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■CallingV 【小噺・遊泳】■

ともやいずみ
【6540】【山代・克己】【大学生】
 噂の全天候型屋内ウォーターレジャーランドにやって来た。
 そこで出会う、意外な人物とは……?
CallingV 【小噺・遊泳】



 最近出来たという屋内ウォーターレジャーランドへと山代克己は足を運んでいた。一人で、ではない。友人に誘われて、だ。
 夏休みということもあり、人で溢れ返っている施設内で、克己はなるべく人のいない場所を探した。
 ウォータースライダーなどの定番のものには人が列を成している。とてもではないが、あそこには近づきたくない。
(人のいないところ……)
 はしゃいで行ってしまった友人とは別行動をし、克己はひと気のないプールを探して歩き出す。
 水に潜っているのは好きだ。
 だがうるさい場所は困る。
 人の多さにうんざりしながらも、克己は施設内の地図が描かれた看板を見つけて眺めた。子供向けの地図だけあって、わかりやすい。
(現在地がここだから……)
 ぼんやりと視線を地図の上に走らせつつ、克己はふと思い出す。
 長いツインテールの、少女。
 怖いけれども、優しいのかもしれない……娘。
 怖いと感じたのは、あの高圧的な喋り方だ。だが彼女の忠告は正しいし、克己の疑問にもきちんと応えてくれた。
(……僕より年下なのに)
 制服を着ていたことから、彼女は高校生だ。克己より一つ、もしくは二つは年下ということになる。
 そんな若い娘が戦っている。そう考えると恐ろしくなる。
 一般人とはかけ離れた印象。おそらく彼女は、普通の人間ではない。特殊な環境下で育った人間だ。
 家柄だろう。たぶん……。予想にすぎないが、そうだろうなと、思う。
(僕とは違う)
 自分は、その場所が恐ろしくて逃げたのに。どうして。
(どうしてあのコは……そこに留まって戦っているんだろうか……)
 それに彼女に感じた不安感。あの不安感はなんだったのだろうか?
 もう一度会えば、わかるだろうか?
 まあ少なくとも、こんな場所では会うことはないだろう。こんな昼の日中の、騒がしい場所で。
 地図を確認して歩き出した克己は、人の波をなんとか避けつつ進む。こんなに人が多いとは予想以上だ。
 世間的には夏休み。人が多いのは当然のことだが、なぜこうも、多いとわかっている場所に皆、集まるのだろうか?
(プールというよりは、すし詰め状態になっているところもあるのに……)
 まるで朝の満員電車だ。あれで泳げるのだろうか?
 なるべく人のいないほうへと歩いていた克己は、喉が渇いてきてしまい、売店を探す。
 施設内にはカフェもあるが、手早く済ませたい。できるなら自動販売機が良かったが、そんなものはなさそうだ。
(売店も人が並んでそうだな……)
 まあでも仕方ない。買うだけ買っておいてもいいだろう。
 予想したように、売店には人が列を成している。思わず「うわ」と克己は微かに顔を引きつらせた。
「…………」
 渋々というように克己は列に並んだ。
 売店はどこか「海の家」のようでもあり、小さな屋台のようでもあった。ファーストフード店に似ていると、克己は思う。
 売店は三つに区切られており、どの箇所の列に並んでも同じだ。それぞれでメニューが違うということはないらしい。
(ファーストフード店にも似てるけど、あれだな……スーパーのレジにも似てる。少ない列に客が並んでいくっていう感じ)
 ふーんと思いながら、売店の屋根のすぐ下に大きく飾られているメニュー看板を眺める。克己は飲み物が書かれているところを眺め、とりあえず決めた。
 順番が回ってくるのは意外に早い。店員が段取りよく進めているからだろう。
 克己の前の客がいなくなった。
「いらっしゃいませ、お客様」
 愛想のいい店員の声に顔をあげると、そこには見覚えのある少女が居た。克己は一瞬、硬直する。
 どうりでこの列はやけに人が多く並んでいるはずだ。この娘が目当てだったのだろう。
(この間の……女の子)
 サンバイザーをつけ、売店の制服を着込んでいるが……長いツインテールの髪といい、整った顔立ちといい……間違えようもなかった。
 彼女は営業スマイルで続けて言う。
「大変お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
「……この間の」
 ぽつりと克己が呟くと、少女は少し「ん?」という顔をして「あぁ」と納得したような表情を浮かべる。だが、それだけだった。
「ご注文をどうぞ」
「オレンジジュースを」
「お一つでよろしいですか?」
「はい」
「かしこまりました」
 少女は後方に居る別の店員に向けて注文を言う。克己に再び向き直り、微笑んだ。
「少々お待ちくださいませ。すぐにご用意いたします」
「あ……はい」
 ぼんやりする克己は内心驚いていた。
 戦っていたあの少女と、本当に同一人物なのだろうか? こんなところで何を? 危険なことの、一環……のようには見えないが。
「……訊きたいことが」
 尋ねると、彼女は少し目を細めたが愛想のいい笑顔で「どうぞ」と言った。
「キミは戦っていた。家柄……なんだよね」
「そうですね」
「どうして……そんな場所に留まって戦っている……? 怖くないの? 恐ろしくは?」
 小声で質問していた克己を眺め、彼女は少し視線を伏せた。だがすぐに克己を冷ややかに見遣った。
「わたしが自分で決めたことよ。あんたに関係ないわ」
 口調が接客用のものではない。彼女は心底そう思って、言ったのだろう。
 後ろの店員からジュースを渡され、彼女は克己の前に置く。
「代金をいただきますね」
 営業的に言う彼女は、すぐさま笑顔に戻った。
 代金を渡して、克己はジュースを受け取る。
「ありがとうございました。どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
 最後まで笑顔の少女を克己はうかがっていたが、この場所に留まっているわけにはいかずに離れた。
(アルバイト……かなぁ)
 ああして見ると普通の高校生のようだった。あの日の出来事がまるで夢だったようにさえ、思えてしまう。
 ああそうか、と克己は気づく。
 あの不安感の正体は……。
(僕と……『違う』からだ)
 自分と、彼女の「立っている場所」が。
 平和な日常を望む克己とは、「違う」。
 あの色違いの瞳。彼女は逆境をものともしない「強さ」が溢れていた。
(……怖かった、のか)
 本能的に克己は怯えていたらしい。それはそうだろう。克己の性格からすれば、あの少女は苦手なタイプだ。
 克己は空いている左手で、左の瞼に少しだけ触れた。普段は、開くことのない瞼だ。イジメの原因にもなったため、克己は他人の前で滅多にこちらの瞼は開けないのだ。
 だがあの少女は、色違いの瞳を堂々と見せていた。色が違うという違和感を感じさせない。それが当然であるべき、というような。
 売店に並ぶ人が少なくなってきた。克己はぼんやりと売店が見える位置にあるベンチに腰掛けてジュースを飲んでいた。
 若い男性客が、あの娘の手を掴んでしきりに何か言っている。
(ナンパか……)
 ストローからジュースを飲んでそれを眺めていた克己は、困ったように苦笑していた少女の表情が一変し、バシッ! と男の手を払いのけたのを目撃した。
 今の一撃はちょっと痛そうだ。
 ずずー、とジュースを全部飲んで、思う。
(やっぱり怖いコだ)



 不安感のせいでモヤモヤしていたが、その正体がわかって克己は少しだけスッキリしていた。
 もやもやした気持ちで今日まで過ごしていたが、それとやっとお別れだ。あの少女に会えばわかるのでは、と思っていたがそれも叶った。まぁ、売店に居るとは思いもしなかったが。
 克己はひと気のないプールを探して相変わらずウロウロしていた。
(しかし……あいつはどこ行ったんだ?)
 遊びほうけているだろう友人のことをちょっと思っていた時、あまり人がいないプールを見つける。
 入ると、冷たくて気持ちよかった。
「はー……」
 大きく息を吐いて、克己はぼんやりと周囲を見回す。
 こんなに人が居るのかというくらい、人が集まり、騒ぐ。水の冷たさにはしゃぐ。
 仲良く腕を組んで歩いているカップル。子供の手を引いて楽しそうに話す母親と父親。友達同士でわいわいと言い合っている若者。
 ……もしかして、一人で居るほうが目立つのだろうか?
(……そうかもな。全体的に若い連中が多いし)
 一人で来たわけではないが、今ここに居ないのだからどうしようもない。
 考えるのも面倒になって克己は水中に沈んだ。水の中に潜ってから気づく。
(そうか……。遊んでるのは僕だけじゃない)
 同じプール内に若い娘もたくさん居たのを思い出し、克己はどうしようと悩んだ。
 潜っているのが好きなのだが、水が澄んでいるためにプールの中が全て見えた。そう、水着姿の娘たちが泳いでいる姿が丸見えなのである。目のやり場に困った。
 視線をそちらに向けないようにして克己は閉じた左の瞼を開けた。白濁したその瞳は、普通の人間が見れば驚き、恐れることだろう。
 水の中でなら、誰もそんな克己に気づきはしない。それは、一人でいる時も。
(平和だ……)

 水の中を堪能してプールから顔をあげたそこに、見知らぬ男がいた。男は今まさに、プールに入ろうとしていたところだ。
「?」
 怪訝そうにすると、男は強張った顔で「大丈夫ですか?」と訊いてきた。
「……大丈夫って、何が?」
「潜ったまま浮かんでこなかったので、今から助けに入ろうかと思いまして」
 苦笑する男は、パーカーを着ている。つけているサンバイザーにこの施設のロゴが入っていることから、男は監視員のようだ。
「あ……すみません。潜っているのが好きだったので」
「いやー、早とちりをしたオレが悪いんです。無事で良かったですよ」
 にっこりと笑う監視員は、立ち上がってまた見回りをしに歩いて行ってしまった。
 克己はプールからあがる。まさか溺れていると勘違いされるとは……。
 そういえばいま何時だろう? 友人はどうしているだろう?
「…………」
 眉間に少しだけ皺を寄せて、克己はやれやれと歩き出した。
(探しに行くか……。人の多そうなところに居るだろうが……)
 とりあえず地図は頭の中に入っている。人気の高い場所を回れば、きっと見つかるだろう。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6540/山代・克己(やましろ・かつき)/男/19/大学生】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、山代様。ライターのともやいずみです。
 深陰とはあまり進展はしていない感じですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!