■別大陸まで護衛セヨ!■
糀谷みそ
【3188】【ユリアーノ・ミルベーヌ】【賞金稼ぎ】
 護衛屋【獅子奮迅】はいつになく賑やかな空気に包まれていた。
 それもそのはず、情報屋・常闇の住人でここを紹介されたというキャダン・トステキ率いるキャラバンが訪れているのだ。
「別大陸までの護送?」
「あぁ。船で大洋を渡る際、海の魔物からキャラバンを守ってもらいたいのだが。……ここは陸上専門か?」
「そういうわけではないが……慣れているとは言いがたいな」
 キャダンを向かいのソファーに座らせ、デリンジャーは耳の裏を掻いている。
 今まで陸上を進む隊商などの護衛は散々やってきたが、海上での護衛というものはほとんどやったことがなかった。
 海を渡るような大きな隊商は専属の護衛を連れていることが多いし、個人で海を渡る場合は自身が腕利きの冒険者であることが多いためだ。
「私はパス。泳げませんから」
 デリンジャーの後ろに立っていた少女が言う。
「そりゃ初耳だぜ、ロティーナ」
「みんなの前で泳ぐ機会なんてありませんでしたから。……とにかく、私は行きません。足手惑いになるだけですし」
「じゃあ俺も……」
「ジェイ、お前もか!?」
 次期所長であるジェイの欠席宣言。
 これにはさすがのデリンジャーも腰を浮かせた。
「お前も泳げないってか?」
「泳げるけどよ……。酷ぇんだ、船酔いが」
「あ、俺もです……」
「僕も船は駄目です……すんません」
 ジェイに続くように、護衛屋の主要な要員たちが船酔いすると名乗りをあげた。
 船酔い。
 それは辛く、長く続くものであり、できれば体験したくないと考えるのも当然である。そして船酔いでヨレヨレになった状態で出来るほど護衛屋は甘い仕事ではないので、船酔いを理由に仕事を辞退するのは当然とも言える。
 だが……。
「……オイオイ、冗談だろ?」
 キャラバンの護衛に使えそうなのは、デリンジャーとヴィルダムを含めて五人にも満たない。
 それではキャラバンを海の魔物から守りきれるか分かったものではなかった。
「とりあえず、揺れる船上でも戦える人員をそろえるべきだ」
「あー、分かってるよ。ンなこたぁ」
 ヴィルダムの言葉に、情けなさそうに答えるデリンジャーであった。
別大陸まで護衛セヨ!


 護衛屋【獅子奮迅】はいつになく賑やかな空気に包まれていた。
 それもそのはず、情報屋・常闇の住人でここを紹介されたというキャダン・トステキ率いるキャラバンが訪れているのだ。
「別大陸までの護送?」
「あぁ。船で大洋を渡る際、海の魔物からキャラバンを守ってもらいたいのだが。……ここは陸上専門か?」
「そういうわけではないが……慣れているとは言いがたいな」
 キャダンを向かいのソファーに座らせ、デリンジャーは耳の裏を掻いている。
 今まで陸上を進む隊商などの護衛は散々やってきたが、海上での護衛というものはほとんどやったことがなかった。
 海を渡るような大きな隊商は専属の護衛を連れていることが多いし、個人で海を渡る場合は自身が腕利きの冒険者であることが多いためだ。
「私はパス。泳げませんから」
 デリンジャーの後ろに立っていた少女が言う。
「そりゃ初耳だぜ、ロティーナ」
「みんなの前で泳ぐ機会なんてありませんでしたから。……とにかく、私は行きません。足手惑いになるだけですし」
「じゃあ俺も……」
「ジェイ、お前もか!?」
 次期所長であるジェイの欠席宣言。
 これにはさすがのデリンジャーも腰を浮かせた。
「お前も泳げないってか?」
「泳げるけどよ……。酷ぇんだ、船酔いが」
「あ、俺もです……」
「僕も船は駄目です……すんません」
 ジェイに続くように、護衛屋の主要な要員たちが船酔いすると名乗りをあげた。
 船酔い。
 それは辛く、長く続くものであり、できれば体験したくないと考えるのも当然である。そして船酔いでヨレヨレになった状態で出来るほど護衛屋は甘い仕事ではないので、船酔いを理由に仕事を辞退するのは当然とも言える。
 だが……。
「……オイオイ、冗談だろ?」
 キャラバンの護衛に使えそうなのは、デリンジャーとヴィルダムを含めて五人にも満たない。
 それではキャラバンを海の魔物から守りきれるか分かったものではなかった。
「とりあえず、揺れる船上でも戦える人員をそろえるべきだ」
「あー、分かってるよ。ンなこたぁ」
 ヴィルダムの言葉に、情けなさそうに答えるデリンジャーであった。



 + + +



 初秋の空はすっきりと晴れ上がり、涼やかな風が人々の服をたなびかせる。
 凪いだ海と、程よい風。そして護衛屋が数人と臨時雇いの冒険者たちがいれば、キャラバンを別大陸まで送り届けるのはさして難しくはないと思われた。
「わぁー、大きな船!」
 港に停泊しているガレー船を見て、目をきらきらさせたマーオが言う。
「ホント、すごいじゃん! もっと小さい船で行くのかと思ってた。な、虎王丸?」
「……あー、そうか?」
 楽しそうな湖泉・遼介が虎王丸に同意を求めるが、虎王丸はそっぽを向いて適当に返答した。
 ……何というか、遼介よりもユリアーノ・ミルベーヌの方が気になるらしい。虎王丸は何気なくユリアーノに近づくと、声をかける。
「この海に賞金がかけられたモンスターがいるって本当か?」
「えぇ。何でも巨大イカが航海を妨げるという話よ。とりあえずイカの歯は討伐の証拠として必要なの。だからそれ以外は食べてしまいたいわ。食費が浮くし」
「イカじゃあお菓子には使えないなぁ。……やっぱり干物にするべきかな?」
「いやぁ、イカといったらイカ飯だろ! マーオはそういうの作れねぇのか?」
「イカよりも大きいお鍋と沢山のお米があれば大丈夫!」
 荷物の積み込みや出航手続きを終えたデリンジャーが近づいてきた。……彼の後ろには白い尻尾にじゃれ付く子供たちがいるが、港の子供だろうか。
 イカをどう調理するかという話題で盛り上がっている三人を見て、苦笑する。
「もうイカを倒した後のことを話してんのか。ちょいと気が早いぞ」
「デリンジャーさん。俺は何すればいい?」
「あぁ、そうだった。一応役割分担をしとく。遼介、お前は攪乱係だ。モンスターが出たら相手の狙いを定めさせないように動き回れ」
「分かった」
「ユリアは指揮の補佐を頼む。戦いながら冷静に全体を見て、周りに指示を飛ばせ」
「分かりました」
「虎王丸は俺と共にモンスターに突撃してくれ。あと、絶対に変身はするなよ。船が火事になる」
「うっ、それもそうだな……了解」
「マーオ、お前はクルー全体の精神状態や体調に気を配ってくれ。旨いもんを食べれば心も体も元気になるもんだ」
「うん、頑張ります! ……早速だけど、酔い止め薬を混ぜたスイートポテトパイを作ってきたんだ♪」
 マーオはポケットからスイートポテトパイを取り出すと、クルーに配り始めた。冒険者仲間をはじめ、デリンジャーとその部下、そしてキャラバンの団員。
 団員たちはひとところに固まって海を眺めたりこれからのことを話し合っていたが、マーオが近づくとぱらぱらと振り返った。
 メンバーは男性が五人に、女性が三人。人間をはじめ、エルフやカーバンクル、地底人、ラットまでいる。ここまで様々な種族が集まっているのは珍しいことだ。
「……何?」
 マーオの一番近くにいた地底人の少年が、不機嫌そうな様子で尋ねる。だが、マーオはめげる様子もない。
「僕が作った酔い止め薬入りパイ、食べる?」
「いらない」
 即答。
 しばしの間があき、見かねたキャダンが助け舟を出した。
「では、俺はもらうことにしよう。シェルは本当にいらないのか?」
「……」
 シェルは相変わらず不機嫌そうな表情のまま、キャダンからパイを受け取った。匂いをかぎ、ゆっくり口に運ぼうとしたとき――。
「苦ッ! 甘くて旨いけど……後味めっちゃ苦い!」
 パイを平らげた遼介が、顔をしかめて舌を出している。それを見た虎王丸は、手を腰に当てて胸を張った。
「ははっ! 遼介はガキだなぁ!」
「……虎王丸、涙目で言っても説得力ないぞ」
 少年二人が騒いでいる横では、ユリアが冷静な様子でパイを頬張っている。
「臓物系の苦さは嫌いじゃないわ」
 ……とりあえず『すごく美味しい』とはいえないパイのようだ。シェルはどうしようかしばし迷っていたが、貰ってしまったものは仕方がない。覚悟を決めて一口かじった。
「…………苦い」
「苦いお薬のほうがよく効くっていうし、がんばって食べてね!」
 全員がパイを食べ終えた頃になると荷積みも終わり、いよいよ乗船することになった。



 + + +



 船旅は順調。
 陸は遥か遠くに消え、メインマストの上から眺めても空と海しか見えなくなっている。
 空は相変わらず晴れていて、たまに浮かんでいる雲も代わり映えのない形で面白味に欠ける。
 空に見るものがないとなると、視線は海に向かった。
 船首の方を覗き込むと水を切り裂く様が見える。水面には魚が見え隠れしているので、釣り糸をたらせば釣れるのかもしれない。
「せんちょー! 帆の向きはこのままでいいかー?」
「おう、しばらくはそのままでいいぞ」
 甲板にいる船長が、メインマストの上にいる遼介を眩しそうに見上げる。
 遼介はしばらくぼんやりと前を見ていたが、甲板に出てきたデリンジャーと、その少し後から出てきた虎王丸を見つけてマストを下り始めた。
「……トイレの中までついてくる気じゃないだろうな?」
 デリンジャーが呆れた様子で虎王丸に言う。虎王丸は白虎であるデリンジャーが非常に気になるらしい。
 というのも、虎王丸の首に巻かれている金の鎖を千切ると、『炎帝白虎』の獣人に変身できるからだろう。長身に逞しい体つきのデリンジャーが気になるのは当然といえた。
 釣り道具を組み立て始めたデリンジャーをじっと見ながら虎王丸が言う。
「やっぱり、戦ったら強いんだろ?」
「おいおい、口を開いたと思ったらそれか?」
「だってよォ。お前は強そうなのに、わざわざ弱い奴を沢山率いて護衛屋やって、窮屈そうでしょうがないぜ! 一人で冒険者やってた方が断然楽じゃねぇか」
 虎王丸のような気質では、自分よりも劣る者たちと行動を共にするという行動は理解できないのだろう。
「弱い奴を鍛える面白いんだよ。弱いままで終わる奴も多いが、たまに大成する奴もいる。……そうだな、部下たちはいうなれば子供みてぇなもんだ。それに、『数の力』ってもんもあるんだぜ。塵も積もれば山となるってヤツだ」
「分っかんねぇなァ」
「歳をとりゃ考えも変わるだろうよ。……ほれ」
 虎王丸がデリンジャーから手渡されたのは長い釣竿。すでに糸や仕掛けが組まれてあり、あとは餌をつけるだけだった。
「調理場から残飯を頂戴してきたから、それを餌にしてガンガン釣ってくれ」
「いや、俺は仕事しにきたんであって……」
「固いことを言うな! せっかくの船旅なんだ、もっと楽しまなきゃ損だぜ」
 しばらく虎王丸は渋っていたが、デリンジャーが船尾で釣りを始めると、彼の隣に座って糸を垂れた。
 ……それで虎王丸が半霊獣人状態になっていたら二人は親子に見えるだろうな、と遼介は考えたが、そんなことを言ったら虎王丸は盛大に嫌がりそうだ。
「リョースケさん。お菓子作ったんだけど、食べる?」
 マーオはにゅっと甲板に生えてきた――いや、甲板の下にある調理場の天井をすり抜けてきたようだ。
 幽霊であるマーオにとって何かをすり抜けることは日常茶飯事だったが、普通の人間である遼介にとっては度肝を抜かれかねない光景だった。……とはいえ、普通の人間と変わらない生活を営み、かつ明るい笑顔を絶やさない幽霊を恐れる人は、そうそういないだろう。
「甘いやつか?」
「甘いのも、しょっぱいのもあるよ〜。あ、プチケーキは絶対に食べちゃ駄目だからね! 爆発しちゃうよ」
「えぇっ、何だってそんなに危ないモンを……」
「お菓子は僕の武器だからね! 気を抜いてる頃に巨大イカが襲ってきたら大変だもの」
「あぁ……そういや、そんなもんが出るんだっけ」
 平和すぎてその存在を忘れかけていたが、そもそも自分たちはそのために雇われているのだ。
 お菓子はマストの上で食べようと、遼介は調理室へ向かった。
 トントンと軽快に階段を下り、途中の部屋でユリアーノが裁縫をしているのを発見した。キャラバンの一員、プリシラと裁縫をしているらしい。
 その部屋はちょっとした広さがあり、他の部屋よりも窓が大きめに作られていた。並べられた椅子には他のキャラバンメンバーも座っていて、楽しそうにお喋りをしている。
「ユリア、マーオがお菓子作ったって言ってたぞ」
「そう、ありがとう」
 ユリアーノは一言そういうと、再び視線を手元に戻す。プリシラが作っている舞台用の衣装作りを手伝っているらしかったが、お菓子に気を取られている遼介はそのまま調理室へ駆けていった。
 じょきじょき、ちくちく。
 布を裁ち、縫い合わせ、装飾を付ける。
 今ユリアーノが作っているのはシェルの舞台衣装である。何と言っても育ち盛りの少年なのだ、半年もすれば衣装が小さくなっていた。
 貴族の子弟風の衣装だが、遠くから見ても見栄えがするように、各所にあしらえてあるレースやリボンを大振りにしてある。
「これでどうかしら」
 一通り出来上がった衣装をじっくり眺め、シェルの手を取って渡した。
 シェルは差し出された衣装をゆっくりと手でなぞり、胸から腹にかけて連続であしらえてあるリボンを引っ張る。
「またリボンばっかりの衣装なの? もう子供じゃないんだけど」
 とても不満そうだ。だが、ユリアーノに不満をいっても仕方がないというものだろう。
 『こう作れ』と指示したのはプリシラだし、その衣装はシェルによく似合いそうだった。
 ふと、部屋の隅で本を読んでいたヴィルダムが顔を上げて海を見た。だが、つまらなそうに鼻を鳴らして再び本を読み始める。
 その、少し後のことだった。
 船体に波とは違う衝撃が走った。



 + + +



 お菓子を詰めた小さい麻袋を腰に下げ、遼介は素早く甲板に駆け上がった。その後ろをユリアーノが走る。
「出たな、大切な食料!」
「食べること前提か……。ま、倒せりゃ何でもいいがな」
 楽しそうに笑うデリンジャーの横で、釣竿を放り投げた虎王丸が、水面から姿を現しつつある生物に向かって刀を抜き放つ。
 巨大イカ。その大きさはガレー船と同じかそれ以上で、人から見れば途方もない大きさに思えた。
「無闇に体には傷つけないで欲しいわ。傷だらけじゃ鮮度が落ちそうだもの」
「りょーかい!」
 遼介は背中の長剣を抜き放ち、巨大イカの攻撃手段である足を攻撃しようと甲板を駆け抜ける。
 ……と、再び船体がぐらりと揺れる。先ほどよりも揺れが大きく、甲板の上をのた打ち回るイカの足を切ろうとしていた虎王丸は、危うく海に落ちるところだった。
「くっそ、こうも足場が揺れちゃあ、やりにくいったらありゃしねぇ!」
「とにかく巨大イカを船から引き剥がすべきね。遼介が囮をしている間に、私たちが足を切断しましょう」
「よっしゃ、かく乱は任せろ!」
 甲板にいる戦闘要員は四人。マーオは調理室で火の始末をしていると思われたが……。
 勇んで巨大イカに飛びかかろうとしてた遼介が、船腹を見るなり慌てて甲板に後ずさった。
 爆発と共に、巨大イカが小さく後ろに仰け反る。
「あ、危ねぇ〜!」
 また、甲板の床からにゅっとマーオが生えてきた。
 階段を駆け上がるよりもすり抜けた方が早いのは分かるが、あまり気味のいい光景ではない。
「調理室に入ってこようとしたからプチケーキ投げちゃったけど……大丈夫?」
「俺の足がもう少し速けりゃ、俺も木っ端微塵だったかもな!?」
「わぁ、ごめんなさい!」
「とりあえず……」
 こめかみを指で突きながら、ユリアーノ。頭痛でもするのだろうか。
「プチケーキはもう投げないでね。先に私たちの方が息絶えそうだわ」
「うん……分かったよ」
 その頃には巨大イカも体勢を立て直し、いよいよ身を船上に乗り出してくる。メインマストに足を絡めているので船はさらに傾いだが、足を切断する絶好のチャンスでもあった。
 遼介はササッとマストに上り、より多くの足を寄せようと足を切りつける。だが、思うように切ることができない。
「意外と固いぞ、こいつ!」
「よっしゃ、俺の白焔ならどうだッ!」
 鎧を着けていない虎王丸はいつもよりも軽い動きでイカに飛び掛ると、足の根元近くに白焔をのせた刀を叩き込む。
 刀が、足の半分ほどまで通った。
 驚いた巨大イカは虎王丸を自分から引き離そうとめちゃめちゃに暴れ始める。足のすぐ近くにいた遼介は慌ててマストを滑り下りるが、下りている途中にメインマストを折られてしまう。
 遼介はマストと共に海に落ちた。
 そして、足はマーオを吹き飛ばそうと迫る。
「マーオ!」
 慌てて虎王丸が駆けつけるが時は遅く、足はマーオの体を――すり抜けた。
「あ゛」
 そういえば、マーオは幽霊だったのだ……。
 マーオをすり抜けたイカの足は必然的に虎王丸を襲ったが、間一髪、滑り込んできたデリンジャーと二人で足を切断することが出来た。
「海の幽霊さん、力を貸して〜!」
 巨大イカをびしっと指差したマーオがそう叫ぶと、海面に靄が立ち始める。
 そして、一人、また一人と青白い幽霊たちが海や甲板に姿を現した。船室から悲鳴が聞こえてきたあたり、船内にも出現しているのだろう。
 人海戦術で、幽霊たちは巨大イカに取り付いて動きを鈍らせた。
「今のうちに目を狙うぞ! 俺は右目、虎王丸は左目を頼む!」
「おうよ!」
 デリンジャーと虎王丸の二人は大きく跳躍し、全体重を勢いに乗せ、そのまま巨大イカの目を刺し貫く。
 だが、巨大イカが倒れる様子はない。視界が暗くなって恐れを感じたのか、退却の様子さえ見せ始めている。
 ここで取り逃がしたら帰りにも襲われるかもしれないし、何よりも……イカ料理を食べることが出来ない!
「そのまま、動かないで」
 ユリアーノが音叉剣を抜き放った。柄から二股のフォークが生えているようにも見えるそれを重そうに構え、イカに向けて跳躍する。
 剣は巨大イカの腹に深々と刺さり、激しく振動を始めた。あたりの海に波紋が出来るほどに強く。
 巨大イカは大きく痙攣すると、真っ黒な墨で海を濁らせながらゆっくりと沈んでいく。
「おいっ……ロープで縛るか!?」
「え〜、間に合いそうにないよ〜」
「畜生、せっかく苦労して倒したのに!」
「ま、いいじゃねぇか。お前たちの仕事はキャラバンを無事に運ぶことであって、イカを食うことじゃねぇんだ」
 やがて、巨大イカは黒い海に姿を消した。
 ……巨大イカを退治した後には、メインマストを折られた無残な船と、切断した巨大イカの足が一本残っていた。
 足が一本とはいっても、太さが一抱え分もあるのでかなりの大きさだ。食べる分には困らないが、せっかく傷を付けないように倒したのに、かなり悔しかった。
 突然、船尾の方に船が傾く。
「うん? 今度はなんだ?」
 四人が船尾の方を見ると、そこにはずぶぬれの遼介が立っていた。服を脱いで絞ってはいるが、海水に浸かったのだから一度洗わねばなるまい。
「よかった、リョースケさん無事だったんだね!」
「そりゃな。海に落ちたぐらいで死ぬもんか! ……あ、ユリア。言われたとおりにやっといたぞ」
「そう、ありがとう」
 ユリアーノと遼介の会話を聞き、三人は問う視線を向けた。
「船に乗ってすぐ、船尾に結び付けてある縄の一端で、イカの胴体をきつく縛ってくれって言われてたんだ。だから今は、巨大イカを船で引きずる形になってる」
 ……ユリアーノのだけは、最初からイカを倒した後のことまで計画していたのだ。



 + + +



 巨大イカを倒した日から、食事のメインはイカばかりの日が続いた。
 最初は全員喜んで食べていたが、三日と経たないうちに飽きてしまった。そして五日を過ぎる頃には、皿に乗った大きな吸盤を見ては悪態をつく者まで出てきた。皆、イカを吊るしてある船尾を意識して避けているようにも思えた。
 出航して一週間を過ぎた頃だろうか。
 ユリアーノは暇をもてあまし、キャラバンメンバーであるラットのモルに可愛らしい服を作っていた。
 風がいくらか寒く感じられたので、窓を閉めようと立ち上がったとき。
「陸が見えたぞー!」
 という遼介の声が聞こえた。
 明らかに船内がざわめき始め、階段を駆け上がる音がいくつも聞こえる。
 ユリアーノは縫いかけの服を机に置くと、部屋の片隅に置いてある巨大イカの歯を見て、部屋から出て行った。
 空が夕日に赤く染まり始める頃には、船を港に接岸することが出来た。
「船を下りるのは、ちょっと寂しい気もするわね」
「そうだねぇ、イカ料理をたくさん作れて楽しかったし♪」
 無邪気なマーオの言葉で、クルーのほとんどがげっそりとした顔になったのは、言うまでもあるまい。
「さ、ここが俺たちの住む大陸とは別の大陸――『朔』だぜ。しばらくは停泊してる予定だから、お前さんたちも観光してきちゃどうだ?」
 デリンジャーの言葉に頷きつつ、キャダンが言う。
「何なら、しばらくキャラバンの馬車に乗って行ってはどうだ。旅は道連れ世は情け、とも言うしな」
 かくして、冒険者たちは無事にキャラバンを送り届けることが出来た。
 帰りの船では魔物に襲われることもなく、そしてイカ料理尽くしの毎日を送る、ということもないだろう。……おそらく。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1070/虎王丸/男性/16歳(実年齢16歳)/火炎剣士】
【1856/湖泉・遼介/男性/15歳(実年齢15歳)/ヴィジョン使い・武道家】
【2679/マーオ/男性/14歳(実年齢30歳)/見習いパティシエ】
【3188/ユリアーノ・ミルベーヌ/女性/18歳(実年齢18歳)/賞金稼ぎ】


NPC
【デリンジャー/男性/47歳/護衛屋(所長)】
【ヴィルダム/男性/584歳/護衛屋(魔術班班長)】
【キャダン・トステキ/男性/40歳/団長】
【シェル/男性/12歳/歌手】
【その他キャラバンメンバー】
【船長など】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、糀谷みそです。
『別大陸まで護衛セヨ!』にご参加くださり、ありがとうございました。
このキャラバンは、次に斎藤晃ライターの個室を訪れることになります。
そして納品が大変遅れまして、申し訳ありません……!

『臓物系は嫌いじゃない』とか言わせてしまいましたが、本当のところはどうなんでしょう……(゜v゜;)
何だかこのノベルの中ではひたすら裁縫をやっているユリアさんですが、ご自分の服も作ってたりするんでしょうか。
綺麗な髪にきりりとした顔立ち。ぜひとも色んな服で着飾っていただきたいものです!

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。

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