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■CallingV 【木五倍子】■

ともやいずみ
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 チリリーン。
 甲高い鈴の音が夜の街に鳴り響く。どこか葬送の音のようにも聞こえた。
 暗い夜道にその音が響いた直後、闇の中から現れるようにその人物は現れた。
「憑物……」
 近くにある街灯が点滅し、そして消えた。
 辺りは闇に包まれる――――。
CallingV 【木五倍子】



 初瀬日和は小さく溜息をついていた。
 この公園にはよく来るのだが、この頃暑さのせいか、花の元気がないように見える。
 日和は屈み、花の様子をみる。
(やっぱり……元気がないですね。この暑さのせいもあるでしょうけど……)
 それでも突然こんなに萎れてしまうのはおかしい。
 唇を軽く噛み、日和は口を開く。
 植物の成長を歌で促進できる日和だったが、その能力はそれほど確かではない。日和自身うまく扱えないものなのだ。
 できるかわからないが、やってみるだけ……。
 微かな声で歌っていた日和の肩を、誰かが叩いた。
 驚いて振り仰ぐ。
「こんなところで何をしてるの?」
 見上げた先に居たのは、長い髪の少女だ。年の頃は日和と同じくらい。いや、向こうのほうが年上かもしれなかった。
 長い髪をツインテールにした彼女の眼鏡の向こうの瞳は――青と黄土。色違いだ。
(まるで……冬の月)
 凛としたその雰囲気に、日和は動けないでいた。
 色違いの瞳をした人を、日和は二人ほど知っている。遠逆和彦と、遠逆欠月だ。
(あの二人と……何か関係があるのでしょうか?)
 いいやそれよりも。そんなことは今は。
 日和は見惚れていた。
 男性に感じる、異性に対するものではない。
 純粋に感じた美しさに、日和は感嘆の息を吐いた。
 自分にはないものを持っている。本能的にそう感じた。
(魅力的な、綺麗な人……)
 彼女は目を細めた。
「ちょっと。なにボヤっとしてんのよ? 質問に答えなさいよ」
「えっ? あ、ごめんなさい。つい見惚れてしまいました……」
 苦笑しながら立ち上がると、少女は呆れていた。白けていた、とも言う。
「見惚れる? わたしに?」
「はい。あの、綺麗だったので」
「ああ……外見が目立つってこと?」
 少女は面倒そうに言うと、日和に人差し指を向けた。
「質問に答えなさいよ。ここで何してたの?」
「私ですか?」
「あんた以外に誰がいるのよ?」
 いい加減にしてよね、という口調の少女に日和が視線を伏せる。
「私は……花が元気がないので、なんとかできればと思って」
「…………なにそれ」
 白い眼で見てくる少女に日和は戸惑う。どう説明すればいいんだろうか?
「私の歌……少し特殊で……あの」
「歌ってただけ? それだけ?」
「は、はい」
 日和の言葉に少女は思案するように目を伏せたが、すぐに顔をあげる。
「なら別にいいわ。悪かったわね、キツく言って」
 悪いとも思っていない口調で言い放った少女はすたすたと歩き出した。
「え、あ、あの、ちょっと……」
 なんなのだろうか? というか、この人はなんだ?
「あの、ま、待ってくださいっ」
 声をかけると少女は足を止め、振り向く。ぎろっとした冷たい視線に日和はびくっと反応した。
「なに? なんか用なの?」
「あの……あの、花が元気がない理由をご存知なんですか?」
 なぜそんなことを訊いたのか、日和自身わからなかった。
 直感に従っただけ。彼女は何か知っていると感じただけなのだ。
 瞳が色違いだから? 月の雰囲気だから? ――身のこなしが、普通の人と違うから?
 少女は目を細める。
「知ってるけど。それが?」
「知ってるんですか!?」
「まあね。この付近で起こってる怪異を解決するために、ここまで寄っただけだから」
「怪異?」
「誰かが植物から生命エネルギーを集めているのよ。
 ……あんた、普通の人間じゃないからわかるわよね、その意味」
 日和は頷く。普通の人は持っていない能力を日和は持っているのだ。それに、こういう事件に巻き込まれたのは一度や二度ではない。
「心配しなくてもなんとかするから。ただでさえ暑苦しいってのに、やめて欲しいわよね」
「あ、あの、ごめんなさい」
 突然謝る日和を見て、彼女は「は?」と眉をひそめて言う。なぜ謝られるのか、彼女はわからないのだ。
「私のさっきの能力、身体に負担がかかるのであまり積極的に使えるものではないんです。……でも、紛らわしいことをしてしまったようで、ごめんなさい」
「…………」
「私が不用意だったことで……何か、お邪魔をしてしまったのではありませんか?」
 この少女は怪異の原因を探していたのだ。そこに日和がいた。
 もしも彼女の捜索の邪魔をしていたのならと、日和は謝ったのだ。
 紛らわしい真似をして混乱させた。きっと。
 少女は「はー」と溜息を吐き出す。
「邪魔だったら邪魔って言ってるわよ。
 ああそうだ。邪魔だからさっさと帰って」
 しっしっ、と追い払う仕種をする少女に日和は唖然とする。あからさまに邪魔という態度をとられたのは初めてだ。
「あの、手伝えることは……ないですか?」
「ないわ」
 きっぱりと彼女は言い放つ。取り付く島もない。
 少女は腕組みした。
「一人で十分。わたしは退魔士だから、あんたの手助けなんて必要ない」
「退魔士さんなんですか!?」
 びっくりする日和に彼女は不審そうにした。
(お、驚きました……。色違いの目に退魔士なんて……)
 これで苗字が「遠逆」だったら……。なんてことを思ってしまう。
 少女は不気味なものでも見るように日和に視線を向けていた。
「退魔士だけど……。なに? わたしが退魔士なのが変なわけ?」
「そ、そうじゃないんです! えっと……若くて綺麗なのに、すごいなって思って……」
「…………」
 少し、少女が不愉快そうに顔をしかめた。褒められるのが好きではないのかもしれない。
「……どうでもいいけど、さっさと公園から出たほうがいい。足手まといだから」
 冷たく言い放った彼女はぴくっ、と小さく反応した。すぐさま目を細めて舌打ちした。
 彼女は足もとに手を向ける。
「ったく。回収しに来たか」
 え、と日和が思った時には公園の上空に壷を抱えた妙なものが浮いているのが見えた。
 白い霧のようなそれは人の形をとるように集まっては離れ、を繰り返している。
「あ、あれは?」
「このへんの生命エネルギーを集めてる……ヤツの手下ってとこかしら」
 少女の手に、彼女の影が集まって形を作った。日和がとてもよく見知っている光景だ。
 遠逆和彦。彼が用いていた攻撃方法だ。
 少女は空中で、形になった影を掴む。アーチェリーだ。
 すぐさま矢も出現させて構えた。
「本体を叩かなきゃならないけど……。まあいいわ」
 矢を放つ少女は薄く笑っている。矢は恐ろしい速度で空中を飛び、白い霧を射抜く。
 霧は苦しみのために体を折るような仕種をし、散った。
 少女は「んー」と唸る。
「生霊の類いかしら……。存在が希薄っていうか……」
 持っていた武器から手を放すと、武器はどろりと溶けて地面に落ちた。
 何から何まで、日和にとっては懐かしいものだ。
 少女は眉をひそめて何か思案していたが、やがてぶつぶつと何か呟き始める。
「あ」と日和が声をあげた。上空に先ほどの白い霧がまた現れたのだ。
 少女はそれを視線だけ遣って確認するとフ、と呟く。
「■■弓■敵■縛■」
 日和にはうまく聞き取れない。少女は足もとの影を別の形に作り上げて手に持った。
 ピンと張っている弦を指先で弾いた。
 空気に波紋が広がるように、見えない衝撃が弓を中心に繰り出される。
 白い霧が空中に固定され、動かなくなった。
「あれ……は、なんですか?」
 霊感のない日和には、霊体であるならば見えないはずだ。ではアレはなんだというのか。
 不思議そうに尋ねる日和に、少女は肩をすくめる。
「夢の産物、じゃないの?」
「夢?」
「どっかの人間が無意識にやってることよ。不安定だし、中途半端。あんたにも見えるんだから、そういうことね」
 彼女は武器を下ろし、嘆息した。
 日和は上空を見上げる。こんな青空の下だと、まるでアレは雲のようだ。
「……どうして植物からエネルギーを奪っていたんでしょうか……?」
「そんなこと知ってどうするの?」
「どうするって……理由があるなら、知りたいって思いますよ?」
「ふーん」
 少女はどうでもいいや、という口調でそう洩らすと固定されている白い霧に向けて何か囁く。この言葉も日和にはきちんと聞き取れなかった。
 白い霧はくる、と方向転換してどこかに飛び去ってしまった。
 困惑した日和は少女と空を交互に見る。
「ど、どうしたんですか?」
「どうって……主のところに返しただけよ。そんなに大げさに騒ぐことじゃないわ」
「じゃあ追わなくていいんですか?」
「追う? 今すぐ追うなんて面倒なことしないわよ」
「で、でも……それでは解決したとは言えないのでは……」
 花がこれ以上萎れてしまうのは見たくない。解決するなら早いほうがいい。
 日和のそんな考えを見透かしたように少女は鼻で笑った。
「解決したなんてわたしは言ってないわよ? とりあえず今はこれでいいの」
「そ、そういうものですか?」
 遠逆和彦は仕事を迅速に片付けていた。それと比べて、目の前のこの少女はあまり素早く行動を起こさない。
「急いては事を仕損じるって言うじゃない。急いだって、ろくなことにならないわ」
「……そうですか」
「あんまり心配しなくても大丈夫よ。この件に関しては」
「で、でも……」
 日和は花壇の花のほうを見遣った。最近は暑い日も続いているので、心配になる。
 少女はひらひらと手を振った。
「どうせすぐに解決するわよ」
「なんでそんなことがわかるんですか?」
「わたしが解決するから」
 きっぱりと彼女は言い切り、きびすを返して歩き出す。
「じゃあね。それと……歌を歌うのはいいけど、周りに誰もいないの確認してからやりなさいよ。変な人に思われるから」
「あっ」
 ハッとして日和は頬を赤らめた。
 確かに普通の人の目から見れば、花壇に向けて歌っているとちょっとおかしな人に思われてしまうかもしれない。しかも……今は日和一人だ。
 すたすたと行ってしまう少女に日和は慌てた。
「あの、私、初瀬日和と言います。お名前訊いてもいいですかっ?」
 どうしても訊きたかった。これだけは教えて欲しい。
 少女は足を止め、不機嫌な顔で振り向く。
「…………遠逆深陰」
「え? とおさか?」
「そうよ。トオサカミカゲ」
 日和は愕然としていた。いや、なんとなくそうではないかとは思っていた。
 退魔士。色違いの目。それに「遠逆」の苗字。
(じゃあやっぱり……和彦さんと同じ遠逆の退魔士?)
 どうしてここに、という疑問が渦巻く。
「もういいでしょ。じゃあね」
 そう言い放つと深陰は今度こそ足早に公園から去ってしまったのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 深陰との出会い、いかがでしたでしょうか? 初めての出会いなのでまだまだな感じになっています。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!