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■逢魔封印〜参の章・前編〜■

森山たすく
【3941】【四方神・結】【学生兼退魔師】
 瑪瑙亨は、自室の畳の上に広げた、タロットカードと、静かに対峙していた。
 配置は、裏の『仕事』が舞い込んでくる時のものに似ている。しかし、微妙に違う。
 それよりも、問題を掘り下げるために足したカードに、違和感を感じた。
(どちらだ……?)
 ――『どちらか』が、『欠ける』。
 もしそうなるのであれば、どちらが『欠ける』にしろ、万が一のために、準備をしておかねばならない。
 仕事の準備。そして――心の準備。
 仕方がないということは分かっている。今まで、隠し通せたことが、奇跡だったのかもしれない。
 だが、屈託のない笑みや、穏やかな日々が思い出され、胸が少しだけ痛む。
 それは、子供が駄々をこね、玩具を手放さないようなものだ。
 ただの、執着にしか過ぎない。
 安物の塗料は、簡単に剥がれ落ちるのだから。


 それから暫くして、店の扉が激しく叩かれる音がした。
 亨は、素早くそちらへと向かうと、鍵を外し、戸を開ける。
「亨ちゃん! 大変!」
 戸口に立っていたのは、走ってきたのだろう、息を切らせ、汗を流している堂本葉月だった。
「君か。……ならば、津久乃君が消えたんだな?」
「え……?」
 葉月が、困惑した表情で呟く。
 それは、御稜津久乃が消えたのが真実だからか。それとも、急変した亨の態度のせいか。
 恐らく、両方イエスだろう。
「とにかく、入ってくれ」
「え、あ……うん」
 亨に促され、葉月は、戸惑いをそのままに、『瑪瑙庵』の中へと入った。


「津久乃ちゃんが、いなくなったらしいの。昨日の朝、家政婦さんが起こしに行ったら、姿がなかったんだって。あの子、結構真面目なとこあるじゃん? 黙って家を出て行くことはないだろうって、あたしんとこにも電話がかかってきたんだけど……」
「それで?」
 亨が問うと、葉月は再び口を開く。
「たった一日しか経ってないから、正直、何とも言えない。でも、酷く嫌な予感がする……これを見て」
 彼女は、持っていたバッグから、一枚の紙を取り出した。亨は、それを受け取ると、目を通す。

 死を求めよ、されば与えられん
 呪縛から逃れるがごとく
 課せられた重みに耐えて鳥は飛ぶ
 希望という名の日々は冗長

「……これは?」
「あたしにも、意味は分かんない。でも、津久乃ちゃんのことを考えてたら、急に意識が遠くなって、気がついたら書いてたの。こういうこと、前にも何度かあったのよ。津久乃ちゃん、きっと何かに巻き込まれてる……どうしよう……どうしたらいいかな……?」
 そう言って助けを求めるように目を向けた葉月を一瞥すると、亨は、紙を懐にしまった。
「これは俺が預かる。君は何もしなくていい。俺が何とかする」
「ちょっ……どういうこと!? 亨ちゃんは何を知ってるわけ?」
「君には関係のないことだ」
 あくまでも冷たい亨の態度に、葉月の顔が紅潮した。
「か……関係ないわけないじゃん! 津久乃ちゃんのことだよ!? 亨ちゃんもなんか情報持ってるなら教えてよ!」
「教えたとしても、君は足手まといになるだけだ」
 亨の言葉に、葉月は絶句した。
 そして、ようやく、言葉を搾り出す。
「何で!? 今日の亨ちゃん、何か変だよ!? どうして?」
 亨は、小さく溜息をつくと、静かに答えた。
「それなら、今まで君が見ていた『亨』が幻だったのだろう」
 そう冷たく言い放つと、亨は一旦店の奥に行き、小さな木の箱を持ってきた。それを、葉月に手渡す。
「どうしても関わりたいというのなら、これを使うといい。ただし、君が何とかするんだ。戦闘能力を持たない『封印師』は、同時にふたりは要らない」
「『封印師』……?」
「中を見れば分かる。帰ってくれ」
 そう言って、今度こそ店の奥に引っ込んでしまった亨の方をぼんやりと見ていた葉月は、たどたどしく踵を返すと、店を後にした。

 店を出てから、葉月はしきりに溢れてくる涙を、手のひらで拭いながら、とにかく早足で歩いた。出来るだけ早く、あの店から――あの亨から遠ざかりたかった。けれども、走るのは、まるで逃げるようで悔しくて、出来なかった。
 あれは、亨ではなかった。
 少なくとも、彼女が思いを寄せている、『瑪瑙亨』ではなかった。

 亨は、暗い室内に寝転びながら、ただぼんやりと天井を眺めていた。
 安物の塗料は、剥がれてしまった。いまさら塗りなおしても遅い。
 葉月が足手まといになるというのは事実。
 だが、彼女のことだから、必ずこの件に関わるだろう。
 占いから読み取れたこと。
 ――『欠けなかった』方を、『封印師』にしろ。
 だから、素人でも使えるようにデザインしたカードを、葉月に渡した。
 それが意味するものは分からなかった。
 意味など、元々ないのかもしれない。
 とりあえず、しなければならないことは、『サポーター』に代わるパートナーを探すことだった。
 『逢魔封印〜参の章・前編〜』


「よし! お洗濯終わり。お掃除も結構頑張った! お買い物は……これだけあるならいいか」
 四方神結は、ベランダと部屋を満足気に見回した後、冷蔵庫を覗くと、そう呟いた。
 夏休みも、もう中盤に差し掛かっている。彼女は真面目なので、課題ももう既にこなしていた。
(どうしようかな……)
 携帯電話を手にしてみるが、何となく、今日は友人と遊ぶ気にはなれなかったし、趣味の寺社巡りをするならば、午前中の方がいい。けれども、天気が良いから、このまま家にいるのも勿体ない気がする。
「……あ、そうだ。瑪瑙さんのところに行ってみよう」
 『瑪瑙庵』には何度か足を運んでいるが、あの店の商品をきちんと見たことがなかった。何か、面白いものがあるかもしれない。
 そう思い立つと、彼女は支度をし、家を出た。


 『瑪瑙庵』と筆文字で書かれた木の看板を見て、結はホッとした。この店が閉まっているのを見たことがないが、逆に、いつ休みなのかが分からない。ホームページも出来たと聞いたので、一応チェックしてきたのだが、そこにも『不定休』と書いてあるだけだったから、少し不安だったのだ。
 彼女は、磨り硝子が嵌め込まれた木の引き戸を開けると、店の中へと入る。
 しかし、店主の瑪瑙亨の姿がない。
「こんにちは〜」
 そう声をかけて暫くして、ようやく亨が店の奥から姿を現した。
「……ああ。結君か。ちょうど良かった。頼みたいことがある」
「あ……ええと、『仕事』ですか?」
「ああ」
「いいですけど……」
 本当は、今日は買い物がしたかったのだが、自分が手伝えることがあるなら、したいと思った。そして、以前の経験から、亨が『表の顔』と『裏の顔』を使い分けているのを知っている。
 だが、今目の前にいる彼は、そのどちらでもない――そんな、気がした。
「これを見てくれ」
 結の思考をよそに、亨は、懐から一枚の紙を取り出すと、こちらに寄越した。

 死を求めよ、されば与えられん
 呪縛から逃れるがごとく
 課せられた重みに耐えて鳥は飛ぶ
 希望という名の日々は冗長

「……これは?」
 正直、書いてあることの意味が、さっぱり理解できない。
「俺にも解らない。だが、今回の件に関わっているのは確かだ」
「今回の件?」
「津久乃君……御稜津久乃が姿を消した。料理大会で審査員席にいただろう? 彼女だ」
 結の脳裏に、おかっぱ頭で、おっとりした雰囲気を持つ少女の姿が浮かぶ。
「そうなんですか……それで、これを書いたのは?」
「堂本葉月だ」
「ああ、堂本さん」
 彼女とも、料理大会で知り合った。あまり多くの言葉は交わさなかったが、二人とも、亨と仲が良さそうにしていたのを良く覚えている。
 何かがスッキリしない。スッキリしないから、素直に疑問をぶつけてみた。
「それで、瑪瑙さんは、御稜さんがいなくなったから、そんなに落ち込んでるんですか? それとも、堂本さんと何かあったんですか?」
 すると、亨が、少し驚いたような顔をする。
「……落ち込んでいる? 俺が?」
「はい」
 真っ直ぐに目を向けると、彼は、視線を逸らす。それで、結は確信した。
「俺は、別に……」
「私は、瑪瑙さんが、『表』と『裏』で、『顔』を使い分けているのを知っています。もしかしたら、堂本さんたちには、『裏の顔』を見せたくなかったんじゃないですか? 『表の顔』で仲良くなりすぎて。……でも、堂本さんがこれを持って来たことで、『裏の顔』を見せざるを得なくなった。そして堂本さんは、それにショックを受けた。……違いますか?」
 暫く、亨は黙っていたが、観念したように溜息をついた。
「……君は鋭いな。その通りだ」
 そう言って苦笑する彼を見て、結は少しだけ後悔をした。もっと、言葉を選ぶべきだったかもしれない。
 でも。
「でも……私は、どちらも瑪瑙さんなんだってことは分かってます。そして私は、瑪瑙さんをあるがままに受け入れているつもりです。私も……少し、そういうの、分かる気がします……から。だから……だからきっと、堂本さんも、分かってくれると思います」
 自分でもどう伝えて良いのか分からずに、言葉が途切れ途切れになってしまう。コミュニケーションというものは難しいと、つくづく思う。
 しかし亨は、『表の顔』の時にはあんなに簡単に演じて見せている笑顔を、とても難しいもののように、不器用に形作り、言った。
「ありがとう」
 それを聞き、結も笑顔を見せる。そして、もうひとつ気になっていたことを尋ねてみる。
「あの……この文章って、御稜さんがいなくなったことと関係してるんですよね? 瑪瑙さんの占いで何とかならないんですか?」
「ああ、何故だか解らないが、今回は何度占っても駄目だった。まるで、何かに邪魔されているかのようだ。これを頼りにするしかない」
「そうなんですか……」
 そう呟くと、結は、再び文章に目を落とした。

「こんにちは」
 暫くの後、店のドアが開く音がし、二人の人物が入ってきた。
 亨と結は、そちらを見やる。
 どちらも、歳は結と同じくらいだろう。片方は制服を着ている。
「ああ紫桜君。突然すまなかった」
「いえ。あと、すみません。こいつもついてきたいって言うんで……」
「弓削森羅でーす! ヨロシク!」
 紫桜と呼ばれた、制服を着たほうの少年が隣を見ながらおずおずと言うと、隣の少年――森羅は、全く悪ぶれた素振りも見せず、自己紹介をする。亨はそれを見て、軽く頷いた。
「問題ない。助っ人は多いほど助かる」
「あの……私、四方神結って言います。宜しくお願いします」
 このままだと話に置いて行かれそうなので、結も挨拶をする。
「結ちゃんかぁ。ヨロシクね! で、こっちはしーたん」
「いえ。櫻紫桜です。宜しくお願いします」
 森羅の紹介が不服だったのか、紫桜は慌てて、自己紹介をし直した。
「それで、詳しいお話を伺いたいのですが……」


「ふーん。なるほどねぇ……その葉月さんってひと、泣いちゃったかもね」
「おい、森羅。失礼だろ」
 森羅の呟きに、紫桜が小声で注意するが、彼は肩を竦めただけだった。
「瑪瑙さんは悪気があったわけじゃなくて、瑪瑙さんなりの考えがあったんだと思います。だから……」
 結がおずおずと口を開くと、森羅は彼女に片目を瞑ってみせる。
「解ってるって。人の事情はそれぞれ。想いもそれぞれ。ただ、もうちょっとやりようがあったんじゃないかなーって思っただけ。……なぁ亨さん、葉月さんには俺たちみたいな助っ人いんの?」
 そう問われ、亨は静かに首を振った。
「分からない」
「そっか……」
 そう言って森羅は、結と紫桜を交互に見ると、少し考えてから、また口を開く。
「結ちゃんの能力は分かんないけど、しーたんがいるし、俺が抜けても大丈夫か……。亨さん、葉月さんの連絡先教えてよ。俺、葉月さんをサポートする」
「それはありがたい。ちょっと待っててくれ」
 亨はそう言うと、一旦店の奥に向かい、すぐに戻ってきた。そして、手に持った名刺を、森羅へと渡す。
「これを」
「ふーん。フリーライター……か。じゃあ俺、行ってくる!」
「ああ。葉月君を宜しく頼む」
「OK! 任しといて」
 そう言って、森羅は皆に手を振りながら、店を出て行く。それを見送った三人は、葉月が書いた文章をまた見つめる。
「櫻さん、解ります? 私、こういうの苦手で、さっきから考えてるんですけど、全然わからなくて。今回は、瑪瑙さんの占いも使えないみたいですし……」
 結にそう言われ、紫桜は考え込む。
 そして、暫しの後、口を開いた。
「……解りました。これ、暗号になってるんですよ」
「暗号?」
 結の言葉に、紫桜は頷く。
「この文章自体には意味がないんです。最初と最後の文字を拾って行く。『死』、『ん』、『呪』、『く』……」
「……あ! 『新宿歌舞伎町』!」
「そうです」
 結が声を上げると、紫桜は笑顔で頷いた。


 暗くなってきた空に、ネオンの輝きが映える。
 三人は、電車に乗り、新宿歌舞伎町までやってきていた。この時間になっても、人通りは途絶えることはない。
「とりあえず、どうやって捜しましょうか?」
 紫桜が亨に向かって言っているのが聞こえるが、結はここに来てからの妙な違和感に悩まされていた。
 何故だか、ざわざわする。
「結さん、大丈夫ですか?」
 それに気づき、心配そうに声をかけてくる紫桜に笑顔を形作って見せてから、結はゆっくりと答えた。
「大丈夫です。ただ、何か変……変な感じがします」
「その、変な感じのする方向は判るか?」
 亨が尋ねて来たので、結は頷く。
「はい。多分……ついて来てください」
 そう言って結は、駆け出した。

 人込みの間を、縫うように駆ける。
(こっち……? ううん……こっちだ)
 結は、時々立ち止まって、感覚を確認しながら、また駆け出す、ということを繰り返していた。
 そうしているうちに、周囲から段々と人気がなくなっていく。ネオンの明かりも失われていく。そして、辺りの空気は、どんどんと湿り、重たくなっていった。
 そして、目の前に黒い人影が見えた。
 三人の足が、自然と止まる。
『お久しぶりデスネ。ムシュー・メノウ』
 たどたどしい日本語で、『影』は言う。
「オンブル伯爵……何故だ」
 亨は、どこか信じられないような声音で、呟いた。
「亨さん、知っているんですか?」
 結には、紫桜たちの会話が、どこか遠くでなされてるかのように感じていた。
 ここら中の霊たちが、騒音とも呼べるような『音』を立てているからだ。
 まるで、ガラスを刃物で引っかいた音のような不快感。
 そんなことをしても、意味がないことは分かっているのに、思わず手で耳を押さえてしまう。
「結さん、大丈夫ですか?」
 紫桜が言葉をかけて来たので、何とか微笑んで、言葉を返す。
「大丈夫……です。ここの辺りにいる霊が、やたらと騒いでいるから、少し辛くて」
「ああ。確かに」
 紫桜にも分かっているようだったが、彼は特に気にならないようだ。能力者によって、チャンネルの合わせ方は異なる。彼は、また自分とは違った感じ方をしているのだろう。
『マァ、このワタシガ、アナタごときに「封印」されたのも屈辱デシタガ、このワタシヲ「封印」したカードが、たったの200万ユーロで落札されたと知ったトキには、さらなる屈辱デシタネ』
「に――二百万ユーロ!?」
 二百万ユーロといえば、日本円にして約三億円。
 紫桜が、驚きの声を上げる。結も、流石に亨の『封印』したカードが、そんなに高値で取引されているとは夢にも思わなかったので、驚いた。
 それよりも、『騒音』があまりにも酷い。このままでは話についていけないどころか、動けない。
 そして、ようやく理由が分かった。『力』が目の前の影――オンブル伯爵とか言っていた――の方に流れている。霊たちは、不本意に力を吸い取られているから、悲鳴を上げているのだ。
(それなら……)
 結は、出来うる限り意識を集中させる。
「さぁ、鎮まって……」
 彼女は穏やかにそう言うと、両手を空へと掲げる。
 彼女を中心に、波紋のように光が拡がり、そして収束した。
 そして、騒音も止む。
「このひとに力を吸い取られていた霊たちは、『魂鎮め』で鎮めました。これで大分楽になるはずです」
 そう言ってニッコリと微笑んだ彼女に、オンブル伯爵は、怒りのこもった声で言った。
『――このコムスメガァ!』
 それと同時に、影が伸びて幾本もの触手のようになり、結に襲い掛かる。
「甘く見ないでください。――はぁっ!」
 彼女の気合と共に、手のひらから光が飛び出し、触手を次々と粉々にする。その度に、耳障りな悲鳴が上がった。
 しかし。
「結さんっ!」
 紫桜が結の後方に向かって飛ぶ。そして、彼女を後ろから襲おうとしていた触手を素手で握り潰した。また、悲鳴が闇に轟く。
「ありがとうございます! 危なかったぁ……」
「いえいえ。――行きますよ」
「はい!」
 頷き合うと、二人は亨を庇うように前に出、オンブル伯爵と対峙する。
 すると、オンブル伯爵の『色』が薄まった。周囲に、放射線状の影が幾つも出来る。
「ふん。お得意のトカゲの尻尾切りか。芸がないな」
『アナタに言われたくナイデスネ、ムシュー。自分は攻撃もデキズニ、見てイルダケノクセニ』
 声が、反響して幾重にも重なる。その間にも、紫桜と結は、攻撃の手を休めない。
 紫桜は右へ左へと跳躍し、素手で影を次々と屠っていく。そして、結は後方から『魂裂きの矢』で別の影を狙う。その度に、耳障りな悲鳴が上がる。
「櫻さん、『本体』、判りますか?」
 またひとつの影を葬ってから、結が紫桜に尋ねる。
「いえ……『力』が均等に配分されていますから、判別が難しいです。悲鳴も、それを隠してる」
「瑪瑙さん、前に『封印』した時は、どうやったんですか?」
 結が前を見たまま尋ねると、亨は素っ気無く言い放つ。
「手当たり次第にやった」
「ええ〜っ!?」
「そんないい加減な……」
 二人は、それを聞き、げんなりとする。その間にも、影は次々と生まれてくる。骨の折れる作業だった。
「占いで何とかならないんですか?」
「なるわけがないだろう」
 結が駄目で元々で聞いてみるが、やはり駄目らしい。その間にも、触手はこちらへと襲い掛かってくる。
 紫桜はひたすらそれを握り潰し、結は『魂裂きの矢』を放ち続ける。流石に、段々疲労も溜まってくる。
 その時、紫桜が、結に向かってきた触手を手で払いながら、こちらを向いた。目と目が合う。彼は、声は出さずに、唇だけを動かした。

 た・お・れ・て・く・だ・さ・い

 結は一瞬戸惑ったが、すぐに意図を悟り、片目を瞑った。それを確認すると、紫桜はその場を離れ、次の影へと向かう。
 結は『魂裂きの矢』を幾つか放った後、地面に膝をつき、荒い息を吐いた。
「結君!」
 何も知らない亨が、こちらへと近寄って来る。
「ごめんなさい……大丈夫です」
 結はそう言って立ち上がりかけ、立ちくらみを起こしたかのように上体を揺らし、亨の服を掴んだ。
(これで、騙せるかしら……?)
 少し不安になりながらも、彼女は紫桜の動きを待つ。
『ハハハハハァッ! ムシュー。ワタシの勝ちデスネ。マドモワゼルは、やはりか弱い』
 『力』の均衡が崩れていくのが解った。しかし、今は動けない。
 そして、悲鳴が、轟く。
 それは今までのものとは違い、地を這うような声だった。
(よし!)
「――はぁっ!」
 結は、顔を上げると、紫桜のすぐ近くに、『魂裂きの矢』を放つ。それは、『本体』である影の一部を消滅させた。
「瑪瑙さん! 『封印』を!」
「――え?」
 呆然としている亨に、結はけしかけるように繰り返す。
「早く! 『封印』です!」
「あ――ああ」
 ようやく事態が飲み込めたのか、亨は懐からカードを取り出すと、オンブル伯爵へと向ける。
「我が言葉は鎖なり! 彼の者を捕らえる檻と化す! ――逢魔封印!」
 カードから眩い光が発せられ、触手のようにオンブル伯爵を絡め取ったかと思うと、中へと引きずり込んだ。
 そして、周囲に静寂が訪れる。
 亨は、二人に背を向けたまま、大きく咳払いをしてから、言葉を発した。
「……二人とも、見事な作戦だった」
 紫桜と結は、顔を見合わせると、堪えきれずに吹き出してしまう。亨は、よほど恥ずかしかったのか、こちらを振り向きもしない。
 その時。
「亨ちゃーん!」
「しーたーん!」
 葉月の声と、森羅の声が聞こえてくる。
 そちらを見ると、森羅、葉月、そしてメイド服を着た女性が、こちらへと向かってくるところだった。
「亨ちゃん! 何かね、カードが光って、化け物がカードに吸い込まれたんだけど、これでいいの?」
 亨は、葉月から渡されたカードを見て、驚いたような声を上げる。
「……見事な『封印』が施されている。君は、本当に初めてなのか?」
「当たり前じゃん! あたし、こんなのやったコトないもん」
「しーたんも結ちゃんもお疲れ! そんで、あの亨さんと話してるのが葉月さんで、このメイドさんは、美沙姫さん」
「ご紹介に与りました、わたくし、篠原美沙姫と申します。どうぞ、宜しくお願い致します」
「あ、俺は、櫻紫桜です。森羅がお世話になりました。宜しくお願いします」
「私は、四方神結です。宜しくお願いします」
 丁寧な美沙姫の物腰に、紫桜も結も、やや緊張しながら挨拶をする。
「ところで……津久乃様は見つかりましたでしょうか?」
 美沙姫がそう言うと、皆が顔を見合わせた。
「そう……そうだ。津久乃ちゃんは?」
 葉月が辺りを見回しながら言うと、亨は首を振る。
「こちらにもいなかった。だが……」
『ふふっ』
 唐突に。
『ふふふふっ……』
 笑い声が、聞こえた。
「この声……」
「津久乃様のお声です」
 葉月の言葉を、美沙姫が引き継ぐ。
「津久乃ちゃん! どこにいるの!? 無事なの!?」
 葉月が首を巡らせながら大声を出した時。
『あははははははははっ!』
 笑い声は弾け、辺りは闇に閉ざされた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【3941/四方神・結(しもがみ・ゆい)/女性/17歳/学生兼退魔師】
【4607/篠原・美沙姫(ささはら・みさき)/女性/22歳/メイド長/『使い人』 】
【5453/櫻・紫桜(さくら・しおう)/男性/15歳/高校生】
【6608/弓削・森羅(ゆげ・しんら)/男性/16歳/高校生】

※発注順

■NPC
【瑪瑙亨(めのう・とおる)/男性/28歳/封印師】
【堂本・葉月(どうもと・はづき)/女性/25歳/フリーライター】
【御稜・津久乃(おんりょう・つくの)/女性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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■四方神・結さま

こんにちは。いつもご発注ありがとうございます! 鴇家楽士です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

結さんからは、一番早くご発注をいただいていたので、納期ギリギリになってしまいました……いつもお待たせして申し訳ありません。

今回、結さんには、亨の心を抉っていただきました。プレイングに書いてくださった方向とは、微妙に異なってしまったのですが、より自然と思えるほうを選ばせていただきました。ありがとうございます。

そして今回は、かなり個別視点が多くなっています。なので、ご一緒に参加いただいた方々のノベルを併せてお読みいただけると、話の全体像が見えてくるのではないかと思います。

それでは、読んでくださってありがとうございました!
もし宜しければ、後編もご参加いただけると嬉しいです。