■夜と昼の双子 〜日の入りと夜明け■
紺藤 碧
【3155】【柚皓 鈴蘭】【異界職】
 気分が優れないのだろうか。足取りは重く、少し熱に侵されている頬は赤らんでいる。
「………」
 小さく呟き、かの人は腕の中に倒れこんだ。


夜と昼の双子 〜雑炊とリゾット



 意気揚々とでも言うような足取りで、ひょいひょいと通りを歩くランディム=ロウファ。
「ん? あれは」
 フラフラと揺れるフードが目に入り、ランディムは歩く早さを強める。
 フラフラと言っても、風船が揺れるようにというよりは、足元がおぼつかないという感じで、
「おい大丈夫か?」
「…おまえ…は……」
 声をかけたランディムに呟くように顔を上げたフード――ソール・ムンディルファリは、そのままランディム目掛けて倒れこむ。
「お、おい!?」
 支えた腕から感じる熱だけで、彼がかなりの高熱に侵されている事が分かった。
「気に…するな……」
 弱々しくではあるが、ソールはランディムを突き放すように手で押す。
「フラフラだぞ、あんた」
「大丈………」
 ぶ。と、言いかけて、ソールはその場に糸が切れた人形のようにガクッと膝を折る。
「おいこら!」
 その場で完全に半分意識を失ったような朦朧とした状態で、ソールは荒い息を吐く。
「しゃーない」
 ランディムはソールを抱えると、自分の店まで運ぶ。適当に空いたベッドに寝かせたはいいが、どうしたものかと頭をかく。
「てんちょー居るの?」
 営業時間外に店の電気がついたことに店の店員である柚皓 鈴蘭がひょっこりと顔を出した。
「丁度いい! すずちょっと薬こさえてくれ」
「はい?」
 魔術で薬を作れない事もないのだろうが、それは薬の理論だけであって薬そのものを作れるわけではない。
 鈴蘭はひょっこりと部屋の中を覗きこみ、寝込んでいるソールを見るや納得するように小さく頷く。
「頼んだぞ」
「りょうか〜い」
 それだけ言ってその場からかけて行くランディムに、鈴蘭は何処へ行くのか多少気になったが、部屋で熱にうなされるソールを見て、
「まずは解熱剤、かなぁ?」
 と、パタパタとその場を後にした。
 キッチンに降り立ったランディムの前には、小さな鍋と米。
 病気といえばお粥である。
 ランディムは用意した鍋を見ながら頭の中で作り方を一通りおさらいする。
「お粥より雑炊のほうがいいんじゃないかな」
 心配そうにキッチンに顔を出し、ポンポンとランディムの手に卵を手渡す鈴蘭。
「雑炊なのは構わないが、あのさあすず、こんな材料なんかで味と栄養がつくのかよ? これ塩分とか少ないぞ」
 そして、鈴蘭が机の上に用意していく材料に、ランディムはただただ不満の声を漏らす。
「ゲルマン人種にお袋の味は理解出来るもんか」
 むっと口を尖らせてぶつぶつと小さく呟きながら、鈴蘭は慣れた手つきで机に出した材料を確かめる。
「和食は健康を考慮したモンが多い筈だろ? 味の薄さとかが不満なだけで嫌いとは言ってないぞ」
 机に用意されたのはわかめ雑炊の材料。
「おまえ、もう薬用意しろよ」
「あ、もう!」
 ランディムは鈴蘭をキッチンから追い出して、気合をこめるように袖を捲る。
 温度は低めにぐつぐつと煮込みながら、米や卵やわかめを入れていく。
 しかし、やはりどう見ても味があるようには思えない。
 ランディムはぱっと顔を輝かせると棚の下から1本の白ワインを取り出した。
 初めて作った雑炊を目を覚ましたソールにニコニコ笑顔で差し出して、ランディムは食べるのを待っている。
「……いらない」
「腹に何か入れないと、薬飲めないぞ」
 ソールは視線だけで軽く首を振り、また同じ言葉を繰り返す。
「いらない」
 しかも先ほどよりもはっきりと。
「てんちょー、彼ちゃんと食べた?」
 ひょこっと薬を持って部屋に現れた鈴蘭は、パタパタとベッドの脇まで駆け寄ると、心配そうに眉根を寄せる。
「ダメだよ、ちゃんと食べないとぉ――………てんちょー?」
「何だよ」
「これ、ちょっとおかしなことになってるんですけど」
「何で?」
「…………」
 あっけらかんとしれっとした口調でそう口にしたランディムに、鈴蘭はあからさまに怪訝そうな面持ちで雑炊を口に運ぶ。
「てんちょー♪」
 鈴蘭の顔に満面笑顔が広がっていく。
「いで、ででででで!」
 鈴蘭はずぅるすぅるとランディムの耳を引っ張って部屋の外まで連れ出す。
 笑顔の向こうに立ち昇る怒りのオーラが廊下を包む。
「ど〜しててんちょーはそうやって日本食のイメージを崩してくれるのかな〜?」
 腰に手を当ててランディムににっこにこ笑顔で問いかける。
「いや、ほら、あ! あれだよあれ! リゾット」
「雑炊とリゾットを一緒にするなこのヘタレ」
 ランディムはとっても上手い事を言ったつもりだったが、矢継ぎ早に鈴蘭に切り返されその場に縮こまる。
「雑炊は私が作り直すよ」
 もう…。と、不甲斐ないランディムに不満ぶちぶち零して鈴蘭はキッチンへとかけて行く。
 その間にソールはばさりと布団を被りなおして丸まってしまっていた。
「あいつ、誰」
 布団の下からごもごもとした声が小さく聞こえる。
「ん? あぁすずか。ここの喫茶店の従業員だ」
「…………」
「なぁ、この前妹が居るって言ってたよな」
 ランディムは布団の塊に問いかける。
「俺にもチーム同士の義家族が齎した義妹みたいなものが居るから、分からない事はない」
 兄妹と言う感覚。
「……小さな頃に一族を追い出されたきり、会ってない」
「…会いたいか?」
 ソールはコクンと頷く。
「もしかして、旅をしているのは妹を探しているから?」
 ランディムの問いかけにソールは一度視線を向け、すぐさま瞳を俯かせると小さく「…ああ」と答える。
「見つかるといいな」
 ランディムは椅子の背にもたれかかり、瞳を閉じて扉に向って声をかける。
「立ち聞きは趣味が悪いぞ、すず」
「あ、ばれちゃった?」
 ホカホカと湯気が立つ雑炊が入った一人分サイズの土鍋を持って、鈴蘭は照れ隠しに笑いながら部屋の中へと入る。
「ヘタレてんちょーが作ったアレは雑炊じゃないけど、これはちゃ〜んと雑炊だよ」
「……いらない」
 ソールは首を振るけれど、ぐぅ…と、低い音が耳に響く。
「お腹は正直だね」
 鈴蘭はにっこりと微笑んでベッドサイドに土鍋を置いた。
 ソールはただじっと鈴蘭を見る。その視線にはある種の敵意さえ見て取れる。
「あ……私、外で待ってる」
 土鍋、食べ終わったら呼んで。と、鈴蘭は少し寂しそうな笑顔を浮かべて部屋を去る。
「食べろよ。な?」
 ランディムは優しく微笑んでれんげを差し出す。ソールはしぶしぶれんげを受け取って、雑炊を口に運んだ。
 一口食べれば警戒も薄れるのか、鈴蘭が作った雑炊をすっかり平らげ、やっぱりしぶしぶではあったが薬を飲む。
「……帰る。世話になった」
 だいぶ気分は良くなったし、と、立ち上がりかけるものの、やはり足に力が入らないのかその場で倒れ掛かる。
「無理すんなって」
 気分は回復していても、体はまだ回復するにまで至っていないのだろう。
「いい! 構うな!」
「意固地になんのもいい加減にしとけ。年長者の言う事は聞くもんだ」
「違う! そうじゃな―――…」
 ふらり。と、視界が歪む。
 無性に眠気がソールを襲いパタリとベッドに倒れこんだ。
 ランディムはぎょっとしてその顔を覗き込めば、緩やかな吐息が口から漏れ、眠っているだけだと分かりほっと胸をなでおろす。そして、
「すず、薬に何入れた?」
「何って? ただの風邪薬だよ。ちょっとだけ睡眠効果のある」
 声は廊下の外からすぐさま返る。
「出て行かなくても良かっただろう」
「だって彼、私の事警戒してるもん」
 確かに初めて会った時の事を思い返せば、他人に無頓着で自分の事はトンと話したがらない奴だった。
 今日会っただけの人間を信じろというのも無理な話か。
「何かあったら呼んで。一応朝まで起きないと思うけど」
 そう、パタパタと廊下を駆けていく音に、ランディムは小さく「ありがとう」と呟いた。
 うつら。うつら。頭がゆっくり舟をこぎ、完全に首を垂れて止まる。
 ベッドサイドの脇、椅子に腰掛けたままランディムは眠ってしまったらしい。
 やけに眩しい朝日にランディムはゆっくりと瞳を開けた。
「…何?」
 ソールのベッドの傍らで丸まっていた仔狼が不可思議な色に輝いている。それも宙に浮いて。
 同じようにソールの体も不可思議な色に包まれている。けれどその色は、仔狼に吸い込まれているように見えた。
「ソール!?」
 名を呼ぶが返事はない。
 仔狼の姿は徐々に大きくなり、ソールも光に包まれるようにしてその姿を変えていく。
 ランディムは喫茶店の店長として、ではなく本業でありアークメイジたる力を持って、その光景を見据える。だが―――

 ダンッ!!

「っな……」
 構成を見破ろうとした力が弾かれ、ランディムは壁に吹き飛ばされる。
「てんちょー!?」
 バン! と、扉が勢いよく開け放たれ、鈴蘭が部屋へと走りこむ。
「くそっ! 俺が弾き飛ばされるなんてな」
 壁に打ちつけた際に軽い脳震盪でも起こしたのか、ランディムは頭を抱えて言い捨てる。
 ベッドの上には―――見知らぬ少女。
 少女はゆっくりと体を起こし、辺りを見た。
「あなた達……誰? ここは何処!」
 少女は叫ぶ。
「彼は? ソールは?」
 鈴蘭はランディムに問うように叫ぶ。そう、ソールが寝ていたはずのベッドには、見知らぬ少女が座り込んでいる。
「どうして、兄さんの名前を知っている!?」
「え?」
「何だって…?」
 双子は知らない。自分達が一つの体を共有しているということを。そして、夜か昼しか動けないということを。

 時間は日の出過ぎ。

 ベッドサイドの向こう。鋭い双眸がランディムを貫いていた。
 まるで獲物を見つけたかのように――――










☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2767】
ランディム=ロウファ(20歳・男性)
異界職【アークメイジ】

【3155】
柚皓 鈴蘭―――ユキシロ スズラン(17歳・女性)
異界職【密偵】


【NPC】
ソール・ムンディルファリ(17歳・男性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。初めてお目にかかりますライターの紺碧 乃空です。
 今回話も第三話ということで、完全にランディム様のサポートとなってしまい、ソール自身との新密度は殆ど上がっていません。申し訳ないです。
 今後、事を解決に至るまでの事象に出会う事はできませんが、新密度は上げることが可能です。
 それではまた、鈴蘭様に出会える事を祈って……


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