■GATE:01 『堤燈ノ灯リ…』■
ともやいずみ |
【1721】【藤野・咲月】【中学生/御巫】 |
川の手前にある柳の木の下――そこに夜分、女がいるそうな。
女は堤燈片手に川の水面を凝視し、佇んでいるという。
「こんな夜更けにどうしたね?」
蕎麦屋の親父が見兼ねて声をかけると、女はこう呟いたそうな。
「……なくし物を、さがしているのです」
弱々しく呻くように女は呟く。声からして、女はまだ若い。
「なくし物? 川にでも落としたのかい?」
親父は気の毒になって女に近づいた。女は何も言わない。
「ここは浅い川だ。探せば見つかるかもしれないよ」
「…………」
沈黙しているだけの女を不審に思った親父は、ふと川のほうへ視線を遣った。
水面に映る姿は白骨。
ではここに居るのは――――。
腰を抜かして小さな悲鳴をあげる親父のほうを、女は振り向いた。親父は女の顔に見覚えがある。だがしかし。
「手伝ってくださるのですね……」
薄く微笑む女の持つ堤燈の灯りが、ふっ、と消え……辺りは闇と静寂に包まれてしまった。
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GATE:01 『提灯ノ灯リ…』 ―前編―
「あら……随分と懐かしい感じがするお店ですね」
藤野咲月は落ち着いた様子で店内を観察する。しかし自分はいつこの店に入ったのだろうか?
奥から誰かが出てくる。二十代後半という感じの若い女だ。大きく肩をあけた着物を着ていた。
「ああ、またお客かい。やれやれ……今日は多いねえ」
*
この世界は自分たちの居た世界とは違う場所で、ここで起きている怪異を解決しなければ元の世界に戻ることはできない。
それが女将の説明であった。
「はいはい! 何かこの世界での注意事項とかありますか?」
元気よく香坂丹が尋ねた。
女将は肩をすくめた。
「特にないねえ。ああそうだ。この世界は別に夢の中とかじゃない。現実世界だからね。ケガもするし、殺されることもあるよ」
さらっと言われて全員に緊張が走った。
女将は小さく笑う。
「大丈夫。心配なら護衛をつけりゃいい。あんたらはいわば招待されてない客人なんだ。ちっとはズルしたっていいのさ」
「護衛?」
梧北斗が女将を指差した。女将はくいっと顎をしゃくる。
「『ワタライ』と呼ばれる……特殊な人種がここにはいるのさ。あんたらのように別の世界から来たんだけどね。
あいつらはココでも、そんじょそこらの連中に負けることはないだろうし、万が一化物に遭っても撃退してくれるだろうよ。
別に護衛じゃなくても、ただの道案内で使ってくれていいからね」
へえ、と成瀬冬馬は呟く。きちんと護衛までつけてくれるとは、そこそこ親切な世界だ。
「ただ……どいつもこいつも気まぐれでね。あまり過度に期待すると痛い目に遭うよ」
女将はパンパンと両手を叩いた。そして奥に向けて声をかける。
「ちょいと! 出番だよ!」
奥の障子がまるで自動ドアのようにすぅ、と両側に開いた。そこに居たのは三人の男女。
白い衣服に白い帽子を目深に被った少女。金髪碧眼の長身の少年。ひらひらと手を振って愛想よく微笑んでいるのは黒髪おさげの少年だ。
「順番に自己紹介しな。あんたたちが護衛につくお客なんだからね」
女将に言われて帽子の少女が口を開いた。
「フレア=ストレンジだ」
その横に立つ金髪の少年が続けて自己紹介をする。
「オート=ビジョン。どうぞよろしく」
最後に黒髪おさげの少年がにやっと笑った。
「十鎖渦維緒言います。よろしゅう」
女将は全員を見回す。
「おそらくこの辺りで最近聞くアレがあんたたちをここに留めている原因だろう。蕎麦屋の親父が話してたことなんだけどね」
*
蕎麦屋の親父が出会ったという幽霊。その場所に谷戸和真と山代克己は来ていた。
通りかかった男に尋ねる。
「あの、すみません。この辺りで……ここ数年以内にこの川に関わる死に方をした方をご存知ですか?」
和真に男は「うーん」と小さく唸ってみせた。
「いや……? ここ数年ではそういうことは聞かないなあ。随分古い話なら知ってるけど」
「古い話?」
「おれのおふくろが話してた、ここらへんじゃ有名な怪談話さ。川を流れてきた女の死体は、実はどこかのお偉いさんの慰みものになっていた娘で、その娘が夜な夜な街を歩き回るんだ。男を探してな!」
なぜか胸を張って言う男に、「へぇ……」と和真と克己は同時に洩らした。あまり関係がないような気がする。
「それはどのくらい昔なんですか?」
克己の問いに男は朗らかに笑う。
「どれくらいって、たかが怪談話だからなあ。おれが物心ついてからこの川で遺体が見つかったことなんて、聞いたことないしな」
男に礼を言うと、彼は笑顔で手を振って行ってしまった。
「そういえば」
ふと気づいたように克己が和真を見遣る。
「さっき……化生堂を出てくる時に十鎖渦さんに話し掛けてたけど……なんで?」
「え? あー……ちょっと苗字が気になって」
苦笑する和真は内心ドキッとしていた。
化生堂から出てくる前に和真は維緒に声をかけていたのだ。
「とおさかって……」
「漢数字の『十』に、鎖の渦で、トオサカ言いますねん。それが?」
笑顔の維緒に和真は「なんでもない」としか言えなかった。目の色も左右で違うので、何か関係があるかもと勘繰ってしまったのだ。
(まあ今回のことに関係ねーし……ま、いっか)
遠くを見ていた和真を不審そうに見る克己の視線に、和真はハッとする。
「それより克己、セコンド・サイトで川を調べるんだろ?」
「そうなんだけど……」
克己の能力である透視、千里眼は発動しないのだ。
先ほどから川を覗き込んでいるのだが、まったく効き目がない。
「んー……なんというか、弱々しい蝋燭の光りみたいな感じなんだよなぁ」
「うまく使えないってことか? そういえば女将さんがそんなこと言ってたなあ、出てくる前に」
能力がうまく使えないとかなんとか。
克己は目を凝らし、川を見遣る。弱々しい力ではあるが、川に異常がないのは確かだ。
「……実際に幽霊に遭うのが一番手っ取り早いんじゃない?」
「確かに。てことは、夜に出直すってことか」
腕組みする和真は周囲を見回す。
なんのことはない。普通の川辺である。小さな橋がかかっているのが遠目でもわかった。
「とりあえず川沿いに歩いてみるか? 通りかかった人に話しを聞いて回るってのもいいんじゃないか?」
「それ……いいかもね」
頷く克己は、和真と共に歩き出す。とりあえず上流に向けて進み出した。
克己は和真に問う。
「……どう思う?」
「今回のことか? 女の幽霊なんだし、手荒なことはしたくないな……俺」
「未練……があるからさ迷ってるんだと思うけど……。何にそんなに未練があるんだろ」
二人は歩きながら、ふと気づく。
「……言っていいかな?」
「ああ」
「僕たちの衣服って……元の世界のままだけど、なんで誰も変に思わないんだろ……」
「それは……なんでだろうな……」
こちらの世界の住人たちには、自分たちはどんな感じで映っているのだろうか? 少し心配になった。
しかし見れば見るほど江戸時代に似ている。もっと遠くへ行けば城とかも普通にありそうだ。
通りかかった老人に和真は声をかけてみた。
「すみません。川の近くで幽霊が出たと聞いたんですけど、何かご存知ですか?」
「幽霊……?」
「そうです。お爺さんは見かけませんでしたか?」
丁寧に尋ねる克己を見て、老人は首を横に振った。
「いんや……。でも夜遅くに提灯片手に探し物をしている女がいるというのは、最近よぅ聞くのう」
「! それを詳しく話してもらえませんか?」
老人は指差した。示す先は橋だ。先ほど和真が眺めていた小さなものである。
「あそこで出遭ったと、息子が言うとった」
和真と克己は不審そうに顔を見合わせた。
どうして橋の上で?
「川の中を覗き込んでたか?」
勢い込んで和真が尋ねるが、老人は首を傾げた。
「いや? 橋の上をうろうろしていたらしいねえ」
*
屋台の蕎麦屋に、三人は居る。丹、咲月、それに維緒の三人だ。
屋台は夕方からなので、三人は準備中の主人に話を聞こうとここまでやって来たのだ。
「でね、親父さん。親父さんが幽霊に遭ったっていう話を聞いてきたんだけど、教えてくれます?」
丹に主人は視線を遣る。
「ああ、あんたたちも聞いたのかね? 客に話してたんだけど、お客さんが広げちゃったのかね、その話」
「川で探し物をしていたという女性の幽霊ですが、見知った方だったのですか?」
咲月に主人は頷く。
「あの顔は見覚えがあるが……本人じゃないだろう」
「本人? だって幽霊なんでしょ?」
丹は怪訝そうにする。
小さく笑う主人。
「あの顔は女郎屋のお妙だったんだよ。だから驚いてなあ」
「じょ!?」
仰天する丹の横で咲月は「まあ」と小さく言う。
「色町は夜間は門が閉まってるからなあ。あんなところで見かけて驚いたのなんの。狐にでも化かされたのかねえ」
「狐……」
顔を見合わせる咲月と丹だった。
「でも、何かを探してたんですよね?」
「ああ。じっと川を覗き込んでたが……。何を探してたのかねえ?」
主人は首を傾げてしまう。
どうやらこの主人もよくわからないようだ。
蕎麦屋の親父の話を聞いて、三人は街中を歩いていた。
丹は腕組みして眉間に皺を寄せている。
「うーん。生きてる人かもしれないってこと……かな?」
「生きている方は突然消えたりしませんが」
「そ、そうだよねえ。じゃあやっぱり狐に化かされたってこと?」
「どうでしょう……」
振り向いて丹は、後方を歩いている維緒に声をかけた。
「十鎖渦さんはどう思う?」
「え? オレ?」
維緒はにっこりと微笑んだ。
「ごめんなあ。オレはこの件に手出ししたらあかんのよ」
「はあ?」
「オレはお手伝いさんやないから、頑張って自分らで解決してな」
手伝う気がない維緒を見て、丹が「ええー」と唸った。
咲月はにこりと微笑む。
「構いませんよ。道案内だけで」
「で、でもでもぉ! この世界に詳しいのにどうして!? 少しくらい手伝ってくれてもバチは当たらないと思うけど」
「あはは。ごめんなあ」
へらへらと笑う維緒に、咲月が尋ねる。
「お妙さんに会いに行こうと思うのですが、案内をお願いできますか?」
「あ、うん! 話しを聞きに行こう!」
二人を見て、維緒はちょっと思案してから口を開く。
「ええけど……。入れへんと思うよ?」
「え? なんで?」
「あそこは身売りした女の子やないと入れへんのよ」
「じゃあどうやって話しを聞けばいいの?」
丹が頭を抱えた。だいたいそんないかがわしい場所へ行くというのもどうかと思うが。
「入る方法はないのですか? 例えば……お使いでやって来たとか」
咲月に向けて維緒はちょっと考えるような仕種をする。
「そやね……。でも、あそこは中から外へ買い物に行くからなあ。あかんと思うよ。
けど、方法がないわけやないけど」
「え? あるの?」
丹の期待の眼差しに維緒は「ウン」と頷く。
「藤野ちゃんと香坂ちゃん、二人が身売りすればええねん。そしたら楽々入れるけど」
「なに言ってるの! それじゃあ、入ったはいいけど出て来れなくなるじゃない!」
「そやね」
「『そやね』、じゃないよ!」
もう! と丹が唇を尖らせた。
思案していた咲月は「あ」と気づいたように維緒を見る。
「……誰か、色町にお知り合いがいるのですか? 私たちを逃がす段取りでもできる、とか?」
そうとなれば咲月や丹が「身売り」として潜入しても、中から出てこれるだろう。
維緒はひらひらと手を振る。咲月の言葉に否、という意味だろう。
「フレアやオートやあらへんし、オレにはあそこに知り合いはいてへんよ。興味ないから」
では、一度入れば二度と出て来れない可能性が高いわけだ。
「出てこれへんわけやあらへんよ。誰かが身請けしてくれたらええねん」
「……誰がしてくれるの?」
渋い顔で言う丹に、維緒は肩をすくめる。
「さあなあ。少なくともオレやあらへんね」
「助けてくれないの?」
「オレはあんたらがどうなろうと、どうでもええねんよ?」
にっこりと可愛らしく笑う様子は、まるで猫だ。
丹はむぅ、と維緒を見ていたが咲月のほうを振り向く。
「どうする?」
「……川のほうへ行ってみたいのですが。一応そちらにも行ってみましょう。狐の仕業かもしれないということは、何かその気配があるかもしれません」
「そうね」
頷く二人に維緒は声をかけた。
「ほな、行こか。
ああ、そないに考え込まんでも、あんたらと同じ来訪者の男衆に言うてみたらええやん。男は色町に出入り自由やからね」
川まで来てみたが、あまり異変は無い。
咲月も特に何も感じないようだ。
「やっぱり幽霊? それとも狐? それとも他の何か?」
丹はうんうんと唸って考え込む。
とりあえず化生堂に戻ろうということでこうして歩いてはいたが……。
「香坂さんはどう思います?」
「何が?」
「探しているもの、に関してです」
咲月はそちらのほうが気になっていたのだ。
「私は最初……身体を探しているのかと思ったんですけど、違うようですね。大事な装飾品かと思うのですが」
「そうね……」
「水面に映った白骨も気になります。狐か何かが化かしているのか……蕎麦屋のご主人の見間違いということもあります」
「見間違い!?」
「話というのは尾ひれがついたり、誇張されるものですから……」
「お客さんに話して回ってたなら……それも考えられるけど」
屋台で商売をしているとすれば、話のネタにはちょうどいいだろう。
丹は軽く溜息をつく。
「女の幽霊さんに直接話しを聞ければいいんだけどなー。そのほうが簡単だし」
その言葉に咲月は小さく微笑む。
「そうですね。それが一番の近道だと思います」
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女将は戻って来た者達を見渡して口を開いた。
「戻ってきたようだね。もうそろそろ夕暮れ時だ。集めた情報で今後どうするか決めておきな」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6540/山代・克己(やましろ・かつき)/男/19/大学生】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【1721/藤野・咲月(とうの・さつき)/女/15/中学生・御巫】
【2394/香坂・丹(こうさか・まこと)/女/20/学生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、藤野様。はじめまして。ライターのともやいずみです。
今回は物語を二つに分け、藤野様は香坂様と同じグループにさせていただきました。まだまだ謎解明とはいきませんが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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