■CallingV 【小噺・遊泳】■
ともやいずみ |
【6494】【十種・巴】【高校生、治癒術の術師】 |
噂の全天候型屋内ウォーターレジャーランドにやって来た。
そこで出会う、意外な人物とは……?
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CallingV 【小噺・遊泳】
最近有名だとかいう、新しくできた全天候型の屋内ウォーターレジャーランドに十種巴はやって来ていた。
友達を待っていた巴は、携帯電話を見る。ちょっと早く来すぎてしまったかもしれない。
(新しい水着も買ったし、抜かりはないわ!)
フフンと笑っていたちょうどその時、携帯からメールの着信が響く。友達からのようだ。
「……えっ? 用事で行けなくなった……?」
そんな……。
ガーンとショックを受けたまま、思わず携帯電話を落としそうになる。だってもう、ゲートの前にいるのに……。
がっくりと落ち込んだ巴はどうするべきか悩む。一人で遊ぶべきか……せっかく来たのだし、そうしたほうがいいとは思うが……でも。
悩んでいると、視界を誰かがよぎった。この真夏の炎天下の中を颯爽と歩く、学生服姿の遠逆陽狩だった。
(え? 陽狩さん!? うそ、本当に陽狩さん?)
ぎょっとした巴は硬直し、歩いてくる彼を凝視する。
陽狩は何か考え込んでいるらしく、スケジュール帳を片手に、それを眺めつつ無心に歩いていた。あれでよく誰かにぶつからないものだ。
(ど、どうしよう、こっちに来る……! 声、かけてみたい……けど。でも)
ふと、可能性が過ぎった。
こんな場所に一人で来るなんてことは、まず考えられない。誰かが一緒のはずだ。友達? それとも。
(も、もしかしたらデート……かも)
そこまで考えていた巴は、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
怪訝そうにしていると、陽狩はさっさと中に入って行ってしまう。
(ああっ! 行っちゃった! お、追いかけるべき!?)
おろおろしていたが、意を決して巴はレジャーランドへと入っていったのだった。
*
つい勢いで入ってしまったが、実際は一人なのだ。心細い。
水着に着替えた巴は更衣室から出てくる。淡い若草色のビキニだ。スカート付きなのだが、それがまた巴に似合っている。邪魔にならないように髪は二つに分けておさげにし、ピンクのゴムで結んでいた。
やはりなんというか、一人だからということもあり、どうも恥ずかしい。
(な、なんか周りはみんな友達連れだし……。こ、困ったわ……)
ドキドキしつつ巴は陽狩を探して歩く。
怖さもある。陽狩がデートで来ているとすれば……。その決定的な瞬間を見てしまったら。
なんだか暗い気分になってきてしまったため、頭を振った。
(なに考えてるの!? そ、そうよ。陽狩さんなんて関係ないもの)
せっかくここまで来たのだし、やはり遊ぼう。うんそうしよう。
元々ここで遊ぶつもりで、今日一日の予定を立てていたのだ。それを実行して何が悪い?
巴はきょろきょろと周囲を見遣った。
(とりあえずプールに入ろうかな……。空いてるほうへ行こうっと)
しばらく一人で泳いでいると、徐々にのんびりしてきた。
(気持ちいい〜。学校のプールより広いし。あ、そうだ。後で何か食べようかな。さっきチェックした感じだと、どのお店も可愛い感じ……)
スイスイと泳いでいたその時、巴はぎょっとした。
「きゃっ!?」
いきなり身体が沈んだ。
何事だと驚いた巴は、水の中で目を見開く。つい先ほどまでつま先がほんの少し触れるところにあった、プールの底が……ない。
(う、嘘!?)
ばたばたと足を動かすが、まったく触れる気配もない。どうやらこのプールは浅い場所と深い場所があるようで、巴は知らず深い場所に来てしまったらしい。
(道理で人が少ないはずだわ!)
いきなりだったために完全に混乱し、巴は激しく暴れた。
もっと自分は泳げるはずだし、落ち着けばなんということのない場面だ。だが無理だ。
「た、助け……っ」
そのまま巴は、水の中に沈んでしまった。
瞼を見開いた巴は、飲み込んだ水を吐き出した。
「ごほっ、」
何度か咳をしてから、巴は周囲を見遣る。物珍しげにしている、たくさんの人に囲まれていた。
(あ……そ、そうか。私、溺れたのね)
みっともない。恥ずかしい。
そう思っていた巴は、優しく声をかけられた。
「もう大丈夫のようですね。良ければ、休憩室のほうへご案内しますよ?」
「あ、どうもありが……」
そちらを見て、巴は完全に凍り付いてしまった。
水着姿の少年は、遠逆陽狩だった。どうして彼がここに?
「ひ、陽狩さん!?」
彼はちょっと驚いたような顔をするが、すぐににっこりと微笑する。
「気分は悪くないようですね、お客様」
お客様?
きょとんとする巴は、彼が淡い水色のパーカーを着込むのを眺める。サンバイザーもつけて、彼は立ち上がった。
(あ……もしかして、陽狩さんてここの監視員?)
パーカーの胸元の部分に、このレジャーランドのロゴが入っているのだ。
巴が無事だったので、囲んでいた人々は散っていった。残された巴は陽狩の差し出した手を握って立ち上がる。
「陽狩さん、ここで何してるの? バイト?」
「そ。バイト」
先ほどと違って彼はニヤっと笑うと「ナイショだぜ」とばかりに人差し指を立てた。
巴は嬉しくなった。
良かった。デートじゃなかった。バイトなんだ!
「身体のほう、大丈夫か?」
「あ、うん。陽狩さんが助けてくれたのね?」
そこではた、と気づいた。溺れた自分を助けたのが彼だというならば、一体……どうやって?
妙な想像をしてしまう巴は頬を赤らめた。も、もしかして……ほら。
(ドラマとかでよく見る……あ、あれを……)
陽狩が後頭部を軽く掻く。
「悪ぃな。近くに女の監視員がいなくて、オレが人工呼吸したんだが」
「じっ!? ひ、かる……さんが?」
「水中でかなり暴れて、水を大量に飲んでたからな」
陽狩の声など耳に届いていない。
巴の心臓はどくんどくんと脈打ち、その音が鼓膜を叩いた。
(陽狩さんが人工呼吸……? ということは、わ、私と、したの? でもキスに入らないけど……)
でもでも!
目の前で何か言っている陽狩の唇を、いつの間にか凝視していた。
(陽狩さんと……)
キスというには遠くて、でも唇が触れ合ったのも事実で。
「おい! 大丈夫かよ?」
陽狩の顔が間近にあって、巴は我に返り慌てふためいた。
「だ、大丈夫! ピンピンしてるからっ」
「……そ、そうか? ならいーんだけど」
怪訝そうにする陽狩に、巴は急いで頭をさげる。きちんとお礼をしないと。助けてくれたんだもの。
「ありがとう陽狩さん」
拍子に首のところを結んでいたビキニの紐が解けた。上半身を前に倒していたこともあって、胸を覆っていた水着がそのままポロ、と落ちそうになる。
「きゃああっ!」
両手を前で組んでいたことが幸いしたのか、巴はすぐさま手で水着を押さえて落下を防いだ。しかし両手が塞がっていては紐など結べない。
目の前に立つ陽狩を恐る恐る見ると、彼は完全に見てしまったのか赤い顔で唖然としていた。
「み、見た……?」
弱々しく尋ねると、彼は「え」と呟いて反応し、視線を逸らす。
「…………あー……、えっと」
見られた!
巴は羞恥に真っ赤になり、俯く。
小振りな胸だが、それでも年頃の娘だ。見られるのは困る。本当に困る。
なんとか片手で水着をおさえて、空いた手で紐を結ぼうとするがうまくいかない。まさに踏んだり蹴ったりだ。遊びに来たはずなのに、どうしてこんなことばかり自分に起きるのだろうか?
涙がじわ、と浮かんできた。
(陽狩さんの前でカッコ悪いとこばっかり……)
情けない。
「結んでやるよ」
ぶっきらぼうな声がして、巴は手を止める。
まだ顔を赤くしている陽狩が、顔を背けたままそう言ったらしい。
「へ?」
「だから、うまく結べないんだろ!? オレでよければ結んでやるって言ってんだよ!」
なぜか怒鳴られてしまった。
きょとんとしている巴は頷いた。
「お、お願い、します」
「……後ろ向け。水着をおさえてろよ」
まただ。なんだか声が硬い感じがする。
背中を陽狩のほうに向け、巴は両手で水着をおさえた。するりと後ろから陽狩の手が伸び、紐を掴んだ。巴は急に「なんてことをしているんだろう」と自覚してしまう。
とにかく早く水着の紐を直したかった。それだけだったが、陽狩は男性なのだ。男性に水着の紐を結んでもらうなんて……とんでもないことではないのか!?
陽狩は器用に紐を首の後ろで結ぶ。
「これで外れないと思うけど……ちょっときつめに結んだぜ?」
「あ、ありが、とう」
強張った声で返事をし、振り向く。陽狩は視線をすぐに逸らした。
しばらく沈黙してしまったが、彼が苛々したように口を開く。
「さっきは、悪かったな。見るつもりはなかったんだが、見えちまった」
巴より身長の高い陽狩は、こちらを見下ろしていた。前屈みになった巴の胸が丸見えになったのは、仕方ないことである。
(……子供っぽいって思われた、かな)
そんなことを、少し思った。
高校生になったとはいえ、周囲の大学生くらいの娘に比べれば巴はさぞかし子供っぽく見えるだろう。可愛いと思って買った水着も、途端に褪せて見えた。
「すまない!」
陽狩がいきなり頭をさげたので、巴は驚いて瞬きする。
「不可抗力とはいえ、申し訳なかった!」
きっぱりはっきり言った陽狩を、周囲の客が不思議そうに眺めていることに気づき、巴は慌てる。
「い、いいってば! 紐が解けたのは陽狩さんのせいじゃないから!」
陽狩はゆっくりと顔をあげた。彼は疲弊したような表情で、もう一度巴を見つめる。何度見ても彼は綺麗な少年だった。
「すまなかった」
「もういいからっ。そんなに何回も謝られると、思い出して恥ずかしいからやめて!」
ちょっと怒ったように言うと、陽狩はやっとそこで苦笑してくれた。
「よ、良かった。責任とってくれって言われたらどうしようかと思ったぜ」
「そんなこと言わないわよ! た、たかが胸を見られたくらいでっ」
もしも言ったとしたら……どうしたのだろうか? ちょっぴり気になる。
「でも、陽狩さんがこんなところでバイトしてるとは思わなかったな」
「生活費稼がないとならないんでね。妖魔退治だけじゃメシも食えねえ」
ふっ、と軽く笑った陽狩は続けて言った。
「なんかあったら遠慮なく呼んでくれて構わねーから。今日は夕方までバイトだしな」
夕方まで彼はここに居るのだ。嬉しくなって頷く。
「わ、わかった」
「今度は溺れないように、気をつけろよ」
にっこりと笑う陽狩を見ていた巴は不思議そうだった。
彼を見ていると、胸がどきどきする。心の奥が暖かくなる。この気持ちは――――?
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】
NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
お言葉に甘えてベタなの入れさせていただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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