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■CallingV 【小噺・遊泳】■

ともやいずみ
【6603】【円居・聖治】【調律師】
 噂の全天候型屋内ウォーターレジャーランドにやって来た。
 そこで出会う、意外な人物とは……?
CallingV 【小噺・遊泳】



 仕事が早くに終わったため、円居聖治は帰路についていた。
 車を運転していた聖治は、歩道を歩く少女に気づいて目で追った。
 後頭部に結い上げられた長いツインテールの髪を揺らし、この炎天下で長袖のセーラー服姿をして歩いている人物は一人しか知らない。
 遠逆深陰。先月、聖治がある学校の前で出会った不思議な少女だ。
 信号待ちをしている間、聖治は深陰がどこかの建物に入ったのを確かめた。信号がそろそろ青に変わる。
「…………」
 聖治は少し思案して、左の道に曲がるためにウインカーを出した。



 駐車場に停車して、聖治は建物に向かった。
 女性の後をつけるのはどうかと本人も思っていたが、ここで逃がせばいつ会えるかわからない。
 見た目は普通の女子高生。だが、ただの、というわけではない。
 人外のモノと対峙し、鮮やかにそれらを排除した。手際の良さは認めざるを得ない。だがいつも、あのようなモノと戦っているのだろうか?
 何者なのだろう?
 戦う時の美しさは聖治の脳裏に鮮明に残っている。その美しさは、聖治から見れば危険と隣り合わせのものに過ぎない。
 あの少女が、たった一人で戦っているとすれば――だが。
「……ここ」
 呟いた聖治は、建物に入って行く家族連れや若者たちの波に少しだけ驚いた。視線を周囲に向けて、納得する。
 建物の屋上にあるのは、最近出来たと噂を聞いた、全天候型の屋内ウォーターレジャーランドだ。
(そうか。深陰さんはプールに行ったのか)
 この暑さだ。水に入りたくなるのは当然だろう。聖治を除いて。
(……耳に水が入るのが嫌いで、水の中は苦手なんだけど……)
 そう考えていた時、人込みから外れたところに深陰が立っているのが見えた。彼女はスケジュール帳を片手にしかめっ面をしている。
 声をかけるチャンスである。ああでも、誰かと待ち合わせだったら?
(誰かと待ち合わせでもしているのだったら、手早く済ませるか)
 深陰のほうへ人の波を縫って近づく。彼女はきりっとした表情ではあるが、手帳を眺めてむっつりと口をへの字に曲げていた。
「深陰さん」
 声をかけると、彼女は手帳から視線だけ外し、こちらに向けた。色違いの瞳が眼鏡の奥で細められる。
「この間はありがとうございました」
「…………円居、聖治」
 ぼそりと呟いた彼女の言葉に聖治は微笑む。
「憶えていてくれたんですね」
「……それで? わたしになんの用?」
 深陰は手帳に視線を戻した。
「深陰さんはここには遊びに? それともデートでしょうか?」
 彼女と会話をしたくてここまで来た。用といえば、それだけだ。
「両方ハズレ」
「違いましたか」
「遊んでる暇も、デートする相手もいないから」
 妙なことを言う。
 高校生は夏休みだろうし、深陰ほどの美少女なら相手は掃いて捨てるほど居るはずだ。
 深陰は手帳を閉じた。そして聖治を見遣る。
「用が無いなら行っていいかしら?」
 面倒そうに言う深陰は立ち去る気だ。
 そういえば、助けてもらったのに、ろくにお礼もしていないことに気づく。
「お時間がありましたら、この間のお礼をさせていただけませんか?」
 微笑して言うと、彼女は顔をしかめた。
「別にお礼なんていいわよ。見返りが欲しくてやったわけじゃない。偶然あそこにあんたが居ただけだもの」
「それでも助けていただきましたから」
 笑顔の聖治を不気味な生物でも見るように眺めていたが、深陰はフンと息を吐く。
「これから用があって、そこに入らなきゃならないの」
 指差した先は、人でごった返しているウォーターレジャーランドだ。
 聖治は「そうですか」と呟く。
「近くに飲食店も見当たらないので、あの中のお店でお茶でもしようかなと考えたのですけど」
「だからいいって言ってるじゃない! お礼とかいらないわ!」
 徐々に苛立ってきたようで、深陰は早足に施設に入って行ってしまった。
 残された聖治は深陰の怒りようにしばし考える。
 これ以上話し掛けるとプチっと切れそうだった、彼女は。
(でもお礼をしないというのも……ん?)
 足もとに何かが落ちている。拾い上げると、先ほど深陰が持っていた手帳だった。
 使い込んであるのか、手帳の表紙はぼろぼろになっている。
「………………」
 落し物として、届け出をするべきか。
 だが。
 深陰に再度会う、いい理由ができた。



 施設内は人で溢れていた。
 一人スーツ姿の聖治は非常に目立っている。
(深陰さん、深陰さんは……)
 周囲を見回すものの、深陰らしき姿は見えない。あれだけ目立つ容姿をしているが、これだけの人の中ではさすがに埋もれてしまうのだろう。
(呼び出してもらったほうが早いか……。そうするべきかな)
 待て。もしかしたら水着に着替えている最中かもしれない。
 聖治は近くのカフェに行くと、コーヒーを頼んで空いている席に腰掛けた。
 突っ立っているわけにはいかないだろうし、かと言って自分の格好はプールで遊ぶ人たちには邪魔に映るだろう。
(15分くらいしてから……)
 頭の中で段取りを決めていた聖治は、悲鳴があがったのに気づいてそちらに目を向けた。
 子供が溺れたようだ。聖治の居るカフェからもその様子がはっきり見える。
 誰かが素早く飛び込んで子供を救出し、プールからあがった。聖治は目を瞠る。
 真っ白でシンプルなワンピースの水着。均整のとれた肢体の少女は子供を引っ張りあげ、床に投げていた淡い水色のパーカーとサンバイザーを拾った。
(あれは……深陰さん?)
 すらっとした脚を惜しげもなく披露しているその少女は、パーカーを着込みながら子供と、その親に何か言っていた。
 勇気のある救助だ、と思う場面だろうが、そういう感じには見えない。その理由がわかった。
 深陰の着たパーカーの背中がよく見える。聖治からは彼女の後ろ姿しか見えないのだ、ここからだと。
 パーカーにはでかでかとこのレジャーランドのマークがついていた。どうやら深陰は監視員らしい。深陰の身体能力を目撃しているので、監視員として採用されるのは当然とも思えた。現に、子供を難なく救ったではないか。
 深陰は親に何かを指示し、それから子供の頭を軽く撫でると「ばいばい」と手を振った。
(へぇ……)
 聖治は感心したような、そんな声を心の内で洩らす。
 深陰は子供に対してにっこり微笑んでいた。年相応というか、非常に可愛らしい笑みだ。あんな笑顔を向けられたら単純な男はすぐに舞い上がってしまうだろう。
 聖治の前では大抵ぶすっとしていたり、冷たい表情でいる印象が強い。
 ちょうど深陰がこちらを振り向いた。この距離では聖治に気づくのは皆無だろう。ちょっと離れ過ぎている。
 だがこちらを見た深陰は聖治に気づいたらしく、すぐさま眉間に皺を寄せる。聖治が軽く手を振ると彼女はぎょっとしたように目を見開いた。
 ダン! とその場から跳躍し、空中で身体を捻らせることで飛距離を出し、カフェの目の前に降り立つ。正確にはカフェとプールの間を遮っている柵の上に、だ。まるで曲芸師である。
 先ほどまで深陰が立っていた場所とカフェの間にはプールがあったのだが、その距離をものともせずにここまでジャンプしてきたのは「凄い」の一言であった。
 周囲の人間は仰天して深陰を見ていたが、彼女は気にもせずに柵から降り、すぐさまカフェに入ってきた。
 ずんずんと聖治のほうまで歩いてくると、ぎろりと睨んでくる。
「なんであんたがわたしの手帳を持ってるのよ!」
 どうやら聖治は手に持ったまま、彼女に手を振っていたらしい。
 聖治は微笑んで深陰に差し出した。
「落とされていたので拾っておきました。安心してください、中は覗いていませんから」
「当たり前よ!」
 聖治の手からひったくると、深陰は手帳を確かめた。用心深いことだ。
「深陰さんの用事というのは、監視員のアルバイトだったんですね」
 ぱらぱらと手帳を捲っている深陰は聖治の声に無反応だ。
 しかしこうして目の前で見ると深陰の水着姿はかなり強烈だった。本人に似合い過ぎている。成熟した大人の魅力はないが、若々しい色気はあった。
(これでモテないというのはおかしいと思うんだが……)
 10歳も離れている聖治の目から見ても深陰は十分魅力的で綺麗な少女だ。
 パタンと手帳を閉じると、彼女は苦々しげに聖治を見遣り、口を開いた。
「届けてくれてありがとう」
「いえ」
 にこっと笑って言うと、深陰はまた不審そうな表情をする。
「どうかしましたか?」
「あんた…………いや、なんでもない。
 それにしてもこの中にまで入ってくるなんて……よっぽど暇人なのね」
 嫌味ったらしく言う深陰の言葉に「そうですね」と聖治は穏やかに応える。
 チッと深陰が舌打ちした。
「……休憩時間になるまで待てるなら、お茶くらいしてやるわ。手帳を届けてくれたお礼にね!」
 聖治は店内に飾られている時計を見遣る。
「どれくらいで休憩時間になりますか?」
「! ま、待つ気なのあんた!?」
 仰天する深陰に聖治は頷いた。
「待つくらいでしたら」
「……な、なんなのあんた……ちょっと怖いわよ」
 びくびくする深陰の顔色は悪い。聖治としても不思議ではある。どうして自分はここまでするのだろうか?
 理由は色々考えられる。
 ここで深陰を逃がすと、次にいつ会えるかわからない。そうなると、お礼の機会もいつになるかわからない。
 ちょうど仕事もないのだし、ここで少々待つくらいはできる。
「な、なに……? ストーカーじゃないでしょうね……?」
「違いますよ」
 すぐさま否定はしたのだが、深陰を見かけてここまで来るのだから近いかもしれない。
 疑わしそうに見ていた深陰だったが、ハッとして慌てた。
「しまった。仕事中だったんだわ。行かなくちゃ」
「待たないほうがいいですか?」
 すぐさま尋ねる聖治のほうを見て、深陰は眉を吊り上げた。本当に感情が顔に出る少女だ。わかりやすいというかなんというか。
 自分とは、真反対、だ。
「好きにすることね。二時間もここで待てるって言うなら止めはしないわ」
 行ってしまう深陰の背中を眺めていた聖治は小さく呟く。
「二時間……ですか」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6603/円居・聖治(つぶらい・せいじ)/男/27/調律師】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、円居様。ライターのともやいずみです。
 果たして円居様が二時間も待ったかどうかは想像にお任せです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!