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■CallingV 【鳳仙花】■

ともやいずみ
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 鈴の音が鳴る。
 今宵も、また。
 現れる退魔士。
 彼らの目的とは、果たして――?
CallingV 【鳳仙花】



 新学期も始まり、初瀬日和は学校に通う毎日に戻っていた。
 夏休みの楽しさがまるで嘘のように、淡々とした口調で教師が教科書を読んでいる。気を引き締めろ、ということなのだろうが、こうして学校が始まってしまうと夏休みが恋しくなるのは当然だった。
 日和は机の上に広げられた教科書と、ノートを眺める。目は教科書ではなく、ノートのほうを向いていた。
 真っ白な、まだ使われていないページ。
 シャーペンを手に持ったまま、日和は動きが完全に止まっていた。彼女の思考は、ある少女のことで占められていた。
 遠逆深陰。
 長いツインテールとセーラー服姿の少女。
(深陰さん……か)
 遠逆家の退魔士であることは確かだ。
 どうして彼女は東京に居るのだろうか……。憑物は、人が存在する場所ならばどこにでもいる。退魔士としての仕事は、なにも東京でなくともいいはずだ。
 そう――東京を舞台にする必要は、ない。
(そういえば……プールで会った時、深陰さんはそこの制服を持ってらした……。退魔のお仕事で食べている訳じゃない……?)
 どうして……。
 彼女は退魔士のはずだ。遠逆の退魔士の……。
 退魔士というのならば、何も他の仕事をする必要はないだろう。
 初めて出会った時、彼女は自ら退魔士であると名乗った。ならなぜ?
 彼女の目的はなんなのだろうか?
 脳裏によぎるのは、遠逆和彦のおこなっていた憑物封印のことだ。もしや、深陰も…………?
(……理由はどうあれ、一人でお仕事を……憑物退治をするのは容易じゃないはず…………)
 こんなことを思っているなんて気づかれたら、深陰はきっと迷惑だと思うことだろう。
 彼女は綺麗な顔をしているが、性格が結構ハッキリしていて、キツい。
 胸がざわつく。
 不安になる。
 シャーペンを走らせた。白いノートの中央に、遠逆ミカゲ、と書く。
(……心配、です)
 憑物相手のことでは足手まといになるのは目に見えているが、他のことで彼女の役に立てないだろうか? 例えば、生活のこととか。
 一度でも出会って会話を交わしたのだし、とても他人とは思えない。まぁ……それは日和の勝手な思いではあるが。
 日和はペンケースから消しゴムを取り出し、ノートに書いた名前を消した。消しカスを手で軽く払う。
(どこへ行けば会えるんでしょう…………深陰さんに)



 ファーストフード店の前に、深陰は立っていた。夕暮れ時なので、周囲には帰宅途中の学生たちが多い。
 ちらちらと深陰を見て店内に入る男子学生たちの多いこと。だが彼女は完全にその視線を無視していた。
 彼女の見ている先は店内のメニューではない。ガラスに大きく貼られたメニューではなく、その横の「バイト募集」の小さなチラシに視線が定められていた。
「…………ふうん」
 小さく呟く深陰はポケットから手帳を取り出す。使い込まれた手帳をパラパラと捲り、それから手帳に付けられている細くて小さなペンを使って何か書き込む。
 書き終えた彼女は手帳を閉じて、ポケットに戻す。
「短期でも大丈夫なのかしらね……」
 などと小さく言いながら深陰はそこから立ち去った。
 いや、立ち去ろうとした彼女の足が止まる。ふいに顔をあげ、振り向く。長い髪がひるがえった。
「…………妖魔!」



 彼女は歩いている。
 歩いている。
 ただ、歩いている。
 どうして歩いているのかわからない。
 でも歩かなきゃならない。そうしなければならない。そうしないとそうしないとそうしないと。
 ――ワタシは。

 日和は薄暗い空を見上げる。
 帰りが遅くなってしまった。
(早く帰らないと……)
 携帯電話で時間を確かめて歩き出す。だが足を止めた。
 歩いている道の先に、誰かが電柱に肩をあずけているのが見えた。
 日和と同じ制服姿だ。見たことのない女子生徒だが……。
(気分でも悪いのかしら……?)
 少しぐったりした様子でいるようだ。日和は心配そうに近づく。
「あの……気分でも悪いんですか?」
 ここからなら学校からそう離れていない。職員室に行けば教師の誰かが居るだろう。呼びに戻るくらいはできる。万一の時は救急車を呼ぼう。
 そう思いながらうかがうと、彼女は振り向いた。顔色が悪い。真っ青だった。そして目は虚ろ。
「だ、大丈夫!?」
 驚く日和は目を見開いた。これは救急車を呼んだほうがいい!
「…………初瀬、さん?」
 彼女に名を呼ばれて日和は小さく「えっ」と呟く。彼女は続けた。
「隣の……クラスの………………知らないかな」
 苦笑する少女は額にびっしりと汗をかき、ふいっと視線を逸らした。
 日和は彼女のことを知らない。なんだか、凄く申し訳ない気持ちと……仕方ないじゃないか、という気持ちが混ざった。
「そうだよね……。私、目立たないし……」
 ぼそぼそと言う彼女は荒い息を吐き出し、ふふっと笑った。その唇の端から唾液が垂れた。
「行かなきゃ……。行かなきゃ……」
 電柱に手をつき、よろよろと彼女は歩き出した。
 日和はそれを止めることができない。なぜだろう? なぜか、止めてはいけない気がする。
「待ちなさい」
 静かな声が日和の後ろから響いた。日和が振り向く。
 腕組みして佇むのは、ツインテールとスカートをなびかせる遠逆深陰。彼女は薄闇の中、街灯の光を避けるように闇の中に立っている。
「行っても無駄よ。あなたを待つ者はいない」
 少女は振り向いた。虚ろな瞳を深陰に向ける。だが瞳の色が変わった。日本人の茶ではなく、爬虫類の黄金に。
「……なんだおまえは」
 声が低く、ひび割れたものになる。
 深陰は歩いて来る。日和のほうへ。革靴の音が辺りに響いた。
 日和の真横に来ると彼女は立ち止まる。日和は真横に来た彼女の圧倒的な存在感に驚愕した。自分の存在が小さく見えるほど、夜の深陰は輝いていた。
「退魔士。言っておくけど、自分から名乗らないわよ」
「退魔士…………退治に来たか、人間め」
 深陰は目を細める。馬鹿にしたように。
「それで? 素直に退治させてくれるなら、痛くしないであげるわ。どう? なかなかいい提案だと思うんだけど」
「ふざけるな! 何を偉そうに言うか! うつけ!」
 カッと目を見開いて怒鳴る少女に、深陰は肩をすくめてみせた。
「どうしてあんたたちってそうなの? 人間を劣等生物みたいに言うけど……その根拠は何?」
「人間などより、我らのほうが優れている!」
「…………そう」
 深陰は呟いた。唇が、三日月にように歪められる。
「日本だけじゃないのよね、そういう……わけのわかんない、根拠って」
 ざわり、と深陰の内側がざわつくような気配がする。本能的に日和は彼女から距離をとった。じり、と二歩ほど後退したのだ。
「その娘から出なさい。でなければ、無理やり引っ張り出すわよ」
 深陰が手をブン! と振った。いつの間にか握られている漆黒の青龍刀の刃が闇の中でうごめく。
「深陰さん!」
 日和の声に彼女は「あ?」と不機嫌そうに返す。日和の存在にやっと気づいたかのような視線をこちらに向けた。
 深陰の瞳にたじろぎそうになるが、言わなければ。
「彼女は傷つけないでください!」
「………………」
「同級生、なんです……」
 あからさまに不愉快そうな顔をする深陰は、敵に向き直った。小さく言う。
「…………できるだけ努力はしてみるわ」



「あの」
 日和は深陰に声をかける。唇の端から血を流していた深陰は、それを袖で拭った。
「ありがとうございます、深陰さん」
「礼を言われるようなことはしてないわよ」
 日和は微笑する。なんだか深陰らしいセリフだ。
 気絶している少女を屈んでうかがうが、なんともないようだ。日和はほっとする。
 しかし、少女の身体を傷つけないように戦う深陰はさぞかし大変だったことだろう。
 広げていた巻物を閉じた深陰は、それを空中に放り投げる。巻物は空中に溶け込んで消えた。
 どうしようか悩んでいた日和は口を開く。
「あの、深陰さん」
「ん?」
「私で、お役に立つことはありませんか?」
「なに? いきなり」
 怪訝そうにする深陰を見上げたまま、日和は続ける。
「何か手伝いたいんです。憑物退治のことではなく……。憑物相手では、私は足手まといになりますから」
「…………」
「退魔のお仕事以外に、普通のお仕事もされていますよね? 生活で、私に手伝えるならば……」
「あんた、なに言ってるの?」
「え?」
 深陰は嘆息する。
「なんでそんなにわたしに関わろうとするの? 関係ないじゃない」
 あんたに。
 はっきりと言われて、日和は少し怯む。だが言う。
「一度ならず出会って、言葉を交わしました。他人とは思えません……」
「他人よ」
 きっぱりと深陰は言い放つ。
「誰がどう見ても、あんたとわたしは他人。言葉を交わしただけで、あんたはそんなに他人に懸命になれるの?」
 そう言われて、つい先ほどのことを日和は思い出した。
 自分が知らなくても相手が知っている。隣のクラスの少女。気絶している、日和の腕の中にいる少女のこと。
 彼女は自分を知っていても、自分は相手を知らない。
 一方通行の思い。
 自分の状況がまさにそうであることに、気づいた。
「そういうのは必要としている誰かに施しなさい。わたしには必要じゃない。いらないわ」
 そう言うや深陰はきびすを返す。
「後のことはよろしくね。放って帰っても誰もあんたを責めはしないと思うわよ、初瀬日和」
「深陰さん……」
「わたしの仕事はここまで。ここから先のことは面倒みれないわ」
 そう呟いて彼女は颯爽と歩き出した。
 何か言葉をかけようとしたが、日和にはそれができない。
 完全に拒絶された。
 同情とか、そういう気持ちで言ったわけではない。彼女の手助けになりたかったのだ。
 だが……。
 腕の中の少女を見下ろす。
(……もしこの人から、私と同じ事を言われて…………私が深陰さんと同じ立場なら……うん、って頷けるでしょうか?)
 よく知りもしない相手に協力すると言われて…………頷けるだろうか?
 はあ、と嘆息して空を見上げる。気絶した彼女をそろそろ起こすべきだろう。起きて、くれるだろうか?
「…………月」
 浮かぶ月は、ただ輝いている。静かに。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 まだまだ心を開いてませんが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!