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■CallingV 【鳳仙花】■

ともやいずみ
【6073】【観凪・皇】【一般人(もどき)】
 鈴の音が鳴る。
 今宵も、また。
 現れる退魔士。
 彼らの目的とは、果たして――?
CallingV 【鳳仙花】



「あの、大丈夫ですか?」
 それがこの夜の始まりだった。



 少しだけ、肌寒い日だった。夏の暑さもまだ残っているというのに、今日はなぜか寒く感じる。
 ひと気のない裏通りでの出来事だった。よく考えればおかしいのだ。……この時間帯に、この道を全く誰も使わないなんてこと、ないはずなのだ。
 観凪皇は夕暮れの中、左手を右手でおさえている。そこから血が滴り落ちていた。
 痛い。
 皇の目の前には、猫背の男がいる。見た感じはサラリーマンだ。中年は獣のような様相で、口を大きく開けて涎を垂れ流していた。
(油断、した)
 完全に。
 だってうずくまってるサラリーマンなんて居たら、声をかけるのが普通ではないか。
 声をかけたまでは良かったのだが、振り向いた男は突然皇の手に噛み付いたのだ。
 そして…………驚いて皇は距離をとっている、というのが現状である。
 ここには皇と男しかいない。まるで異空間のように、誰も現れる様子がない。外界から切り離されたようだった。
(いったぁ……なんで噛み付いてくるんだよぅ)
 内心泣きそうだった。噛み付かれ方がひどかった。見たくないが、左手のほうへ視線を遣ると小指と薬指が真っ赤に染まっている。食い千切ろうとしていたので、指がくっついていることが奇跡かもしれない。
(なんでぇ……? コンビニ向かってただけなのに……ひょっとしてコンビニって俺の鬼門なの……? 夕方に妖魔に遭うなんて……)
 そんなあ。
 とほほな気分である。
 皇は左手をなるべくおさえる。痛くて痛くてしょうがないのだ。
 しかし不思議だ。なぜこの男は襲ってこない? まるで様子をうかがっているようだ。いや、何か待っている?
 つぅ、と皇の額から汗が流れた。
(…………痛っ。まずい……や。左手が結構麻痺してきちゃった……)
 そこまで思ってハッとする。そうか。こいつは待っているのだ!
(参ったなぁ、麻痺系の毒もってるのか……)
 これは困ったことになった。
 左腕の感覚が徐々になくなっている。痛みだけは頭に訴えてくるのに、腕が一切命令をきかない。
 距離をさらにとるべきだ。どれほど後退すれば安全か。いや、安全な距離をとらせてくれるとは思えない。
 まるで猛獣に狩られる小動物の気分だ。
(わぁ……やな感じ)
 相手は皇が弱るのを待っている。動けなくなるのを待っている。毒が全身に回るのを……。
(ダメだ。足が痺れて動かなくなる前になんとか距離をとらないと……)
 リーン、と鈴の音が鳴り響いた。その音が皇の意識をはっきりとさせる。
(この鈴の音……ひょっとして)
 皇の目の前にふわりと出現して着地したのは、遠逆深陰だった。長いツインテールを後ろに払い、彼女はすぐさま構える。
 両手には漆黒の三叉のサイ。深陰は接近戦をおこなうつもりなのだ。
「深陰さん!」
 皇の声に彼女は顔を少しだけ後ろに向け、視線をこちらに遣る。目が細められた。
 彼女の視線がゆっくりと皇の左手に落ちる。それに気づいて皇は慌てて言った。
「あ。あいつ毒持ってます!」
「…………わかった」
 短く告げた彼女は前へ向き直った。もはや皇の存在は彼女の眼中にない。むしろここに居ることは、彼女の邪魔になる。
(……左腕が使えない時点で足手まといになるのは見えてるや……)
 だったらなるべく目立たない、邪魔にならない場所に居たほうがいい。そう思ってから、情けなさに悲しくなる。この状態で皇が手伝っても、深陰には邪魔になるだろうことは予測がついた。
 深陰が突然そこから駆け出した。まるでロケット噴射だ。
 一気に駆け出した彼女は男目掛けてサイを振るう。鮮やかな攻撃だ。
 だがその攻撃は相手の攻撃を全く考慮していないものであることは、皇の目にもわかる。
(ど、どうして!?)
 電柱のところまで後退した皇は唖然としてその様子を見ていた。
 深陰に噛みついてこようとする男の口が更に大きく裂け、鋭い牙が並んでいるのがありありと見える。舌が突然びゃっ! と深陰目掛けて伸びる。まるでカエルだ。
 彼女はサイを素早く振り、舌を断ち切った。だが舌を切った途端、切り口から緑色の液が飛び散ったのだ。
 まともにその液を顔面に受けた深陰が少し怯む。じゅ、と何かが焼ける音がした。
 男は舌を切られた痛みに咆哮し、正体を現す。中肉中背だった体型が大男のものに変化し、深陰目掛けて突進したのだ。
 巨大な狼と、小鹿の対決のようにしか見えなかった。深陰の体格では妖魔への一撃は軽いはずだ。
 妖魔が振り下ろす手。深陰の攻撃。
 彼女は突然足を止め、相手の攻撃が届く手前で跳躍した。妖魔の真上に。
 宙返りをするように跳んでいた深陰は両手を合わせた。手に持っているサイの形が変わる。青龍刀に似ている、漆黒の武器。
「…………微塵切りにしてあげる」
 深陰がずだん! と一気に地面に降り立った。何をしたのか、皇の視界には映らなかったのだ。
 彼女は手にしていた武器を手放し、空中から巻物を引っ張り出した。そして広げる。
 妖魔は動かない。――――動けない。そう、だって。
 泥が乾いて崩れていくように、妖魔はその場に崩れた。そこに在るのはただの肉塊だ。
 深陰が巻物を閉じた。すると肉塊が忽然と姿を消した。
 巻物を無造作に投げると、それは空中に吸い込まれて消えてしまう。皇にとっては理解できない光景だった。
 電柱に全身を預けるようにして立っていた皇は、ずるずるとその場に座り込んでしまう。もう足が痺れて立っていることができなかったのだ。
(何か力になれるかもって思って見てたけど……出番なかったなぁ……。でも、なんだったんだ今の)
 はあ、と息を吐いていると、目の前に足が見えた。深陰の足だった。
「大丈夫?」
「あ、はい。な、なんとか」
 痺れているけれども。
 笑顔を作って彼女を見上げた皇は、ぎょっとする。深陰の綺麗な顔の半分以上が煙をあげているのだ。まるで火傷を負って……。
(再生……?)
 しかし煙はあっという間に消え、深陰の顔立ちはいつもと変わらない美貌のまま。
 皇の視線に気づいた深陰は、しまったというように顔をしかめるが、それは一瞬のことだった。
 彼女は屈むと皇の様子をうかがう。
「血が出てる。毒のほうは?」
「あ、や……大丈夫です」
 しかし両腕はだらんとなったまま。説得力はなかった。
 深陰は皇に手を伸ばそうとするが、途中で止めて引っ込める。
「止血しないと。それから、毒を吸い出してもいいんだけど、かなり回ってるから難しいわね」
「だ……大丈夫ですよこれくらい」
「…………」
 彼女は思案していたが、もう一度手を伸ばす。
「……気持ち悪いと思うけど、我慢しなさいよね」
 皇の左手を掴み、そのまま噛まれた指を口に含んだ。驚いて硬直する皇。
(えええええーっ!?)
 お、女の子がゆ、指を……!
 舐められているのか吸われているのかわからないが、なんだか気持ちいい。
 やっと指を解放されて、皇は呆然としたまま深陰を見た。彼女はぺっ、と皇の血が混じった唾を吐き出す。
 彼女はそのまま皇の顔に手を伸ばし、頬に添える。
(え? え???)
 なになに?
 なんで深陰さんが近づいてく……。
 唇が重なった。無造作に。
 目を見開く皇の口に、何か暖かいものが流れ込んでくる。
 しばらくして離れた深陰を、皇はぼんやりと見つめた。……キス、しちゃった。
 思い出して顔がカーッと熱くなった。彼女は平然とした顔のままで、ほ、と息を吐き出す。
「久々にやったけど、うまくいって良かったわ」
「え?」
 そこで気づく。痛みと身体の痺れがない。よく見れば手の出血も止まっていた。
 眼前に掌を持ってきて何度も見る。傷はなくなっていないが、出血の心配はないようだ。
「薬を持ってないからこんな方法しかできないのよ。悪かったわね、気持ち悪い思いさせて!」
 怒鳴る深陰はぷいっと顔を背けた。
 皇は深陰を見て、「そんなこと!」と大慌てで言った。
「気持ち悪いなんてことないですよ!
 そ、それに……なんでそんなこと思うんですか……?」
「…………さっき見たでしょ? わたしの超回復を」
「見ましたけど……」
「大抵の傷はほんの数秒で治るの。だから……傷薬とか持ってないのよ。毒だって効かないし」
「……さっきの戦闘は、それで……」
 納得している皇の呟きに深陰は怪訝そうにする。彼女は傷を負うのを前提に戦っていた。その理由がこれだったのだ。
 彼女はむす、とすると立ち上がった。皇に手を差し伸べる。
「さっさと立ちなさいよ。みっともないわね!」
「あ、はい!」
 手を掴んで立ち上がり、皇はまじまじと深陰を見つめた。その視線に彼女はイラついたような顔をする。
「なによ!」
「えっ、いえ……毒のほうも治療してくれたようですから……はい」
 照れている皇は後頭部を掻いた。視線を伏せる。
「じっ、人工呼吸と同じですから、俺は、き、気にしてませんから」
「っ!」
 皇の言葉に深陰が真っ赤になる。まるでいま気づいたと言わんばかりの反応だった。彼女は皇を睨みつけた。
「思いっきり気にしてるじゃないの! 中和のためにしたんだから、恥ずかしがらないでよ!」
「し、仕方ないじゃないですかっ! お、女の子とキスしたの初めてなんです!」
「キスじゃないわよっ! バカッ!」
 拳で殴られて皇は吹っ飛んだ。最後の「馬鹿」の部分は今まで以上の大音量で叫ばれて。
 耳と頬に強烈な一撃を食らって皇は地面の上でのた打ち回る……ようなことはなかった。深陰の手加減がなかったようで、皇の意識は完全になかったのである。



 目を覚ますと公園のベンチの上だった。
(あれ……? 俺……?)
 頬の痛みに皇は顔をしかめる。そうだった。深陰に殴られたのだ。
「毒の中和のすぐ後で痛みまで中和はできないのよ……。我慢しなさいよね、男の子なんだから」
 すぐ上から声が聞こえて皇は驚く。彼の頬に冷たく濡れたハンカチを当てているのは、皇に膝枕をしている深陰だったようだ。
 そっと覗きこんでくる、月をバックにした彼女があまりに綺麗で、皇は口をただ開閉することしかできない。
(ほんとに……綺麗な子だなぁ……)
 そんなことをぼんやり思っていると、深陰が顔をしかめた。
「…………観凪皇」
「は、はい?」
「……もう、わたしに関わらないで」
 小さく呟いた彼女は、すぐさま皇から顔を逸らす。皇の反論を、許さない瞳だった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6073/観凪・皇(かんなぎ・こう)/男/19/一般人(もどき)】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、観凪様。ライターのともやいずみです。
 進展はし続けているようですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!