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■諧謔の中の一日■

緋翊
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

 ―――軽く、眩暈を感じた後に。

 あなたが立っていたのは、見慣れぬ風景の中だった。

 和洋折衷、あらゆる風景が同居しているような秘境。

 そこは竹林と、或いは森林に囲まれた場所。

 そこは岩山と、或いは清い水の流れに恵まれた場所。

 おそらく「あなたが思い浮かべた景色」の大抵は、此処を探せば見つかるだろう。

「………」

 そして。
 何処に迷い込んだのかも分からずに進んで行けば、あなたは「その建物」を見つけるはずだ。
 それは古ぼけた、風情ある和風の旅館。
 竹林と、森林と、岩山と、滝等々…(或いはそう、もしかしたら高層ビルなども在るかも知れない!)
 そんなものに囲まれた、節操無き情景の中に佇むその建造物を。

「あら?お客様かしら」

 ―――その旅館らしきものがある方角から、声が聞こえる。
 美しい外見だろうと知れるような、美しい女性の声。

「ん?そりゃ、中々に珍しいな」
「そうだねぇ。もしかしたら、友達になれるかもしれないよ、巴?」
そして、二人の男らしき声が。

 ………さあ。
 行こうか、退こうか。







 あなたは、どうするのだろうか?

諧謔の中の一日





【1】



 ―――――好奇心を満たす為の対象を欲するならば、この空間に来るが良い。
     
              此処には、其れしか無いのだから。









「ふぅ……相も変わらず、出鱈目な処ね、此処は」
 
 ―――忙しなく鳴く蝉の声が、自分の声を掻き消そうと必死で響いているのを感じる。

 同時に風の音で笹が擦れ合い、ざぁっと柔らかく啼いて見せた。

「……暑いわね。こちらは、まだ残暑にもなっていないのかしら」
 そんな、現状の自分の周囲を観察しながら彼女、シュライン・エマは短く呟いた。
 さもありなん――――今、彼女が居る場所は、諧謔に満ちた異空間の一。
 柔軟な姿勢は重要だし、自分にとってそれは欠けている要素では有り得ない。
(私も大概、かも知れないわね。武彦さんに笑われるかしら?)
 くすりと、自分の思考の帰結に苦笑する。
 けれど、考えるうちにも自分の歩みは止めてはいない………



 ああ、そろそろ、この竹林のカーテンが晴れる頃だ。




「ああ、見つけた。記憶と―――イメェジする感触は正しかったみたいね」
 今や晴天が空に認められる自分の視界に移るのは、雅を感じさせる和風の館である。
 そして、その場所こそ――――
「さて……二人とも、暇を持て余していれば良いのだけれど」

 その場所こそ、シュラインの最初の目的地であったのだ。






【2】

「あら、貴女は……エマさん?これはこれは、お久し振りですわ……」
「どうもこんにちは、唯さん。お元気そうでなによりだわ」

 その、館。
 幻想宿『諧謔』に入ったエマは、果たしてその旅館の女将である唯に出会うことが出来た。
 彼女にも、既に一度会ったことがある……善い女性だ、とシュラインは認識していた。
「あ、そうそう。これを…」
「まあ、これは…………ささ、どうぞ、まずはお上がりになって下さい。今日は…」
「ええ、それはね……」
 丁寧に応対され、二人で微笑を浮かべつつ靴を脱いで館に入る。
 それは――打ち解けた雰囲気で、小さく二言三言を交わしつつ、滑らかに。

 ―――そうして、唐突に。


「む。俺レーダーに反応があったから来てみれば、エマだったか。よく来たな!」
「あれ、エマ君じゃないか。この前は世話になったね」

 
 しかし或いは、「その二人」にとっては最も自然なタイミングで、声がした。
「…唯さんに呼んで頂く手間が省けたわ。巴さんにセレナさん、こんにちは」
 シュラインは少しも動じずに、微笑すら浮かべてその二人を見る。
 ―――退魔師、汐・巴と、魔術師セレナ・ラウクードであった。
「あらあら、それではエマさんはこのお二人に?」
「ええ、実はね……」
 不思議そうに、それでも上品に首を傾げる唯に、シュラインが首肯する。
 そして、にっこりとセレナ・巴の両名を見て微笑んだ。


「このお二人を、少しばかり貸して頂けるかしら、唯さん?」


 ―――つまるところ、それが彼女の来訪目的であった。





【3】


「それで―――武彦の前に挑戦した城に行きたいってか?酔狂なことだな…」

 がさりがさりと、揺れる草を踏み分けながら。
 シュラインの「来訪目的」の一つであった巴が、苦笑交じりに呟いた。
 既に此処は、彼や―――彼の背後、シュラインの隣を歩くセレナの住居ではない。
「そう言わないで、巴さん。件のお城は相当に広いらしいじゃない?好奇心は湧くわよ」
「ま、僕も巴も暇だったからね。ガイド役を任されても問題ないけどさ」
 シュラインの台詞に、セレナが肩を竦めた。
 成程――――よくよく見てみれば、今日の彼女の服装は、そういった作業を主眼においたそれである。
「なんだ、武彦が取り損ねた宝石や装飾品が目当てか?」
「いいえ、それはいつか武彦さんが見つけてくれるわよ」
「おー、素敵な女性の体現だね、エマ君」
「ありがとう。だから、今回は探索・マッピングが目的よ……ああ、あれね?」
 二人の、どこか子供の属性が抜けきれないガイドと話しつつ、彼女は進む。
 やがて、開けた視界に巨大で古めかしい城が見えてきた。
「この空間に詳しい二人が居れば安心だわ。いざという時は、盾……」


 ――――おっと、言葉を柔らかく包み込むオブラートは何処へ置いてきてしまったのか?


「……こほん。とにかく、ついてきてくれると助かるわ」
「……なぁ、俺、今から帰っちゃ駄目か?」
 ………何は、ともあれ。
 一級の護衛の二人を頼みに、シュラインはその城へ足を踏み入れる。




「そうそう、罠の直前で、うっかり背中なんかを押してしまったら…………ごめんなさいね、お二人とも?先に謝っておくわ」
「……依頼の時のクールなエマ君は、何処へ行ったんだろうね?」







【4】



「巴さん、十一時の方向に二匹。セレナさん、三時の方向に四匹よ」
「承知!」
「オーケイだ、エマ君―――“Axt der Zerstörung”!!」
 暗い暗い城の中で、流麗な呪文が響き渡る。
 次いで聞こえた爆音と、それに伴われた爆発が―――シュライン達を狙うアンデットを塵に変えた。
「……巴さん、更に背後!」
「っ……おおぉおぉおおおお!!」
 耳を澄まし、暗闇の不利をその聴覚のみで覆すのはシュライン・エマ。
 その手足となり、敵を駆逐するのは巴とセレナである。
「これで最後だな、エマ?」
 ざん、と剣が敵の死体を両断する音が、最後に響いて再び静寂が戻る――――
「ったく……だから、絶対に待ち伏せがあると言っただろう」
 鞘に己の得物を戻しながら、巴が半眼で呟いた。
 そう、今三人が居る「部屋」は存外に狭い。
 加えて、一見袋小路に見える通路の奥にある隠し部屋だった……怪しい匂いが、存分にするというものである。
「でも、私達の目的は安穏とした散策では無いでしょう?」
 辺りに錯乱する化物にも、巴の皮肉にも。シュラインはさほどの痛痒を見せない。
 淡々と、部屋の燭台、暖炉等を丁寧に調べていく―――

「あら。この甲冑の位置……ずらせるわね?」

「おおおおおお、頭上から何故かタライが!?」

「エマ君エマ君、君に言われたとおり絵の額縁を見てみたんだけど。変な感じに動くよ、コレ」

「唐突に床が抜けて落とし穴がああああああああ!?」

 ……その、シュラインとセレナの背後で哀れな悲鳴が上がっていたのは気のせいか。
 振り向けば、神速のステップで落とし穴の脅威を回避した巴がいる。
「あら」
「え、エマ!もう少し気をつけて―――」
「巴さん、落ちないの?」
「誰が好き好んで落ちるか!?」
 疲れたのだろう―――文字通り、心身ともに―――巴が、肩で息をして怒鳴ってくる。
 シュラインは、しかし。
 しゃがんで落とし穴の塩梅を、丹念に調べて。
「セレナさん、防御用のルーンを巴さんに。それなら多分死なないわ」
「承知した」
「…………帰りたい」
 そんなことを、言ったりした。
「巴さん、お願い!」
「ということだ、巴。えい」
「貴様等ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 


 結局。
 巴だけがボロボロになっていく探索は、そんな感じで続いていくのであった。







【5】

 そして、物語はついに佳境へ差し掛かる。


「っ……理性を穿つ余地を此処に、祖は二律背反を暴く!」
「―――“Axt der Zerstörung”」
 
 今日、これで何度目になるのか。
 派手な魔術による破壊音が、空間を満たしていた。
 部屋の装飾、あまつさえ罠に至るまで地図に収めんとするシュラインのマッピングも、既に後半戦だ。
「くっ………『ウィザードリィ』を連想させるな、これは!」
「僕ら、三人の上に一度も宿屋へ帰ってないけどね―――――エマ君、どうだい!?」
 周りを埋め尽くすのは、ミノタウロスの集団。
 その防御は堅牢であり、疲労するセレナと巴は顔をしかめざるを得ない。
「もう少し……増援の気配は無いわ、頑張って!」
 

 巴とセレナが、このような危険を引き受けたのには理由がある。
 ―――即ち、シュライン・エマ。その場数が鍛え上げた、一流の冷静な諸能力。
 その姿勢こそが、ある意味で戦闘能力を凌駕するファクタである。


 広い広いホールの中で、巴とセレナは術を行使し続ける。
「エマ、頃合だ!一度退くか、」
「あら。この辺りの壁だけ、叩いた時の感触と音が違うわね」
「エマぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 律儀に、巴がびしりとシュラインの方向へツッコミを入れる。
 直線状に居たミノタウロスが、身体能力強化を施された巴のツッコミで吹き飛んだ。
「エマ君、それは――」
「ええ……っと、多分、これで……!!」
 必要最小限の動きで攻撃を回避し続けるセレナが、巴に代わり真意を問う。
(最早、冗談で済む向きではないが……)
 少なくとも、これまで依頼を共にしてきた限りにおいて、シュラインにそこまでの愚は存在しない。
 ならば――――
「巴さん、セレナさん!こっちへ!」
 叫びながら、シュラインが調べていた壁の一片を思い切り押し込んだ!
 同時、彼女の前の壁がスライドして、新たな空間が顔を見せる……
「さ、早く!」
「「!!」」
 彼女の意図を察し、二人が駆ける。敵は―――追い付けない。
「エマ!」
「ええ、閉めるわ……!」
 しかしそれでも、タイミングとしては際どいものであったが。
 緊急時の冷静こそ、彼女の真価である。一瞬の狂いも無く、部屋に入り、再び閉じた!
「ふぅ…」
 安堵の息は、誰のものであったか。
「助かった、エマ……探索のほうも、大体は?」
「そうね。一度の探索で調べられる量としては、こんなものでしょう……その辺りは、心得ているわ」
 大分書き込まれた、白紙だったものを見ながら、巴の呟きにシュラインが答えた。
 城の大まかな構造は既に理解している―――鬼の居る先程の部屋に戻らずとも、傍らの壁を破壊すれば外が見える筈だ。此処は一階ではないが、その程度のことは巴とセレナが解決してくれる。
「重力制御……いや、単純に衝撃軽減の方が無難だな」
 彼女の思考をトレースして、巴が一人頷く。シュラインも、彼に頷きを返した。
「で……エマ君、奥でこんなものを見つけたんだけどさ。お土産になるかな?」
 探索の方針を決めた矢先、ふらふらと戻ってきたのはセレナだった。
 その手には、古ぼけた本が握られている。
「あら、希少本?知らない言語の本だと嬉しいんだけれど」
「うーん、そだね。君の欲するものに、非常に近いと思う……僕も、前に同じようなものを入手した」
 だからこれはあげるね、と。気軽にセレナが本をシュラインに渡した。
「何の言語なんだ?」
「英語」
「お前の母国語か。しかし、それじゃエマは満足しないだろう?」
「……いいえ」
 セレナの言葉に首を振り、本の価値をやや否定気味に見る巴。
 しかし、それを否定したのはシュライン本人だった。
「確かに、こういう本は好きよ……読み物としては、合格点ね。読んで御覧なさい、巴さん」
「うん?………ああ、成程!」
 手渡されて中身を覗き込んだ巴が、眼を開いて理解する。
「そうか、これは―――」
「巴。君……やエマ君は多分読めるだろうけど、一般の日本人は昔の古文なんて読めないだろう?」
 セレナが、くすりと笑った。
 シュラインが微笑しながら、後を引き継ぐ。



「少なくとも、別物ね。だから価値は認められるわ………この本の英語、古英語よ」







【6】
 


 均一の言語ではなく、それこそ中国語に負けないくらいに方言の差異があった。


 完了系も、あるとか無いとか。



「……と、薀蓄は置いておいて。とにかく、エマ君にはそれなりの収穫だったわけだ」
「ええ。こういう本って、眼を通したことはあっても所有するのはそれなりに、ね……」
「確かにな。古本屋にでも売るか?」


 所変わって、幻想宿『諧謔』である。
 三人は既に探索を終え、唯に迎えられて疲れを癒していた。
「うむ、甘い。素晴らしいな」
「うん、辛い。素敵だね」
「お心遣いに感謝しますわ、エマさん。どうぞ寛いで行って下さいましね?」
「ええ……」
 涼しい風が吹く、縁側に居た。
 予め皆の嗜好に合わせた菓子を持参し、唯に預けておいたのだが……これは正解であったようだ。
「しかし、プライヴェートだと、意外と無茶なんだな。エマは」
「うーん、ちょっと意外だったかもね」
「あら、そうかしら?」
 ぱたぱたと団扇を仰ぎながら、遠い眼をする巴。
 もう少しだけ、回復魔術というものが便利でなかったら、彼はおそらく泣いていたかも知れないが。
「とにかく、今日は助かったわ、お二人さん」
「本当に宝石やアイテムには見向きもしないんだからねぇ……さて、武彦はどうするやら」
「ふむ。やっぱり自分で取って来た方が良かったんじゃねぇか?」
「あらあら、そんなことは無いのですよ、巴さん、セレナさん」
 疑問符と共に発言する男二人を、やんわりと唯が抑えた。
 次いで、シュラインへと柔らかく微笑みかける。
「ええ、まあ、そういうことね」
 笑いながら、シュラインも頷く。セレナと巴がしきりに首を傾げているのも、可笑しかった。
 とにかく――――


「とにかく、今日は良い一日だったわ。本当に……」

 夜に混じる虫の雅な鳴き声を聞きながら、す、と目を閉じて。

 シュライン・エマは、今日という一日の有意義を感じてもう一度だけ微笑んだのであった。
 ………悪くない終結が、此処に訪れる。

                                         <END>







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳  / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】



・登場NPC
汐・巴
セレナ・ラウクード
上之宮・唯


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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、こんにちは。
 ライターの緋翊です。この度は「諧謔の中の一日」へのご参加、ありがとうございました!

 今回は、前回巴とセレナがうっかり洩らした話に出てきた城の探索ということで、「ああ、あの話か!」と妙に納得し、関心を覚えつつ執筆させていただきました。
 毎回毎回、文字数を越えてしまっていてコンパクトでないのは私の力不足故なのですが……城の中での冒険ということを考えた場合、具体的な探索の描写も出来る限り入れたいなぁ、と考えつつ執筆していてこの形となりました………ご了承頂ければ幸いです。
 また同時に、楽しんで読んで頂けることを切に願っている次第であります。

 今回、仕事ではないということで結構無茶をするエマさんのプレイングには、被害に遭う巴とセレナを想像して思わず笑ってしまいました。実際、巴が酷い目に遭ってしまっているのですが………書き手としても、とても面白かったです(笑)
 
 加えて、前回の依頼の窓が開いているというご忠告ですが……申し訳ありませんでした、私の不手際です。後日出した「天狗の悩み」との兼ね合いでうっかりと………いやはや、お恥ずかしい限りで御座います。ご忠告どうも有り難う御座いました。


 エマさんには、前述した「天狗の悩み」にもご参加頂けておりますね。
 有り難いことです。完成まで、もう少しばかりお待ち下さいませ。



 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。


                              緋翊