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■東郷大学奇譚・恐怖! 夏祭り!?■

西東慶三
【2239】【不城・鋼】【元総番(現在普通の高校生)】
 東郷大学、設立初年度。
 数人の学生の発案により、キャンパスを開放しての「夏祭り」が行われた。

 最初は「たかが夏祭り」とあっさり許可が出たのだが――夏の魔力と祭りの魔力、そして東郷大学全体に満ちるワケのわからないエネルギーの相乗効果は、その思惑を遙かに超えて、ついには講義棟半壊という大惨事を引き起こした。

 幸いにも死者が出るような騒ぎにまでは発展しなかったため、さほどの大事には至らなかったが――当然の事ながら、その年を以て「夏祭り」はその記録とともに封印された――はずだった。





『学生諸君に緊急のお知らせがある!』
 学内全域にその放送が流れたのは、七月の上旬、学生たちがレポートの〆切やテストを目前に控え、いろいろとカリカリしていた頃だった。
 故に、ほとんどの学生にとってはこんな放送などただのBGMか、最悪騒音でしかあり得ず、耳を傾けるものなどほとんどいなかったが――そんな彼らも、次の言葉にはさすがに耳を疑わざるを得なかった。
『今年の八月、長年の禁を破り「第二回・東郷大学夏祭り」を行うこととする!』

 すでに「第一回」の夏祭りからは結構な年月が流れ、少なくとも、学生の中に当時を知るものはほとんどいない。
 それでも、都市伝説程度の微妙な信憑性で囁かれ続けていた「夏祭り」が、実際に行われるという報告は、学生たちの落ち着きを奪うには十分すぎる効果があった。





「……これでよし」
 放送室のマイクの前で、男はかすかな笑みを浮かべた。
 お祭り好きなこの大学の学生たちのこと、一度こうして告知を出してしまえば、もはや誰にも止められまい。

 ――そう、例えこの放送が、放送室を不当にジャックした彼ら「悪党連合」によって、何の許可も得ずに勝手に流されたものであるとしても。

「我々は、去年卒業した先輩達のように甘くはないぞ……はっはっはっはっはっは!」
 当日起きるであろう騒動を思い浮かべて、男はその含み笑いを哄笑へと変える。





 男がマイクのスイッチを切り忘れていたことに気づいたのは、それからたっぷり五秒は後のことだった。

−−−−−

ライターより

・ここまで書いておいてなんですが、前フリにあまり深い意味はありません。
・夏祭りを訪れた理由は何でも構いません。
 詳細について知らなかったり、夏祭りが行われていること自体知らずに来たというのもアリです。
・とりあえず、あちこち回っているだけでも「何か」は起こります。
 また、「何か」が起こるのを待っていられない人は、自分から「何か」を起こすことも可能です。
 あなたはどこに行って何を見ますか? あるいは、どこで何をしたいですか?
・下の設定にあげたものはあくまで施設の一部です。
 他にもアリーナや、学生食堂など、だいたい一般的な大学にある設備はあると思っていただいて結構です。
 当然、そういったところでもいろいろなことが行われています。
・この依頼の〆切は8月14日午前0時を予定しています。
東郷大学奇譚・恐怖! 夏祭り!?

〜 回避不能のトラップ 〜

「……何だ、これは」
 二通の手紙を見比べて、不城鋼(ふじょう・はがね)はため息をついた。

 一通は、綺麗な、いかにも女性らしい――そして、明らかに見覚えのある字で書かれた手紙。
 そしてもう一通は、わざわざ筆で豪快に書き殴ったような――そう、例えて言うなら果たし状のような印象を受ける手紙。
 よく「いいニュースと悪いニュースがあるが、どっちから聞きたい」というようなセリフがあるが、この場合はほぼ間違いなく「悪いニュース」と「別の意味で悪いニュース」であって――特に根拠はないが、鋼の勘がそう告げている――「どっちの悪いニュースから聞きたいか」という、元祖に比べてイヤさ五割増しの二者択一である。

 とはいえ、いつまでも封筒とにらめっこをしていても、事態が好転してくれるはずもない。
 鋼は一つ大きなため息をつくと、げんなりした様子でまずは女性の字の方の手紙の封を開けた。

 手紙の主は、以前東郷大学の学園祭に招待してくれた先輩であった。
 なんでも、今度は夏祭りをやるらしく、鋼にも是非来て欲しいという内容であったが――正直なところ、その時の学園祭でさんざんな目にあったことを考えれば、ここは謹んでお断りしたいところである。

「先輩には悪いけど、絶対ロクなことにならないしな」

 そう結論づけて、鋼は次の果たし状もどきの方の封を開け――あまりのことに、思わず手紙を取り落とした。

 こちらの手紙は、「果たし状もどき」ではなく、正真正銘の「果たし状」であった。
 しかし、問題なのはそこではなく、この果たし状の差出人の方である。

「東郷大学・悪党連合」。
 私立東郷大学に存在する非公認組織で、問題の学園祭の時、鋼たち数人の活躍によってその野望を阻止されている。

 その悪党連合が、その時の件を逆恨みして、鋼に果たし状を叩きつけてきたのである。
 しかも、それも普通の決闘などではなく、「今回の夏祭りでもいろいろ悪事を働く予定なので阻止してみろ」という、とんでもない挑戦形式で。

「行ったら、絶対ロクなことにならない……けどな」

 まさに前門の虎、後門の狼――ならぬ、前門の先輩、後門の悪党連合。
 どっちに転んでも、「夏祭りに行く」以外の選択肢がなさそうなのが頭の痛いところである。
 そして、行ったら行ったで、二重の意味で大変なことになるであろうことが容易に想像できるのもまた怖い。

 けれども、今では引退して普通の高校生に戻ったとはいえ、鋼とて一度は総番を張った男である。
 叩きつけられた果たし状を無視することなど、漢としてできようはずもない。

「行けばいいんだろ、行けば……」

 そう呟いて、鋼はがっくりと肩を落としたのだった。

〜〜〜〜〜

〜 家を出た瞬間からが夏祭りです 〜

 そして、当日。
 渋々ながら東郷大学へ赴いた鋼を出迎えたのは、彼の予想を超えた面々だった。

 キャンパスへと向かう森の中の道も、そろそろ終わろうかという頃。
 不意に、鋼を取り囲むようにして、辺りの木々の中に複数の殺気が生まれた。

(囲まれたか)

 そうやすやすと逃がしてくれる相手ではなさそうだし、そもそも逃げても何の解決にもならない。
 となれば、迎え撃つより他あるまい。
 そう考えて、鋼が足を止める。

 すると、それに答えるようにして、殺気の主も次々と姿を現した。

 この大学の学生と思しき、若い男が八人ほど。
 その全員が、瞳に冷たい光を宿らせていることに、鋼はふと違和感を覚えた。

「悪党連合か!?」
 その問いかけに、正面の男が一言だけ答える。
「否」

 そう。
 鋼の知る悪党連合の面々と、目の前の連中では、明らかに纏っている空気の質が違う。
 彼らは、悪党連合に属するものとしては、あまりにも冷たく、シリアスすぎる。

「我々は東郷大学仕事部に属する者」
 じわり、じわりと包囲の輪を縮めつつ、男は淡々と続ける。
「とある筋より依頼を受けた……少し痛い目にあってもらう」

 どうやら、彼らは学内に存在するヒットマン組織のようなところのメンバーで、誰かの依頼を受けて鋼を待ち伏せていたらしい。
 悪党連合ならば、恐らくこんな事はしないだろうが――前回、学内の多くの美女たちにちやほやされた鋼であるから、その辺りの逆恨みで刺客の一ダースや二ダース送られたとしても、特に驚くには値しないだろう。

「覚悟」
 まずいことに、鋼の見る限り、彼らは強い。
 一人を倒そうと動けば、恐らくその一人は倒せるだろうが、その隙に残りの七人から一斉に攻撃を受けることになる――そうなっては、さばききれる自信はない。
 かといって、ここでいつまでも待っていても、八人にタイミングを合わせて仕掛けられては、やはり防ぎきるのは至難の業だ。

 ――思った以上に、ここの連中は手強い。

 鋼の背中を、冷たいものが流れ落ちた――その時だった。

「待ちたまえ!」

 その声とともに、どこからか飛んできた輝く星のようなものが、目の前の男を吹き飛ばす。
 それに続いて現れたのは――華やかで、どことなくナルシスティックな雰囲気を漂わせた貴公子然とした青年が五人。

「貴様は……!」
 予期せぬ事態に驚く仕事部の面々に、五人の中央に立つ青年が一同を代表するようにこう名乗る。
「東郷大学プリンス同盟盟主・八王子優貴(はちおうじ・ゆうき)」

 悪党連合、仕事部と来て、今度はプリンス同盟。
 一体どれだけ非公認活動があるのか知らないが、とりあえず彼らは敵ではないようだ。

「不城鋼君だね。先日の活躍は実に見事だった」
 鋼の方に向き直り、優貴がそう声をかけてくる。
 白い歯がキラリと輝くその姿は、まさにプリンスと呼ぶに相応しく――遠くから眺める分にはいいが、お友達になりたいかと言われると明らかに躊躇してしまいそうな、どこか常人離れしたオーラを放っていた。
 けれども、そのオーラの持ち主は一切そんなことには構わず、仕事部の連中を牽制しながら鋼の方に歩み寄ってくると、鋼の手に何やら小さなバッジのような物を握らせた。
「キミにはプリンスの資格がある。この名誉プリンスの証を受け取ってくれないか」
 正直、こんな状況でなければ思いっきり辞退したいところなのだが、この状況でせっかく来てくれた味方の機嫌を損ねるのはまずい。
「ありがとうございます」
 鋼がおとなしくそれを受け取ると、優貴は満足そうに一度頷き、それから再び表情を引き締めた。
「おそらく、これは醜い嫉妬に狂ったものの差し金だろう。
 その卑劣なる企みから仲間を守るのは、プリンスたるボクらの責務だ」
 そう言って、鋼たちを守るように立っていた残りの四人の中に加わる。

 そして、一瞬の間の後。
「これがプリンスの戦い方だ!」
 その声を合図に、まずは仕事部の面々が一斉に動く!

 それに対して、プリンス同盟のプリンスたちは、どことなく優雅な動きで静かに右手をかざし――その手のひらから、先ほどと同じように輝く星形のエネルギー弾を放った。
 それは巨大な手裏剣のように高速で回転しながら飛んでいき、仕事部の連中をあっという間に遙か彼方へとかっ飛ばしてしまったのだった。

「プリンスとしての誇り、気概、そして愛。
 それを具現化させて敵の心を撃つ……これがボクらの戦い方だ」
 脅威が去ったことを確認して、ふわりと前髪をかき上げる優貴。

 そのどこからツッコんでいいかわからないほどぶっ飛んだ理論と行動に、早くもこんなところに来てしまったことを後悔する鋼であった。

〜〜〜〜〜

〜 蓼食う虫にも限度がある 〜

 大学の構内に入ると、鋼の後悔はますます深くなった。

 仕事部の襲撃を受けた時点で気づくべきだったのだが、いつの間にか鋼がここに来ることがバレていたらしく、鋼は行く先々で彼を狙う男子学生たちや、それとは別の意味で彼を狙っている女子学生たちの待ち伏せを受けるハメになってしまったのである。
 特に鋼が閉口したのは、後者の方であった。
 敵意を持って向かってくる相手なら、いくらでも対処のしようはある。
 けれども、相手が鋼のことを気に入って追いかけてくるだけの、それも女性とあっては、もはや鋼にできることはひたすら逃げ隠れするくらいしかない。
 もっとも、同じく鋼に好意を持って追いかけ回してくる相手でも、何かいろいろ間違っていると思しき野郎共に関しては、とりあえず目を覚まさせる意味も込めて一発お見舞いして気絶させるくらいのことはしているが、それはそれ、これはこれである。

「……なんとかまいたか」
 ステージのある正面を避け、中庭を突っ切り、講義棟へ向かう……予定が、狙撃部の攻撃を回避したり、「悪党連合に女性が襲われている」と思って助けに行ったら実は鋼をおびき寄せるための演劇部の芝居だったりしているうちに、いつの間にか研究棟の方へ来てしまっていた。

 さすがにこちらにはあまり人影もなく、この辺りなら誰かに見つかる可能性は低い。
 しかし、先輩がいるのは研究棟ではなく講義棟である以上、いつまでもこんなところで隠れているわけにもいかない。

 ――さて、どうしたものか?

 鋼が考え込んでいると、不意に、後ろから誰かが彼の名を呼んだ。

「ひょっとして、あなたが不城鋼くん?」

 おそるおそる振り向いてみると、そこには大きなコンテナの乗った台車を押している、メガネをかけて白衣を纏った、いかにも研究者然とした少女の姿があった。
 慌てて逃げようとする鋼に、彼女は少し呆れたような顔をする。
「心配しなくても、私はあなたにそこまで興味はないわ。
 ただ皆が騒いでるって子がどんな子か、ちょっと見てみたかっただけ」
 苦笑する少女に、少なくとも嘘をついているような様子はない。
 鋼が安心して息をつくと、彼女は小さく笑ってこんなことを言い出した。
「どうせ皆に追われてこんなところに迷い込んできたんでしょ。
 どこに行きたいのか知らないけど、相部屋でよかったら、このコンテナで運んであげるわよ」

 なるほど、確かにコンテナの中なら見つかる可能性は低い。
 だが――「相部屋」というのは、どういうことなのだろうか?

「ええと、そのコンテナの中身は?」
 鋼がそう尋ねてみると、少女は嬉しそうにコンテナの中身を見せてくれた。





 真っ青な蟹の背中にイソギンチャクを乗っけて、さらにその周囲にミミズを何匹もくっつけたような生き物、というのを想像してみてほしい。
 一言で言えば、中に入っていたのはそんな感じのクリーチャーである。
「私の自信作。この辺りのラインとか、もうものすごく芸術的だと思わない?」
 うっとりした様子で説明を始める少女。
 どうやら、彼女の美的感覚は、一般的な人々のそれとは完全に違っているらしい。
 鋼が言葉もなく立ち尽くしていると、少女はそれをどう解釈したのか、諭すようにこう続けた。
「心配しなくても、もともと愛玩用の合成生物だし、人に危害を加えたりしないわ。
 ちょっと人なつこいところはあるけど、ただじゃれてるだけだから」

 人なつこいクリーチャーと狭いコンテナの中で二人(?)きり。
 そんな精神衛生上ものすごくよろしくない環境下で安全を確保するくらいなら、まだ危険な中庭をもう一度突っ切った方がマシというものである。

 鋼は丁重に少女の申し出を断ると、意を決して再び中庭へと突撃していくのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 嵐の前の静けさ 〜

 その後。
 もう一度中庭で派手な騒ぎに巻き込まれながらも、鋼はどうにかこうにか先輩たちの待つ講義棟に辿り着いた。

「おっ、ようやくご到着か。人気者は辛いね?」
 先輩の友人たちに冷やかされつつ、先輩のところへ顔を出す。
 そして、しばらくあれからお互い何があったかなど、先輩の友人たち数人も交えていろいろととりとめもない話をした。

「そうだ、せっかくだし、鋼くんもお化け屋敷入って行ってよ」
「いえ、お化け屋敷は、前回で一生分くらい堪能しましたから」
「そうなのか? 本物の化け物が混ざってるお化け屋敷なんて、他じゃちょっとないぜ?」
「それはそうですけど……だから嫌なんですって」

 と、皆でそんなことを話していると。
 突然、表の方がこれまでにもまして騒がしくなった。

「何だろうね?」
「さあ?」
「見てみるか?」

 嫌な予感に襲われつつも、表に目をやった鋼たちが見たものは――なんと、両脇から2本の腕が生えた戦車と、その周りに付き従うモヒカン刈りの連中だった。
 どこからどう見ても、今度こそ悪党連合の差し金に間違いない。

 広場が騒然となる中で、戦車はゆっくりと広場の中央、メインステージ正面に陣取り、講義棟の方に向き直った。

『不城鋼! いるのはわかっているぞ!』

 戦車の隣に立った男が、拡声器で鋼の名を呼ぶ。

『おとなしく出てきて、我々と勝負せよ!』

 悪党連合とは思えない、正々堂々真っ正面からの挑戦。
 ところが、それだけで済ませてくれるほど、彼らは紳士ではなかった。

『さもないと、この女がただでは済まんぞ!』

 そう叫ぶやいなや、近くで事態を見守っていた女子学生の一人を、戦車の腕が捕まえる。

 鋼と何の面識もない通りすがりを捕まえて人質にしようなどとは、まさに行き当たりばったりも甚だしい作戦であるが、それでも鋼は挑戦されて尻尾を巻いて逃げるような、まして人質を、それも女性を見捨てて逃げるような男ではない。

『三分待ってやる! 出てこい! 不城鋼!!』

 その挑発に応じて、鋼は部屋を飛び出した。
「待って、鋼くん!」
 後ろから彼の身を案じる先輩の声が聞こえたが、鋼は決して振り返らなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 女王様の罠 〜

「現れたな、不城鋼!」
 中庭に出てきた鋼の姿を確認して、男がにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「さあ、出てきてやったんだから、とりあえずその人を放せ!」
 鋼がそう要求すると、男は意外にもあっさりとそれに応じた。
「ああ、こうなった以上もはや人質など邪魔なだけだ。そら、受け取れっ!」
 その声と同時に――戦車が、いきなり人質の女性を天高く放り投げる。
 誰かが受け止めなければ、恐らく大怪我をするだろう。
 そして――その「誰か」になれそうなのは、恐らく鋼しかいない。
 例え、鋼が彼女を受け止めに行く隙を、敵が虎視眈々と狙っているとしても。

「ちっ!」
 とっさにタイミングを合わせて跳び、いわゆる「お姫様抱っこ」のような形で彼女を受け止める。
 鋼の予想に反して、敵は一切仕掛けてこようとはしなかった。
 そのことに鋼が違和感を抱いたのと、首の後ろに微かな痛みを感じたのは、ほぼ同時だった。

「!?」
 身体が、なぜか言うことをきかない。
 鋼が驚いていると、つい先ほど受け止めた女性がひょいと鋼の腕から降り――突然、満足そうな高笑いを上げ始めた。

「ほーっほっほっほ! かかりましたわね!」

 驚く鋼に、ようやく追いついてきた先輩の声が聞こえてくる。

「は、鋼くん……その人は、悪党連合の仲間だから、って言おうとしたのに……」
 どうやら、全て敵のはかりごとだったらしい。
「そういうことは、頼むからもっと早く言ってください……」
「言おうとしたら、鋼くん飛び出して行っちゃったんじゃない!」
 確かに、先輩の言葉にも一理ある。
 ということは――完全な自滅か。

 歯がみする鋼に、悪党連合の仲間と言われた女は勝ち誇った笑みを浮かべてこう名乗った。
「私は『悪党連合』の絶対女王・女王征子(めのう・せいこ)。
 あなたを捕らえるため、一芝居打たせていただきましたわ」

 そんな彼女を睨みつけつつ、ふらつきながらもどうにか立ち上がる鋼。
 その周りに、先ほどまで戦車の周囲にいた悪党連合の連中が薄笑いを浮かべながら集まってきた。
「さすがは姉御だ。それじゃ、たっぷりとこの前のお礼をさせてもらおうじゃねぇか」

「誰か! 風紀委員会に連絡を!」
 女子学生の叫び声が響く。
 助けが来れば――けれども、その希望はすぐに打ち砕かれる。
「無理だ! 風紀はグラウンドで悪党連合の本隊と交戦中で、これ以上の余力はない!」

 ここは、何としても一人で乗り切るしかないようだ。
 この状態で、何人倒せるかはわからないが――できることを、やるしかない。
 鋼が、そう覚悟を決めた時だった。

「下がりなさい」
 不意に、征子が部下たちを手で制した。
「……は?」
 驚く部下たちを尻目に、征子はゆっくりと鋼の方へ歩み寄り、妖しげな笑みを浮かべた。
「不城鋼……噂通り、いえ、噂以上ですわね。気に入りましたわ」
 これは――ひょっとすると、ひょっとするのだろうか?
「……姉御?」
 予想外の展開に、呆気にとられる悪党連合一同。
 そんな彼らに、そしてその場にいる他の一同に、征子はきっぱりとこう宣言した。
「彼はこの私がいただきますわ。異論はありませんわね?」

 もちろん、こんな話、誰一人として納得するはずがない。
 とはいえ、当の鋼に拒否権などあるはずもないし、悪党連合の面々は「絶対女王」の征子には絶対服従らしい。
 そして、あの戦車を有する悪党連合の面々が彼女に服従している限り、一般の学生が彼女に対して異議を唱えられるはずもない。

 かくして、非常に消極的な満場一致で、鋼が征子のものにされてしまいそうになったその時。

「異議あり、だ」
 静かな、しかしはっきりとした声が、鋼の耳に飛び込んできた。

〜〜〜〜〜

〜 女帝の帰還 〜

 声の主は、白衣を纏った黒髪の女性だった。
 歳は恐らく二十代の半ばくらい。恐らく、院生か職員かのどちらかであろう。
「見かけない顔ですわね。どこのどなたかしら?」
 バカにしたような調子で尋ねる征子を冷たい目で見返しつつ、女性は一言こう名乗る。
「最上京佳(もがみ・きょうか)。先日からこの大学の医務室に勤務している」
 それを聞いて、征子はますますバカにしたような調子でこう続けた。
「あらあら……それでは、私たちのことを知らないのも無理はありませんわね。
 私たちの邪魔をするとどうなるか、二度と忘れられないようにしてあげなさい」
 その言葉に従って、悪党連合のザコが数人、ニヤニヤ笑いながら彼女の方に近づいていき……その全員が、一瞬で腹を押さえて地面に倒れ伏した。

 鋼の目をもってしても、軌道が追い切れない速さのボディブロー。
 それを、当てる直前に威力を殺して気絶させる程度に加減した上で、全員に二発ずつは喰らわせている。

 これは――ただ者ではない。

「ちなみに、言い忘れていたが……これでもここの卒業生だ」
 怒るでもなく、勝ち誇るでもなく。
 あくまで淡々とした様子で、京佳が再び口を開く。

 それに対する、悪党連合側の返事は……後ろに控えていた、腕の生えた戦車のエンジン音だった。
「なめやがってっ!」
 戦車の巨大な鋼鉄の拳が、京佳に向かって振り下ろされる。

 ところが。
 一瞬の後、轟音とともに地面に叩きつけられたのは、何と戦車の方だった。
 捕まえようとした戦車の腕を掴んで、そのまま投げ飛ばしたのである。

 完全に裏返しとなり、ひっくり返った亀のごとくもがく戦車を冷ややかな目で一瞥すると、京佳は再び何事もなかったかのように語り始めた。
「人体に秘められし力を十二分に発揮する呼吸法。
 天地に満ちた気を己が気と共鳴させ、内に取り込む錬気法。
 そして……私が研究の末に手にしたさらなる力。悪いがこの程度では肩慣らしにもならん」

 彼女は挑発に怒らない。相手が彼女の怒りを買うに値しないから。
 彼女は攻撃に動じない。攻撃が彼女を傷つけるに能わぬものだから。
 彼女は勝利に喜ばない。勝利したことを喜べるほどの強敵ではないから。

 つまり。
 はなから、悪党連合など彼女の眼中にはなかったのだ。

「最上京佳……まさか、まさかあの鬼最上かっ!?」
 野次馬の学生の間から、そんな叫び声が漏れ始める。
「知っているのか!?」
「ああ……東郷大学第2代風紀委員会長。
 武力による治安の維持を持論とし、今日の武闘派風紀委員会の基礎を築き上げた女帝……!」
 どうやら、話を聞く限り、学内でも伝説と化している人物らしい。
「それが……鬼最上!?」
 そんな学生たちのざわめきを耳にして、京佳はぽつりと一言呟いた。
「鬼、か……そう呼ばれたこともある」

 ことここに至って、ようやく悪党連合の面々も自分たちの不利を悟ったらしい。
「今日のところは、負けを認めてさしあげますわ。
 けれど、次こそは必ず……覚えてらっしゃい!」
 定番の捨てゼリフを残して、征子が回れ右をして逃走する。
 それをきっかけに、悪党連合の連中は雪崩を打って逃げ出し、広場には再び平和が……戻らなかった。

 征子が去ったことで、再び鋼はフリーの状態に戻った。
 しかも、今の鋼はまだ征子に盛られた薬の効果が切れておらず、足下もかなりふらついている。
 この状態は、色々な意味で鋼を狙う面々にとって、千載一遇のチャンスである。

 と。
 そんな周囲の不穏な空気に気づいているのかいないのか、京佳が鋼に手を差し伸べてきた。
「大丈夫か、少年」
「ええ、なんとか」
 とりあえずそう答えてはみたものの、実のところ、全然大丈夫ではない。
 立ち上がれない、歩けないというほどではないが、どうにも身体に力が入らず――他のところならともかく、東郷大学の学内を歩き回るには、はなはだ不適当なコンディションである。
「歩くこともできないというほどではなさそうだが……このままここに放置していっては、また争いのタネになるな」
 その様子に、京佳は軽く苦笑して、こう提案してきた。
「調子がよくなるまで、しばらく医務室で休んでいけ」
 なるほど、医務室であれば、騒動に巻き込まれる心配もない。
 加えて、この京佳が目を光らせているとなれば、誰も乗り込んでなど来ないだろう。
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。好きでやっていることだ……さあ、行くぞ」





 医務室に着くと、京佳は鋼に席を勧め、それから表に「本日休診」の札を出した。
「これでよし。本日は休診だな」
「わざわざすみません」
 もう一度改めて頭を下げる鋼に、京佳は軽く微笑んだ。
「気にするなと言っているだろう。
 私だって女だ、いい男は好きだからな」

「……え?」
 思わぬ一言に、つい鋼がそう聞き返すと、彼女は少し寂しげに顔を伏せる。
「こう、強すぎるのも困りものでな……もう二十八だというのに、ほとんど男に縁がない。
 だいたいの場合、すぐに逃げられるし……『命ばかりは』などと言われたことも、一度や二度ではない」
 確かに、彼女は凛とした雰囲気の美人ではあるし、悪い人物でもなさそうであるが、だからといって戦車を投げ飛ばせるような女性を彼女にしたいかと言えば……やはり、普通の男なら躊躇するだろう。

 しかし、問題はそこではない。
 問題なのは……ひょっとすると、彼女もまた鋼を狙う女性たちの一人なのではないか、ということである。

 その鋼の危惧を裏づけるように、京佳がそっと鋼の肩に手を回してくる。
「心配しなくても、私と付き合ってくれ、などとは言わんさ。
 だが……助けてやった礼くらいはしてもらうぞ?」

 虎口を逃れて龍穴に入るとはまさにこのことである。
 しかも、実際の虎と龍と同じく、こちらの方が確実にやばい。

「ちょ、ちょっと待て! それじゃ話が……!!」
 慌てて逃げようとする鋼だが、もちろん逃れられるはずもなく。
「医務室で騒ぐな」
「〜〜〜〜〜!!!」




 その後、一体何があったのかは、少なくとも当人たち以外の誰も知らない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 というわけで、「あの手この手」と言いますか、「この手何の手戦車の手」と言いますか。
 気がつくと「綺麗な薔薇には刺がある」と言うより、「綺麗な薔薇だけど肉食」とか、「綺麗な薔薇だけど刺が全部スズメバチの針」みたいなのばかりが寄ってくる展開になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?

 まあ、最後何があったのかは、ご想像にお任せするということで。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。