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■彼女はアイドル! 〜おしごとの、なやみごと?〜■

ともやいずみ
【6612】【安藤・浩樹】【高校二年生】
 なにやら彼女は悩んでいる様子。
 尋ねてみると仕事について考えているらしい。
 ドラマに出演してみることになるかもしれない、とのこと。
 だが演技も全くできない彼女は乗り気ではないようだ。
 現在は「真夜中の紅茶」のCMに出演しており、グラビアアイドルとして活躍している彼女。バラエティには少し出ているが、そもそもテレビが苦手らしい。
 さて――自分は彼女にどのようなアドバイスをすればいいのだろうか?
彼女はアイドル! 〜おしごとの、なやみごと?〜



 学校に行く前、ちょうど仕事に行こうとしていた七種くるみと家の前で会った。彼女は用心のためか深く帽子を被っており、普段と違って少年のような格好をしている。
 彼女は自分――安藤浩樹のナイショの恋人である。
「あ、お、おはよ、浩樹君」
 ちょっとだけ元気のない笑顔。
 浩樹は少し間を空けてから「おはよう」と返事をする。
(……なにかあったんだね)
 悩み事とか、意地悪をされたとか。きっとそのへんだ。
 今から学校だし、今すぐ彼女に訊いても答えてはくれないだろう。
「くるみちゃん」
「ん?」
 行こうとしていた彼女がこちらを振り向く。
「あのさ……今晩ヒマ?」
「…………どうしたの?」
 ちょっと驚いたような顔をする。彼女のマネージャーから注意されてから、浩樹はくるみに自分から会おうとすることがほとんどなくなったのだ。だからこその、驚きであった。
 浩樹はにっこりと微笑む。
「美味しい紅茶、淹れてあげるよ」
「…………」
 それでわかったらしく、くるみはにっこりと微笑んだ。
「うん、わかった。じゃあ、仕事から帰ったら遊びに行くね」
「あ。マネージャーさんに……怒られるかな」
 心配そうに言う浩樹に彼女はくすくす笑った。
「もちろん、ナイショで行くから。だって私たちのことも、ナイショでしょ?」



 学校で過ごす浩樹はぼんやりと授業を受けていた。軽く嘆息する。
 彼女の相談に乗ることが果たしてできるだろうか?
(僕はただの学生だしなぁ……)
 机の上に広げられたノートに、教師が説明していることを書き込んでいく。さらさらと書きながらも、全く違うことを考えているのだからかなり器用なことをしている。
(くるみちゃんが芸能界に足を踏み入れるって決まった時から、なるべく力になろうって決めたじゃないか。それに、早く元気になって欲しいし)
「安藤」
 教師の声にぴくりと反応して顔をあげる。ちょっと眼鏡がずれたので、人差し指で押し上げた。
「はい」
 立ち上がると、教師が黒板を示す。問題が書かれていた。
 他にも二人くらい当てられる。
「前に出てこの問題を解いてみなさい」
 浩樹以外に指名された者たちは前に出て行く。浩樹と同じく、成績のいい者ばかりだ。
(この先生って、解けるとわかっている生徒にしか当てないからな……)
 浩樹もシャーペンを置いて、前に出て行った。

 自転車に乗って帰り、家に着く。さて、くるみはいつごろ来るだろうか。
(せめて窓からの来訪じゃないといいけど……)
 危ないし、スカートでやるからたまったものではないのだ。
 自転車を停めてから、鍵をかける。それから自宅のドアを開けた。
「ただいまー」
「おかえり。くるみちゃんが遊びに来てるわよ」
 台所から聞こえた母親の声に浩樹は仰天する。そして台所を覗き込んだ。
「部屋に勝手に通したの!?」
「なによ。見られて困るものなんてないでしょ?」
 今さら、という母親の声に顔をしかめる。
 居間に居てくれればまだいいのに。自室に彼女が居るということは、話し相手がいないから寝ている、という可能性もあった。
 以前そんなことがあった。彼女は勝手に浩樹の部屋のベッドで寝ていた。話しを聞くと、うとうとしてしまい、ベッドに横になったらそのまま寝てしまったらしいのだ。
 居間にいれば母親が彼女の相手をしてくれるから安心なのだ。まぁ、話が盛り上がってしまうと入り込めないので困るけれど。
 二階への階段をあがろうと段に足をかけるが、すぐにやめた。いつもなら部屋で着替えるのだが、今日はそうはいかない。
 くるりと方向転換し、風呂場へ向かう。脱衣所で私服に着替えると、制服を手に抱えて、今度こそ階段をあがる。
 二階にある自分の部屋のドアの前で、浩樹は少しためらった。だが軽くノックをする。声がすぐ返ってきて安心した。
 ドアを開けると、いつものようにベッドの端に腰掛けていた。
 浩樹は部屋の中を見回して言う。
「本棚の本、読んでて良かったのに」
「さっき来たばかりだから」
 微笑むくるみは、朝みた時とは衣服が違う。ジャージ姿だ。
「怪しまれないと思って……。変かなぁ」
「…………」
 どんな格好をしていても可愛いが、今の困ったような仕種のほうにどきどきする。
「変じゃないよ。紅茶淹れてくるね」
「ね、どうしたの? 私にどんな用事なの?」
「それは紅茶を淹れてきてから」
 ね? と笑って言うと、くるみは「はぁい」と返事をしたのだった。



 紅茶を淹れていると、母親がクッキーを用意してくれた。それらを盆の上に乗せて、部屋に戻る。
「お待たせ」
「そんなに待ってないよ? 収録とかのほうが、もっと待たされるから平気」
「大変そうだね」
 部屋の中央にあるテーブルの上に盆を置くと、彼女はベッドから降りてこちらにやって来た。
 早速紅茶を飲んで嬉しそうにはにかむ。
「美味し〜。浩樹君の紅茶って、美味しいから大好き!」
「そう?」
 何度も褒められているが、何度されても嬉しいものだ。
 クッキーを食べて、他愛無い話をしていたのだが、浩樹は頃合いをみて尋ねた。
「くるみちゃん、最近元気ないね? どうかしたの?」
 ストレートすぎたかな、と思うが、くるみはちょっと驚いたような顔をするとすぐに眉をハの字にした。
「浩樹君からみて、元気ないってわかっちゃった?」
「うん。長い付き合いだしね」
 本当は、それだけではない。自分は彼女を好きだから、彼女をよく見ているのだ。
 う〜、と唸っていた彼女はちらちらと浩樹を見ていたが、それから俯いてしまった。
「あのね……ドラマに出ないかって、言われて」
「ドラマ!?」
「うん……ちょこっと……一言喋るだけなんだけどね、出ないかって言われてるの」
「セリフがあるの?」
「う……ん……」
 なるほど。それで元気がないのか。
 浩樹はくるみが演技を苦手とするのを知っている。小学校の学芸会でのお芝居も、一つのセリフを喋るのに悪戦苦闘していたのを見ているのだ。
 今ではCMのセリフも慣れた様子で喋ってはいるが、これは浩樹が練習に付き合った成果であった。
(くるみちゃんは、途中で混乱しちゃうからなぁ……)
 自分が何をやっていたかわからなくなることがあるのだ。
「なんで私なんだろ〜……CM見て気に入ったとか言われたの。嬉しいけど……ドラマはCMとは違うでしょ?」
「どんな役?」
「主人公の学校の……生徒の一人」
「そっか……」
 一緒に悩む浩樹を、くるみは見遣る。
 どうすればいいのか浩樹はわからない。チャンスだとは思うが、くるみは俳優を目指してはいない。
「………………」
 考えても考えても……。
 浩樹は頭を抱えてしまった。
 こ、これはダメだ……。
「く、くるみちゃん、公園で散歩しない?」
「え……。で、でも……」
 浩樹がこんなことを言い出すのは珍しい。いつもは「誰かに見つかったら」と口を酸っぱくして言うのに。
 きょとんとするくるみだったが、頷いた。
「いいよ」
「頭を冷やさないとダメだよ……これは」
 嘆息混じりに呟くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。それに対して浩樹は不思議そうにする。
「どうかした?」
「うん? えっとね、浩樹君が私のことでそんなに考えてくれるってことが、嬉しいの」
「…………」
 その言葉に浩樹は顔を赤く染めた。



 すっかり日が暮れている。
 夜の闇に紛れるように二人は近くの公園まで来ていた。
(やっぱりやばいかな……)
 どきどきしていたが、ここまで来てしまったのだからしょうがない。
 浩樹はブランコに座る。くるみも同じように隣のブランコに腰掛けた。
 きぃ、と軋んだ音がする。無人の公園は薄暗い。
「あは。懐かしいね。昔はさ、ここでよく遊んだのに」
「そうだね」
 そう彼女に応えながら、いつからここにあまり来なくなったのだろうかと浩樹は思い返す。
 あの頃はこうしてくるみと恋人になるなんて、想像もしていなかった。
(恋人かぁ……)
 ブランコを前後に揺らす。
 風は少し冷たい。くるみは「うーん」とか「むぅ」とか唸っている。
(どうすることが、くるみちゃんに一番いいんだろう……)
 しばらく二人でブランコを揺らしていたが、さすがに長居はできないということで立ち上がった。
 近所ということもあるので誰かに見られても多少は誤魔化せるかもしれないが……危険なことにはかわりはない。
 せっかくなのだし、と浩樹はそっと手を伸ばした。
「あの……、手、繋いでも……」
「遠慮しないでよ〜。ほらぁ」
 くるみが浩樹の手をひょいと握った。ああもう、誰かに見られたらという警戒心はないのだろうか?
 彼女はちょっとびっくりしたようだ。
「浩樹君、手、こんなに大きかったっけ?」
「は?」
「…………なんでもない」
 少しにこにこしている彼女を見ていて、浩樹は手を強く握り締めた。
 彼女がこうして横で微笑んでくれるのは嬉しい。幸せだ。元気に、最高に笑っている顔が見たい……。
 は、とした。
 テレビ画面の中での、表現者としての彼女をもっと。
(もっと見たい……)
「くるみちゃん」
「ん?」
 浩樹は決意して言う。だが、なんだか恥ずかしくて彼女のほうを見れなかった。
「くるみちゃんのドラマ、見てみたいな」
「…………」
 彼女は目を見開いた。
「……みたい? 浩樹君が?」
「う、うん」
「でも、カットされるかもしれないよ?」
「それでもいいよ」
「…………」
「今回だけでいいから、やってみたら? それでもダメだったら、くるみちゃんに合わなかったら……今後、もしドラマのオファーがあっても断ればいいよ」
「…………」
 黙って浩樹の言葉を聞いていたくるみは、しばらくして俯くと……「うん」と小さな声で呟く。
 そして彼女は真っ直ぐ顔をあげた。
「頑張ってみる」
「うん。頑張って、くるみちゃん」
「やれるだけやってみるけど……失敗しちゃったら、笑ってね」
「笑わないよ」
「よーし。あ、あのね」
 もじもじしながらくるみが言う。
「一言だけだけど……練習、付き合ってくれる?」
「僕が?」
「うん。だ、ダメかなぁ……」
 そんなわけない。浩樹は空いている片手で自身の胸を強く叩いた。強く叩きすぎてむせそうになったが。
「任せてよ。うまくないけど、僕も応援する以上は、全力でやるから!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6612/安藤・浩樹(あんどう・ひろき)/男/17/高校二年生】

NPC
【七種・くるみ(さいくさ・くるみ)/女/17/アイドル】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、安藤様。ライターのともやいずみです。
 くるみの仕事の悩み相談でしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!