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■〜梔子香炉〜■

太郎丸コトノハ
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
その日、草間興信所は梔子(くちなし)の香りに包まれていた。
「これは、、、厄介な物に引っかかったのぉ」
玲瓏はため息混じりに、『目』を閉じた。
『視』られて居た人物は、口をぱくぱくさせた後、決まり悪そうな表情で手元のノートに文字を綴る。
『元に戻れそうか?』

草間武彦―怪奇探偵の異名で知られた彼は今、言葉を封じられていた。
事の発端は、つい昨日の話しだ。
だいぶ前に扱った仕事で、少ない謝礼だけでは申し訳ないと渡された古い香炉。
彼自身はあまり香に興味も無く、物置に投げ入れておいた物だったのだが、零が掃除をしていて見つけて…。
 「わぁー綺麗な香炉 あ、お香も一緒にしまってある」
思えば、その言葉をもっと注意して聞いておけば良かった。
そうすれば、香を焚く前にその怪奇に気がつけたかもしれない。
掃除で埃っぽくなったからって香を焚いてみたいという提案も肯くことは無かったかもしれない。
―香なんて 受け取った覚えは無かったのだから…。

香を焚いた夜、梔子の花の夢を見て目覚めた時には 声が出なくなっていた。
玲瓏が来なければ原因も判らないままだったに違いない。
「霊波で邪魔をされてる故 妾の力では手出しできぬな…じゃが、戻す方法は判ったぞ」
彼女の力は、未来を見るだけではなく その未来を強引に書き換える物なのだが…
何でもかんでも出来るというわけでも無いらしい。
『どうすればいい?』
「香炉の、持ち主に会って呪を解かせるしかないのぉ」
その言葉を聞いて、気まずそうに草間は文字を綴る。
『いつの依頼だったか、覚えてないんだが?それに普通の人だったぞ』
「その依頼主ではない、本来の…この香炉に思念を残した主の事じゃよ」

協力を仰げそうな知り合いに連絡を取ろうとした零は、いまだ香炉を睨む玲瓏に気がついた。
「なにか、まだ見えますか?」
と、その時 梔子の芳香が強く広がり、強力な殺気を香炉から感じた。
「これはっ」
「さしづめ『梔子の君』じゃな…協力を仰ぐのであれば戦える者も居た方が良さそうじゃ」