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■逢魔封印〜参の章・後編〜■

森山たすく
【3941】【四方神・結】【学生兼退魔師】
 あたし、堂本葉月は、津久乃ちゃん――御稜津久乃――が姿を消したとの知らせを受けて、亨ちゃん――瑪瑙亨――のいる、『瑪瑙庵』に慌てて駆けつけた。
 あたしが無意識のうちに書いていた文章が、とても不吉な感じのもので、凄い胸騒ぎがしたから、絶対に普通の家出なんかじゃないって確信があったの。他に、相談できそうなヒトも思いつかなかったし。
 でも、あたしの目の前に姿を見せた亨ちゃんは、いつもの亨ちゃんじゃなかった。常にニコニコ笑顔を浮かべていた顔には、『表情』と呼べるものは見当たらなくて、間延びした口調は、冷淡なものに変わっていて……まるで、別人みたいだった。
 そして亨ちゃんは、あたしに木箱を渡すと、そのまま途方に暮れているあたしを店から追い払った。家に帰ってその箱を開けると、中にはタロットカードみたいなものが数枚と、説明書きが入っていた。
 『封印師』――聞いたこともなかったけど、あたしが、それにならなきゃいけない、そうならなければ、津久乃ちゃんへとたどり着けないことは理解できた……と思う。本心を言うなら、半信半疑だった。だけど、やるしかないと思った。
 でも、あたしだけじゃ、到底無理。そこで、応援を呼んだ。そしてさらに、あたしを心配した亨ちゃんが、助っ人をよこしてくれた。あたしって結構単純だから、それで俄然、やる気になった。
 そして、亨ちゃんのチームと、あたしのチームは、謎の文章の意味を解き、別々に新宿歌舞伎町へと向かった。
 そうしたら、途中で化け物に遭遇しちゃって、戦いになり、でも、みんなのおかげで、何とか化け物の『封印』に成功した。
 それで、亨ちゃんたちとも無事合流できたんだけど、津久乃ちゃんはいなくて。

 突然響いた笑い声と共に、辺りが真っ暗になったの。
 『逢魔封印〜参の章・後編〜』


 闇。
 一面真っ暗で、何も見えない。
 結は、静かに周囲を見回した。
 すると、目の先に、ひとつ、またひとつと光が灯り始める。そして、現れたのは、扉だった。まるで、そこだけにスポットライトを浴びたかのように、暗闇の中でぼんやりと浮かんでいる。
 その数、六つ。
 彼女は、再び周囲を見回してみたが、扉以外は何も見えないし、人の気配もしない。
 とりあえずはこの扉をくぐれ、ということなのだろう。
 そう解釈した彼女は、手近な扉を開けると、中へと入った。


 気がつけば、周囲は一面草原だった。
 柔らかな風が、すーっと吹き抜ける。
 傍らには、紫桜と亨の姿があった。
「他の皆さんは、どうしたんでしょうか……?」
 結が言葉を漏らすと、亨はかぶりを振った。
「分からない。恐らく、別々の空間に飛ばされたのだろう」
「森羅と美沙姫さんは、大丈夫だと思いますけど、葉月さんがもしひとりだったら、心配ですね……」
 紫桜が口を開くと、亨は暫し考え込んでから言う。
「大丈夫だとは思う。……恐らく、狙いは、俺だから」
「何か、分かったんですか?」
「いや、分からない。何となく……だ」
「何となく……ですか」
 少しの間、風だけが鳴る。
「とにかく、動いてみませんか? ここにいても、どうしようもないと思いますし」
「そうだな」
「そうですね」
 結の提案に、二人とも、頷いた。


「さっきから、景色が全然変わりませんね……」
 紫桜が周囲を見回しながら、ぽつりと呟く。
「景色が変わらないどころか、私、どこを歩いているのかも分からないんですけど……」
 結も、辺りを見ながら言う。
 それも無理はない。どこからどこまでもが草原で、山の一つも、木の一本すらもないのだ。遠くに見えるのは、果てしない地平線。
「ところで……堂本さんと篠原さんが言ってましたけど、聞こえてきた声って、本当に御稜さんのものだったんでしょうか? 私、一回しかお会いしたことがないんで、判断できなかったんですけど……」
 歩みを進めながらも、結が問うと、亨は小さく頷く。
「ああ、間違いない。津久乃君の声だった」
「そうですか……御稜さん、何かに憑かれてしまったのでしょうか……? でも、会ってみないと何とも言えないし……」
「それに、何故、オンブル伯爵の『封印』が解けたのかも気になります。亨さん、何か心当たりはないんですか?」
 紫桜が尋ねると、亨はまた同じ言葉を繰り返す。
「分からない。引っかかるものはあるが、でも、それなら……」
 そう呟く彼は、どこか遠くを見ている。
 そして、周囲の景色は相変わらずだった。
(何だろう……? 何か変……)
 結は、何か胸に突っかかるような妙な感触を味わっていた。そして、ふと思い立ち、気がついたら、駆け出していた。
「結さん、どうし――あれ?」
 紫桜が結に声をかけ、後からついてきたのだが、気がつけば、結の方が彼らの遥か『後ろに』いた。
「あ! ちょっと解ったかもしれません! 二人とも、そこを動かないでくださいね!」
 結はそう叫ぶと、一歩だけ、前に進む。すると、次の瞬間には、紫桜たちと同じ場所にいた。
「やっぱり! さっきから、歩いているのに、妙に景色が速く後ろに行っている気がしてたんですよ。ただ、目印になるものがなかったから、自信が持てなかったんですけど」
「ああ! 何かそういうの、童話で読んだことがあるような気がします」
 紫桜も合点が行ったのか、笑みを見せる。ただひとり、亨だけが良く分かっていないようだった。
「……で? どうすればいいんだ?」
 そこで、結と紫桜の声が重なる。
「後ろ向きに歩くんですよ」

 後ろ向きに歩いた途端、海辺に出た。
 白い砂浜が、目に眩しい。
 すると。
『待ちくたびれたぞぇ』
『待ちくたびれた』
 二人の少女が、海の上に浮かんでいた。
 片方は蒼白い和服を身に纏い、もう片方は、同じく蒼白いワンピース姿だ。身体は、まるで水母のように半透明だった。
「……時化と凪か」
 亨が、苦々しげに呟く。
「この二人も、『封印』した者たちなんですか?」
 紫桜が聞くと、亨は頷く。
「いいか、二人とも。攻撃してくるのは、和服を着ている方――姉の時化だけだ。それは、君たちの能力では防げないと思う。だから、とにかく避けて、妹の凪だけを狙ってくれ。凪が『本体』だ」
「了解しました」
「分かりました」
 紫桜と結は頷くと、戦闘態勢に入る。
 その途端。
 空がどんよりと曇ったかと思うと、いきなり雨が降り出し、暴風が吹き荒れ始めた。
 海が荒れ、まるで槍のように形を変えると、襲い掛かってくる。
 三人は、それを素早く跳んでかわす。
 しかし、すぐに第二弾。
 こちらからは、時化の姿は見えても、凪の姿が全く見えない。恐らく、時化の後ろに隠れているのだろう。
「櫻さん! 瑪瑙さんのサポートに回ってもらえますか? 多分、遠距離攻撃が出来る私の方が、凪さんを狙いやすいはずです!」
「分かりました!」
 暴風雨のため、お互いの声が聞き取りづらく、自然と大声になる。
 結は、何とか足を踏ん張りながら、意識を集中させる。
 こういう場合は、視覚に頼っていても、あまり意味はない。
 その間にも、時化の放つ水の槍が、次々と襲い掛かってくる。その隙間に――
(見えた!)
「はあっ!」
 結は、『魂裂きの矢』を放つ。
 しかし、その矢は、時化の作った水の壁に阻まれてしまう。
 今度は、連続で放つが、それも防がれる。
(どうしたらいいの……?)
 あまりにも、分が悪い。このまま行けば、どちらに軍配が上がるかは明らかだ。
 彼女の中に、焦りが芽生え始めた時、紫桜の声が響いた。
「結さーん!」
 そちらを見ると、紫桜が手招きをしている。何か作戦があるのかもしれない。結は、急いでそちらへと向かった。
「櫻さん、何かいい手でもあるんですか?」
 結が問うと、紫桜は少し躊躇いを見せた後、頷いた。
「奥の手を出します」
 そう言うと、紫桜は手のひらを上に向ける。すると、そこから、光り輝く刀が、まるでゆっくりと鞘から抜けるかのように、現れる。彼はそれを握ると、結に差し出してきた。
「これなら何でも斬れます。時化のガードを突破してください。俺は、それに乗じて、凪を叩きます」
「はい……でも、私、刀なんて使ったことないですし、櫻さんが使った方がいいんじゃ……?」
 すると、紫桜は苦笑する。
「残念ながら、俺が使うと、何も斬れないように出来てるんです。なので、お願いします。……ただ、危険なので、すぐに決着をつけましょう」
「はい。分かりました」
 結は、頷くと、刀を受け取る。
 すると、身体に衝撃が走った。
(凄い力……!)
 ありとあらゆる場所から、『気』が刀に向かって集結してくる。自分の身体からも、吸い取られているのが分かった。確かに、これは長引くと危険だ。
「行きます! ――はぁぁぁっっっっ!」
 結は、気合とともに、時化に向かって走り出す。すぐ後ろを、紫桜がついて来ている。
 時化が、危険を感じたのか、分厚い水の壁を作るが、そのようなものは目ではないと感じた。
「たぁぁぁぁぁっっっっ!」
 結は、思い切り刀を振り下ろす。
 水の壁は、まるで紙切れのように容易く斬れ、時化自身をも分離させる。
 その先に、凪がいた。
 紫桜が、地面を強く蹴り、結を跳び越えて、凪へと向かう。
「はぁっ!」
 気を込めた拳は、凪の鳩尾に決まった。彼女は、そのまま後ろへと吹き飛ぶ。
 紫桜と結が振り返ると、亨は頷き、懐からカードを取り出した。
 そして、時化と凪は『封印』される。
 辺りには静寂が戻り、景色が変わった。


 そこは、ホテルのラウンジのような場所だった。
 赤い絨毯が敷き詰められ、天井には煌びやかなシャンデリアが下がっている。
「あ、しーたん! 皆も無事だったんだ。良かった〜」
 森羅の声をきっかけに、一同に安堵の言葉が漏れる。一緒に来たメンバーは、全て揃っていた。
「でも、これで終わり……という訳には参りませんよね……」
 美沙姫の言葉に、皆は頷く。まだ、肝心の津久乃が見つかっていない。
「あ! そうだ亨さん。俺、亨さんとも葉月さんとも一緒じゃなかったから、鬼、倒しちゃった……なんか、マズかったかな?」
 森羅が問うと、亨は小さく首を振り、穏やかに答えた。
「いや、何の問題もない」
「そっか、良かった……」
「問題ならあるわよ」
 森羅がホッとした瞬間、唐突に声が聞こえた。皆が、一斉にそちらを向く。
「津久乃ちゃん!」
 葉月が、その声の主を見て、言葉を発した。目の前には、いつの間にか御稜津久乃が立っていた。しかし彼女は、自分の置かれた状況を気にもしていないかのように、艶然と微笑んでいる。
「津久乃ちゃ……あれ?」
 葉月が、何か語りかけようとした途中で、急に額に手を当てて、軽くよろめいた。
「葉月様? どうなさいました?」
「いや……ごめん。何か眩暈が……」
 美沙姫が気遣いの声をかけると、葉月は、そのまま床に座り込む。
「きっとお疲れになったのでしょう。後は、わたくしたちにお任せください。何かあっても、葉月様はわたくしが守りますからご安心を」
「うん……ありがとう」
 礼を言う葉月に、美沙姫は『聖風壁』を纏わせた。
 それを横目で見ながら、森羅が再び口を開く。
「あの……問題があるって……?」
 その問いに、津久乃は微笑んだまま、静かに答える。
「『封印師』は、『封印』の代償に、文字通り、命をかける。あなたが戦った鬼は、亨が以前に『封印』したもの。『封印』から解放された対象が滅した場合、命が削り取られる……簡単に言えば、寿命が縮むのよ」
「え……?」
「戯言だ。気にするな」
 森羅が思わず声を漏らすと、亨が静かに言い放つ。しかし、津久乃は笑いながら言葉を続けた。
「戯言なんかじゃないわ。これは真実よ。……でも残念ね。本当は、皆をバラバラにして、もっと亨の命を削ってあげたかったのに……もっとも、全員がバラバラになれば、戦闘能力を持たない亨は、確実に死んでたでしょうけど。そんなにあっさり死なれても面白くないから、逆に良かったのかもしれないわね」
「ご、ごめん……俺、そんな大変なことだとは思わなくて……」
「だから、気にするなと言っている。大体、鬼を倒さなければ、君が死んでいた。俺の場合は、生きられる時間が少し縮むだけだ。それに、『封印師』になった時点で、そのリスクは覚悟の上だ」
「でも……」
「頼むから気にしないでくれ」
「うん……解った」
 いつもは陽気な森羅だが、流石に、自分のせいで人の命を縮めたなどと言われれば、気にせずにはいられないようだった。だが、これ以上気にしていても仕方がないのも事実ではあるので、目の前のことに、頭を切り替えようとしているように見える。
「……オンブル伯爵や、あの姉妹を解き放ったのも、あなたなのですね?」
 紫桜が口を開くと、津久乃はまた楽しそうな笑顔を見せた。
「そうよ。……亨、何故聞かないの? 私が誰なのか、もう解っているでしょう? 『封印』を解けるのは、『封印』を施した『封印師』だけ。けれど、私はあなたの『封印』のシステムを『知っている』。……当たり前よね。二人で一生懸命考えたんだから」
 そこで、皆の視線が亨へと集まった。しかし彼は、目の前の状況を認めたくないかのように、俯き、顔を背けている。そして、喉の奥から搾り出すように声を発した。
「椿……なの……か?」
「そうよ。覚えていてくれて光栄だわ」
 それを聞いた途端、弾かれるように亨は顔を上げた。
「忘れるはずないじゃないか! 俺は、この十年の間、ずっと君を探し続けてきたんだ! もしかして、君は……」
 そこで、一旦言葉を切り、亨は、その先を続けたくないかのように、苦しげに言葉を紡ぐ。
「……死んだ……のか?」
 それを聞き、津久乃――椿は、冷たく言い放った。
「何を言ってるの? 私を殺したのは、あなたじゃない」
「俺が……殺した……?」
 愕然とする亨には構わず、椿は続ける。
「私は、息絶えた後、あちこちを彷徨った。悲しみと憎しみで、浮かばれることなんて出来はしなかった。そして七年前、ある人の協力を得て、この子の中に自分を『封印』した。この子の『能力』は力を蓄えるためには最適だったから。そして、何の因果か、この子は亨――あなたに近づいた。復讐するには、まさにうってつけだったわ」
 違う。
 何かが違う。
 結の脳裏を、笑顔の亨と、無表情な亨の姿がよぎる。
 それと同時に、殺人事件が起きた時の、TVのインタビューが思い出される。
 どんな人間だって、殺人を犯す可能性はあるのかもしれない。「あんなに良い人が」、「真面目そうな人が」、「おとなしい人が」……。
 しかし、それとは違う、何か悪意に満ちたものを、結は感じた。
「――待ってください!」
 そして、気がついたら、声を上げていた。
「あの……私、違うと思うんです。瑪瑙さんは、大切な人を殺めるような人じゃありません。きっと……きっと何か事情とか、行き違いとかがあって……その……だから……」
「あなたに何が解るの?」
 一生懸命思いを伝えようとした結に注がれたのは、ぞっとするほどの冷たい視線だった。
 そして。
「――結様!」
 美沙姫の声と共に、結の目の前を風が薙ぐ。それと同時に、血飛沫と獣のような咆哮が上がった。
 視線の先には、黒い狼のような生き物。それが、牙を剥き出しにして唸っている。
「あ、ありがとうございま……」
 結が礼の言葉を言い終わるよりも早く、尾が何本にも分かれ、こちらへと襲い掛かってくる。美沙姫は手にしていた精杖でそれを払い、森羅は殴りつけてかわす。紫桜は、自分に向かってきたものと、結を目掛けて放たれたものを、手刀で裂いた。また獣が、悲鳴を上げる。
「結さん、今はこの状況を何とかしないと。悩むのは後です」
 紫桜にそう言われ、結は力強く頷いた。
(そうだ……しっかりしなきゃ)
「はい。――あ、瑪瑙さん! ――はぁっ!」
 ぼんやりと立っている亨が、獣の尾に捉えられそうなのを目にし、結は『魂裂きの矢』を放って、それを阻止する。
「亨さん! コイツ、『封印』すんの? それとも、倒しちゃっていいの?」
「……え?」
 森羅が呼びかけると、亨が虚ろな表情で振り向く。森羅は再び向かってきた凶器の尾を殴りつけながら、言葉を続けた。
「椿さんって人は、亨さんにとって大きな存在かもしれねーし、俺たちには到底わかんないことかもしれない。でも、俺たちだって、亨さんと関わった以上、見殺しになんて出来ないんだよ! しっかりしてよ!」
 すると、亨は、力なく微笑んだ。
「……ああ、すまない……そうだな。こいつは俺が『封印』した者だ。この異世界を創り出しているのもそうだと思う。――よって、再び『封印』する」
「りょーかい!」
 森羅が頷きと共に踏み出すと、紫桜もそれに続く。背後から、美沙姫と結の援護射撃も飛ぶ。
 美沙姫の『風牙斬』と、結の『魂裂きの矢』で切り裂かれた獣に、森羅と紫桜の拳が入る。
「よし! 下がってくれ! ――我が言葉は鎖なり! 彼の者を捕らえる檻と化す! ――逢魔封印!」
 亨のカードから、眩い光が発せられ、触手のように獣を絡め取ったかと思うと、中へと引きずり込む。
 そして、世界が崩れた。


 周囲を、コンクリートの壁が覆いつくしている。
 そこは、皆が合流した、新宿の路地裏だった。
 日は既に、高く昇っている。
「今回のところは負けね。……いいわね。あなたには素敵な仲間がいて」
 椿はそう言うと、寂しげに微笑み、立ち去ろうとする。
「お待ちください!」
 そこに、美沙姫が声をかけた。
「津久乃様を、お返しください。それは、貴方様の肉体ではありません。津久乃様のものです」
「それは無理な相談ね」
 椿は、すうと目を細めると、淡々と言う。
「私の新たな『封印』のシステムを、亨は知らない。だから、この『封印』は、私にしか解けない。そして、私はこの身体を返すつもりはない。……この子を取り戻したいなら、この身体を殺すか、もしくは……」
「……が言葉は刃なり……」
 椿の言葉を遮るように、唐突に葉月が何かを呟きながら立ち上がる。その目はしっかりと椿に向けられてはいたが、焦点は定まっていなかった。
「……我が言葉は刃なり……彼の絆を断ち切る力と化す……我が言葉は刃なり……」
「くっ……ああっ……!」
 椿は急に苦しみ、悶え始める。そして、その目は驚愕と恐怖に満ちていた。
「まさか……『結壊師』……!?」
「――やめてくれ!」
 椿が掠れた声を振り絞った時、亨が葉月にしがみつき、悲痛な叫びを上げた。
「椿を……椿を壊さないでくれ!」
 涙を流して懇願する亨に、葉月は虚ろな目を向けると、再び、気を失った。
『……とんだ誤算だったわ。「結壊師」の末裔が、まだこの世に存在していたなんて……でも、これだけは覚えておきなさい。亨――私はあなたを赦さない』
 そう声がしたかと思うと、椿は、ゆっくりと倒れた。皆、慌てて彼女の元に駆け寄る。すると――
「う〜ん……」
 彼女は大きく伸びをしたかと思うと、不思議そうに目を瞬かせた。
「あれ? 皆さん、何やってるんですか? それで……ここ、どこでしょう?」
 あまりにも場違いな津久乃の言葉に、皆、思わず吹き出していた。


「さぁ、どうぞ。皆様、お疲れ様でした」
 美沙姫を筆頭に、数名のメイドが、大きなテーブルに、紅茶や菓子、軽食などを並べていく。
「うわぁ、美味そう! いっただっきまーす!」
「頂きます。……おい森羅。そんなにガツガツ食うなよ。恥ずかしいだろ」
「ふぁっへ……」
「飲み込んでから喋れ」
「……だって、昨日から何も食ってねーんだもん。仕方ないじゃん。それにさ、しーたんだって、別に金持ちの坊ちゃんって訳でもねーし、そんな澄ましたところでさ、こないだも……」
「ああ、分かったよ。俺が悪かった」
 一同は、美沙姫の計らいで、事件解決後、彼女の勤める屋敷に招かれていた。ただ、亨はいつの間にか姿を消していたし、葉月も、誘いを断って自宅へと帰った。
 結の頭の中を、呆然とたたずむ亨や、泣き崩れる亨の姿が通り過ぎていく。
 大の男が、あんなに子供のように泣く姿を、彼女は今まで見たことがなかった。
 それだけ大事だったのだ。亨にとって、椿という女性は。
 そして、ようやく捜し当てた大切な人に、あんなことを言われたら――そう思うと、胸がとても痛んだ。
「あの……私、やっぱり……」
「やめときなよ」
 そう言いながら立ち上がりかけた結に、森羅が声をかけてくる。
「心配なのは解るけどさ、男には、ひとりで考えたい時があるんだって」
「あら。女性にもありますよ。ひとりで考えたい時が。……でも、結様、森羅様の仰るように、今は、おひとりにして差し上げた方が良いと思います」
 美沙姫にもそう言われ、結は、一瞬躊躇った後、頷いて、再び椅子に腰を下ろした。
 一時の感情で、自分が踏み込めることではないのかもしれない。自分だって、踏み込まれたくない部分はある。
 それに、亨なら、きっと乗り越えられる。
 そう、思った。
「そう……ですよね……。じゃあ、私もいただきます。……わぁ、この紅茶、凄くいい香りですね」
「ところで……何があったんですか? 堂本さんも、何か元気なかったみたいですし……」
 それまで、よほど腹が減っていたのか、黙ってサンドウィッチを食べていた津久乃が、問いかけてくる。
「あーと……そうそう。皆で鬼ごっこしてたんだ。葉月さん、中々俺たちを捕まえられないから、落ち込んじゃってさー」
 なんと答えて良いものか、一同が迷っている中、森羅は、いつものように軽口を叩いてしまう。
「おい、いくらなんでも――」
「そうだったんですかぁ! いいなぁ。私も参加したかったなぁ……鬼ごっこって楽しいですよね! 私も小学生の頃、中々友達が捕まえられなくて困ってたら、赤鬼さんと青鬼さんが来てくれて、鬼を代わってくれたことがあるんですよ」
「それは楽しそうですね」
 津久乃は何故か納得し、美沙姫はそれに相槌を打つ。
 紫桜は言いかけた言葉の残りを持って行く所がなくなり、仕方なく、紅茶を啜った。
「どんな経験談だよ」
 森羅が小声で突っ込むと、両脇にいる紫桜と結に無言で突付かれる。

 ――こうして、長かった一日は、穏やかに過ぎていく。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【5453/櫻・紫桜(さくら・しおう)/男性/15歳/高校生】
【6608/弓削・森羅(ゆげ・しんら)/男性/16歳/高校生】
【3941/四方神・結(しもがみ・ゆい)/女性/17歳/学生兼退魔師】
【4607/篠原・美沙姫(ささはら・みさき)/女性/22歳/メイド長/『使い人』 】

※発注順

■NPC
【瑪瑙亨(めのう・とおる)/男性/28歳/封印師】
【堂本・葉月(どうもと・はづき)/女性/25歳/フリーライター】
【御稜・津久乃(おんりょう・つくの)/女性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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■四方神・結さま

こんにちは。鴇家楽士です。後編もご参加いただき、ありがとうございます!
お楽しみ頂けたでしょうか?

まず、今回の正解ルートを発表致します。
312、132、213、231の4つでした。
前半の2つは、亨とチームを組むことになり、後半の2つは、葉月とのチームでした。

今回は、オープニングが曖昧な記述だったため、プレイングがかけづらかったかと思います。にもかかわらず、素敵なプレイングをありがとうございました。結さんの、温かいお心が、少しでも表現できていれば嬉しく思います。

そして今回も、個別視点が作成されています。なので、ご一緒にご参加いただいた方々のノベルを併せてお読みいただけると、話の全体像が見えてくるのではないかと思います(櫻・紫桜さまとは同じルートなので、ほぼ同じなのですが、微妙に違っていたりします)。

それでは、読んでくださってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。