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■クィーン・アメリア号の謎 後編■

九流 翔
【2512】【真行寺・恭介】【会社員】
「上海幇の連中が、その船でなにかをしているという匿名の情報が入ったのだ」
 横浜港を出航し、台湾西岸の高雄まで16日をかけて航海する台湾船籍の超大型客船クィーン・アメリア号。その船内で上海幇の人間がなにかを企んでいると聞かされた葉明は、客として船に乗り込んで調査を開始した。
 アメリア号を所有しているのは台湾に本拠を構える巨大総合企業「華仙」グループだが、設立から十数年と決して古くないにも関わらず、台湾屈指の巨大企業となった経緯は、様々な黒い噂で塗り固められている。その実態は上海系犯罪組織の隠れ蓑であり、犯罪組織の幹部が役員として名を連ねていることでも有名であった。
 船には多くのVIPが乗船していた。与党幹事長、大手企業の会長、省庁の事務次官クラス、女優に俳優。
 そして上海幇とは敵対関係にある台湾最大の犯罪組織、四海幇の大幹部。台湾には多くの犯罪組織が存在しているが、その中でも最大と謳われているのが四海幇と竹連幇の二つであった。厳密に言うなれば、竹連幇の系列に属している葉にとっては商売敵ということになる。
 上海幇と関係の深い華仙グループの船に、四海幇の幹部が乗っているなど、本来はありえないことであった。また、特にイベントも催されない船に、これほど多数のVIPが乗っていることも疑問であった。

 そんな中、船内で事件が起きる。
 外科医の三森という男が何者かに殺害され、さらに心臓をくり抜かれるという状態で発見された。
 さらに翌晩。今度は与党幹事長が殺害され、同様に心臓をくり抜かれ、さらにこちらは肝臓と腎臓も奪い去られていた。
 誰が。なんの目的で殺し、奪ったのか。
 上海幇の人間の話では、三森が中心となって秘密裏になにかが行われる予定であったようだ。
 そして、船倉を調査していた葉にも魔の手が襲い掛かる。何者かに襲撃され、気を失った葉はどうなるのか。

クィーン・アメリア号の謎 後編

「上海幇の連中が、その船でなにかをしているという匿名の情報が入ったのだ」
 横浜港を出航し、台湾西岸の高雄まで16日をかけて航海する台湾船籍の超大型客船クィーン・アメリア号。その船内で上海幇の人間がなにかを企んでいると聞かされた葉明は、客として船に乗り込んで調査を開始した。
 アメリア号を所有しているのは台湾に本拠を構える巨大総合企業「華仙」グループだが、設立から十数年と決して古くないにも関わらず、台湾屈指の巨大企業となった経緯は、様々な黒い噂で塗り固められている。その実態は上海系犯罪組織の隠れ蓑であり、犯罪組織の幹部が役員として名を連ねていることでも有名であった。
 船には多くのVIPが乗船していた。与党幹事長、大手企業の会長、省庁の事務次官クラス、女優に俳優。
 そして上海幇とは敵対関係にある台湾最大の犯罪組織、四海幇の大幹部。台湾には多くの犯罪組織が存在しているが、その中でも最大と謳われているのが四海幇と竹連幇の二つであった。厳密に言うなれば、竹連幇の系列に属している葉にとっては商売敵ということになる。
 上海幇と関係の深い華仙グループの船に、四海幇の幹部が乗っているなど、本来はありえないことであった。また、特にイベントも催されない船に、これほど多数のVIPが乗っていることも疑問であった。

 そんな中、船内で事件が起きる。
 外科医の三森という男が何者かに殺害され、さらに心臓をくり抜かれるという状態で発見された。
 さらに翌晩。今度は与党幹事長が殺害され、同様に心臓をくり抜かれ、さらにこちらは肝臓と腎臓も奪い去られていた。
 誰が。なんの目的で殺し、奪ったのか。
 上海幇の人間の話では、三森が中心となって秘密裏になにかが行われる予定であったようだ。
 そして、船倉を調査していた葉にも魔の手が襲い掛かる。何者かに襲撃され、気を失った葉はどうなるのか。

 葉との連絡が取れなくなって2日が経過していた。それまで立て続けに起きた殺人事件は、今のところなりを潜めていた。
 この2日間、真行寺恭介は三森と村瀬の殺害現場、そして船の持ち主である華仙グループとつながりがある上海幇の動向を調べていた。
 2件の殺人事件に関して、現場は厳重に封鎖されていたが、常に警備員が張り付いているというわけではない。一時的に警備員がいなくなる隙を見計らい、恭介はそれぞれの部屋に忍び込んだ。
 最初の殺人現場である三森の部屋は、清掃が行われていたが、血の痕が染みとなって黒く残されていた。相当な出血量であったことが窺える。
 この現場を発見したパティ・ガントレットの話では、彼女らがパーティー会場で三森と別れ、死体が発見されるまで20分と経っていない。また、その間に三森の部屋へ第3者が入るところを、この階を警備する人間は見ていないということだった。
 無論、警備員が目を離した、わずかな隙に部屋へ侵入することは不可能ではないだろう。しかし、三森の死体からは心臓が抜き取られていることを恭介は確認している。三森を殺し、心臓を抜き取るのに要する時間は、果たしてどれほどだろうか。
 室内には手がかりになりそうな物は残されていなかった。なにか不味い代物でもあったのか、三森の手荷物すら残されていない。
 ここで気になるのは、パティが耳にした話だ。この船で殺害された三森を中心に、なにかが行われようとしていたらしい。それが公にされていない以上、非合法な行為であると推測することは難しくない。
 続けて見た村瀬の部屋には、いくつかの私物が残されていた。だが、やはり手がかりになり得る物は残されていない。これは船の乗組員というよりも、上海幇の人間によって整理されたと見て間違いない、と恭介は判断した。
 殺害現場で得られる情報はないと考え、恭介は知り合いの情報屋に連絡を取ることにした。盗聴される恐れがあるが、葉の行方が知れない今、そうしたことに構っている猶予はないとも思っていた。
 衛星回線を利用した携帯電話を使い、馴染みの電話番号を押してしばらく待つと、聞き慣れた情報屋の声が響いた。
「俺だ。上海幇と四海幇のことについて聞きたい」
「どういうこと?」
「2つの組織の関係は良好なのか?」
「いや、そうでもないんじゃないかな? 上海幇は今、台湾へ進出しようとしているから、四海幇から見れば商売敵が増えることになって、決して面白くない状況だと思うよ」
 それも奇妙な話だった。そうだとすれば、上海幇の実質的な持ち物であるこの船に、四海幇の幹部である鄭吏泊が乗っているのは、なぜなのだろう。
 考えられるのは、上海幇と四海幇による取引だ。しかし、四海幇の幹部がわざわざ出向き、こうした人目につく場所で行われる取引とは、どのようなものなのか。
「四海幇の鄭吏泊というのは、どんな人物なんだ?」
「鄭吏泊? まだ生きてたんだ?」
「どういうことだ?」
「去年の話じゃ、肝臓だかが悪くて、そう長くないってことだったんだけど」
(また内臓か……)
 三森は心臓を奪われ、村瀬は心臓の他に肝臓と腎臓も抜かれていた。さらに鄭吏泊も内臓に疾患をわずらっているという。こうも内臓に感ずる話が頻発していると、なにかあると思いたくなるのが心情である。
(奪われた内臓に、なにかあるのかもしれないな)
 そう考えた恭介は、内臓の行方を調べることにした。

 パティ・ガントレットが注目したのは、三森と村瀬の殺害方法についてだった。怨恨や利害問題など、様々な原因が考えられるが、その手段が異常であるといえた。
 2人とも内臓を抜き取られていたのだ。無論、それが直接の死亡原因ではなく、殺された後に体を切り開かれ、内臓を奪われたのだが、パティはそこに何者かの強い恨みを感じ取っていた。そうでなければ、内臓を抜き取ったりなどしないだろう。
 そこでパティがまず調べたのは、船内に2人を殺害できる人間が乗り込んでいるかということであった。
 パーティー会場で彼女が三森と別れ、そして死体を発見するまで20分弱。その間に三森の部屋へ誰にも見られることなく侵入し、殺害して心臓を奪う。それに関しては、素人でも決して不可能ではないだろう。問題なのは村瀬の殺害についてだ。
 与党幹事長である村瀬一郎には、護衛の人間が何人もついていた。その護衛が目を離した数分間のうちに、自室で殺害され、内臓を奪い去られていた。これは、よほど手馴れた者でなければ不可能な犯行である。
 船員を買収し、入手した乗客名簿を見ていたパティであったが、そこに村瀬を殺害できるような人間を見つけ出すことはできなかった。
 当然、そこに記載された情報に誤りがなければ、の話である。こうした豪華客船へ乗船する場合、身分証の提示が義務であるが、それとて偽造するのは決して不可能ではない。
(村瀬を殺害できる有効時間が最大で10分として、それが素人に可能なのでしょうか?)
 自分が村瀬を殺した犯人になり、パティは何度となくシミュレートしてみたが、やはり時間は足らなかった。殺害し、体を切り開き、心臓、腎臓、肝臓を抜き取るには、最低でも20分は必要とする。それも内臓の位置を把握していての話だ。
 つまり、犯人は医者ということも考えられる。そうなると、この船に常駐している医者が怪しくなってくる。
 パティは医者の動向を注視することにした。

 内臓の行方を調べる過程で判明したのは、殺された村瀬一郎がこの1年間に内臓の移植を受けた形跡があるというものであった。
 過去の報道、そして政界での噂では村瀬は肝硬変を患い、先が長くないとされていた。しかし、いつの間に肝硬変を治したのか、今年に入って村瀬は精力的な活動を復帰させ、幹事長の地位にまで上り詰めたのだった。
 だが、会社の調査部を通じて恭介が入手した情報によれば、村瀬が入院したなどの記録は残されていなかった。重度の肝硬変ともなれば、薬物治療も効果はなく、その治療には臓器移植しかないとされている。では、村瀬はどのようにして移植を行ったのか。
 そこで恭介が考えたのは上海幇が臓器密輸、もしくは闇での移植を行っていたのではないか、ということだった。
 実際、生体間移植用臓器の密輸は行われている。臓器移植は摘出から移植までの時間経過が短ければ短いほど、臓器移植の手術が成功する確率は高くなると言われている。理想的な方法は、あらかじめ組織適合性を検査した臓器提供者と臓器受容者が、一緒に手術室へと入って人間から臓器を摘出した直後に移植するのだ。そうした背景から当然ながら臓器密売の世界では臓器が新鮮であれば値段も高くなる。
 臓器提供者を日本に連れて来て摘出を行う方が新鮮な臓器を得ることができる。外国で摘出した臓器を密輸する場合は税関などで発見される可能性が高いが、臓器提供者を連れて来る場合はその危険性が低い上に利益も多くなる。しかし、普通職に就く一般人が短期間内に何度も出入国を繰り返し、その度に外人の同伴者がいれば当然ながら司法機関に目を付けられる。だが、例えばテレビ局のプロデューサーのような人間であれば『外国の曲芸師を出演させる』などの名目で、外国からの臓器提供者を日本へ入国させることができ、司法機関にも怪しまれにくいというメリットがある。
 司法機関は麻薬や覚醒剤の密輸には目を光らせているが、臓器密売に関しては後手に回っている傾向がある。特に外国系犯罪組織の場合、密航組織「蛇頭」などによる密航経路が確立されており、そうしたルートを使用しても臓器提供者を日本国内へ運ぶことは可能だろう。特に中国の農村部では、いまだに口減らしのため、多くの人間が売買されているのが現状だ。そうした人間を買い付けることは決して難しいことではない。
 そして、その移植を三森が実施したとなれば、おのずと点と点がつながってくる。上海幇が中国の農村部から連れてきた人間から臓器を摘出し、時として移植も行っていた。そう考えることで、三森、村瀬、さらには鄭吏泊までも臓器移植という枠でくくれることができる。本来は人間の命を救うべき立場にある医者が、私欲のために臓器密売に手を貸していたとすれば、そこに殺人の原因があるのではないだろうか。
 その仮定が正しいとすれば、問題はどこで臓器の密売、移植が行われていたかということになる。
(この船、か?)
 恭介が考えたのは、葉が行方不明になっているという事実であった。もしかしたら、葉はこの船のどこかにある移植施設を発見し、それが原因で捕らえられたのかもしれない。もし、そうだとしたら葉に危険が迫っていることになる。最悪、すでに殺されている可能性も捨てきれない。
 そうなると一刻も早く、葉を見つけ出さなくてはならない。恭介はこれまで別行動を取っていたパティに連絡を取ることにした。

「真行寺だ。この船で臓器の密売、移植が行われている可能性が強い」
 無線機を利用して恭介はパティに告げた。防衛庁が開発した盗聴防止装置が装備されたタイプだが、それもどこまで効果があるかはわからない。盗聴と、それを防止する技術の開発は常にいたちごっこであるからだ。
「それは、どこでですか?」
「まだ場所の特定にはいたっていない。しかし、これまでの情報を考慮すると、そう考えるのが最も自然であるように思える」
 恭介はそう考えるに至った理由を話した。村瀬が肝硬変を患っており、その移植を行った可能性。上海幇が臓器密輸を行っていること。それには殺された三森も関与していたかもしれないこと。また、葉は船にある移植施設を発見してしまったために上海幇、あるいは別の人間によって囚われた可能性が高いこと。
「それが事実だとすれば、葉さんは危ないということになりますね」
「そうだな。最悪の場合、すでに殺されているということも考えられる」
「では、一刻の猶予もなりませんね」
「最悪の場合は、諦めるしかないな」
「今、わたしは医者や乗客の同行を探っています」
「わかった。特に医者の動きに注意してほしい。この船で密売や移植が行われているのなら、何人かの医者が姿を消すことがあるはずだ。では、またなにか進展があったら連絡する」
「わかりました」

 さらに2日後。パティが動向を注視していた医者たちが動き始めた。
 深夜、乗客の多くが寝静まった頃を見計らうかのように、船に常駐する数名の医者、上海幇のメンバーと思われる男たちが船倉へ下りて行くのをパティは見た。続けてストレッチャーに載せられた某大手企業の会長が、数名の看護師に囲まれるようにして運ばれる。
 誰にも気づかれないように注意を払いながら船倉へパティであったが、そこには誰もいなかった。
(おかしいですね。確かに、ここへ来たはずなのですが……)
 以前、葉が入手した船の図面を片手に船倉を歩き回ると、船倉に積まれた荷箱に動かされた形跡があるのを発見した。それも、つい最近のことであるようだ。その近くの床に扉のような亀裂があることに気がついた。
 今まで広さばかりに囚われていて高さに注意を払うことはなかったが、改めて見ると図面とは高さが合っていないように感じられた。こうした大型船で良く用いられるのは、隔壁などの位置をずらし、図面には記載されていない部屋を造って密輸に利用するという手法である。クィーン・アメリア号の場合には、隔壁をずらしたのではなく、床の高さを上げることで、船倉の下に図面にはない空間を作ったのだろう。
 周囲に誰もいないことを確認し、パティは床にある扉を開いた。扉の先には、緩いスロープ状の傾斜が続いており、左にカーブしている。
 そこでパティはおもむろに瞳を開き、薄暗い通路を下り始めた。しばらく進むと、明かりが見えてきた。辺りに警備の人間などは配置されていないようだ。
 物陰から明かりの灯った部屋を覗き込んだパティは、そこに広がっている光景に思わず息を呑んだ。
 そこは、まさに手術室であった。
 しかし、パティを驚かせたのはそんなことではない。
 手術室の奥の壁には、溶液に満たされた透明なケースの中で、何人もの人間が目を閉じて静かに横たわっていたのだ。いや、それは人間とは呼べないかもしれない。その全身からは何本ものチューブやケーブルが伸び、まるで植物人間のように見えた。
 死んではいないだろう。しかし、生きていると言えるかは疑問だ。そのうちの何体かは腹部を切り開かれ、臓器を取り出されているのが見えた。それでも失われた臓器を補うように機械へつながれ、ケースの中で静かに呼吸を繰り返している。
 それは、さながら臓器工場とでも呼ぶべき場所であった。
 嫌悪感を覚えながらも、パティは手術室を見回す。そこには複数の医者や看護師の他に、上海幇の幹部である呂成景、そして四海幇の幹部である鄭吏泊の姿もあった。
 恭介の推測は当たっていたということになる。この船で臓器の密売から移植までが行われていたのだ。そう考えればイベントもない豪華客船に、これほど多数のVIPが乗船していることもうなずけた。
 彼らは移植を受けるための患者なのだ。正規のルートでは臓器の入手が困難であったり、順番を待ったりしなくてはならない。それに耐えることのできない特殊階級の人間たちが、金に物を言わせて命の永らえているのだ。
 そうしたケースの1つに葉の姿をパティは発見した。
 溶液に浸かり、全裸の葉が口許に当てられた呼吸器で静かに呼吸している。まだ臓器の摘出などは行われていないようだ。
 この状況では今すぐに殺害される可能性は低いと判断し、パティはその場を離れることにした。改めて装備を整え、この手術室が使われていない時に葉を救出するつもりだった。

 同時刻。乗船しているVIPたちの動向に注意を向けていた恭介は、その周囲で1人の男が動き回っていることに気がついた。
 その男は村瀬の警護を担当していた人物で、村瀬が殺害された今、VIPの周囲にいる必要はないはずだったが、なにかを嗅ぎ回るかのようにVIPたちが宿泊するスイートが多い階に出没していた。
 それは恭介にとって奇妙な行動であった。まるで次の獲物を探しているかのようにも見える。
 また、この男が村瀬を殺害したとすれば「護衛が目を離した数分間のうちに殺害された」という証言にも疑いが生じる。男が他の護衛を遠くへ追いやってしまえば、いつでも自由に村瀬を殺害することができたわけだ。
 しかし、問題は殺害の動機だ。護衛についていた人間であれば、このような密室同然の船上ではなくとも、いつでも村瀬を殺害するチャンスはあったはずである。それに三森を殺す理由はどこにあるのだろうか。
 その時、恭介の無線にパティから連絡が入った。
「ガントレットです。葉さんの居場所を確認しました。まだ生きています」
「了解した。装備を揃えて、合流する」
「わかりました」
 一旦、男の監視を中断して恭介はパティとともに葉を救出することにした。男から目を離すことに対して、いささか危機感を覚えないでもなかったが、葉を見殺しにすることもできない。
 パティだけでも救出は可能と判断していたが、それでも単独で行えば不意の事態に対処しきれないことも充分に考えられた。なにしろ、相手は上海幇や四海幇などの犯罪組織であり、葉ですら捕らえられるほどの人間たちだ。
 恭介はパティと合流するため、フロアを後にした。

 装備を整えた恭介とパティは、船倉から最下層にある手術室へと向かっていた。薄暗い通路の所々には、足元を照らす照明が灯っている。
 パティの調査で、この時間は誰もいないことが確認されているが、万が一ということもある。細心の注意を払いながら2人は手術室へ足を踏み入れた。
 そこに広がる光景を見て、恭介は思わず顔をしかめた。
 それが合理的であると頭の片隅で理解しながらも、その非人道的な行いに対して嫌悪感が湧き上がってくる。
「これは、酷いな」
「いずれ、連中にはなんらかの制裁が加えられるでしょう。今は葉さんを救出することが先決です」
「わかっている」
 パティの言葉にうなずき、恭介はコンソールを操作した。
 葉が収められていたケースの溶液が排出され、開いた蓋からパティが全裸の葉を引きずり出し、その体に毛布を巻きつけた。
「その女を連れて行かれるのは困るな」
 その瞬間、声が響いた。
 懐のホルスターから拳銃を引き抜きながら恭介は反射的に振り返った。
 すると、いつの間に接近したのか、手術室の入口には呂成景と、サブマシンガンで武装した数人の男が立ちはだかっていた。
「どこのネズミかは知らんが、その女を助け出そうとしているところを見ると、竹連幇の手の者らしいな。しかし、これを見たからには生かして帰すわけにはいかんな」
 呂の合図で男たちがサブマシンガンを構えた。6個の銃口が恭介、パティ、葉の3人へ向けられる。
「なぜ、葉を連れて行かれると困るんだ?」
「ふん。冥土の土産に教えてやるとでも思っているのか? これから死ぬ人間に、教えてやる必要などないだろう?」
 饒舌に呂は話すが、手下たちに「撃て」とは命じない。葉に銃弾が当たることを嫌っているためだ、と恭介は理解した。
 呂は葉を人質にして、彼女の祖父である陳孫民と取引をしようと考えているのだろう。犯罪組織のボスではないが、日本の竹連幇に多大な影響力を持つ陳を上手く利用すれば、上海幇は一気に勢力を拡大することができる。在日華僑の大老と恐れられているため、台湾系、香港系、上海系、北京系を問わず、老人の意見を無視することはできない。
 次の瞬間、恭介の手が動いた。
 チンッ、という音を響かせて数個の物体が床の上を転がる。
 それがなんであるか呂らが気づくよりも早く、金属製の物体は派手な爆発音と閃光を撒き散らし、辺りを白煙が包み込んだ。
 閃光煙幕手榴弾である。
 不意の出来事に泡を食った手下たちが、サブマシンガンを乱射する。
「やめろ! 女に当たる!」
 呂の声が響くと同時に、パティが煙幕に紛れて動いた。
 瞬く間に呂へ接近すると、当て身を食らわせて気絶させる。同様に6人の手下たちへも拳と蹴りを見舞い、わずか数十秒のうちに全員を昏倒させてしまった。
 普段、盲目を装っている彼女にとって、この程度の芸当は朝飯前であった。
 この場で呂たちを殺害することは可能であったが、上海幇の幹部を殺害すれば、ただでは済まないと判断したため、気絶させるのみにとどめた。船内に設置された監視カメラには恭介やパティの姿が撮影されている。もし呂らを殺害した後にパティたちが行方をくらませば、今後、ほぼ一生を上海幇に追われることになる。
 煙幕が途切れると、そこにはパティだけが立っていた。
「行きましょう」
 パティの言葉に恭介はうなずき、葉を抱えて船倉から上がった。

 上海幇がクィーン・アメリア号で行っていた臓器密売を突き止めた以上、当初の目的は達成したといえた。呂成景らに顔を見られたため、長居は無用である。呂が意識を取り戻し、葉を奪い返しにくる前に船から脱出するのが得策であるといえる。
 しかし、船内には三森と村瀬を殺害した人間が残っている。台湾に船が到着するまで、まだ1週間以上ある。その間に新たな被害者が出ないとは限らない。決して正義感からではなく、恭介もパティも殺人者を無視しておくことはできないと考えていた。
 そこで1日だけと期限を設け、殺人犯を炙り出すことにした。
 2人が殺人犯として注目したのは村瀬の護衛をしていた男であるが、次の標的に関しては絞りきることができなかった。
 そこで恭介は過去にクィーン・アメリア号で臓器移植を受けた可能性があるVIPを見張り、パティは移植に携わってきたとおぼしき医者を見張ることにした。
 男が動きを見せたのは恭介のほうであった。
 スイートルームが並ぶフロアに姿を現し、周囲にたいして注意を向けるでもなく平然と廊下を進んで行く。
「真行寺だ。例の男がこちらへ現れた」
「わかりました。すぐに合流します」
 無線でやりとりを交わしている間にも、男は廊下を歩いて1つの部屋の前で立ち止まった。
 次の瞬間、男の体から白い影のようなものが抜け出るのを恭介は見た。その白い影はドアをすり抜け、部屋の中へと入って行った。
(なんだ? 霊体か?)
 廊下に残された男の体は、まるで魂を抜かれたかのように呆然としている。
 それから1分としないうちにパティが合流した。恭介が目撃したことを説明すると、パティは怪訝そうに眉をひそめた。
「とりあえず、踏み込んでみましょうか?」
「そうだな。中の人間が殺されていなければいいが」
 多少、乱暴だが2人は部屋に踏み込むことにした。
 まず恭介がドアへ駆け寄り、ドアノブへ靴底を叩き込んで電子錠を破壊する。その光景を目撃した警備員が、怒声を上げながら走ってくるが、それが到着するよりも前にドアを蹴り破った恭介は、拳銃を構えながら室内へ突入した。
 続けてパティが部屋へ踏み込む。そして、そこに広がっている光景に2人は思わず足を止めた。
 部屋の中央には、鈍い輝きを放つナイフを構えた白い影が、1人の男に今にも襲いかかろうとしているところであった。
 男は先日、船倉の手術室で移植を受けていた某大手企業の会長である。腰が抜けたのか床に座り込み、怯えた表情をして後ずさりしている。
「まて!」
 鋭く叫び、恭介はグロックを発砲した。消音器を装着した拳銃から、くぐもった銃声が響き、銃口から数発の弾が吐き出された。
 しかし、的確に標的を捉えた銃弾は、白い影を素通りして奥の壁に突き刺さった。
「やはり、霊体でしょうか?」
 忌々しげにパティが呟いた。
 その間にも白い影は会長へナイフを振り下ろそうとしている。
 直後――
 不意に空間が歪み、白い影が見えない刃で切り裂かれたかのように霧散した。
「ごめんなさいね。手柄を横取りしてしまって」
 その声に恭介たちが振り返ると、部屋の入口には少しやつれた表情の葉が立っていた。

 クィーン・アメリア号を脱出した3人は、ヘリコプターで海上を移動していた。
 脱出を想定し、恭介が会社に要請していたのだ。
 大勢の警備員が駆けつける前に船のデッキへ移動した3人は、船上でホバリングして待機していたヘリコプターに縄梯子で乗り込み、船から離れた。

「しかし、あの白い影はなんだったのでしょう?」
「恐らく、クィーン・アメリア号で殺された人間の怨念ではないかしら?」
 パティの疑問に葉が答えた。
「臓器移植で殺された人間、あるいは人間たちということか」
 葉の言葉を理解し、恭介がうなずいた。
 船倉の手術室で見たことを思えば、多くの人間が移植の犠牲となっていたことを想像することは容易であった。彼らは人間として扱われていなかった。必要な臓器をすべて摘出してしまえば、用済みというわけである。これまで何人の人間が「商品」として処分されてきたのか、わからない。
「あの護衛をしていた男は、船に漂っていた怨念に憑りつかれたということですね」
「そうなるのだろうな」
 非合法な世界にかかわりの深い恭介やパティであったが、今回の件に苦いものを感じていた。
 誰かを生き永らえさせるために、殺されてきた人間たちが、浮かばれる日は訪れるのだろうか。
 それは誰にもわからなかった。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 2512/真行寺恭介/男性/25歳/会社員
 4538/パティ・ガントレット/女性/28歳/魔人マフィアの頭目

 NPC/葉明/女性/25歳/犯罪組織のボス

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■         ライター通信          ■
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 九流翔です。ご依頼いただきありがとうございます。
 遅くなりまして申し訳ありません。今回はこのような結果となりました。
 リテイクなどございましたら、遠慮なく申し付けください。
 では、またの機会によろしくお願いいたします。