■CallingV 【鳳仙花】■
ともやいずみ |
【6603】【円居・聖治】【調律師】 |
鈴の音が鳴る。
今宵も、また。
現れる退魔士。
彼らの目的とは、果たして――?
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CallingV 【鳳仙花】
腕時計で時間を確認して、円居聖治は歩く。
今日は早く終わった。これから帰ればかなりゆっくりできるだろう。
駐車してある車まではあと少し。
(あ、こっちにも道があるのか)
左手に細い道があるのに気づき、聖治は頭の中で地図を描く。自分の駐車した車の位置からすると、こちらの道のほうが近道のような気がする。
来る時は気づかなかったが、まだ時間もあるし、たまにはこういうのもいいだろう。
そう思ってそちらに足を向け、進む。
砂利の多い小道を進むと、道幅が徐々に広くなってくる。視界が大きく開けると、目の前にトンネルがあった。そういえば、このトンネルは見覚えがある。
来る時に見かけたが、客に渡された地図の通りに進もうと思って無視したのだ。
(なんだ。やっぱりこっちが近かったのか)
小道を進んでラッキーだった。
聖治は空を見上げる。月がぽっかりと浮かんでいる。
「…………」
もっと欠けていてくれたら、と少し思った。脳裏に浮かぶのは、遠逆深陰という少女のことだ。
凛とした、自分の感情をはっきりと顔や態度や言葉に出す少女だ。
夏休みが終わると、深陰の姿はあのプールから消え失せていた。時々彼女が居るか確かめに寄ってみたが、タイミングが悪くてそれほど遭遇はできなかった。それに、彼女は仕事を邪魔されると物凄く激怒する。
9月に突入した途端、深陰はバイトを辞めて姿を消した。聖治はそれを残念に思っている自分に少し驚いたほどだ。
(深陰……深陰さん、か)
歩き出した聖治は深陰の姿を思い描く。彼女の特徴はあの長いツインテールの髪だろう。
聖治が今まで出会った女性の中でも破格の美貌を持つ娘。だが聖治にはそんなことはどうでもいい。確かに深陰の魅力の一つだろう。
やはりあれだ。感情をはっきりと示すところが心地いいのではないだろうか、自分は。拒絶や怒りもあれほど明確にされるとかなり清々しい。と、思う。
(初めて見た時は、制服姿だったっけ)
とても似合っている、青いスカートのセーラー服姿だった。パッと見れば、本当に学校に一人は居そうな「委員長」タイプの外見だ。お調子者を取り締まりそうな表情もしている。
(どこかの学校に通っているのだろうか……)
ぼんやりとそう思ってから小さく笑う。
いや、制服なのだし、彼女は見た目が女子高生くらいだ。学校に行っているのは当然だろう。
通っているとすればどこだろうか? あの制服は見覚えがないものだ。だが探せば見つかるかもしれない。
学校に通っているとすればどんな感じなのだろう? 体育では目立ってしまうのではないだろうか? 頭の回転も速そうだし、テストはできそうな気がする。
口元が、ふいに緩んだ。
プールで見た、ほんの一瞬だけ見た、可愛らしい年相応の笑顔。
もう一度でいいのだ。見てみたい。
学校の友達にはああいう笑顔を向けているのだろうか?
だがなぜだろう? そういうのは、想像……しにくい。違和感があると言っても良かった。
深陰が女友達とわいわいやるようなタイプに見えないせいかもしれないが……。
(……それとも、ちょっと違う、ような……)
脳裏に先ほど見た月がよぎる。だが意味がわからなかった。
トンネルを抜け出る直前、聖治は「あれ?」と呟いた。そして振り向く。
短いトンネルなので、出口の先まではっきりと見えた。もう一度前を見る。
まったく同じ光景が、前と、後ろに広がっていた。
*
出口もなく入口もなく、まるでメビウスの輪だ。
トンネルを出ようとすると、またトンネル内に逆戻りするのである。
まるで「回れ右」を無理やりさせられたかのようだった。
しまった、と気づいた時は遅かったのだ。手遅れというやつである。
(私としたことが油断した)
ぼんやりしていたせいであった。普段の自分ならこんな違和感がある空間に入ればすぐに気づくはずだ。
ココは相手の領域内だろう。知らずに踏み込んで、囚われているわけだ。
(ループ状態にあるわけだが…………)
自力では脱出は難しいかもしれない。
トンネルの出口? いや、入口? どちらでも構わないが、その直前で佇む聖治は嘆息した。
どこかにある違和感を見つけられればいいのだが、巧妙に隠されているようだ。
(そういえば、この辺に幽霊の出るトンネルがあるって……ここだったのか)
やれやれと嘆息し、聖治は思案する。
幽霊が出るという噂…………噂があるということは、ここから脱出できた人がいるということになる。
(向こうから接触されるのを待つほかはないってことか)
そのほうが手っ取り早いし、相手の目的も知ることができる。
振り向いた聖治はぎくっとして動きを止めた。誰かが立っていた。気配も何も、感じなかったのに。
「み……深陰さん?」
5メートルくらい先に深陰が立っていた。こちらをじっと、見つめている。
だが彼女の姿が目のやり場に困るものだった。全裸なのだ。いつも結んでいる長い髪も、腰に垂らされている。
トンネルが短く、電灯もないもので良かった。暗い中に立つ彼女はぼんやりと見えるだけだ。白い肌がやたら異様に周囲から浮いて見えるが、それでもはっきりと全裸が見えるよりマシだった。
「お願い」
彼女は囁くように言った。
「一緒に居て欲しいの」
切ない表情と声で言われて聖治は正直戸惑った。いや、大抵の男ならこの懇願に理性が吹っ飛びそうになるだろう。
「傍に居て。ずっと」
くすぐるような、甘い声。
ぐら、と眩暈がした。なんだか……変だ。おかしい。吐きそうになる。
手を口元に遣って吐き気を堪えようとしたが……腕が持ち上がらなかった。体が硬直して動かないのだ。
深陰は近づいて来る。それ以上近づかれると、出口から差し込む月光に彼女の肢体が晒される。直視してしまうのだけは避けたかった。
「うん、って言って? それだけでいいの。傍に居るよとか、そんなことはいいの。ただ、うん、って言って? 頷くだけでもいいわ」
手が伸びる。聖治の頬を冷たい手が撫でた。
聖治の思考がまともに働かなくなってくる。断らなければ。そうするべきだと本能が言っている。
口の中がからからで、喉が痛い。視線を動かして彼女を見下ろすと、深陰は抱きついてきた。
「……お願い。ね? うん、って……言って」
「ふざけんじゃないわよっ!」
強烈な怒声がトンネル内に響き渡った。聖治がハッと意識を取り戻す。同時に体の硬直も解けた。
深陰は目を見開き、聖治の背中に回した手を少し離す。そしてすぐさま慌てて聖治から距離をとって逃げる。
聖治の背後……出口の、その空中から誰かがこちらに腕を伸ばした。肘から指先までが空中に浮かび、まさぐるように動く。
しなやかな指先。聖治はなぜか、ソレを掴んだ。そして思いっきり自分のほうへ引っ張る!
「わっ!」
腕の主は驚いた声をあげ、聖治の腕の中に飛び込んできた。
遠逆深陰だった。長いツインテールと、見覚えのある制服姿の。
「深陰さん」
声をかけた聖治の腕の中から、事態を理解できていないらしい彼女が不審そうな表情でこちらを見上げた。
本物、だ。
こんなに愛らしくて可愛いじゃないか。
聖治は微笑んだ。
「またお会いできて嬉しいです」
本心からの言葉に深陰は顔を歪め、「ハア?」と不機嫌そうに応えた。なんとも、らしい、言葉だ。
彼女は我に返り、聖治を突き飛ばす。
「いつまで抱きついてんのよ! それになんなのよ、あれは!」
ぶんぶん! と人差し指を振り、トンネルの奥に逃げるように後退しているもう一人の深陰を指差した。
「さあ……なんですかね」
「あんた、わたしのこと考えながらここに入ったでしょ! しかもあのか、か、格好……!」
かー、と顔を赤くする深陰に、聖治は言う。
「大丈夫です。暗くてあまり見えません」
「なに言ってんのよあんたはっ! だいたい、わたしはあんな貧相な胸してないわよ!」
別人だ、と言いたかったのだろうが、深陰は言った後でさらに耳まで赤くして「うぅ」と、うめいた。
「…………確かに、あちらの深陰さんはまな板胸……に近いですね」
「なっ……! しっかり見てんじゃないのよ! ドスケベッ!」
輪郭でも十分わかることなのだが、深陰は苛々したように歯軋りし、表情を一変した。
まるでスイッチが入ったように彼女は冷たい顔で、もう一人の深陰を睨みつける。
「……入ってきた者の心を覗き、効果的な格好や方法で誘惑……。なかなか考えたものね」
「…………」
相手はじりじりと奥へ逃げていく。
深陰が目を細めて笑みを浮かべる。
「いつまでわたしの姿を模してるのよ……! 中途半端な模写して……!」
どうやら深陰は…………かなりご立腹のようだ。
もう一人の深陰は囁く。
「私を、退治しに来たの……?」
「しおらしい態度しても無駄よ! 覚悟しなさいっ!」
ぐっ、と腰を落とした彼女の両手にはいつの間にか漆黒の、三叉のサイが握られていた。
*
無事にトンネルを抜けると、聖治は深陰のほうを見遣る。
「ありがとうございます、深陰さん」
ぎくっとしたような顔をした深陰はフンと息を吐く。
「お礼しようなんて余計なこと考えないでちょうだい。いいわね!」
そう言い放ち、聖治に背中を向けて歩き出す。
「深陰さん」
「なによ!」
うっさいなあ、という態度で振り向いた彼女に聖治は問う。
「随分と退魔に慣れていますね」
「……退魔士なんだから、当然でしょ」
舌打ち混じりに言う深陰。やはりだ。
(まるで、棘のある薔薇だな)
ここで別れるのが惜しい。もう少し話していたい。
「送りましょうか?」
聖治の言葉に深陰は、またもわかりやすく顔をしかめた。
「下心はありませんよ」
そう言うと彼女は肩をすくめて、ふ、と笑った。
「そりゃ、円居聖治、あんたから見ればわたしは小娘だものね」
「でも、あなたのことは気になりますよ」
さらっと笑顔で言うと、馬鹿にしたように笑っていた深陰が眉をひそめる。
「美しさのせいだけではなく、気になります。あなたのことが」
真っ直ぐ見つめて。
そう告げた聖治の前で、深陰は心底イラついたような、苦いものでも食べたような不可思議な表情を浮かべた。
バッときびすを返して歩き出す。
「今日のことも、わたしのことも、もう忘れたほうがいいわよ、円居聖治。いい大人なんだから」
そう言い、彼女は夜の中へと去っていってしまったのだ――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【6603/円居・聖治(つぶらい・せいじ)/男/27/調律師】
NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、円居様。ライターのともやいずみです。
第3話、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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