■夜と昼の双子 〜孤独の中に生きるもの■
紺藤 碧
【2470】【サクリファイス】【狂騎士】
 天使の広場にある噴水に腰掛けた一人の人。
 空を切り取ったような髪と瞳に誰もが振り返る。
 だけれど、かの人がまとっている空気はこれだけ行きかう人の中にいながら、孤独だった。


夜と昼の双子 〜夜風の中で



 通りを1つ違えれば聖都エルザードはこんなにも明るく陽気な街だ。
 サクリファイスは紐で吊るされたランプの道をゆっくりと歩いていく。
 爽やかな夜風が肌に気持ちいい。
 昼ほどの活気はなくとも、ほどほどに行過ぎる人の顔を流し見て、その幸せそうな表情にサクリファイスの顔も自然とほころぶ。
 そして沢山の通りと路地が交差する天使の広場へと足を踏み入れた。
 其処を中心として駆け抜けていく風が幾重にも重なり、まるで遊ぶようにサクリファイスの髪を躍らせる。
「いい風だ……」
 そう小さく呟いて、さらりと髪をかきあげる。そして、視線の先に何かを見つけた。
(……あれは)
 天使の広場の中心。噴水の縁に腰掛けているフード頭。
 昼間ほどではないにせよ往来の多いこの天使の広場にありながら、まるで其処だけ孤独に侵されているかのような静寂が広がる。
 まさかという気持ちと、気になるのに近づいてはいけないようなもやもやとした気持ちを抱いて、サクリファイスはフードに近づいた。
 そして、その顔を見るなり一気に緊張が解ける。
「……ああ、あなたは、この前の」
 サクリファイスはその場でぼーっと座り込んでいるフード――ソール・ムンディルファリの頭を見下ろして、どこか安心したように微笑んだ。
 けれどソールは人の訪れにも無頓着という感じで顔さえ上げない。
「こんな時間に1人で、どうしたのかな」
 聞くだけではあの時と同じで、お前もそうではないのかと問われるだけ。
「私は、少し、夜風に当たろうかと思って」
 と、サクリファイスはそれを思い出し自らがここに立つ理由を付け加える。
 反応を確かめるようにちらりとサクリファイスはソールを見るが、彼は一瞬だけ瞳を移動させただけで、またその懐に眠る仔狼を撫でる。
 もしかしたら、この前絡まれた事でエルザードの人間に対し過敏にでもなっているのかもしれない。
 サクリファイスはソールの隣に腰掛けると、街を噴水から広く見上げるようにして背を逸らす。
「聖都といえど、残念ながら全てが清廉潔白というわけではなく、この前のような輩が出没する場所もある」
 そう、光があれば必ず影ができるように、それは人の心も同じ。
「でも、たいていは夜でもこの通り、平和な街だ。この街があんな輩ばかりだとは思わないでやってほしい」
 偶然にもごろつき達に出会ってしまったのは不運だが、それ以上にいい人や面白い人がこの街には多いのだ。
 それを、ただあの時1回の影の側面だけを見て、失望して欲しくなかった。
「ここにはお互い支えあい、一所懸命生きている人々も多くいるから」
 噴水から見上げる街はとても暖かだ。
 とても優しい風の音が心地よい音楽のように流れていく。
「……と、私ばかり喋ってしまって」
 サクイファイスはふっと苦笑をもらし、改めてソールを見る。
「少し、あなたのことを聞いても良いだろうか?」
 その言葉に、ソールは今日初めてサクリファイスに視線を向けた。
「あなたはその仔と2人でこの街に?」
 あまり感情の見えないソールの眉根が少しだけ歪んでいる。
「あ、いや…嫌なら……いいんだが」
 悪い事を聞いてしまっただろうか。と、少しだけ心配になり、サクリファイスはその場で縮こまる。
「……すまない。ただ……あなたを見ていると、不思議な感じがして」
 取り繕うように多少早口にそうまくし立て、尚更縮こまる。
「本当に物好きだな。そんな徳にもならない事聞いてどうする」
 ソールの返事にサクリファイスはきょとんと瞳を瞬かせる。
 それは別に話したくないと言っているわけじゃなくて、どうして聞くのか分からないといった声音で、先ほどの眉間のしわはどうやら自分の理解の範囲を超えたため、だったらしい。
 そう感づくやサクリファイスからふっと笑みがこぼれる。
「損にもならないだろう?」
「それもそうか」
 すんなりと納得すると、最初の質問に対して、「そうだ」と答えた。
「ずっと、2人で?」
「今も、2人だ」
 『も』という繋ぎは、過去から継続していたという事。
 けれど、昔から2人ならば、わざわざ「今も」などと言わずとも、是と言うだけで済んだはずだ。
 それが、なぜ?
 けれどその言葉にはもう1つ意味が読み取れる。
 旅は続けてきたけれど、共に旅していた相手が違った場合。
 やはり心どこかここにあらずと言った感じで、ソールはぼーっと座り込んでいる。
 こうしてサクリファイスと話し始めてからも通りかかる人達の中にはこちらに興味を抱くように視線を向ける人の何人かいた。
 けれど、彼らはただ一瞥するだけで去っていく。まるで珍しいものでも見たかのように。
「あなたは、どうして」
 天使の広場で彼を見つけたときに感じた、どうにも表現し難い心の中のもやもや。
 口を開いたものの、言葉が見つからずサクリファイスは自問自答するように顔を伏せる。
「確かにここにいるのに、けれど、街の中……」
 いや、違う。
「人の中にかな? 人の中には、いないようで」
 適切な言葉を捜すのだけれど、どうにも的を得てないような気がしてサクリファイスの顔が渋くなる。
「1人で歩いている、佇んでいるように見えても、誰かに会いに行く、誰かを待っていたり、本当に1人でいるってそうないけど……」
 サクリファイスの中で生まれているもやもやの正体――それは、大勢の中の1人と、孤独という名の独りの違い。
「……でも、あなたは……」
 彼は常に仔狼を抱いているけれど。
「独り、みたいで……」
 風が駆け抜ける。言葉を攫うように。
 二人の視線がぶつかる。
 ふっと、視線を外したソールに、サクリファイスもそのまま俯く。
「独りになりたい奴など居ない」
「え?」
 突然のソールの呟きにサクリファイスはばっと顔を向けて、問いかける。
「独りにならざるを得ない事もある」
 だが、ソールは顔を伏せるように視線をそっと地面に落として、静かにそう呟くだけ。
「迫り来る孤独が恐怖なら、自ら飛び込めば良い」
 そうか。
 彼は独りを感じないために、自ら望んで孤独を受け入れる事で、自分を護ろうとした。
 サクリファイスの体が自然と動く。
 つい、その体を抱きしめる。
 が、すぐさま感じる視線に、はっと我を取り戻したようにばっとその身を放す。
「あ、いや! つい…捨て子の……ようで」
「捨て子…か。間違っていない」
 ソールはそっと顔を上げる。空に輝く月を見るように、
「俺と妹は……捨てられた」
 一族に。
 この名を持ってしまったがゆえに。
「咎人は永遠に独りでいい」
 すっとソールは立ち上がる。
「ソール…?」
 名を問うサクリファイスにもソールは振り返らず、マントを翻して歩き出す。
 伸ばした手は届かず、ただ空気を掴むだけ。
 サクリファイスは立ち上がり、ただ去っていくソールの背を見つめるしか出来なかった。










☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【NPC】
ソール・ムンディルファリ(17歳・男性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 ちょっとだけ進展したようなしていないようなそんな微妙な距離感となっております。相変わらずの無口とやる気の無さはどうにも払拭できそうもありませんでした。
 とっつきやすい子なんですが、扱いにくい子ですいません。
 それではまた、サクリファイス様に出会える事を祈って……


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