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■迷える御霊■

真神 ルナ
【1252】【海原・みなも】【女学生】
 迷い込んだ鎮守の森で、出口を探してふらつき始めてからどのくらいの時間が経ったのだろう。
 −もう、方向さえわからない。
 クスクス…クスクス…。
 木々のざわめきが人の笑い声にさえ聞こえてきて、否、そんなことはありえないのだ。と何度も気を持ち直す。幻聴であるはずだ。こんな森の奥地に人間がいるはずは無い。そう何度思い込もうとしたか−。
 不思議と体力の限界は感じないものの、何時間も迷い続けて気がおかしくなりそうだった。

「幻聴などではないぞ。クスクス……珍しい客人よのぅ」
「!?」

 ガサリと不自然に木々が揺れ、突如聞こえた声と共にフワリと目の前に降り立ったのは黒い着物を酷く着くずして着ている妖艶とも言える雰囲気を纏った女。
 優しく吹く風に白銀の髪を靡かせながら、女は口元に妖しい笑みを浮かべてみせた。

「本当に珍しい。このような奥地にまで入り込める輩がいようとは、我でさえ予想できなんだ」

 女の後ろの空間が歪んで見えるのは気のせいだろうか。嫌な、予感がする−……。

「さて……ちょうど良いところへ来たのぅ、客人。ちょいと頼みごとをされてくれ。どうやら異界で霊や妖怪が暴れておるらしくての。詳細はこの男に聞くと良かろう」

 女の言葉と共に、ゆっくりと彼女の背後に現れた怪しい男。
 バチッ…いう音と共に空間の歪みが広がり、そして−

「じゃぁ、達者での」

 意味もよく分からないまま空間の歪みに飲み込まれて、意識は深く沈んでいった。



迷える御霊


 迷い込んだ鎮守の森で、出口を探してふらつき始めてからどのくらいの時間が経ったのだろう。
 −もう、方向さえわからない。
 クスクス…クスクス…。
 木々のざわめきが人の笑い声にさえ聞こえてきて、否、そんなことはありえないのだ。と何度も気を持ち直す。幻聴であるはずだ。こんな森の奥地に人間がいるはずは無い。そう何度思い込もうとしたか−。
 不思議と体力の限界は感じないものの、何時間も迷い続けて気がおかしくなりそうだった。 前にも、こんな事があった気がする。あの時は、確か−。
「幻聴などではないぞ。クスクス……久しぶりよのぅ」
「!?」
 ガサリと不自然に木々が揺れ、突如聞こえた声と共にフワリと目の前に降り立ったのは黒い着物を酷く着くずして着ている妖艶とも言える雰囲気を纏った女。
 優しく吹く風に白銀の髪を靡かせながら、女は口元に妖しい笑みを浮かべてみせた。
「二度もこのような奥地にまで入り込める輩がいようとは……。やはり、お主は特別らしいの」
 女の後ろの空間が歪んで見えるのは気のせいではない。以前と同じ、嫌な予感がする−……。
「さて……ちょうど良いところへ来た。ちょいと頼みごとをされてくれ。また異界で霊や妖怪が暴れておるらしくての。……我も行く故、詳細は後ほど話そう」
 バチッ…いう音と共に空間の歪みが広がり、そして−
「では、行くぞ」
 何も言う事が出来ないまま空間の歪みに飲み込まれて、意識は深く沈んでいった。




「起きよ、みなも」
 どこかで聞いたことのある声が自分の名を呼んでいる。自分を包む温もりはとても優しく暖かくて、このままで居たいと思うのに。
「起きぬというなら置いていくぞ?」
 自分を呼ぶ声がそれを許してはくれなくて。みなもはゆっくりと目を覚まし、自分の目の前にある女の顔をぼんやりと見つめて首をかしげた。
「蒼月……さん?」
「いかにも。久しぶりよのぅ、みなも」
 そっと頭を撫でられる暖かい感覚とは裏腹に吹き付ける風は酷く冷たい。冷たい風を受けて完全に目を覚ましたみなもはゆっくりと辺りに視線をさ迷わせて。そして、想像もしていなかった事態に驚き目を見開いた。
「と……飛んでる……?」
 そう。みなもを横抱きにした蒼月が、ふわふわと宙に浮かんでいたのだ。自分の足元に広がっているのは昔の日本を思わせるような沢山の建物達。落とされる事は無いと分かっていても、初めての体験に恐怖がこみ上げてくるのを抑える事は出来なくて。
「っ……!」
 みなもはぎゅっと蒼月の首に抱きついた。そんなみなもに気づいたのか、蒼月はみなもと視線を合わせてふわりと優しい笑みを浮かべる。
「大丈夫じゃよ、みなも。落としたりはせん。これも我の能力故、落ちることもない」
「大丈夫……ですか……?」
「うむ」
 蒼月の笑みから感じられるのは絶対的な自信。蒼月の笑みを見て安心したのか、みなももふっと笑みを浮かべた。
「あ、そう言えば……」
 落ち着きを取り戻せば、当然思考も正常に働くようになるわけで。異界へ連れて来られる前に聞いた蒼月の言葉を思い出し、みなもは"あれ?"と首をかしげる。
「ここは前と違う世界ですよね。また、霊が暴れてるんですか?」
 その問いは酷く純粋で、蒼月を責めるような意図はまったく込められていない。怪我をする可能性が高い場へと同意の言葉を聞かれないまま連れて来られたというのに文句一つ言わないみなもを見、蒼月は申し訳なさそうに苦笑した。
「そうじゃ。以前も巻き込んだと言うに……すまんの」
「いえ、蒼月さんのお手伝いが出来て嬉しいです」
 しかし申し訳なさそうに告げる蒼月とは裏腹、みなもは満面の笑みを浮かべてきっぱりと言い切る。片手で蒼月にしっかりと掴りながらも、もう片手で拳を作って"頑張ります!"と意気込むみなもを驚いたように見つめて。……そして。
「そうか。……では、また協力してくれるか?みなも」
「もちろんです!」
 蒼月は、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。
「どうすればいいですか?」
「そうじゃの……あそこに大きな屋敷が見えるな?あそこに今回退治せねばならぬ霊がおるらしい」
 トンと民家の屋根に降り立った蒼月がみなもを自分の隣へ降ろす。降り立った民家の正面、道を挟んだ向こう側に建つ屋敷を見、みなもはコクリと頷いた。
「一人で、行けるか?この世界でもう一匹霊が暴れておると言う報告もあっての。……その確認のため、我は動かねばならぬ。本来ならば共に行動するべきなのじゃろうが……これ以上被害が拡大する前に、片をつけてしまいたいのじゃ」
「強い、んですか?その霊って……」
「……正直なところ、分からぬ。ハッキリと分かっておるのはそれが"妖怪"ではなく"霊"と呼ばれるものだという事だけ」
 冷たい風が、吹き抜ける。不安そうに自分を見つめてくるみなもの視線に気づき、蒼月はくしゃくしゃとみなもの頭を撫で回して不敵な笑みを浮かべて見せた。
「なに、心配はない。別件が片付き次第我もすぐに助太刀に向かう故、大丈夫じゃよ」
「……はい、頑張ります!」
 みなもの返事を聞いて蒼月は一瞬酷く優しい笑みを浮かべた。決意と共に屋敷を見ていたみなもは見ることが出来なかったけれども。それは、酷く酷く暖かい笑み−。
「では、健闘を祈っておる。何かあれば我の名を呼ぶのじゃ。……絶対に、助けると約束しよう」
 自分の持つ自然を操る能力によってみなもを地に下ろした蒼月は不敵な笑みと共にそう言い残し、屋根を蹴ってその向こう側へと姿を消した。
「……私が頑張らなきゃ……!」
 去っていった蒼月の背を見送ったみなもは、恐る恐る門をくぐって敷地の中へと足を踏み入れる。−しかし。
「な……に、これ……!」
 門をくぐった途端目の前に広がった光景にみなもは驚いて絶句した。門の向こう側から見た光景とは明らかに違う。門の外から見た限りでは、屋敷の中が荒れているようにも廃墟のようにも見えなかった。−なのに。
「不気味……」
 みなもが門の内側へと足を踏み入れて見たのは廃墟と言っていいほどに荒れている建物。屋根には穴が開き、家具は倒れ障子はボロボロになっていて。見間違う、はずがない。門の向こうから見た光景と今自分が見ている光景は全く違うと断言できる。
 −だと、したら。
「結界……?」
 誰かがこの屋敷を隠すために張ったのか、あるいは"霊"を逃がさないようにするためなのか。それとも、もっと他に重要な意味があるのか。
「でも、どうして……」
『……シンニュウシャ……』
 思考の途中、突然耳元で聞こえた不気味な声。地を這うように低く、それでいて掠れているその声に嫌なものを感じたみなもは、とっさにその場にしゃがみこんだ。
「!!!」
 −ダアアンッ!!みなもがしゃがみこんだのとほぼ同時、屋敷の中から飛んできた木製の机。となりの家との境である壁に叩きつけられて砕け散ったそれを見、みなもはバッと跳ね起きて屋敷の方へ視線を向けた。
 それと共に視界に映った、白い煙のようなものたち。人の顔のように見えるその白いものと正面から向かい合った瞬間、みなもの背をゾクリと何かが駆け上がっていく。
『シンニュウシャ……ニンゲン……?』
『……ヨロセ……カラダ、ヨコセ……!』
 恐怖に震えはじめた体。どうやら個々の区別すらつかなくなっているらしいその霊からは殺意と殺気しか感じられなくて。……それでも。
「私が……しっかりしなきゃ……!!」
 震える体を無理やり押さえつけて、みなもは霊を睨み付けた。
『"コロセ……シンニュウシャ……ハイジョ!!』
「!!」
 襲い掛かってきた霊を右へ飛んで避ける。壁にぶつかってもまったくダメージを受けていないらしいその霊はみなもから距離をとり、うめき声と共にじっとみなもを凝視していて。
「ッ……!」
 気味が、悪い。それでも反撃しないわけには行かず、震える手で日ごろ持ち歩いているビンのふたを開けたみなもは中に入っていた水を辺りにばら撒いた。水は地に落ちず、ふわふわとみなもの周りを漂いはじめる。
 先ほどぐるりと自分の周りを見回してみたが、水がありそうな気配はなかった。……と言うことは、武器になるのはこの水だけと言う事で。大技よりも細かな水の操作が得意なみなもにとってこの状況は非常に不利なものだった。
「きゃ……!!」
『ウバエ……!』
 霊は何度も何度もみなもに襲い掛かってくる。霊が傍を通り抜けるたびに怒る生暖かい風が、みなもの体に傷を作っていく。水の羽衣を使ってはいるものの、防ぎきれない風はみなもの体にどんどん擦り傷を増やしていった。
『ウウ……ウゥゥ……!』
 戦っている間にも霊は集まってくる。反撃の機会をうかがっていたみなもは間一髪で攻撃をよけ、隙の出来た霊の大群に向かって思い切り水を放った。……けれども。
「嘘っ……!!」
 みなもの水に貫かれた霊は、辺りの霊を取り込んで再生し更にその大きさを増す。驚いて隙の出来たみなもは他の霊に後ろから襲い掛かかられ、勢いよく吹き飛ばされてしまった。
「……うっ……」
『シンニュウ……シャ……コロセ……!』
「まだ……私は……ッ!?」
 なんとか起き上がったみなもに向かって霊が勢いよくつっこんでくる。避けるタイミングを逃してしまったみなもは吹き飛ばされ、思い切り壁にぶつかった。息が詰まり、力を失った体はずるずると地へと壁を伝って地に崩れ落ちていく。
『トドメ……トドメヲ……』
『カラダ……ウバエ!』
 もう、立つことすら出来ない。擦り傷によって体のあちこちから血がにじみ、壁に叩きつけられた衝撃でうまく手足が動かないのだ。……ここまで、なのだろうか。
『コロセ……!!!!』
 霊の軍隊が纏まってみなもに襲い掛かる。段々と迫ってくる霊をぼんやりと見つめながら、みなもはゆっくりと目を閉じた。
(私が得意なのは大技じゃなくて細かな分子操作……。だから、この機会に戦う力や何にも屈しない強い心が欲しかったのに−……)
 そんな考えが、頭をよぎる。抵抗しようにも上手く言う事を聞いてくれない自分の体。蒼月の期待に応えられなかった事が悔しくて仕方がなかった。悲しみのカケラが一筋、みなもの頬を伝って流れていく。霊がみなものすぐそこまで迫った、その時。
「みなも!!!」
 みなもを呼ぶ声と共に彼女を守るように現れた透明な壁。その壁に弾かれて、霊は散り散りになっていく。暖かな何かに包まれるような感覚の後、意識の中に流れ込んでくる暖かい何か。
「みなも!大丈夫か!?」
 重い瞼を持ち上げて最初に目に映ったのは酷く焦った表情をしている蒼月の顔で。みなもは申し訳なさそうに精一杯の笑みを浮かべた。
「ごめん……なさい、蒼月さん……」
「いいのじゃ、みなも。こんなに傷ついてしもうて……相手がレギオンじゃと知っておったらお主一人に任せる事もなかったと言うに……!!」
 みなもの涙を手でぬぐってやりながら唇をかみ締めている蒼月が睨んでいるのは、先ほどまでみなもが相手をしていた霊の軍隊。物理攻撃があまり効かない霊の、しかも大群を相手にするのは戦いに慣れているものにとっても難しいと言うのに。
「あとは我に任せよ。我が来るまで、よう耐えてくれた」
 みなもの怪我を”拒絶”することによって塞いだ蒼月は、みなものまわりに結界をほどこしゆっくりと立ち上がる。怒りのためか、制御が利かなくなりつつある力が蒼月の周りに狐火として浮かび上がった。
「よくもまぁここまで傷つけてくれたのぅ。……我を怒らせたこと、その身をもって思い知れ!」
 つっこんで来るレギオンを拒絶の力で跳ね返し、飛び上がった蒼月が空中でグッと拳を握り締める。それと同時に上がる火柱。
「チイッ……はずしたか!」
 間一髪で避けたらしい霊は全滅を免れていて。カマイタチのように襲ってくる風を空中で身をひねってかわし、蒼月は軽い音を立てて着地した。相手の攻撃がかすったのか、頬を流れる一筋の血。それを手でぬぐい、蒼月は不適な笑みを浮かべてみせる。
「死して尚この世にとどまろうと足掻くとは惨めな事よのぅ?」
 空中を旋回しながらうめき声を発する霊達を見つめながら、まるでその存在をあざ笑うように冷たく投げかけた言葉。怒りと共にポツポツと音を立てて増えていく狐火が段々と纏まって大きなものとなっていく。
「一瞬で消し去ってやろう。苦しまずに済むのじゃ……せめてもの情けよ」
 ゴォッ!!と大きな音を立てて燃え上がった狐火が屋敷を飲み込み、勢いよく霊に襲い掛かった。蒼月を中心に起こった風が、彼女の髪を巻き上げて地から天へと昇っていく。
 −そして。
「消え去れ。その存在の全てを浄化してくれる!」
 ドォォォォン……!!凄まじい音と共に、屋敷も木々も……敷地内の全てを飲み込んだ巨大な火柱が上がった。後に残ったのは、敷地を囲う塀と少々焦げた地面、そして結界に守られたみなもと蒼月のみ。
 敷地内に何も残っていない事を確認し、蒼月はゆっくりとみなもを抱き上げた。
「蒼月……さん?」
「もう、終わったのじゃよみなも。すまんの、一人であれに立ち向かうのは怖かったろう?」
「いえ……。……蒼月さん……私、力が欲しいです……」
 誰かに頼らずとも、一人でピンチを乗り越えられる力を。そして、何事にも屈しない強い心を。
「あせらずとも良い。そんなに突然強くはなれぬものじゃ。まずは、その傷を癒す事よ」
「…………はい」
 ぐにゃりと空間がゆがみ、元の世界に戻る扉が開かれる。
「助けてくれてありがとうございました、蒼月さん」
 蒼月に抱きかかえられたままその扉を潜ったみなもはじっと蒼月の顔を見つめ、ふわりと優しい笑みを浮かべた。




fin




  + 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)+
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1252/海原・みなも (うなばら・みなも)/女性/13歳/中学生

+ NPC +
4078/蒼月(そうげつ)/女性/?/鎮守の森・守人




   +   ライター通信   +

ご依頼ありがとうございました!ライターの真神ルナです。
納品の長期遅延、本当に申し訳ありません!! お待たせしてしまった事、心よりお詫び申し上げます。
みなもさんをコテンパンに、との事でしたのでみなもさんには傷ついていただいたのですが……こんな感じで大丈夫でしたでしょうか?
霊との戦闘シーンは初挑戦で、うまく表現できたのか非常に心配です;
同じエピソードで二度目のご依頼でしたので、一度目のご依頼後の話という設定で書かせていただきました^^
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
いつかまたご縁があった時には、違ったみなもさんの魅力を書かせていただきたいなぁと思います^^

リテイクや感想等、何かありましたら遠慮なくお寄せくださいませ^^
それでは失礼致します。

またどこかでお会いできる事を願って―。


真神ルナ 拝