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■GATE:01 『堤燈ノ灯リ…』■

ともやいずみ
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
 自分たちをこの世界に留めている怪異とは、提灯を持って探し物をしている女らしい。
 深夜遅くに現れるこの女は、「探し物をしている」と言うくせに手伝おうとすると消えてしまうらしい。
 幽霊。
 一部ではそのように噂がされている。
 川の傍でその女に出会った蕎麦屋の親父が言った。
「女郎屋に居るお妙と同じ顔だった」
 ではお妙が犯人なのか?
 果たして怪異は鎮まるのか?
GATE:01 『提灯ノ灯リ…』 ―後編―



 出没する幽霊と、女郎屋にあたるということで、二組に分かれることになった。
 女を買うための金など、この世界に来たばかりの異邦人たちは持っているわけがなかった。この世界の貨幣など、所持していない。
(や、やっぱ土下座でもするか……?)
 お金を借りようか迷っていた谷戸和真は、話し合っているワタライの三人を見遣った。
「というわけで、女郎屋へ行く組には誰がついて行くかだけど」
「オレはパスや。藤野ちゃんが護衛してくれって言うてきたからな。それにあそこは好かん」
 ぶんぶんと手を振る維緒は、珍しくしかめっ面だ。
 オートはフレアを見た。フレアは静かに言う。
「アタシもダメだ。羽角が、初瀬の護衛をしてくれと言ってきた」
「ええよぉ。オレがおるもん。フレアは女郎屋へ行ったらええやん」
「…………」
 維緒とフレアの間で、ぴりっとした空気が流れた。明らかにフレアの持つ静かな空気が変わったのが、わかる。
「……おまえがきちんと護衛をするとは、アタシは思えないんだがな」
「信用ないなぁ。そないなことあらへんって」
 調子良くけたけたと笑う維緒を、フレアが睨みつけた。笑っている維緒の瞳は、まったく、笑ってはいなかった。
 フレアの肩にオートが手を置いた。
「ダメだって。今はチームなんだから」
「邪魔せんとき、オート。フレアちゃんはお怒りなんやからな」
 にやにやと笑う維緒は、三日月の形に唇を歪める。愉悦、であった。
 オートは少し怒り気味に眉をあげる。
「維緒……!」
「冗談やってぇ。こないなとこでドンパチせんて。……ま、フレアちゃんがその気やったらいつでも相手したるよ、オレは」
 にっこりと微笑む維緒を、フレアは更にきつく睨んだ。見えない火花が散っているのは、気のせいではないだろう。
 遠くでその様子を見ていた初瀬日和と藤野咲月は顔を見合わせた。
「な、仲が悪いんですかね、あの三人……?」
「どうでしょうか……?」



「では、ボクが女郎屋へ案内します。色町はある刻限になると門が閉まってしまうので、それまでに戻りましょう」
 オートがにっこりと微笑む。
 女郎屋へ行くのは菊理野友衛、成瀬冬馬、それに和真、梧北斗の四人だ。
 北斗一人、自分の年齢の若さもあって頬を少し赤らめていた。
(……女郎屋ってえーっと、なんか凄いこっぱずかしい感じがするんだけど……)
 ぺちぺちと頬を叩いている北斗の横で、冬馬は渋い表情で歩く。
(警戒させないように客として近づくんだろうけど……女郎屋か……う〜ん……まぁ、捜査のためだし……)
 色町の門が見えてきた。かなり頑丈に大きく作られているその門は、一度閉じてしまうとなかなか開けられそうにない雰囲気は確かにある。
 門の両脇に警備のためか、屈強な男が二人ほど仁王立ちしていた。
 友衛はオートに尋ねる。
「年齢制限はないのか?」
「ありませんよ。ここは女の人を売っているところですから、男性は無条件で入れます」
「……あ、あのさぁ、オートはよくここに来るのか……?」
 なぜか真っ赤になって尋ねる和真にオートは苦笑した。
「いいえ? ここには知り合いが居るだけですから」
 四人が顔を見合わせる。知り合いが居るとは?
 オートは小さく笑う。
「ああ、その子は売約済みなので、手は出せないですからね?」

 オートは慣れた様子で色町を歩いた。
 道の両脇に並ぶ建物はどれも華やかで、女たちが彼らを誘うように見ている。
 平然と歩くオート、友衛、冬馬と違い、和真と北斗は彼女たちと視線を合わせないように俯き加減で歩いていた。
 しかしこれほど広いとは思っていなかった。それに、建物の数もかなりある。手分けして探すしかないようだ。
「それぞれ客として入るしか……ないんだろうな」
 友衛が呟いた。冬馬は嘆息する。
 北斗が先頭を歩くオートに尋ねた。
「な、なぁ、オートの知り合いはどこにいるんだ?」
「あそこだよ」
 オートは軽く指差す。示された先には、かなり賑わっている女郎屋。北斗は頬を赤らめた。あんな派手なところにどうやって一人で入ればいいんだろうか。
「俺、オートの知り合いに聞き込みしたいな……なんて」
 挫けそうになってそう言う北斗に、オートは振り向いて微笑む。
「それくらいは大丈夫だから、紹介してあげるよ梧クン」
「あ、待って。じゃあその人に先に聞き込みに行くってのはどう? ほら、この人数だし、お金もないしね」
 苦笑する冬馬の提案に、全員が頷いた。オートを除いた全員が、文無しである。どうやって聞き込みをすればいいのか、全員が悩んでいるところだったのだ。
 オートは眼鏡を押し上げた。
「わかりました。ではまず、ボクの知り合いに訊きます。いいですか?」
 四人はオートの言葉に頷いた。
 オートは一直線に目的の女郎屋に入って行く。女将らしい女性が出てきた。濃い化粧と少し太った体型の女だ。
「日無子サンにお会いしたいんですけど」
「あぁ……もうすぐ終わるから、もうちょっとお待ち」
 オートは彼女に手持ちのお金を渡す。
 四人はそのまま一階の入口付近で15分くらい待たされた。格子の中にいる、まだ客のついていない娘たちが興味津々という様子で四人を眺めていた。
「ねえ、そっちのお坊ちゃん、私と遊ばない?」
「そっちの素敵なお兄さんもどう?」
「あたしはあの背の高い一番年上の人が好みねぇ」
 などと、口々に誘われる。特に冬馬はにこにこと愛想良く手を振っていたので多く誘われていた。
「すみません、ボクは恋人がいるので」
 などと謝っている冬馬の言葉にオートが「へぇ」と呟いた。
「彼女がいるんですか」
「意外〜! 俺、遊び人だと思ってた!」
 北斗まで言う。冬馬は苦笑した。
「いや……嫉妬深い彼女だから、浮気できないんだよ」
「…………ふぅん」
 小さく呟くオートは、少し目を伏せた。その時、女将が彼らを呼んだ。どうやら、面会できるらしい。 

 二階の一番奥の部屋に案内され、襖を開ける。むわっとした、特殊なニオイが彼らの鼻をついた。
 五人と入れ違いになるように出て行った、まだ若い黒髪の少年を見て、冬馬はちょっとだけ首を傾げる。なんだか見たことのあるような顔だったような……? まあ気のせいだろうが。
 開け放たれた窓辺に腰掛けた娘が、三味線を片手に彼らを待ち構えていた。赤茶の髪をした、綺麗な娘だった。乱れた着物からは彼女の長い脚が際どい部分近くまで見えている。
「日無子サン、こんにちは」
「もう『こんばんは』でしょ? せっかく若旦那の相手をしてたのに、オートが会いたいっていうから急いで帰してここも片付けたんだよ?」
 頬を膨らませて不機嫌そうに言う彼女にオートは「ごめんね」と謝った。
「それで? あたしに会いに来た理由は?」
「お妙っていう娘を探しているんだが、知らないか?」
 友衛の質問に日無子は小さく笑った。
「あら、このお店に居るわよ。呼んであげましょうか?」
 ぎょっとしたように四人は目を見開く。オートはすぐに言った。
「それじゃ、お願いするよ。この人たちが、訊きたいことがあるから」
「わかった」
 立ち上がった日無子は妖艶に微笑む。男を虜にする笑みだ。
「よかったら今度宴の席であたしを指名してね。夜伽の相手はできないけど、これでも三味線の名手なの。それだけでも聞き応えはあると思うわよ」
 そして彼らの間をするりと通り抜けて、部屋から出て行ってしまった。
 数分後に現れたのは、あまり目立たない感じの質素な娘だった。綺麗に化粧はされているが、沈んだ表情がまるで幽霊のように見える。彼女がお妙、だろう。
 お妙は部屋の中を見てから戸惑ったような表情になる。
「あの……五人を相手にするんでしょうか?」
「ちっ、違うって! 訊きたいことがあるんだ!」
 慌てて北斗が立ち上がって言った。お妙は「そうですか」とぼんやり呟き、部屋に入ってくると彼らに向き合うように座る。
「なんでしょうか?」
「いま噂になっている幽霊について、訊きたいんだが」
 切り出した和真のほうをゆっくりと見て、お妙は首を横に振る。
「そういえばそんな噂も聞いた気がしますけど……私はわかりません。ここから外に出ませんので」
「蕎麦屋の親父さんがさ、その幽霊の顔がお妙さんにそっくりだったって言ってたんだけど、知らないか? 探し物をしてるんだけど、手伝おうとすると消えたり……えっと、提灯持ってて……」
 徐々にしどろもどろになっていく北斗。
 お妙は少し驚いたように目を見開く。
「私に似ているんですか……? でも本当に私は色町から外には出ておりません。この店の者は、皆、存じております」
 ではあの幽霊は何者なのか?
 四人はそれぞれ思案する。
(本人じゃなくても、本人の身も回りのものに原因があるかもな……)
 と、和真はうーんと唸った。
 友衛が様子を見る限り、お妙に怪しいところはない。彼女は普通の人間だ。
 冬馬はじっとお妙を観察していたが、ふいに尋ねた。
「どうしてそんな沈んだ顔をされているんですか?」
「え……?」
「何か悲しいことでも?」
 動揺したお妙が視線を泳がせる。確かに元気がない。
「な、なんでもないです」
「些細なことでもいいんだ。もしかしたら、その幽霊について何かわかるかもしれない。協力してくれないか!?」
「頼む!」
 友衛と和真の真剣な眼差しに、お妙は怯えるような視線をする。言いたくないといわんばかりの態度だ。
「身請けする予定だった男が消えたのよ」
 いつの間に来たのか、日無子が着物を整えて襖のところに立っていた。お妙は悔しそうに唇を噛み締める。
「消えた? だが……」
 友衛は不審そうにする。出没しているのは女だ。男ではない。
 ではお妙の生霊か? いや、そういう様子はない。
 お妙は膝の上の拳を強く握った。
「……確かに日無子ちゃんの言う通りです。私を身請けする予定だった人は……数日前に、行方不明になりました……」



 お妙を身請けする予定だった男は、ほんの数日前、唐突に行方をくらました。
 突然のことにお妙は狼狽した。色町の門が閉まる前まで、その日は男と一緒に居たのだ。次の日になっていきなり消えるとは、何故?
 別の女と駆け落ちしたなどと誰もが噂をした。そういうことは、珍しくない。女郎屋の女に本気になる男など、稀なのだ。
 お妙が気落ちしていたのが痛いほどわかった。信じていたのに裏切られたという思いもあるだろうし、怒りもあるだろう。
 色町を後にした五人は、いや、正確には四人は……重い沈黙のまま、歩いていた。夜風は冷たく、足もとの砂が微かに舞う。
「……男」
 ぽつりと冬馬が呟いた。
「今まで集めた情報でも、目撃者は男ばかりだった……! 女が探しているのは『男』じゃないのかな?」
「あ……! そういえば、俺が聞いた相手も、男ばっかりだ!」
 和真は合点がいったように頷く。
「お妙さんの生霊でもウロついてるっていうのかよ? そういう感じはしなかったぜ?」
 なあ? と北斗は友衛に声をかけた。友衛も同意する。
「ということは……フレアが護衛についている方には出てこない、ということか?」
 四人全員が「あっ」となった。女の前に姿を現さないというならば、フレアが居るほうへ現れるはずもない。無論、自分たちと同じようにこちらに迷い込んだ少女たちも、幽霊には遭うことはできないということになる。
「それに……探し物を手伝うと言っても消えてしまう。ボクが思うに、『違う男』だから姿を消していたのでは?」
「なるほど〜……。あ、そういえば探偵さんだっけ」
 北斗の感心する声に冬馬は暗い表情を一瞬浮かべた。だがすぐに薄く笑う。
「今は休業中だけどね」

 オートに道案内を頼んで、お妙の身請けをする予定だった男が居た長屋へと全員足を運んだ。
 そこでの聞き込みから、男が女と言い争う声を聞いたとか、突然いなくなったことがわかった。
 隣に住むという老婆は、痛む腰を擦りながらこうも言った。
「そういやぁ、可愛がってた猫がいたんだけどね。あいつも姿を見せなくなったね」



 事の顛末はこうだ。
 お妙を身請けする予定だった男は、お妙どころか可愛がっていた猫まで置いて姿をくらました。
 色町から出られないお妙は、半分以上諦めていたが……猫はそうではなかった。
 夜な夜な町を歩き回り、主を探した。だが簡単に見つからぬ。
 男が熱をあげていたお妙の姿を借り、今度はその姿で徘徊して主を探した。主ならば、お妙の姿に気づいて向こうから近づくと思って。
 だが近づいて来る男は皆違う。主を探す猫はお妙も憎んだ。だがお妙に害を加えるより先に主を探すほうが重要である。
 猫は年経たものであったがゆえ、そのようなことができたという――――。

 一夜ほど化生堂で過ごした、次の朝。
「じゃあこの店から出たら、もう元の世界だよ。達者でね」
 女将の言葉に全員が頷く。
 だが疑問が残る和真が尋ねた。
「化け猫は退治してないけど……帰れるのか?」
「フレアが退治しに行ってるよ。もう始末してる頃だろう。あんたたちの目的は化物退治じゃない。『うせもの』を探すことだ。勘違いしちゃいけないね」
「ですが……結局『うせもの』は、その行方知れずの男性だったので、見つけてはいません」
 咲月の言葉はもっともだった。男は見つかってはいないのだから。
「男を発見することが重要じゃないんだよ。男が『うせもの』である、とわかることが大事なんだ。
 ああほら、さっさと行きなよ。戻れなくなっても知らないよ!」
 女将に急かされて全員が戸口に向かう。
 なんだかしょんぼり歩いていた北斗が、冬馬に近づいて来た。
「あのさ……昨日、色町で言ってた『彼女』って……」
「…………そういえば、キミもあの場に居たね」
 冬馬の返答に「やっぱり」という顔をする北斗は俯いた。脳裏に、あの惨状が蘇ってきて吐き気がしてきた。
 咲月はちょっと足を止めると振り向く。そして維緒に軽く頭をさげて歩き出した。

 塀に背を預けていたフレアに向けて、昼の太陽によってできた建物の陰から、姿のないモノの声がする。 
「化け猫退治、ご苦労様でございました」
「……今回は人間と妖怪、双方の念で歪みが発生していた。化け猫に関しては、退治するまでもないと思っていたんだがな。維緒に見つかると容赦なく殺されていただろうが」
「左様で。ですが、我々も困り果てておりましたゆえ。実際、男が見つかりでもしたら、あやつめ、取り憑く気でありましたでしょう」
「……しかし、今回は色々と心臓に悪い」
 フレアは帽子を脱ぐと、顔をそれで隠すようにした。
 日和と羽角悠宇を咲月たちに合流させてすぐさま山代克己のほうに向かったあれも、一歩間違えば大変なことになっていただろう。
「……オートはよく平気だな。目が見えないのは、案外楽かもしれない」
「ご冗談を。あなたが彼の『眼』なのは、存じておりますよ」
 陰から届くその声が、鈴のように笑った。つられてフレアも笑う。
 ――さて、今頃無事に異邦人達は元の世界に帰っているだろうか?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1721/藤野・咲月(とうの・さつき)/女/15/中学生・御巫】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
【6540/山代・克己(やましろ・かつき)/男/19/大学生】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、谷戸様。ライターのともやいずみです。
 女郎屋組のほうに入れさせていただきました。お妙への聞き込み、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!