■特攻姫〜お手伝い致しましょう〜■
笠城夢斗 |
【6118】【陸玖・翠】【面倒くさがり屋の陰陽師】 |
ぽかぽかと暖かい陽気の昼下がり。
広い庭を見渡せるテラスで、白いテーブルにレモンティーを置き。
白いチェアに座ってため息をついている少女がひとり――
白と赤が入り混じった不思議な色合いの髪を珍しく上にまとめ、白いワンピースを着ている。輝く宝石のような瞳は左右色違いの緑と青。
葛織紫鶴(くずおりしづる)。御年十三歳の、名門葛織家時期当主である。
が、あいにくと彼女に、「お嬢様らしさ」を求めることは……できない。
「竜矢(りゅうし)……」
白いテーブルに両肘をついて、ため息とともに紫鶴は世話役の名を呼んだ。
世話役たる青年、如月(きさらぎ)竜矢は、紫鶴と同じテーブルで、向かい側に座って本を読んでいた。
「竜矢」
再度呼ばれ、顔をあげる。
「はあ」
「私はな、竜矢」
紫鶴は真剣な顔で、竜矢を見つめた。
「人の役に立ちたい」
――竜矢はおもむろに立ち上がり、どこからか傘を持ってきた。
そして、なぜかぱっとひらいて自分と紫鶴が入れるようにさした。
「……何をやっているんだ? 竜矢」
「いえ。きっと大雨でも降るのだろうと」
「どういう意味だっ!?」
「まあそのままの意味で」
役に立ちたいと言って何が悪いっ!――紫鶴は頬を真っ赤に染めてテーブルを叩いた。レモンティーが今にもこぼれそうなほどに揺れた。
「突然、いったい何なんですか」
竜矢は呆れたようにまだ幼さの残る姫を見る。
紫鶴は、真剣そのものだった。
「私はこの別荘に閉じ込められてかれこれ十三年……! おまけに得意の剣舞は魔寄せの力を持っているとくる! お前たち世話役に世話をかけっぱなしで、別に平気で『お嬢様』してるわけではないっ!」
それを聞いて、竜矢はほんの少し優しく微笑んだ。
「……分かりました」
では、こんなのはどうですか――と、竜矢はひとつ提案した。
「あなたの剣舞で、人様の役に立つんです」
「魔寄せの舞が何の役に立つ!」
「ずばり魔を寄せるからですよ」
知っているでしょう、と竜矢は淡々と言った。
「世の中には退魔関係の方々がたくさんいらっしゃる。その方々の、実践訓練にできるじゃないですか」
紫鶴は目を見張り――
そして、その色違いの両眼を輝かせた。
「誰か、必要としてくれるだろうか!?」
「さがしてみますよ」
竜矢は優しくそう言った。
|
特攻姫〜お手伝い致しましょう〜
「そういえばヤツがおかしなことを募集してたなあ……」
草間武彦がぼんやりともらした言葉に、陸玖翠[りく・みどり]は何気なく反応した。
「ヤツ、とは誰です?」
「如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]だよ。一度会っているだろう」
「ああ……」
以前草間のところに持ち込まれた依頼で顔をあわせたことがある。思い出した翠は、「彼がどうかしたんですか」と草間に尋ねた。
「いや、ヤツの主人がな――葛織紫鶴[くずおり・しづる]と言って、退魔の名門の子供なんだが」
「そういえば、姫とか言っていましたね。如月さんも」
「そうだ、ヤツは姫と呼ぶな。その彼女がな」
人を募集しているらしいんだよ、と草間は言った。
「――紫鶴嬢は魔寄せの剣舞を舞う。その剣舞で集まってきた魔を倒すことで、退魔などの仕事を請け負っている人々のレベルアップにつなげられないかどうか、とさ」
「なるほど」
翠は軽くうなずいた。「それは修業になりそうですね」
「なるはなるが……危険が伴う」
「それが修業というものでしょう」
「……なんだ陸玖、行くつもりか?」
「え?」
何気なく返答していただけのつもりだった翠は、草間に尋ねられて一瞬ぽかんとした。
そして自分の言葉を思い返し、
「――ああ、そうですね。そうかもしれない」
最近戦闘をしていない。話を聞いたのも何かの縁かもしれない――
「連絡、取ってくれますか」
翠は草間に言った。
面倒くさいですけどね、といつものせりふでほんの少しだけ苦笑しながら。
**********
初対面で、“姫”は見事な西洋風のお辞儀をしてみせた。
「初めまして、葛織紫鶴と申します」
長い赤と白の入り混じった、不思議な髪。青と緑、色違いのフェアリーアイズ。
歳の頃十三歳ほどだろうか、お辞儀をするだけした紫鶴は、続いてがちがちに緊張した声で話しだした。
「ええ、と、その、魔寄せの剣舞を使ってくださるということで……その、ありがたい」
ぺこりと頭をさげる。
「姫、落ち着いて」
如月竜矢が苦笑して、自分の主人たる少女の肩を叩いた。
翠は自己紹介を済ますと、
「草間に聞いてきたんですが……」
と話を切り出した。「たしか、こちらの剣舞は月に影響されるとか」
「そ、そうなんだ。月の満ち欠けに合わせて魔寄せの能力が変わる。新月には魔は寄せられなくて、」
「満月には能力全開です。……ちょうど今日ですね」
わたわたと話す紫鶴の代わりに、竜矢が空を見て言った。「ついでに昼より夜のほうが危険です」
「そうなんですか。じゃあ今夜、お願いできますか」
翠はあっさりと、一番危険と言われた時間を指定した。
紫鶴は翠を見て、
「場数をたくさん踏んでいらっしゃる方のようだ。……満月の夜、舞わせて頂こう」
と言って、にっこりと笑った。
夜――
空には、こうこうと照る満月が輝いている。
ちょうど月が中天にのぼる頃合――
その下で、竜矢が結界を張っていた。舞姫が舞うための場所を。ついでに竜矢も、同じ結界の中に入るらしい。
翠は連れてきた猫又、七夜を一緒に結界に入れさせてもらった。
紫鶴は両手首に鈴をつける。しゃらん、と鈴が鳴る。
両の手に、精神力で生み出した細身の剣――
それを持った紫鶴は、片膝を地面につき、剣を下向きにクロスさせた。
ひとり、結界の外で待つ翠は、ふうと息をつく。
それからきらりと、瞳を輝かせた。
しゃりん
紫鶴の二振りの剣が、金属音を立てて動いた。
しゃん
――これは鈴の鳴る音だ――
舞姫が立ち上がる。二振りの剣が、複雑な動きで空中を踊りだす。
がぼっ
ごごごごご……
地面が盛り上がり、巨大な土人形が姿を現す。
(土……中央)
翠は『木』の札を取り出した。そして素早い身のこなしで土人形にその札を貼りつけ始めた。
貼りつけるには近づかなくてはならない。ヒット、アンド、アウェイ。
それは翠の得意とするところ。
土人形が札を貼りに近寄ってきた翠に向かって、太い腕を振り上げても、一瞬後には翠はいない。
五枚。札を貼り終わった。
翠は印を組んだ。そして、
「木剋土!」
鋭く叫んだ。
札が発光する。札を貼った部分から、土人形が溶けていく。
やがて土人形は崩れ落ち、地面に還っていった。
(このていどか――)
翠はちらと舞い続ける紫鶴を見る。
長い赤と白の髪が美しい少女の舞は、見ているだけでそれこそ魔だけではなく人も近寄りたくなるものだったが――
その舞は、どこかゆったりしているように思えた。
(私が初対面だから、遠慮しているのかもしれないですね)
それならそれで助かることだ。実を言うと、本気で満月の夜の危険にひとりで勝つ自信はない。
(さあ――、次はなにが出る?)
翠は高揚してくる自分を感じながら、呼吸を整えた。
ひゅっ――
翠の頬を鋭い何かが通り過ぎていく。
翠の頬に赤い線がひかれた。血がにじむのを感じ、翠は目を細める。
(見えなかった――)
ひゅっ――
今度は翠の膝を。
「しまっ――」
膝を薄く切られ、翠は舌打ちする。膝を本格的にやられなくてよかった。
(風。――金。西)
翠は西の方角に体を向け、『火』の札を数枚指の間にはさんだ。
ひゅっ
ひゅっ
腕に数筋の赤い色がにじむ。そんなことは構っていられない。
「火剋金!」
札が燃え上がった。翠の周辺に火が生まれる。
しゃあああ、と何かの鳴き声が聞こえた気がした。
風を切るような音が止まった――
「効いたか……」
ほっと安堵の息をついたのもつかの間――
めりめりめり
と近くの木が動き出した。
巨大な木だ。翠の背たけの三倍はある――
どしん どしん どしん
根っこの先をちぎってまでして、巨木は翠のほうへ向かう。
(木――東)
冷静にそれに対処しようと、『金』の札を取り出そうとしていた翠の耳に、おかしな音が聞こえた。
それは水音――
くすくすと笑う声。それと同時に、水の奔流がどこからか生まれ翠を急襲した。
翠は顔をかばいながらも水浸しになった。木の動きを慎重にはかりながら、水の向かってきた方向を見やる。
空中に、ぷかぷかと浮いた女の精霊――妖怪。
(水――北)
翠はどこまでも冷静だった。
『木』属性と『水』属性。水属性は木属性をさらにパワーアップさせてしまう。
(タチが悪いな……)
翠は水属性の妖怪を先に倒すことに決めた。
両手に何枚もの『土』の札。しかしそれを発動させる前に木がその枝をしゅるしゅると伸ばしてきて、翠の首をしめた。
「……っ!」
翠はもがいた。指先に血がにじむほどに首をしめる枝をわしづかみながら、一方の手は懐をさぐる。
『金』の札。それを一枚取り出して、枝に貼りつけた。
枝が、嫌がるようにしゅるしゅると翠の首から離れていく。しかし次の瞬間には水の塊とでも言うべきものが翠を襲い、木にまで降りかかって、木が歓びのうなり声をあげた。
枝が再び複数伸びてくる。翠の体中を束縛しようとする。
腕をとられ足をとられ、翠は完全に木の幹に貼りつけられた。
真正面には水の妖怪。こちらに向かって指をつきつけている。くすくすと笑いながら。
「………っ」
翠は最初に手にしていた『土』の札を、何とか口にくわえた。
水の妖怪が嫌そうな顔をした。しかし構わず水を放ってくる。
――『土』は『水』を征す――
口にくわえた土の札が、まるで結界のように水の奔流から翠を護った。
代わりに水をあびた木が再び歓び翠の体の束縛を強くする。
(どうする――どうすればこの状況を打開できる――)
考え考え、考えた末、翠は手に残っていた数枚の『土』の札を木の幹に貼り付けた。
『木』と『土』に相関関係はない。ないが――
(これで……水によって木がパワーアップすることはない)
水の妖怪が、空から雨のように水を降らす。
しかし、木は歓ばなかった。むしろ悲鳴をあげるようにごうごうと不可思議なうなり声をあげる。
『土』の札はあくまで水を弱める。それが木に影響したらしい――
木の束縛が弱くなった。
すかさず翠は木の幹を後ろ足で蹴った。
放り出されるように翠の体が解放される。翠は即座に立ち上がった。『土』と『金』の札を扇状に持ち、木には『金』の札の扇で、水の妖怪には『土』の札の扇で攻撃をしかけた。
木の幹に、ざっくりと扇で斬りつけた痕が残る。
そこからどろどろと樹液が流れ出した。
翠は本能的に悟った。あの樹液に触れてはならない――
水の妖怪が自ら翠に体当たりをしかけてくる。それを『土』の扇で跳ね返して。それから返す扇でざしゅっと妖怪を斬りつけた。
水は斬れないもの。しかし属性が付属されれば別だ。
水の妖怪は悲鳴をあげた。翠は何度も『土』の扇でひらひらと空中に浮かぶ水の妖怪を攻撃した。
その最中に飛んでくる木の枝や矢のような葉はすべて『金』の扇で跳ね返し。
水の妖怪がだんだん分解されてくる。とどめが、なかなかさせない――
翠は扇にさらに札を増やした。
そして、渾身の一撃を水の妖怪に食らわせた。
絶叫が耳をつんざく。水の妖怪が散っていく。
最後の一滴が消えたことを確かめてから、翠は振り向いた。
巨木はこりずに木の枝をうねらせる。
翠は『金』の札で即座に木にとどめをさそうとした。
と――
ぼとり。
空から、小さな物体が落ちてきた。
「―――っ?」
翠は思わず動きをとめた。
その物体はのっそりのっそり歩いてくると――
突然爆発した。
「―――!」
翠は顔をかばう。その間にもぼとりぼとりといくつもの同じ物体が降ってくる。
(火――南!)
巨木が、笑うような気配がした。――『木』属性は『火』属性に力を与える。
バトルフィールドのあちこちで爆発が起きた。
翠は思わず、結界のほうを見た。七夜は無事か――
結界は強固だったようだ。紫鶴は舞をすでにやめていて、結界にべったりくっつきかじりつき、心配するようにこちらを見ている。
それを見て安堵した翠は、再び巨木に視線を移した。
爆発が止まらない。木に近づけない。
翠は『水』の札を取り出した。一枚それを地面に貼りつける。
そこから走り出す。身軽な動きで爆発を避けながら、庭のあちこちに水の札を貼りつけていって。
爆発がとまった。
――水は火を征す――
木の枝がしゅるしゅると伸びてくる。それを避けてから、翠は印を組んだ。
「水剋火!」
札が発動する。発光し、爆弾たちを巻きこんで消えていく。
爆弾の代わりとでもいうように、巨木がおおおと低く重いうなり声をあげた。
翠の動きは素早かった。爆弾たちの余韻が消えるか消えないかのうちに、巨木に『金』の札を何枚も貼りつけた。
樹液が流れる。札に触れる。
じゅうじゅうと札が溶けていく。翠は急いで印を組んだ。
「金剋木!」
どしゅう!
札が弾けて木を包み込む。
うううううぅぅぅぅぅ……
溶けるというよりは、燃えるような姿で――
やがて巨木は、ちりとなって消えた。
ほ、と翠は静かになった庭を見渡し、それから空を見た。
いつの間にか、月はだいぶ傾いていた。
**********
「霊が出てくるかと思っていました」
薄く白い色のかかった朝の光の下、翠は紫鶴にそう言った。
「魔は霊に限っていない……むしろ、霊は魔に属さないことが多い……」
紫鶴はそう応えた。どこか遠くを見る目で。
翠はバトルフィールドだった紫鶴の家の庭を見渡す。
「……だいぶ、自然を壊してしまったようですね」
「いや、いつものことだから……」
紫鶴はなにやら物思いにふけっているようだった。
「どうかしましたか?」
翠は尋ねた。
紫鶴は夜の間に、一本分空いてしまった巨木の列を見て、
「私の舞は……時に普通の存在さえも魔に変えてしまう……」
「紫鶴さん……」
何とも言えず、翠は口をつぐむ。
「私は人の役に立ちたくてこうして剣舞を舞ってみることにした。……時々、これでよかったのかと不安になる」
「いいと思いますよ。あなたの心がけは間違っていません」
翠は滅多に動かない鉄面皮を、ほんの少しだけやわらげた。
かげっていた少女のフェアリーアイズ。この、純粋な少女のために……
紫鶴は翠の顔を見て、ほんの少し笑った。
「……ありがとう、翠殿」
朝の少しだけ冷たい風が吹いた。――心地よい風。
「ところで」
と唐突に翠は表情を元の無表情に戻して、「せっかくお近づきになれたのだしと、手土産に甘いものをお持ちしたのですが」
紫鶴の顔が輝いた。「竜矢!」と世話役の名を呼び、
「お茶会、お茶会だ!」
とはしゃぎだす。
「……姫はお茶会が大好きなんですよ」
竜矢は小声で翠に言った。
翠は心の中で、少し笑った。
「翠殿も――きっと疲れが取れると思う。これは翠殿の茶会だ!」
「そうですね――」
空がだんだんと明るくなってきた。
目を細めて太陽が昇ってくるのを見ながら、翠は穏やかな声で、ご一緒しますと言った。
「――こんなにすがすがしい朝をお茶会で過ごせるなんて、贅沢ですね」
メイドたちが、紫鶴本人が、お茶会の準備を始める。
にわかに活気づいた庭の一部は、とても幸福感にあふれていた。
翠の心にも、そう、朝のすがすがしさとともに――
―Fin―
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
陸玖翠様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はゲームノベルへのご参加、ありがとうございました!納品が大幅に遅れ、本当に申し訳なく思います。
陰陽師さんでいらっしゃるので、敵は霊ではなく五行に関したものにしてみました。いかがだったでしょうか。
よろしければ、またお会いできますよう……
|