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■CallingV 【木五倍子】■

ともやいずみ
【6603】【円居・聖治】【調律師】
 チリリーン。
 甲高い鈴の音が夜の街に鳴り響く。どこか葬送の音のようにも聞こえた。
 暗い夜道にその音が響いた直後、闇の中から現れるようにその人物は現れた。
「憑物……」
 近くにある街灯が点滅し、そして消えた。
 辺りは闇に包まれる――――。
CallingV 【木五倍子】



 知り合いのピアニストは言った。
「娘が学校の近くで最近よく鈴の音を聞くそうで」
「鈴?」
「風鈴のような、あんな音らしいんだ。空中からリーン、と響くらしいし……。不気味でね、この間車で迎えに行ったんだよ」
「そうですか」
「娘が悲鳴をあげて『聞こえる』って騒いだんだが……。それが不思議なことにボクにはさっぱり聞こえなくてねぇ」
「え? 全くですか?」
「幻聴だと思うんだけどね。娘の同級生も一人、聞こえるって言ってる子がいるんだよ」
 円居聖治は「へぇ」と小さく呟いた。
 もしかしたらそれは「怪異」ではないだろうか?
(……学校付近に何かが生息しているのかもしれません……)
 ピアニストは苦笑する。
「やあ、でも聞いてみたいよ。娘はすごく綺麗な音色だって言うんだ。でも、やはり気味が悪い」



 教えてもらった学校の住所。地図で調べてそこまでやって来た聖治は、我ながらなんという物好きかと思った。
(いえいえ。これでもし怪異ならば、それを鎮めるのも私の役目。このまま放置して、学校の生徒さんに危険が及んだら大変ですしね)
 実は、例の鈴の音も聞いてみたかったのだ。
(私にも聞こえるといいんですけど)
 夜間に来たため、学校の門は閉まっている。
 聖治は眉をひそめた。
(……困りましたね……。無理に侵入すると、犯罪者になりかねません……)
 なにせ女子高だ。
 裏手に回ってみることにした。裏門もどうせ閉まっているとは思うが。
(校内なら手出しはできません……。とにかく、おかしな波紋があるところを探って……)
 視線を感じて聖治は振り向いた。
 しん、と静まり返っている。
(……? 気のせいでしょうか? 誰かに見られていたような気が……)
 だが誰もいない。
 見えるのは頑丈な門と、それを照らす街灯。薄暗い道には人の気配など微塵もない。
(…………やはり気のせい……?)
 辺りの気配に乱れたところはない。
 怪しげなものがあるなら、聖治には感知できる。
 聖治は多少納得できない様子だったが歩き出した。

 学校はそれほど大きくはないが、古い作りをしている。
(伝統的というか……。昼間はもっと明るくて賑やかなんでしょうけど)
 塀の外から眺めていた聖治は裏門まで来て少し背伸びをしてみた。
 門は閉まっている。背伸びをして見た限りでは、校内では何も起こっていないようだ。
(お話では夕方以降に聞こえる、ということだったんですが……)
 腕時計を見遣り、こんな深夜では無理か、と聖治は少し落胆した。
 明日も仕事なので今日くらいしか空いていないのだが……。
(またの機会にでも期待しますか)
 そう思ってきびすを返した瞬間、背後でリーン、と音が響いた。
 聖治の胸が痺れるほど澄んだ音色だ。ぎくっとしたように振り向くと、そこに誰かが立っていた。
 片膝を立てて座っていた少女はゆっくりと立ち上がる。
 長いツインテールの髪。丸眼鏡を少し押し上げたセーラー服の娘はキッ、と前を睨んだ。
 どこから現れた?
 さっきまでいなかったはずだ。
 聖治の胸中に疑問が渦巻く。だがなにより、薄い月光に照らされた少女の面立ちは美しかった。
(……美しいお嬢さん……ですね……)
 もしかしてこの人が「怪異」?
 見た目は人間だし、気配も人間だ。
 聖治は思案していたが、思い切って声をかけてみることにした。もしも鈴の音と関係があるなら、と思ったのだ。
「もし、お嬢さん」
 聖治の呼びかけに少女がギラっと見てくる。色違いの瞳に聖治は驚いた。
 深い深い青の瞳と、対照的な黄土の瞳。
 少女は可愛い顔をしかめ、「なによ」と棘を含んだ声で応えた。
「最近この付近で聞こえるという鈴の音……もしかして、あなたに関係がありますか?」
「…………」
 彼女は片眉を吊り上げ、やや経ってから「それが?」と声を出す。
「あなたなんですか? あの、なぜ鈴の音を?」
 何か事情があるのだろうか?
(こんな可愛い娘さんが夜分にうろうろするというのも……きっと何か事情がありそうですし。私で手伝えるなら)
 親切心が働いていた聖治から彼女は視線を外す。
「なぜ? そんなの知るわけないじゃない。わたしが移動すると、そういう音が聞こえる連中もいるのよ」
「……? えー……と、よ、よくわからないのですが……」
「うるさいわね! だいたいあんたなんなの!? 女子高の周辺をウロウロ……」
 少女がそこで言葉を止め、目を見開く。
「わ、わかった……! あんた……あんた女子高に忍び込もうとしてるドロボーね! 下着ドロ!?」
 彼女はおぞましさに鳥肌を立てた。そしてよろめきながら聖治と距離をとる。
「見た目が紳士っぽいのに……!
 でもそういうものよね。性犯罪者も、そうと見えない人が犯人ってことも多いもの」
「あの……誤解……だと思います」
 ちょっぴり汗を流しながら言う聖治は学校を指差した。
「私の知り合いの娘さんが通う学校です。最近この辺りで頻繁に鈴の音を聞くというので、調べに来たんです」
「……探偵?」
「いえ?」
「じゃあナニ?」
「私は調律師をしています」
 穏やかに微笑んで言うと、少女は腕組みして目を細めた。
「嘘をつくなら、もっとマシなのつきなさいよ。なんで調律師がわざわざ調べに来るのよ、こんな時間に」
「この時間しか空いてなくて……。もっと早くに来る予定だったんですが」
「…………」
 信用していないという目で見られてしまい、聖治は内心苦笑した。
 少女はしばらくしてから両腕を解き、下ろす。
「どちらにせよ、下着ドロはやめたほうがいいわ。癖になるから、ああいうのって」
「いえ、だから違いますから……」
「それに今日は狙った獲物が来ている」
 くっ、と彼女が低く笑った。背中がヒヤリ、とするような笑みだった。
 聖治は彼女に尋ねた。
「狙った獲物……? お嬢さんは……ど、泥棒……ではないですよね、まさか」
「誰がドロボーよ! あたしは魚を捕まえに来たんだから!」
 えっ、と聖治が目を見開く。
「校内の池かどこからか魚を盗むつもりですか!?」
「誰がそんなことするのよ! ぶっ飛ばすわよあんた!」
 怒鳴る少女が裏門へ近づいていく。
 すると彼女はずる、と吸い込まれるように姿を消した。
「あ、お嬢さん、待ってくだ……」
 追いかけた聖治も、見えない壁に吸い込まれてしまった。



「なんでついて来てんのよ!」
「……はは。つい……」
 苦笑する聖治を、少女が嫌そうに見遣る。
 そこは先ほどまで居た場所と似ていたが、違う。
 聖治は空を見上げた。魚が飛んでいる。
 空には月がある。青い月だ。
(ここはどこでしょうか……。なんだかやけに空気の濃いところというか……)
「あの空を飛んでいる魚……」
 言いかけた聖治はそのまま停止した。
 魚は魚だが……。
(上半身が……女性ですね……)
 人魚?
 淡い青の肌の女の下半身は鱗で覆われた魚のもの。
「人魚、ですか?」
 聖治の呟きを無視して、少女は上空をあちこち見遣った。空中を泳ぐ人魚たちの中に目当てがいるようだ。少女はぶつぶつと何か言っている。
「……捕まえるのは無理か。
 ちょっとあんた」
 唐突に聖治のほうを見た。聖治は「はい?」と応える。
「そこを動かないように。いいわね?」
「え、しかし……」
 聖治は空を見上げる。楽しそうに歌いながら泳ぐ人魚たちはここからよく見えない。
「私でよければ……お手伝いしますけど」
 空気の流れを感じながらそう言うものの……この場所が異常なので自分が役に立てるか自信はない。
 ここはなんだか……とても密度の濃い場所だ。息苦しいとも言う。
 目の前の少女が何者かはわからないが、一人でするよりも二人でしたほうが早く終わることだってある。
「可愛らしいお嬢さんを助けるのは、やはり男の役目だと思います」
「いいからここから動かないこと。いいわね!」
 聖治の申し出を聞き入れず、少女はたん、と跳躍した。門の上に立つ。
 もう一度聖治を見た。
「いい? 動くんじゃないわよ。命が惜しいならね」
「…………わかりました」
 逆らうとますますこの少女を怒らせることになるだろう。
(それに、なんだか策がありそうな感じもしますし)
 聖治の返事を聞いて鼻を鳴らすと、少女は一気にそこから駆け出した。細い塀の上を疾走した彼女は軽々と近くの電柱を踏み台にして上空へと跳ぶ。
 とんでもない身体能力だ。まるでサーカスや……映画のアクションシーンを観ているよう。
(わ……すごい娘さんですね)
 少女は空中に踊るように跳躍し、泳ぐ人魚の一体に狙いをつけて腕を引いた。
 いつの間にか。
 彼女の手には武器が握られていた。両手に握られているのは三叉の――サイ。
 人魚が初めて少女に気づいた。甲高い声で鳴く。
 ぐんぐん近づいて来る少女はサイを構える。
 人魚に到達したと思った瞬間、人魚がバラバラに切り刻まれていた。
 泳いでいた他の人魚が仲間の悲鳴に反応して、全員甲高い鳴き声をあげた。
 脳を直接攻撃するようなひどい音だ。聖治は顔をしかめる。
(視界が霞む……)
 耳の奥で反響するその音に意識が一瞬、飛んだ。
 どしゃ、と尻餅をついたことさえ聖治は気づかなかった。
 人魚たちがその音に気づくと一斉に聖治のほうに泳いでくる。
 まずい、と思ったが体が動かない。
 人魚たちの水かきのついた手が、伸び――――。
「偉いわ。よく動かなかったわね」
 聖治の目の前にいつの間にか少女が立っている。彼女は武器を掲げ、一瞬で、迫り来る人魚たちを切り払った。
 飛び散るのは青い血。悲鳴をあげる人魚たち。

 は、とするとそこは学校の裏門の前だった。
 聖治は立ち上がり、佇む少女をぼんやり見遣る。
「あの人魚、男が大好物なの。最近惑わせてここで喰ってたのよ」
 そう説明した少女は「じゃあね」と言って歩き出した。
「あ、待ってください」
 聖治は背広の内ポケットから名刺入れを取り出して、名刺を差し出した。
「どうぞ。円居聖治と言います。本物の調律師ですよ?」
 彼女は少し嫌そうな顔をした。
「……名乗られたら名乗るのが礼儀。わたしは遠逆深陰よ」
 名刺をピッと弾くように受け取ると、彼女は今度こそ早足で歩き出した。
「じゃあね。変な女に惑わされると、喰われるかもしれないわよ。気をつけなさい」
 深陰の姿が見えなくなるまで眺めていた聖治は、ぽつりと呟いた。
「遠逆深陰……さん、か」
 不思議な、少女だった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6603/円居・聖治(つぶらい・せいじ)/男/27/調律師・調魂師】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、円居様。ライターのともやいずみです。
 深陰との初めての出会い、いかがでしたでしょうか? まだ最初なので微妙ですが……。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!