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■GATE:01 『堤燈ノ灯リ…』■

ともやいずみ
【1721】【藤野・咲月】【中学生/御巫】
 自分たちをこの世界に留めている怪異とは、提灯を持って探し物をしている女らしい。
 深夜遅くに現れるこの女は、「探し物をしている」と言うくせに手伝おうとすると消えてしまうらしい。
 幽霊。
 一部ではそのように噂がされている。
 川の傍でその女に出会った蕎麦屋の親父が言った。
「女郎屋に居るお妙と同じ顔だった」
 ではお妙が犯人なのか?
 果たして怪異は鎮まるのか?
GATE:01 『提灯ノ灯リ…』 ―後編―



 出没する幽霊と、女郎屋にあたるということで、二組に分かれることになった。
 女を買うための金など、この世界に来たばかりの異邦人たちは持っているわけがなかった。この世界の貨幣など、所持していない。
(や、やっぱ土下座でもするか……?)
 お金を借りようか迷っていた谷戸和真は、話し合っているワタライの三人を見遣った。
「というわけで、女郎屋へ行く組には誰がついて行くかだけど」
「オレはパスや。藤野ちゃんが護衛してくれって言うてきたからな。それにあそこは好かん」
 ぶんぶんと手を振る維緒は、珍しくしかめっ面だ。
 オートはフレアを見た。フレアは静かに言う。
「アタシもダメだ。羽角が、初瀬の護衛をしてくれと言ってきた」
「ええよぉ。オレがおるもん。フレアは女郎屋へ行ったらええやん」
「…………」
 維緒とフレアの間で、ぴりっとした空気が流れた。明らかにフレアの持つ静かな空気が変わったのが、わかる。
「……おまえがきちんと護衛をするとは、アタシは思えないんだがな」
「信用ないなぁ。そないなことあらへんって」
 調子良くけたけたと笑う維緒を、フレアが睨みつけた。笑っている維緒の瞳は、まったく、笑ってはいなかった。
 フレアの肩にオートが手を置いた。
「ダメだって。今はチームなんだから」
「邪魔せんとき、オート。フレアちゃんはお怒りなんやからな」
 にやにやと笑う維緒は、三日月の形に唇を歪める。愉悦、であった。
 オートは少し怒り気味に眉をあげる。
「維緒……!」
「冗談やってぇ。こないなとこでドンパチせんて。……ま、フレアちゃんがその気やったらいつでも相手したるよ、オレは」
 にっこりと微笑む維緒を、フレアは更にきつく睨んだ。見えない火花が散っているのは、気のせいではないだろう。
 遠くでその様子を見ていた初瀬日和と藤野咲月は顔を見合わせた。
「な、仲が悪いんですかね、あの三人……?」
「どうでしょうか……?」



「…………」
「…………」
 一番後ろをついて歩いてくるフレアと維緒の険悪な雰囲気に、前方を歩く四人はなんとなく気まずく顔を見合わせた。
 いや、険悪なのはフレアだけだ。維緒はにこにこと笑顔のままなのだから。
 四人は現れる幽霊に会うことを目的として街中をうろうろしていた。女性陣がこちらのグループなのは仕方ないだろう。色町に入れないのだから。
「お妙さんに似ていたということは……もしかしたら、彼女に近しい誰かが、いえ、何かが彼女の代わりに探しているかもしれないですよね」
 ぽつりと呟いた日和に咲月も頷く。
「そうですね……。接触するのもなかなか難しいことかもしれません。話し掛けると消えてしまうのでは、解決の糸口が掴めないですから……。いざという時は縛するしか……」
 しかしこの世界で咲月の能力はどれほど使用できるのだろうか? 咲月は後方を歩く維緒をちら、と見遣った。維緒はすぐに視線に気づいて手をひらひらと振る。
 咲月の願い通りに自分の護衛をしに来てくれた少年だが、不思議な魅力がある。なぜ自分はオートやフレアではなく、彼を選んだのだろうか……?
「なあフレア」
 羽角悠宇はフレアに声をかける。彼女は視線だけ悠宇に向けた。
「お妙さんが女郎屋に来る前のこととか、周辺の事情とか調べなくてもいいのか? 近頃の様子も……そういうのも調べたほうが、『うせもの』を見つけられるかもしれないんだし」
「調べたけれ自分で調べろ」
 フンと鼻息を洩らすフレアは、明らかにご機嫌ナナメのようだ。ますますとっつき難くなっている。
 困ったような顔をする悠宇に、山代克己が苦笑してみせた。
「羽角さんも、女郎屋のほうへ行けば良かったね」
「う……」
 お妙の周辺を調べるためには女郎屋に行くのが手っ取り早い。
(そうなんだよなぁ……もしかしたら、女郎屋に居る『お妙さん』がニセモノかもって思ってるなんて……言えないよなぁ)
 だからこそ調べたほうが、と悠宇は思ったのだが。
 維緒はフレアに言う。
「フレアの友達おるやん、あそこに。あの子なら知っとるんと違う?」
「……うるさい。黙れ」
「なんでそない怒るんかなあ」
 わざとらしく首を傾げる維緒の様子に、フレアのピリピリした空気がさらに増した気がした。怖い。
 克己はふと気になって尋ねた。
「もしかして……出現する幽霊はどこかへ向かって……その遊郭に向かっているということは考えられない……かな」
 出現する場所が違うのだし、どこか目的の場所があって移動しているのでは?
「そう思うんやったら、調べてみたら?」
 維緒もフレアも、手伝う気はないのだ。疑問に思ったら自分たちだけでなんとかするしかないらしい。
 調べたくとも、ここは自分たちの世界ではない。勝手の違う場所で、どうすればいいのか見当がつかなかった。
 夜になってきたので人の行き交う様も少なくなってくる。
 咲月は川へ行くというので維緒はそれに付き従った。日和と悠宇は別の場所へフレアと共に行ってしまう。残された克己は、幽霊の現れる進行方向らしきほうへ向かった。



 川に来ていた咲月は、不思議そうに周囲を見回す。誰も居ない。
「やはり……川は無関係だったのでしょうか?」
「さあねえ」
 維緒はいつの間にか手に黒い提灯を持ち、咲月の顔を照らすように掲げた。
 橋の上から川を覗き込む咲月。
 川は黒い。水の流れがあるのはわかるが、雲があるせいで月明かりも届かず、墨のような色しか見えない。
 維緒は咲月の気が済むまで付き合ってくれた。
 川沿いに歩いていた時、彼が小さく笑った。咲月は怪訝なそれで彼を見遣る。
「あかんねぇ。物盗りとはいえ、刃物ちらつかせたら……手加減できへんのに」
 刹那、提灯の明かりが消えた。光が突然消えたために咲月の視界は真っ暗になる。
 闇の中で低くうめく声がするのと、鈍い音がするのはほぼ同時だった。
 ふ、と光がつく。黒い提灯にまた火が灯ったのだ。維緒ががっくりとしたような顔をしていた。
「……なんやの。つまらんわぁ」
「どうか……したんですか?」
「逃がしてしもた。
 物盗りやろ。ずっと尾けてきとったんやけどねぇ……。刃物出してきたから、攻撃したんやけど……腕が鈍っとるんかなぁ。一撃で喉を……」
 ぶつぶつと言い始めた維緒の瞳は暗い。闇の底のような、そして愉悦を映した瞳をしている。
「…………愉しそうですね、十鎖渦さん」
「そうでもあらへんよ」
 まるで子供のような無邪気な顔をしてそう言った維緒だったが、目が笑っていない。
 そもそも物盗りがずっと尾いてきていたというのに、維緒は放置していたという。本当に、どういう人なんだろうか、この人は。



 お妙は偽者ではないか、と思って歩く悠宇と。
 お妙に話しを聞きたかったと思う日和。
 二人は沈黙したまま、夜の通りを歩く。
「……しっかし、本当に真っ暗だなぁ。雲がせめてなければなぁ」
「電気がないんだもの。仕方ないわよ、悠宇」
 と、ぴくりと反応して悠宇が日和を庇うように後ろに隠す。警戒する悠宇と違い、フレアは背後に視線を向けた。
「失せろ。おまえの相手をしている場合ではない」
 暗闇から、しゃがれた声が返ってくる。
「……へぇ。そのようで」
「帰れ」
 ぴしゃりと言い返したフレアに、悠宇が視線を遣る。なんだ? 誰と話している? こんなに暗くて見えないのに。
 闇からの声は低くなった。
「なにやら機嫌が損なわれている様子」
「失せろと言ったはずだ」
「……今宵は引き下がります。なにやら変化がさ迷っているとか……騒がしいことですな、人間の世界は」
 それっきり、声がしなくなった。しんと静まった中、悠宇がフレアに食ってかかる。
「なんだよ、今の!」
 悠宇の質問に答えずに目を細めたフレアは、日和の視線に気づいてそちらを見る。彼女はそっと尋ねてきた。
「さっきのは……どなたですか?」
「……妖怪だ」
「妖怪、ですか。フレアさんは、お知り合いがたくさんいらっしゃるんですね」
 感心したように言ったが、フレアは渋い顔をしただけだ。どうやら、あまり好いている相手ではなかったようだ。
 日和は首を傾げる。
「でもおかしなこと言ってましたね……。ヘンゲって……なんでしょうか? 妖怪のことですか?」
「一般的にはそうだが…………」
 言葉を濁すフレアは悠宇が睨みつけているのに気づいて「なんだ?」と尋ねた。
「なんだじゃねーだろ! 俺の質問無視しやがって!」
「……おまえうるさいな」
「んなっ!?」
 ショックを受ける悠宇を放って、フレアは歩き出す。日和はどうしようか迷ったが、フレアについて歩き出した。慌てて悠宇もついて行く。
 フレアは悠宇の文句を全く聞いていないようだった。そして彼らは、咲月たちに合流した。



 克己はフレアに渡された提灯を片手に歩いていた。すっかり暗くなっている。
 なんという闇。街灯がないのは当然だが、電気がないだけでこれほど視界が見え難くなるとは。
 一人は心細かったが、わかれる前にフレアが「後で来る」と言ってくれたので、まだ安心している。
 少し先の道で、小さな明かりがゆらゆらと揺れているのが見えた。他にも誰か居るらしい。
 近づいていくと、提灯を片手に道の両脇を行ったり来たりしている女が居た。少しやつれた感じのその女に克己は声をかける。
「あの……大丈夫ですか? 気分でも悪いんでしょうか?」
 そっとかけた声に女は反応し、返してくる。
「違うのです。見つからなくて」
「何がですか?」
 その時だ。女が克己のほうを見て、それから――。
 ふ、と提灯の灯りが消えた。克巳の持っている提灯のものも。
 あ、と克己が気づいた。この女だ。探し物をしている、怪異の原因!
「あ、あの! 待ってください! 話しをさせてください!」
 だが克己の声だけが周囲に反響するだけで、なんの反応もなかった。
 月は雲で隠されており、克己は不安になる。その場から迂闊に動けなかった。
「何を探しているんですか? お妙さんを知っていますか?」
「……たえ?」
 ぽつりと闇から声が返ってきた。ぎくりとして克己が硬直する。すぐ背後から声がした。
 ぎしり、と音がする。歯軋りの音だと、わかった。
「……憎らしや……。我が主人を奪った女……」
 冷汗がどっと噴き出し、克己の心臓はばくばくと激しい鼓動を繰り返した。
「タエの姿でも出てこぬ……なぜじゃ……なぜ……」
 耳元で囁かれる冷たい声に克己はぞくぞくっと背筋に悪寒を走らせる。
 おまえはお妙さんではないのか? 探し物は一体?
 護神刀はなぜ力を発揮しない?
「悪いが、アタシが相手になる」
 声が割り込んできた。
 声だけではない。克己の腕をぐいっと強く引っ張った人物がいるのだ。
 よろめいた克己を腕の中に受け止めたのはフレアだった。約束した通り、彼女は様子を見に来てくれたのである。
 闇の中に提灯の灯りがついた。手に持つ提灯の光りを受けて、鬼のような形相で立つ女がいる。
 フレアの心臓音を聞いて安堵していたが、ハッとして克己は彼女から離れようとした。だが足に力が入らない。どうやら相当、ショックだったらしい。いや、怖かったのかもしれない。
「放すぞ。立てないなら座ってろ」
 抱きとめられていた腕を放され、克己はその場に座り込んでしまう。彼を庇うようにフレアが一歩前に出た。
 攻撃態勢に入るフレアの髪が、炎のように揺らめく。まるで電球のようにフレアは煌々と光りを放った。女は眩しさに顔をしかめる。
「おのれ……! 邪魔をするか……っ!」
 女の目玉が猫のそれに変わった。そういえば顔つきも……。
 女の着物を着た二足歩行の猫はくわっ、と口を開く。鋭い歯が幾つも見えた。
 その顔を、いつの間にか距離を詰めたフレアが鷲掴みにしていた。フレアの手は平均的な女性のもので、大きいとは言えない。だがしっかと、掴んでいた。
 その掌が炎に包まれた。化け猫の顔もだ。
 悲鳴をあげる化け猫からフレアが離れる。たん、と後方に跳躍し、克己の横に降り立った。
「あっ、あぎゃっ、ぎゃっ!」
 顔を掻き毟る化け猫は闇の中に慌てて逃げていった。
 残された克己は、フレアのほうをゆっくり見遣る。
「あ……助けに来てくれた、の?」
 戸惑うように尋ねると、彼女は目を細めた。
「後で来ると、言っただろ」



 事の顛末はこうだ。
 お妙を身請けする予定だった男は、お妙どころか可愛がっていた猫まで置いて姿をくらました。
 色町から出られないお妙は、半分以上諦めていたが……猫はそうではなかった。
 夜な夜な町を歩き回り、主を探した。だが簡単に見つからぬ。
 男が熱をあげていたお妙の姿を借り、今度はその姿で徘徊して主を探した。主ならば、お妙の姿に気づいて向こうから近づくと思って。
 だが近づいて来る男は皆違う。主を探す猫はお妙も憎んだ。だがお妙に害を加えるより先に主を探すほうが重要である。
 猫は年経たものであったがゆえ、そのようなことができたという――――。

 一夜ほど化生堂で過ごした、次の朝。
「じゃあこの店から出たら、もう元の世界だよ。達者でね」
 女将の言葉に全員が頷く。
 だが疑問が残る和真が尋ねた。
「化け猫は退治してないけど……帰れるのか?」
「フレアが退治しに行ってるよ。もう始末してる頃だろう。あんたたちの目的は化物退治じゃない。『うせもの』を探すことだ。勘違いしちゃいけないね」
「ですが……結局『うせもの』は、その行方知れずの男性だったので、見つけてはいません」
 咲月の言葉はもっともだった。男は見つかってはいないのだから。
「男を発見することが重要じゃないんだよ。男が『うせもの』である、とわかることが大事なんだ。
 ああほら、さっさと行きなよ。戻れなくなっても知らないよ!」
 女将に急かされて全員が戸口に向かう。
 なんだかしょんぼり歩いていた梧北斗が、成瀬冬馬に近づいて来た。
「あのさ……昨日、色町で言ってた『彼女』って……」
「…………そういえば、キミもあの場に居たね」
 冬馬の返答に「やっぱり」という顔をする北斗は俯いた。脳裏に、あの惨状が蘇ってきて吐き気がしてきた。
 咲月はちょっと足を止めると振り向く。そして維緒に軽く頭をさげて歩き出した。

 塀に背を預けていたフレアに向けて、昼の太陽によってできた建物の陰から、姿のないモノの声がする。 
「化け猫退治、ご苦労様でございました」
「……今回は人間と妖怪、双方の念で歪みが発生していた。化け猫に関しては、退治するまでもないと思っていたんだがな。維緒に見つかると容赦なく殺されていただろうが」
「左様で。ですが、我々も困り果てておりましたゆえ。実際、男が見つかりでもしたら、あやつめ、取り憑く気でありましたでしょう」
「……しかし、今回は色々と心臓に悪い」
 フレアは帽子を脱ぐと、顔をそれで隠すようにした。
 日和と悠宇を咲月たちに合流させてすぐさま克己のほうに向かったあれも、一歩間違えば大変なことになっていただろう。
「……オートはよく平気だな。目が見えないのは、案外楽かもしれない」
「ご冗談を。あなたが彼の『眼』なのは、存じておりますよ」
 陰から届くその声が、鈴のように笑った。つられてフレアも笑う。
 ――さて、今頃無事に異邦人達は元の世界に帰っているだろうか?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1721/藤野・咲月(とうの・さつき)/女/15/中学生・御巫】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
【6540/山代・克己(やましろ・かつき)/男/19/大学生】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、藤野様。ライターのともやいずみです。
 幽霊探索組のほうに入れさせていただきました。維緒に興味があるように書かせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!