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■【 おいでませ、ハザマ海岸 】〜夏〜■

四月一日。
【5615】【アンネリーゼ・ネーフェ】【リヴァイア】
 ハザマ海岸。
 そこは県境に近い、海洋遊戯スポットの集まった一帯である。
 河川の河口付近には干潟、数キロ先には砂浜と岩場、そして岬のほうには水族館を中心とした遊園地もある。一粒で二度どころか四度ぐらい美味しい(楽しい)海岸である。
 その一帯は、守り神(まだ見習い)・来流海が守護している。彼女は十代半ばぐらいの風貌で、黒い長髪の房を肩と腰の辺りで切り揃え、丈の短い浴衣のような着物を身に着けている。何故かその着物は湿っていた。
「困っているのですぅ」
「‥‥主語を抜かすな、主語を」
「あう。相変わらず人手が足りなくて…。あ、でも! 皆さんのお陰で、海の家には連日たくさんのお客様に来て頂いていますぅv ただ…」
「…ただ?」
「いろいろな催しの、裏方さん出場者さんの人数に、組合の方がまだ不安があるそうで…」
「出場者も仕込みなのかよ…」
「い、いえ!そういう訳じゃぁ。とにかく、ハザマ海岸でいろいろ催し物をやっているので、皆さんに来ていただけるよう宣伝してもらえたらなぁって」

 と、知り合いから、海岸で行われている催しについて聞いたアナタ。
 どのイベントに興味を持たれましたか?
 ハザマ海岸漁業組合は、皆さまのご来場を心よりお待ちしております。
【 おいでませ、ハザマ海岸 】〜夏〜


 ハザマ海岸。
 そこは県境に近い、海洋遊戯スポットの集まった一帯である。
 河川の河口付近には干潟、数キロ先には砂浜と岩場、そして岬のほうには水族館を中心とした遊園地もある。一粒で二度どころか四度ぐらい美味しい(楽しい)海岸である。この一帯は、守り神・来流海(くるみ)が守護しているのだが、治安や美化を維持するための資金を捻出するため、守り神自ら海の家を経営していたりする。
 開店前早朝の「海の家・来流海ノ茶屋」通称くるちゃ(寒)。
 それぞれ訪れることになった経緯は異なるが、皆この店を手伝うためにやってきたのである。
 まず最初にやってきたのは、高級ブランドの黒スーツに身を包み颯爽と海の家を訪れたシオン・レ・ハイ。ニコニコ微笑みながら腕にお友達の垂れ耳兎を抱き、何故かハワイアン・レイを首に掛けている。長袖のスーツを指し、深波(みわ)が一喝した。
「‥‥暑苦しい、寄るな」
 深波はハザマ海岸先代守り神で、着崩した和服姿の二十代と思しき女性である。
「せっかく一張羅を着てきたんですよー‥‥ダメですか?」
 もし、シオンの頭にケモ耳が付いていたら、お友達宜しくキューンと垂れているだろうか。心の中に浮かんだ疑問(深波さんも、着物を着ていらっしゃるのに‥‥)を抑えながら、シオンはもう一度「ダメですか」と問う。
「‥‥仕方ない。だが客から苦情があったら、それなりの服装をしてもらうぞ?」
 深波は軽く頭を振り、溜め息を付いた。
 厨房の方では、海翔(かいと)と揃いの黒い半纏に股引き姿になったアンネリーゼ・ネーフェが料理の仕込みを始めている。海翔は、深波の眷属の海坊主である。
 アンネリーゼは海翔を伴って朝市へ行き、梨・桃・さくらんぼ・ブドウ・パイナップル・レモン、グラニュー糖や白ワインを買い込んできた。アンネリーゼがフルーツを小さくカットしていく様子を見ながら、海翔が声を掛ける。
「なぁ、アンネリーゼ。それって、なに作るつもりなんだ?」
「これは『マチェドニア』と云う、イタリアのデザートです。レモン・シロップで戴くと、さっぱりして美味しいんですよ」
「俺、横文字あんまり分かんないんだけど‥‥フルーツ・ポンチとか云うのに似てる?」
「ええ、イタリア版フルーツ・ポンチと評される場合が多いですね。味見なさいますか?」
 小皿にシロップと幾つかのフルーツを取り、アンネリーゼはにっこり笑いながら海翔に手渡した。
「‥‥へぇー、美味いなコレ。いつもはデザート用に杏仁豆腐を作ってんだけど、今日はこの『マチェドリア』を出してみっか。あとで作り方教えてくれよ」
「はい、宜しいですよ。家庭料理みたいなものなので、しっかり決まったレシピはないのですけれど。あと、海翔さん『マチェドニア』ですよ」
「あー、ワリぃ。ココの人間、みんな横文字苦手でさ。変なコト云ったら、こっそり教えてくれ」
 口元に手をあてながら、アンネリーゼはくすくす笑った。彼女の提案で幾つかメニューを追加することになり、厨房はまるで戦場のような忙しさになっていた。
 熊手で店の前を掃除をしているのは、黒羽 陽月(くろば・ひづき)と来流海の二人。年齢が近いせいか、和気藹々としているようだ。ただ、来流海の場合はあくまで外見年齢であり、実年齢ではない。
 黒羽の格好も、アンネリーゼや海翔と揃いの黒半纏である。ちなみに、来流海は短い丈の振袖姿という様相だ。着物の裾からは、レース地が見えている。
 黒羽がマジックの話しをしていると、来流海は「見せてくださぁい!」と両手の指を組んで瞳をキラキラさせた。
「見たい? じゃ、こんな感じでどう?」
 右手を一振りすると、その手にはいつのまにか小さな花が握られている。それを受け取ると、来流海は興奮しながら両腕をバタバタさせた。
「凄い、凄いですぅ! ほかにも見せてくださぁい!」
「うん、でもその前に掃除済ませちゃわないとね、来流海ちゃん」
「はいっ 了解ですっ!」
 来流海はビシィっと黒羽に敬礼する。その来流海の様子に黒羽は一瞬吹き出しそうになるが、そっと頭を撫でて「続きはあとでね」と笑った。黒羽の思うがまま自分がコントロールされていることに、来流海はまだ気付いていないようだ。

 太陽の高さは、既に真上に近い。
 巷では冷夏ではないかと囁かれているが、やはり夏は暑いのである。
「いらっしゃいませー!来流海ノ茶屋はこちらでぇーす! 今なら、すぐにお席へご案内できますぅー」
 呼び込みと、串刺しフルーツ販売の担当は来流海である。料理のセンスは1mmも無いのだが、接客に関しては天賦の才能とも云うべき力を発揮している守り神であった。
「いらっしゃいませ、来流海ノ茶屋へようこそ! シオンさん、2名様ご案内お願いしますー」
 接客中の黒羽が来客のカップルに気付き、シオンに声を掛けた。シオンはいそいそと満面の笑みで奥から小走りでやってくる。
「いらっしゃいませ、来流海ノ茶屋へようこそおいでくださいました。ご予約は頂いておりましたでしょうか? ‥‥はい?飛び込みでいらっしゃいますか? ええ、当店は席が空いている限り、飛び込みのお客様も歓迎しておりますよ」
 シオンは恭(うやうや)しく頭を垂れて、客を歓迎した。その格好は、例の黒スーツにハワイアン・レイだ。黒羽の喋っている内容とさほど変わらないはずなのだが、海の家に合わない、まるで高級レストランのような接客になっている。しかも、なんだか微妙な対応だ。
 引き攣った表情をしたカップルを引き連れ、奥のテーブルへ案内したシオンは女性の背後にささっと回り、タイミング良く椅子を引いた。それぞれにメニューを開いて渡し、
「本日のお勧めは『ぅわぁ〜の晩餐』『ぅわぁ〜と鬱金色の糸』『ハザマ海岸の秘宝』 そしてデザートは、本日より解禁の『マチェドニア』となっております」
「‥‥えっ うわーの‥‥?」
「『ぅわぁ〜』でございます、ミスター。『ぅわぁ〜』とは、沖縄の方言で『豚』という意味なのですよ」
 料理の内容は深波に云われた通りのものなのだが、シオンの意訳が微妙でやはり変な接客だ。メニューに書かれている料理の内容を確認した男性は、
「‥‥ぅわぁ〜と鬱金色の糸と、マチェドニアを2つずつ」
「デザートは食後でよろしかったでしょうか?」
「‥‥一緒でいいよ」
 シオンの微妙さに早く席を離れてほしかったのか、男性は引き攣った顔でそう答えた。
 厨房へやってきたシオンは、アンネリーゼにオーダーを伝える。
「アンネリーゼさん、『ぅわぁ〜と鬱金色の糸』と『マチェドニア』を2つずつをお願い致します」
「はい、すぐご用意致しますね。あとこちら、座敷席のお客様へ持っていって頂いてよろしいですか?」
 つまみ盛り合わせの大皿を、シオンに手渡すアンネリーゼ。
「おお、これは『ハザマ海岸の秘宝』ですね!」
 初めての秘宝に、シオンは瞳をキラキラさせる。その様子を、海翔は半眼で見ていた。
「おい、シオン。さっさと持って行きな、お客さんがお待ちだぜ」
「あ、はいっ そうですね! では行って参ります、アンネリーゼさん、海翔さん!」
 スキップでも始めそうな勢いの軽い足取りでシオンは店の中へと戻っていった。溜め息を付きながら、海翔は麺を茹でている。その隣りのアンネリーゼは、シオンと会話しながらも手は動いており、マチェドニアを容器に装っていた。
「あー、スプーン落としちゃったんですねぇ。今、代わりの持ってきますぅ」
 入り口近くの客に呼ばれ店内に戻ってきた来流海は、座り込んでテーブルの下を見ていた。それに気付かず、スキップでやって来たシオンが来流海に躓いて派手にひっくり返った。大皿が宙を舞い、シオンの悲痛な悲鳴が店内に響き渡る。
「ぁああぁあぁぁぁぁ ――――」
「きゃーっ シオンさーん!」
 誰もが目を覆いたくなる惨劇(?)が繰り広げられているだろうと、固唾を呑んで見守っていた。
 手で顔を覆っていた来流海が、指の隙間からシオンをチラリと覗き見た。シオンは床に海老反りになり、片足の爪先は後頭部に届いて180度近く開脚している。そして、差し出された手には見事大皿が乗っていた。
「‥‥あ、危なかったのです。来流海さん、こちらを奥のお客様に‥‥」
 片手で大皿を持ちながら四つ這いの格好になっているシオンは、来流海に『ハザマ海岸の秘宝』を託した。来流海は大皿を受け取ると、そそくさと座敷席の客の下へ運ぶ。
「お待たせ致しましたぁ。当店自慢の、つまみ盛り合わせ『ハザマ海岸の秘宝』でぇす!」
 満面の笑みで、来流海は大皿をテーブルの上に置いた。
「シオン、天晴れ! まさに海の家従業員の鑑とも云える対応じゃ。褒美にコレをやろう、休憩時間に行ってくると好いぞ」
 座敷でシオンの垂れ耳兎を膝に抱き団扇を扇いでいた深波が、にっこり笑ってチケットのようなものを差し出した。そこには「ハザマ海岸水族館・無料入場券」と書かれていた。
 その頃。
 奥の厨房で、海翔とアンネリーゼは黙々と調理をこなしていた。
 茹でた麺を冷水で洗い、ガラス容器に形を整えて乗せる。その皿を、海翔はアンネリーゼに渡した。麺の上にチャーシュー、錦糸卵、細切りにしたキュウリやトマトなどの具材を彩り良く盛り付けた。最期に、醤油と酢をベースにしたかけ汁を掛ける。
「陽月さん、お願い致します」
 頃合を見計らったように厨房へ顔を出した黒羽に、アンネリーゼは盆に載せた料理を手渡した。
「えーと、シオンさんが接客していたテーブルのお客さんですよね」
 アンネリーゼがにっこり頷くのを確認すると、黒羽は店内へ戻っていった。
「お待たせ致しました、冷やし中華とデザートでーす。練りがらしは、テーブルのものをご自由にドウゾ」
 そう云い、黒羽はカップルの前に皿を差し出した。二人の表情がほっとしているように見えるのは、黒羽の気のせいだったのだろうか‥‥。

 午後2時も過ぎれば、海の家も食事処としての役目は終盤に近く、従業員の面々は交代で休憩に入り始めた。まず、アンネリーゼと黒羽が海辺へ出ていく。
 岩場近くの松の根元に腰掛け、アンネリーゼは海からやってくる心地よい潮風にその身を弛(たゆ)たせていた。
 この海岸は多少開発が進んでいるようだが、なんだかとても居心地が好い。一帯の守り神であった深波の手腕によるところなのだろう。妖精・妖怪をはじめ、多くの自然の気配は感じるのだが、その中に『穢れ』はまったくと云っていいほど感じなかった。
 来流海ノ茶屋の噂を、神聖都学園にある庭園・星の庭 ―― 住処を訪れるある人物から聞いたのだ。
―― いろいろな意味で、話題になっている海岸があるそうだよ ――
 その人物が海岸のことをとても興味深そうに話すので、エルデ(楽園の妖精たちは、地球をそう称す)の海を知りたくなった。そこへ行きたいと告げると、深波を紹介されたのだ。
 昼間は店が忙しくなかなか深波たちと接することができなかったが、今夜は花火大会があるという。そこでゆっくりと会話できれば好いですね‥‥と思いながら、アンネリーゼは岩場を歩き始める。
 この海岸や人間について話しをしてみたい。
 岩場の潮溜まり近くに腰掛け、そっと海水に脚を入れる。その水はやや温んでいたが、厨房の蒸し暑さにさらされていた身には充分に涼を取れるものであった。
―― さて。それでは夕刻まで、もうひと頑張り致しましょう。
 脚の指先をつつく小さな魚に微笑みアンネリーゼは天を仰ぎ見る。真上にあった太陽は、数時間前から傾き始めていた。

 太陽が海の向こうに沈んだのは、どのくらい前か。
「ほれほれ、花火大会は8時半からじゃぞ? さっさと宿へ戻って着替えてくるのじゃ。寺ではハザマ漁業組合主催の肝試し大会をやっておる、時間のある者は寄ってくるが好い。命令じゃ!」
 そう深波に急かされ各々着替えを済ませると、思い思いの催場へ出掛けて行った。
 宿(ホテルではなく、予め深波が用意した民宿だった)に戻ったアンネリーゼは「せっかく花火大会があるのなら持って行くといい」と仲間たちに勧められた浴衣に着替えた。
 持参した浴衣は白地に千鳥柄で、水色の帯を蝶結びにしてみた。髪を結い上げ、青い小花をあしらったかんざしで留める。手ぶらはなんだか寂しかったので、赤い二匹の金魚が円を描くように対になったウチワを持ってみた。
 姿鏡に自身を映し、アンネリーゼはゆっくりと回ってみる。
―― どうでしょう‥‥うまく着られているのでしょうか?
 アンネリーゼはまだ日本文化などには疎く、着付けも見様見真似という感じだ。だが、浴衣は気張って着るようなものではないし、着物に比べ初心者でも要所を押さえれば美しく着こなすことができる。何事もキチンとこなすアンネリーゼには、さほど高いハードルではなかったのだ。

「どうしたのじゃ、アンネリーゼ殿?」
 アンネリーゼは再び来流海ノ茶屋を訪れた。深波は座敷でビーフシチューを食べている。
「ええ、皆さんこちらに残っていらっしゃると伺って。ご一緒してもよろしいですか?」
「うむ。残り物しかお出しできんが、宜しいのか?」
 深波は真顔でアンネリーゼに詰め寄った。アンネリーゼは小さく肩を竦め「皆さんとお話しがしたいのです」と微笑んだ。
 来流海と海翔がいそいそと店内の後片付けをしている姿を見、アンネリーゼは手伝いを申し出たが「もう手馴れたものじゃ」と深波は微笑んだ。なんでも、花火打ち上げ10分前までに近隣の茶屋は照明を落とさなければならないらしい。毎週末行ってきた習慣なので、二人のリズムに任せた方が良いのだという。
「深波さんは、もうこちらは長いのですか?」
「アンネリーゼ殿‥‥女性同士とはいえ、随分と残酷な質問をするのじゃな‥‥」
 女性同士だからと油断したのか、深波はがっくりと肩を落とす。いつも以上に襟元が顕わになり、今にも着物が肌蹴そうだ。その様子に吃驚しながらもアンネリーゼは失言に気付き、その肩を直しながら「あら‥‥申し訳ございません」と呟いた。
「ん、まぁ‥‥アンネリーゼ殿が想像する通りじゃよ。これが男だったら張っ倒すがの。して、アンネリーゼ殿はどこか異国からいらっしゃったのじゃな?」
「‥‥はい。天上の妖精の楽園『シュテルン』から参りました。エルデ ―― 私たちはこの地をそう呼びます。私たちはエルデを汚す存在『穢れ』を祓う者です」
「つまり、わらわの力はこのハザマ海岸にしか及ばないが‥‥そこからさらに上から見守る存在、ということかの」
「エルデの方々が、私たちをどのような存在として認識しているのか存じません‥‥深波さんと同じく、この地を守っていきたいということに、変わりはございません」
「ふむ、ちと小難しい話しになってきた‥‥」
 手酌で酒を注ごうと手を伸ばす深波より早く、アンネリーゼはスッ‥と徳利を取る。深波は酌を受けながら頷いた。アンネリーゼが顔を上げると、いつの間にやってきたのか来流海がお猪口を持って立っている。
「アンネリーゼさんも、どぉーぞ」
 満面の笑みで、来流海はお猪口を差し出した。

 照明が落とされ、月光と床に置かれたキャンドルの光りだけになる。
 十分間の静寂。
 人が居ないわけではないが、すべてのものが海の美しさに息を潜めているようにも思える。
「土地開発が進む中、日本でも美しい海岸が失われつつあると聞いています。この海岸は、穢れを感じません。ずっとこのまま残っていて欲しいですね」
 酒が回り始め、ほろ酔い気分でアンネリーゼは呟く。頬を真っ赤にし、いつも以上に舌っ足らずな来流海が挙手しながらにへらと笑った。
「はぁいっ! みんなぁ、この海岸が大ー好きなんですぅ。ここは、ずーっとぉこのままなのでぇす」
「来流海も、もーちっと皆に好かれねぇとな。皆、付いてこねぇぞ?」
「深波様のようにぃ、ナイス・バディーになったら、みんなワタシに平伏すのでーす!」
「無理無理、ぺったんこの癖に」
「むっ いつ見たんですかぁ、海翔さぁん!」
「うむ、それは1万年経っても無理じゃな」
「あう。二人とも‥‥酷いんですぅ。ね、アンネリーゼさぁん?」
 三人の遣り取りを聞き、アンネリーゼはクスクスと笑った。
―― きっと、ここは大丈夫なのだ。エルデも、捨てたものではない。
「ほれ、もうすぐ始まるぞ。十年に一度の大花火大会、地元の誇りじゃ。アンネリーゼ殿、しっかりその目に焼き付けて帰るがよいぞ」
 その深波の声に、大きな尺が天に昇っていく音が重なった。

 音と光りの宴は、1時間近く続いている。
「そろそろですね、深波様」
 背後に居た海翔が小さく呟いた。その声はアンネリーゼには届いていない。光りの彩りに、心を奪われていたからだ。
 ひと際大きな打ち上げ音が響く。
 導火線の火はやがて割薬に到達し、星に引火して美しい色を放ち夜空を染める。
「錦冠柳、しだれ柳じゃな」
 海面へ届きそうなほど柳は垂れ下がる。光りの軌跡は僅かに瞬き、最後は暗闇に消えていった。
 辺りは再び、静寂に包まれた。
「どうであったかの、アンネリーゼ殿?」
 放心状態のアンネリーゼが振り返る。幾分大きく瞳を開いたその表情は、無垢な少女そのものだ。
「―― 素敵です、ここまで素晴らしい花火を見たことがありません。貴重な体験をありがとうございました」
 喋りながら落ち着いてきたのか、最後の言葉が口から零れる頃にはいつものアンネリーゼの表情に戻っていた。
「うむ、こちらも楽しいものを見せていただいた。今宵は本当に好い酒じゃった」
 穏やかな笑みを浮かべ、深波はテーブルの上のキャンドルを吹き消した。

 アンネリーゼ、来流海、海翔が海岸のゴミ拾いをしていると、シュラインたちが来流海ノ茶屋へ戻ってきた。
「私たちもお手伝いしましょ」
 工藤・黒羽両少年と草間を振り返り、シュラインはパンッと手を叩く。
「こちらの海岸の利用者は、本当にマナーが良いのですね。目立ったゴミは見当たりません」
「そうなの、それは前回店を手伝いに来たとき感じたわ」
 アンネリーゼとシュラインは、顔を見合わせ微笑んだ。
「綺麗だと、ゴミは捨て辛いもんね」
「‥‥そもそも、ゴミ置き場でないところにゴミを捨てていく人間の神経が分からないのだが」
「まぁ、そうなんだけど。あ、工藤、後ろにゴミある。拾って」
「おまえの方が近いだろうが」
 ブツブツ云いながら、工藤は振り返って紙屑を拾い上げる。
「そういえば‥‥シオンさんはどうされたのですか?」
「ああ、バイトがしたいって云うからテキ屋紹介しといた。もうすぐ帰ってくるんじゃねーかな?」
 アンネリーゼの問いに、海翔は熊手で砂を掻きながら答える。
「みなさぁーん! 西瓜切ったのでぇ、よかったら召し上がりませんかぁー!」
 来流海ノ茶屋の方から来流海の声が聞こえ、皆振り返る。周りの人間の顔を見回しながら、お互い頷いて茶屋へと歩みを進める。
 そのとき、国道の方から走ってくる長身と小さくて跳ねる影が現れた。
「あぁーっ 私にも‥私にもっ 西瓜、くださーい!」

 参道から全速力で走ってきたのか汗まみれで髪を振り乱しやってくるそのシオンの形相は、肝試し組曰く「どの出し物より恐ろしかった‥‥」だったそうだ。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登 場 人 物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ※PC番号順

【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
【 3356 】 シオン・レ・ハイ | 男性 | 42歳 | 紳士きどりの内職人+高校生?+α
【 5615 】 アンネリーゼ・ネーフェ | 女性 | 19歳 | リヴァイア
【 6178 】 黒羽・陽月(くろば・ひづき)| 男性 | 17歳 | 高校生(怪盗Feathery/柴紺の影
【 6198 】 工藤・光太郎(くどう・こうたろう)| 男性 | 17歳 | 高校生・探偵
【 NPC 】  来流海、深波、海翔、草間武彦

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひ と こ と _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
ハザマ海岸シリーズ第2弾となりました。ハザマNPCズも弄っていただけて嬉しい限りです。今回のノベルは個別であったり集合であったり、かなりザッピングしております。
なお、人数多め・海岸での過ごし方が皆さん異なっているため、一部プレイングが省略気味になったことをお詫び申し上げます。

後日、来流海が海の家を手伝っていただいた皆様へ労いのもてなしを考えているようですので、機会がございましたら、ぜひ覗いてやってください。

らめるIL異界「おいでませ、ハザマ海岸inモノクロリウム」にて、ハザマ海岸連動の異界ピンナップが募集中です。
今年の夏の思い出に記念ピンナップはいかがでしょうか? ご都合が宜しければ、ご検討・ご参加をお待ちしておりますー!

四月一日。