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■夜と昼の双子 〜孤独の中に生きるもの■ |
紺藤 碧 |
【2767】【ランディム=ロウファ】【異界職】 |
天使の広場にある噴水に腰掛けた一人の人。
空を切り取ったような髪と瞳に誰もが振り返る。
だけれど、かの人がまとっている空気はこれだけ行きかう人の中にいながら、孤独だった。
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夜と昼の双子 〜一杯の珈琲で
今日一日の営業を終え、明日の買出しのためにランディム=ロウファは自身が経営する喫茶店を出た。
足りなくなっていたコーヒー豆や紅茶の葉を記憶と格闘しつつ買い足し、明日店に出すパン類等を買い足して、大きな紙袋を片手で抱え、飄々と歩く。
まだ夜も更けたばかりの時間帯のせいか、昼ほどではないにしろ人の往来もそこそこある。
あまり遅くなっては仕入先の店も閉まってしまうため、ほどほどな頃合を見て出かけてきたつもりだったのだが、気がつけば月の輝きが綺麗に見えるほど時間が経っていた事に、ふと足を止めて空を見上げた。
「ああ、いい月だねー」
眩しいと言うわけではないけれど、ついつい手扇を額に当てて空を見上げてしまう。
(こういう日に限って誰かさんとバッタリっつー事になったりして)
一度立ち止まってしまったものの、買出しの途中だった事を思い出し、ランディムは軽いステップで家路へ急ぐ。
天使の広場に足を踏み入れたランディムは、見知ったフードに目を留めて、小さく一人ごちた。
「うわ、凄いな俺」
そう視線の先、天使の広場の中心にある噴水の傍らで座り込んでいるフード――ソール・ムンディルファリ。
ふと観察するように周りを見るが、通りかかる人達は皆一度視線は向けるものの、それだけで誰も話しかけようとはしない。
多少興味が沸いても話しかけられないといった風で、それはソールがまとう空気に誰もがたじろいでしまっているから。
ランディムはやれやれと一回息を吐いて、その傍らまで歩み寄り軽く声をかけた。
「よう、ソール」
けれど、名を呼ばれたもののソールはただぼ〜っとその先を見つめるだけでランディムを一瞥さえしない。
「呼ばれたら返事しろって習わなかっ―――」
「何の用だ」
どこか呆けたような表情のままではあったが、言葉の中の口調にしっかりと拒絶を込めて語る。
「用ってほどのことは無いが。そうだ、少し寄ってかないか? 珈琲の一杯くらい出してサービスしてやるからさ」
「寄る?」
そこで初めてソールはランディムに向けて顔を上げ、その眉を歪める。
「そう、俺、喫茶店の店長やってんの」
にっと笑って自分を指差したランディムに、ソールは上から下までゆっくりと視線を移動させると、何か考え込むように口元に手を当てて、
「似合わないな」
「そりゃどーも」
ぴくっと口元が笑みのまま引きつる。
けれど、まるで捨て子のように周りだけではなく、自分から独りになっているようなソールに興味が沸いた。
こんな奴に自分の人生論を語ったら、どんな反応が返ってくるのか。
「来るのか? 来ないのか?」
「損はしない主義だ」
「結構な事で」
ソールは立ち上がり先を行くランディムの後を着いていく。
小さな玄関ランプだけが輝く喫茶店の鍵を開け中へと促すと、ランディムは片付けたコーヒーメーカーを取り出した。
「……珈琲は嫌いだ。苦い」
「飲んだことあるのか?」
「いや、ない。だがそう記憶している」
「意味わかんねぇ事いうなぁ。飲んだこと無いのに、何で苦くて嫌いなんて言うんだか」
ソールは答えない。
「ま、飲んでみろって。俺の珈琲は飲まなきゃ損だぞ」
コトリ。と、ソールの前に置かれたカップ。
その綺麗な白いカップに注がれたコーヒーを凝視して、ゆっくりと口に近づける。
「苦いな。だが、嫌いじゃない」
どこか――そう、時々仔狼に対して抱くあのほっとしたような気持ち。
「忘れていた……」
昔々。あれはどれだけ昔だろうか。自分? それとも―――?
「魔法、か」
誰が言った言葉だろうか。記憶にだけある意味の分からない言葉『おいしい料理は魔法』だと。
「魔法でも何でもない。溜め込んだ感情を少しでも吐かせるのには、一杯の珈琲があれば充分」
得意げな表情で宣言するランディムに、
「意味が分からない」
「何の?」
「溜め込んだ感情」
ランディムはカウンターの中で考え込むように一度虚空を見つめ、
「珈琲を嫌いじゃないと言った。これも感情だろ」
カウンターの中から身を乗り出すようにしてランディムはソースを見据える。
「坊主は表情乏しいが、感情がないってわけじゃない。だがそれじゃ苦しくないか?」
表に感情を出さずに生きていく事は。
「必要ない」
「は?」
問い返しても、彼は一度口にしたことをもう一度言い直すことはしない。ただ沈黙するのみ。
つい、反射的に聞き返してしまうものの、聞こえていなかったわけではない。それが本心であるのか問う意味も兼ねてランディムは聞き返したのだが。
「……必要ないって」
ランディムは使い終わったコーヒーメーカーを片付けながら低く呟く。
「感情をぶっ放さずして何の為の人生か」
カチャカチャと使った道具を片付けながらも、語りかけるようにランディムは続ける。
「いつでも好きに笑い、泣き、怒り、驚き、喜び、悲しみ……楽しんでこそ人生の形、だろ」
塗れた手を適当なタオルで拭いて、反応を確かめるようにソールに振り返る。
「おかわり」
「もっと早く言えよ! 今片付けただろうが」
じーっとカップを差し出して見つめるソールに根負けして、ランディムはコレで我慢しろとばかりにインスタントコーヒーをカップに注ぎ込む。
「人生とは……か」
「誰もが生きてる限り毎日がレールの上を先へ先へと歩くようなもんだ」
「それは、“普通の人間ならば”という言葉が抜けている」
「なんだ、普通じゃないのか」
「…………」
これ見よがしに分かるように言葉を閉ざしたソールに、ランディムはむっと眉を寄せる。
「だんまりはするな。言いたい事ははっきり言ったらどうだ。それとも言いたくないのか」
「言いたくない」
「あーそうですか」
けっと、やってられないとばかりに息を吐く。
コトリ。とカップが置かれる音。
「おまえ、兄弟いるか?」
「ほどほどに?」
腐れ縁なら。なんて曖昧な答えにソールは少しだけしかめっ面を見せるが、すぐさま何時ものぼぅっとしたようは無表情へと戻る。
「ソールには居るのか?」
「妹が一人」
完全に孤独と言うわけでもないのか。と、頭のどこかで納得していると、カタンと音を立ててソールが立ち上がった。
「とりあえず珈琲は礼を言う」
カウンターで丸まっていた仔狼がソールの腕の中へと戻る。
「また飲みにこいよ」
にっと笑うランディムに一瞥だけ向けてソールは去っていく。
カラン…と扉の呼び鈴がなり、その姿は完全に見えなくなった。
「手強いな」
カップを流しに置きながら、ランディムはふっと肩をすくめるようにして笑う。
もしまた来ることがあったら、同じカップを使ってやろう。そんな事を思いながら。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【2767】
ランディム=ロウファ(20歳・男性)
異界職【アークメイジ】
【NPC】
ソール・ムンディルファリ(17歳・男性)
旅人
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
申し訳ありません!!(土下座)折角プレイングにていただいたお言葉を余り生かせませんでした。
感情の抑揚が余りないのは、押さえつけているからという理由ではないようです。
どちらかと言うとランディム様の兄貴的な立場で、ちょっとした掛け合いを書くのがやっぱり楽しかったです。
それではまた、ランディム様に出会える事を祈って……
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