コミュニティトップへ




■CallingV 【小噺・遊泳】■

ともやいずみ
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 噂の全天候型屋内ウォーターレジャーランドにやって来た。
 そこで出会う、意外な人物とは……?
CallingV 【小噺・遊泳】



 新しく出来たという屋内ウォーターレジャーランド。初瀬日和は所在なげに、そこに居た。
 忘れ物を届けに来た。それだけだったのに、なんだかよくわからないうちに、こんなところに居る。
(優待チケットなんてもらって……来ちゃったけど……水着もないのに……)
 でも使わないと勿体ないし、こちらに来ること自体が少ない。
 そもそも一人で遊ぶなんて……。
 嘆息していたが、まあ仕方ない。せっかく来たのだし、少し覗いて帰ろう。次に友達と来て、楽しめるように下見というわけだ。
 施設内は広く、天井が高い。冬場は温水プールになるらしい。
(すごい人の多さ……。冷房が効いてるはずなのに、人が多くてそこまで寒く感じない……)
 人込みを掻き分けて歩いていると、案内図の描かれた看板を見つけた。子供用に描かれてあるのでわかりやすい。
 日和は小さく笑った。
(へぇ……ウォータースライダーに流れるプール。大きな文字で書いてあって、親切ですね)
 なかなか好感が持てた。
 なんだか本当に、水着がないのが残念でならない。やっぱり遊びたくなる。
 日和は自身を見下ろしてちょっと考えた。普段は気にもしないが、水着になるとすれば、スタイルを気にするのが女の子というものだ。
(………………)
 グラビアアイドルのような、強調した胸は日和にはない。どちらかと言えば、控え目、である。
 背後を行き交う人をちら、と見遣った。
 中には日和と同じくらいの女子高生たちのグループもいたのだ。彼女たちは、自分とそう年が変わらないはずなのに……やたらと成長がすごいと、思う。
(最近の若い人は発育がいいわね、って……先生も言ってたけど)
 学校の若い女性教師の嘆息混じりの言葉を思い出す。
 日和はしょんぼりした。別に自分の体型に不満があるわけではない。だが、肌の露出が多い場所では……やはり比べてしまうものなのだ。
(……何を食べたらあんなに大きくなるのかしら……)
 真剣にそう思いながら、女子高生のグループを視線だけで追う。あれでは、男でなくとも胸に目が行くのは当然だ。
 地図に視線を戻し、「あ」と気づいた。
(売店があるんですね。まあ、それはそうか。あ! こっちにカフェがある)
 施設内にきちんと休める場所があるのは嬉しいことだ。しかもカフェは一ヶ所ではない。
 日和は一番近くにあるカフェに向かうことにした。紅茶が飲みたい気分だった。
 歩いていると、視界を何かが横切った。
(え?)
 つい、目でそちらを追う。
 長いツインテールを揺らして颯爽と歩いていく、あの横顔――!
(深陰さん!?)
 どうしてこんなところに?
 驚くと同時に日和は追いかけていた。
 人の波に押し返されそうになりながら、必死に深陰を追いかける。水で衣服が少し濡れてしまった。
「す、すみませ……っ、と、通して……くださ……!」
 なんとか人の波を脱出して見回す。居た。深陰はすぐに見つかった。
 彼女は若い男たちに何か言われていた。彼女の凛々しい顔にある眉が、見る見る吊り上がっていった。
「邪魔だって言ってんのよ、このクズ! どきなさい! 邪魔よ! 目障りなの!」
「な、なんだと、この女ぁ……!」
「自分に見合った普通の女の子に声をかけなさい、坊やたち!」
 ぴしゃりと言い放った深陰はツンと顔を逸らして歩き出した。
 彼女は怒っているのか、足音がドスドスと響きそうな雰囲気だ。
 彼女に手ひどくフラれた男たちは、一瞬困惑していたがすぐに頭に血がのぼって深陰を追いかける。
 だが深陰がすぐさま振り向いた。長いツインテールが勢いよく動く。
「痛い目に遭わないとわからないようね!」
 一歩踏み出したと思った刹那、深陰は掌底で男たちの顎を突き上げていた。拳ではなかっただけマシ、と見るべきだろう。
 衝撃に男たちは悶絶し、床の上に倒れこんだ。
 周りの者たちは呆気にとられていたが、深陰が睨みつけると全員視線を逸らした。
 彼女はすたすたと歩き出す。日和はそれに続いた。
(す、すごい……!)
 同じ女の子としては、憧れてしまう!
 合気道でもやっていたのだろうか? 深陰の対処は鮮やかだった。ああそうだ。彼女も退魔士だったっけ。
「あ、あの! 深陰さんっ」
 周りの声に埋もれそうだった、そんな小さな日和の声に反応して深陰は足を止め、振り向く。
 色違いの瞳がかなり強烈だ。だがそれを少しでも緩和するためにつけているのか――丸眼鏡の存在が野暮ったく感じる。
 何度見ても綺麗な少女だ。テレビでよく見る女優の少女など、足もとにも及ばないほどに。
 日和は慌ててぺこりと頭をさげた。
「この間はお世話になりました」
「……世話するほど、何かした憶えはないけど」
 冷たく言い放つ深陰に日和は苦笑する。本当にはっきり言う人だ。
「深陰さんはどうしてここに? あの、デートですか?」
「……ハズレ。デートする相手なんて、私にはいないわ」
 では仕事だろうか?
 そんなことを思いつつ、日和は口を開いた。
「私は、今日はちょっと用事があってここに立ち寄ったんです。遊ぶ準備をしてこなかったので……それに一人なので、ちょっとお茶をして、お店を覗いて帰ろうと思ってるんですけど……」
「ふーん」
 だから?
 と言わんばかりの口調で深陰は言う。日和の事情など、深陰は興味ないのだ。
 本当に、日和が知っている遠逆の退魔士の少年と……タイプが違う。
 深陰はすぐに顔に感情が出るし、自分の興味のないことはどうでもいいと考えているようだ。
「深陰さんは、お仕事ですか?」
「……まあね」
「大変ですね、退魔士さんも。こんなところでも、憑物退治なんて」
 しみじみ言う日和の言葉に深陰は目を軽く見開き、ハッ、と鼻で笑った。
「そうか。あんた霊感ないんだったわね」
「は、はい」
 馬鹿にされたわけではないが、深陰の笑いに日和はなんだか萎縮してしまう。
 深陰は腰に片手を当てた。
「安心しなさい。ここには何もいないわ」
「え……?」
「新しく出来た場所だし、悪い念は溜まってない。それに造る前にきちんと祈祷もしてあって、結構清められているわ。方位も悪くない」
「あ、そうなんですか?」
「だいたいわたしがここに来ているのに、悪霊や妖魔の類いを放置するわけないでしょ。
 安心して遊ぶといいわ」
 深陰の断言は、かなり心強い。嘘を言っている感じはしないので、ここは安全なのだ。
 まるで明るい月だ。眩しすぎるが、夜道が月の光だけで安心できる…………そんな少女だった。
(あれ?)
 でも退魔士の仕事ではないとすると……なんの仕事だ?
 深陰はトートバッグを肩からさげていた。そこから制服がはみ出していた。さっき見かけた、この施設の従業員の制服だった。
 目の前の深陰は私服姿。
「…………」
 少し思案して、日和は「まさか」と内心苦笑する。
 だっておかしい。退魔士が他の仕事もするなんて。なんでそんな必要がある? 退魔稼業だけで食べていけるはずだ。
「ここは水が多いですよね、緑も」
「……は?」
 唐突の日和の言葉に深陰は怪訝そうにする。
「水や緑がたくさんあるので、私はこういう場所って好きなんですよね……なんだか元気が出るような気がして」
「…………」
 深陰は渋い表情を浮かべた。
「水が多いのはここがプールだからだし、緑が設置されてないと無機質に見えるからよ。そんなもので人間ってのは簡単に安息を得られるようになっちゃったのね」
「そ、そうですか?」
「こんな作り物の自然で元気が出るなんて、お嬢さん、あんたって随分安上がりなのね」
 明らかに棘の含まれた、敵意のある言葉だった。
 日和はショックに硬直してしまう。そして急に、強い羞恥にさらされた。
 こんな都会にだって、懸命に生きる植物はたくさんいる。けれどもココは、この場所は、意図的に作り上げられた空間なのだ。
 だが同じ植物だ。違いなんてない。
 ――本当にそうだろうか?
 ココは、だって、人間が勝手な都合で植物を配置したに過ぎないのに?
 勝手な、人間の。
 水が多いのだって……同じように、人間が意図的に流しているからだ。
「そ……そんなことは……。だ、だって、例え、意図的でも……植物に罪はありません」
「……まあね。文句言わないものね、喋らないから。
 ああそうだ。都会の緑に飽きたら山奥にでも行ってみたら面白いわよ。今の時期は虫が多くて、蚊に刺されて大変だから」
 くすくすと笑う深陰の嫌味ったらしい声に、日和は心の奥底でなんだかよくわからない感情が湧き上がるのを感じる。怒りのような、落胆のような……。
(嫌われて……いるのかしら)
 ぐっと唇を引き締めて尋ねる。
「深陰さんは……こういう場所がお好きですか?」
「……べつに」
 会話が途切れてしまった……。
 しーん、と二人の周囲だけ静寂で包まれる。非常に気まずかった。
「えっと、どういう場所がお好きですか?」
「…………さあ? 静かな場所のほうがわりと好きかもしれないけど…………」
 遠くを見るような目で呟く深陰の瞳は、暗い。まるで何かを思い出しているかのようだ。
 日和は迷っていたが、思い切って言う。
「あの、よかったら一緒にお茶でもしませんか?」
「わたしと?」
 きょとんとする深陰はすぐに小さく苦笑した。
「悪いけど、次の仕事に行かないといけないの。遠慮するわ」
「あ……そうですか」
「……ここ、遊ぶのにはなかなかいいわよ。彼氏が居るんだったら遊びに来るといいわ」
 無表情に戻って言い放った深陰はきびすを返して歩き出した。
 残された日和は、肩を落とす。
(深陰さん……か。仲良くなれないのかな……)
 和彦とはタイプが違うということもあるが、深陰は自分の意見をはっきりと口に出す。皮肉も言うようだ。
 たった少しの言葉で彼女は気分を害されると、攻撃的にもなるようだった。
 日和は小さく息を吐き出した。
「また……会うことがあるんでしょうか?」
 会う方法を日和は知っている。夜の深い深い闇の中。人外の存在が現れるところに、深陰は出てくるだろう――――。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 す、すみません、深陰がキツい感じになってますが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!