由を一々説明しなきゃならねーんだよ」
「か、関係なくないかもしれません」
もしも和彦に関わることだとしたら……! そう思う美桜に、陽狩は溜息を吐く。
「それはそっちの都合で、オレには関係ねーし、言う必要もねーよ」
じゃあな、と片手を挙げて去る陽狩の背中を、美桜はただ見つめていた。そうすることしか、できなかった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
陽狩との出会い、いかがでしたでしょうか? 初対面ということもあり、陽狩はまだまだ心を開く様子はないようです。
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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