■CallingV 【木五倍子】■
ともやいずみ |
【6494】【十種・巴】【高校生、治癒術の術師】 |
チリリーン。
甲高い鈴の音が夜の街に鳴り響く。どこか葬送の音のようにも聞こえた。
暗い夜道にその音が響いた直後、闇の中から現れるようにその人物は現れた。
「憑物……」
近くにある街灯が点滅し、そして消えた。
辺りは闇に包まれる――――。
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CallingV 【木五倍子】
十種巴は早足に帰路を急いでいた。
今日はやけに遅くなってしまった。
(ああもうすぐ真っ暗)
血のように赤い夕暮れ。それがもうすぐ終わってしまう。
かーくれんぼするもーの……
「へ?」
巴は足を止めて周囲を見回した。何か聞こえたような気がしたのだが。
「? ……気のせいかな」
怪訝そうにする巴は視線を前に戻す。
リーン……という、鈴の音が遠くで聞こえた気がした。
いつの間にか……道の先に誰かが立っている。
黒の、短い学生服姿の少年は片手を腰に当てていたが――――ゆっくりと巴のほうを振り向いた。
瞬間、またあの声が聞こえた。
こーのゆーび、とーまれ。
辺りは闇と静寂に包まれ、巴と少年の姿はそこから忽然と消えていた。
*
一瞬で景色が変わった。
建物や風景そのものが変わったわけではない。辺りを占める色合いが劇的に変化している。
暗い緑の空。
「な、なにこれ……?」
悪い夢でも見ているのだろうか。
そう思えるほど奇妙な空間だった。
あそぼ。
あそぼ?
耳元で声が聞こえて「わあっ!」と巴は悲鳴をあげた。
振り向いたそこには誰もいない。
「な、なんなの……!?」
「しぃ」
今度は背後からそんな声が聞こえた。「静かに」とでもいう感じの。
振り向いたそこに、先ほど見た少年が居る。長い前髪で顔がうまく見えない。
「あまり騒ぐのはいいことじゃねーよ。お嬢さん」
「は、はあ?」
「『かくれんぼ』っていうのは、黙ってなきゃな? 見つかっちまうから」
「???」
なんだこの人。
(変な人……)
だがなんとなくわかる。巴も霊障関係の仕事を時々するから。
(この人……同業者? にしては……なんだか少し、異質な感じも……)
なんだか見た目が少し暗そう……。
「あの、ここはどこですか?」
「…………それは禁止事項だ。ここでは明かせないな」
「禁止? さっきから聞こえる『声』は何?」
「憑物の声」
「ツキモノ?」
「人に憑き、物に憑き……。まぁ、物の怪だな」
「もののけ?」
そんな気配は感じない。いいや、この場所、この世界全てから、自分たち以外の気配などなかった。
そもそも巴もそれほど霊障を得意とするわけではない。戦闘など、もってのほかだ。
(閉じ込められたってことかな……。どうすればいいの? 目の前のこの人、なんかあんまり役に立ちそうにないし……)
もーういーかーい?
ぐわん、と頭に響くほどの大音量で声が響いた。巴が耳を手で塞ぐ。
少年は平然としたままで囁く。
「もうい……」
「ま、待ってください! なに言おうとしてるの!」
「何って……。返事だけど」
「そんなことしたら、なんか、危険にならない? 嫌な予感するもの」
不安そうな顔をする巴を見て、彼は小さく笑った。馬鹿にされた!? と巴は少しショックを受ける。
いくら少しばかり年上だからって……笑うことはないと思うのだが。
「見た目は勝ち気そうなのに……案外、弱気なんだな」
「なっ……!」
反射的に頬を赤らめる巴に彼は言う。
「まあ見てなって。お兄さん、こういうものの専門家だからよ。ぱっぱと片付けてお嬢さんを元の場所に戻してやるから」
もーういーかーい?
「もういいよ」
ぼそっと、少年が応えた。
刹那、大きな鐘の音が響き渡った。頭に衝撃を与えるほどのそれに、巴は顔をしかめる。
「ど、どうするの? 隠れるの?」
「隠れてどうするんだ?」
「だって……見つかっちゃうじゃない! これは『かくれんぼ』なのに!」
「……鬼はオレたちだぜ?」
「ハ?」
逆ではないのか?
(だって『もういいかい?』って言ってたじゃないの……)
わけがわからずに眉をひそめている巴を無視し、少年は歩き出した。一人で残されるのも心細い。巴は慌てて彼の後を追いかけた。
普通に歩く少年に、変わったところはない。どこからどう見ても、ただの高校生だ。
(見た感じは……高校二年生、よね。あれって短ランってやつ?)
「ついて来なくても大丈夫だぞ?」
振り向かずに言われて巴はぐっ、と言葉に詰まった。
「勝手に一人で行かれると、困るのよ」
「…………あっそ」
困るのは自分だ。それがわかっている巴は羞恥に赤くなった。幸いなことに、彼はこちらを振り向こうとはしなかった。
(やっぱり、変な人。よく聞く『オタク』かしら)
巴は、目の前をただ歩く少年と距離を開けすぎないように注意していた。
自分一人では解決策がない。かと言って、この男にどうにかできるわけもない。しかし……この男の妙な自信が気になる。
(ダメよ巴、油断しちゃ。この人、もしかしたら口だけ男かもしれない。いるいる。そういう人って)
クラスの男子だってアホなだけだ。もっとまともな男がいればいいのに。
歩き回って気づいたのだが、どこもかしこも見覚えのある景色だった。学校の登下校に通る道。郵便ポスト。全てが現実世界そのままに存在している。
(こんな広い場所で見つけられるの? 無理よ!)
焦りのようなものがじわっと広がり、巴は次第に苛立ち始める。
この男に任せていいものか。別行動をしたほうがいいのでは? 歩き回るだけで、一向に探す気配も見せない。
「ねえ、いつまで続けるの? 探さないの?」
「探してるだろ?」
肩をすくめる少年に、巴はムッとする。
(どこが!? どこが探してるの? ただ歩いてるだけにしか見えないけど!)
延々と歩いていたが、結局ぐるっと回って元の場所に戻ってきてしまった。
(い、意味わかんない……)
ぐったりと疲れている巴とは違い、少年は疲労した様子が無い。
「だからついて来なくていいって言ったのに」
「う、うるさいなぁ……」
しかし元の場所に戻っただけで相手は見つかっていない。もしやと思うが憑物というのは我々を惑わせていたのだろうか?
少年はいつの間にか手にチョークを持っていた。黒いチョークだ。
「これで全部か」
ピッ、と軽くチョークを振ると、道の真ん中……しかも空中に「黒い線」が浮かび上がった。
「な、なに……その線?」
「これは『囲い』。待ってな。炙り出してやるから」
パン! と少年が両の掌を合わせ、素早く印を組み始める。密教ものの術だろうかと巴は見ていたが、よくわからない。
「――爆ぜろ」
少年の言葉と同時に、囲まれた箇所が全て強力な力で吹っ飛ばされてしまった。
物凄い威力だ。
唖然とする巴は、炎の中で悲鳴があがったことに気づく。
*
ハッ、とすると、元の場所に戻っていた。
薄暗い空。そして、見慣れた道。
(戻った……)
目の前に立つのは先ほどの少年だ。
「ひどいよ」
少年の向こうに黒いものが居るのに巴は青ざめた。全身が黒い毛で覆われ、子供ほどの大きさだ。だが声が老人である。
「ひどいよ。ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい」
「ひどくねぇよ」
少年は振り向いて言い放った。
「酷いのはおまえだ。迷わせて喰らってただろ?」
「これは遊びだ。あれは罰。見つけられなかった罰」
「ルールってのは、きちんと説明しねーとな。一方的じゃ、ダメだろ」
恐れもせずに会話する少年の異様さに巴はますます怯える。
この人なんなの? あんな気持ち悪いものになんで平気で……。
「ひどいひどいひどいひどい。だから罰、だ……!」
ソレが大きく伸び上がって巨大化した。まるで膨張だ。
「ひっ、あ」
驚いて後退しようとした巴が何かに躓いて尻餅をつく。
「おめぇも骨までしゃぶってやるぞぉ」
「オレは不味いと思うぜ?」
少年の足もとから、彼の影が空中に浮き上がった。それが見る見る硬質化し、彼の手におさまる。
青龍刀だ。漆黒の青龍刀を彼は握り締めている。
ソレは大きな、岩のような腕を少年目掛けて振り下ろした。衝撃で少年が潰されてしまうと巴は瞼を閉じる。
ずしん……、と音がした。
(ど、どうしよう……ぺしゃんこになってたら……!)
がたがたと震える巴はゆっくりと瞼を開いた。
少年が敵の一撃を受け止めていたのだ。
「う、うそ……」
体重差が、とか。そういう次元の問題ではない。
どこかで常識が覆され、少年は相手の一撃を刀で受け止めているのだ。
「ひどいひどいひどいひどい」
更に膨張して大きくなっていく。
空が覆われてしまうのではと思ったその時、少年は冷たく言い放った。
「もういいだろ」
ぱん、という乾いた音。
怪物が、風船のように破裂した。
臓物が散るかと思ったがそうではない。降り注ぐのは人骨だった。
空から落ちてきた骨に巴が悲鳴をあげて少年の足にすがりつく。
「大丈夫。これはまやかしで……」
瞼をきつく閉じている巴を見て、少年は押し黙り……嘆息しつつ後頭部を掻いた。
程なくして、落ち着いた巴に少年は「大丈夫か?」と声をかけた。
完全に腰が抜けている巴は黙ったままだ。
少年は自身の前髪を軽く払った。顔が巴から見える。
「ほら、手。立てるか?」
緑と黒の瞳。色違いもあるが、少年は驚くほどの美少年だった。
巴は一瞬で緊張して、おずおずと手を差し伸べる。
(き、綺麗な目……)
彼の瞳が一番印象的だ。魅了するような輝きがある。
少年が巴に見られていることに気づいて怪訝そうにした。
「あっ、見られるの嫌だったらごめんなさいっ」
「いや……別にかまわねーけど。怖い目に遭わせて悪かったな」
謝る少年に、立ち上がった巴は両手を振った。
「いや、そんなっ。あ、ありがとう、助けてくれて」
危険だった自分を無傷で助けてくれたのは本当のこと。礼を述べるのが筋だろう。
自分の文句に嫌な顔一つせずに居てくれたのに、と巴は申し訳ない気持ちになる。
「気にすんな。でも、お礼を言える若者もいるんだな」
「は?」
「昨今の日本の若者は礼儀が悪いって聞いてたんだ」
「お礼くらい言える! あの、きちんとお礼もしたいんだけど……ど、どうすれば……」
彼は朗らかに笑った。笑うと余計に幼く見える。
「いいって。まあ気をつけて帰れよ。日本も物騒らしいから」
「あ、待……! 今度きちんとお礼するから! 名前……名前教えてください! 私は十種巴!」
軽く跳躍すると彼は近くの塀の上に立った。
「名乗られたら名を明かさねーとな。オレは遠逆陽狩」
「とおさかひかる……」
憶えようと必死になる巴は鈴の音が響いたので周囲を見回した。
視線を戻すと陽狩の姿はどこにもない。
まるで――彼自身もまやかしであったかのように。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】
NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
陽狩との出会い、いかがでしたでしょうか? 出会ったばかりなのでなんとも……な感じですが、頑張ってください!
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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