■特攻姫〜お手伝い致しましょう〜■
笠城夢斗 |
【5616】【ジャック・ブレイドマン】【人形/探し物屋『インビジブル』メンバー】 |
ぽかぽかと暖かい陽気の昼下がり。
広い庭を見渡せるテラスで、白いテーブルにレモンティーを置き。
白いチェアに座ってため息をついている少女がひとり――
白と赤が入り混じった不思議な色合いの髪を珍しく上にまとめ、白いワンピースを着ている。輝く宝石のような瞳は左右色違いの緑と青。
葛織紫鶴(くずおりしづる)。御年十三歳の、名門葛織家時期当主である。
が、あいにくと彼女に、「お嬢様らしさ」を求めることは……できない。
「竜矢(りゅうし)……」
白いテーブルに両肘をついて、ため息とともに紫鶴は世話役の名を呼んだ。
世話役たる青年、如月(きさらぎ)竜矢は、紫鶴と同じテーブルで、向かい側に座って本を読んでいた。
「竜矢」
再度呼ばれ、顔をあげる。
「はあ」
「私はな、竜矢」
紫鶴は真剣な顔で、竜矢を見つめた。
「人の役に立ちたい」
――竜矢はおもむろに立ち上がり、どこからか傘を持ってきた。
そして、なぜかぱっとひらいて自分と紫鶴が入れるようにさした。
「……何をやっているんだ? 竜矢」
「いえ。きっと大雨でも降るのだろうと」
「どういう意味だっ!?」
「まあそのままの意味で」
役に立ちたいと言って何が悪いっ!――紫鶴は頬を真っ赤に染めてテーブルを叩いた。レモンティーが今にもこぼれそうなほどに揺れた。
「突然、いったい何なんですか」
竜矢は呆れたようにまだ幼さの残る姫を見る。
紫鶴は、真剣そのものだった。
「私はこの別荘に閉じ込められてかれこれ十三年……! おまけに得意の剣舞は魔寄せの力を持っているとくる! お前たち世話役に世話をかけっぱなしで、別に平気で『お嬢様』してるわけではないっ!」
それを聞いて、竜矢はほんの少し優しく微笑んだ。
「……分かりました」
では、こんなのはどうですか――と、竜矢はひとつ提案した。
「あなたの剣舞で、人様の役に立つんです」
「魔寄せの舞が何の役に立つ!」
「ずばり魔を寄せるからですよ」
知っているでしょう、と竜矢は淡々と言った。
「世の中には退魔関係の方々がたくさんいらっしゃる。その方々の、実践訓練にできるじゃないですか」
紫鶴は目を見張り――
そして、その色違いの両眼を輝かせた。
「誰か、必要としてくれるだろうか!?」
「さがしてみますよ」
竜矢は優しくそう言った。
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特攻姫〜お手伝い致しましょう〜
葛織紫鶴[くずおり・しづる]がたまにやっていること。それは『魔寄せ』である。
修業をしたい退魔師たちのために、わざと魔寄せの剣舞を舞っては、魔を寄せて戦う場を与えている。
それはある日のこと……
日中からずっと紫鶴の剣舞で現れた魔を相手にしていた退魔師が、去っていった日暮れの時間。
「………? 姫」
紫鶴の傍から離れない、世話役の如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]がふと表情を険しくした。
「なんだ?」
紫鶴は剣舞の舞い続けで疲れ切った顔を竜矢に向ける。
竜矢は木々の陰をにらみやりながら、紫鶴をかばうように立ち、
「……そこに、いるのか?」
警戒の声を出した。
それが発端、
どばっ!
木々を植え込みをなぎ倒して、大量の『魔』が現れた。
大型のミノタウロスが一頭。
それにジャガイモやらニンジンやらが巨大化した魔が大量に。
中には――
カボチャ頭の魔物もいた。
「オイラ達を喚んだの、姉ちゃんたち?」
カボチャ頭は言った。
体は小学校低学年程度の背丈。カボチャの目と口の部分だけくりぬいた、まるでハロウィンに出てくるカボチャのような様相をした彼は、しかし明らかに「魔」だった。首から下は金属製のガイコツなのだ。
そして――手にはチェーンソー。
「そっカー。喚ばレちゃったカ」
カボチャ頭は不思議なイントネーションでしゃべりながら、
「オイラ、ジャック・ブレイドマン。よろしク」
と自己紹介をしてきた。
「お……お前も魔なのか!」
紫鶴が信じられないといった顔でジャックを見る。
「姫、近づいてはいけません!」
竜矢が厳しく紫鶴を制した。
敵はジャックだけではない――
竜矢が唐突に紫鶴を抱いて横に飛ぶ。――ミノタウロスが通り過ぎていった。
ミノタウロスはずざざっと足を止め、もう一度竜矢たちを振り返る。
とそのとき、上から何か液体状のものが降ってきて、紫鶴と竜矢の目に入った。
とたんに二人は痛烈な痛みを目に感じた。
「た……たまねぎの汁!?」
タマネギが巨大化した魔がケタケタ笑っていた。
二人が目をなんとか開けようと四苦八苦する。そんな様子をジャックは見て、
「ンじゃ、始めようカ」
その表情の乏しいカボチャ顔の、暗い目の奥を光らせた。
目が見えない紫鶴と竜矢の圧倒的な不利――
気配だけで敵と相対する紫鶴は、しかし負けてはいなかった。だてに精神力を大量に使う剣舞を舞い続けてきているわけではない。
一度は消した精神力による剣を再度生み出し、気配だけで敵の位置を把握して剣を振りかざす。紫鶴の剣はどちらかと言えば切るより突く剣だ。しかし、どちらを行うにも適したサイズをしていた。
竜矢も長年ただ紫鶴の傍にいただけのわけではない。
時間が日暮れ前でよかった。魔たちの影が大量に伸びている。
竜矢のわざは、影縫い――
精神力で生み出した針で、痛む目を薄く開きながら影を確実に留めていく。動きを留められた魔を、紫鶴が確実に剣でしとめていく。
ジャガイモ、ニンジン。どれも斬り応えが不思議な感触で、紫鶴は内心「料理をしている気分だな」と思った。
――チェーンソーの恐ろしい音が紫鶴の耳元でした。
紫鶴は目を閉じたまま、とっさに下にしゃがんだ。
「アー、だメだよヨけちゃ。余計いタいヨ?」
ジャックの真面目な声がする。
紫鶴は下からジャックの声に向けて剣を斬り上げる。
手ごたえがあった。
「ン。顔がチョっと崩レちゃった」
何の支障もなさそうな調子で、ジャックは言う。
紫鶴は立て続けにジャックの声に向けて剣を放った。
斬り降ろす。ざくり、とまるで野菜を切るような感触がする。実際に野菜なのかもしれない。
と、危険を感じて紫鶴はばっと半身を避ける。「姫!」と竜矢の声がした。
熱い熱気が通り過ぎて行くのを感じた。
――炎だ。
「そのカボチャは炎を吐くようです、姫!」
竜矢の言葉に答えている暇はなかった。ジャックとは違う方向から殺気を感じて、紫鶴は舞うような動きで魔の攻撃を避け続けていた。
そろそろたまねぎ汁の効果が切れる――
紫鶴は思い切って目を開けた。
腹の位置に、背の低いジャックのチェーンソーがあった。
「!!!」
「ニヒヒ……オイラのチェーンソーからは逃げられナイヨッ!」
そう言ったジャックは――
なぜか口から火を噴いた。
紫鶴の衣装の一部が焦げる。紫鶴は剣を振り下ろした。
ばかっ
音を立てて、中身のないカボチャが割れる。
「あー。ひどイなア」
どさりと頭を落としたジャックは、あまりショックを受けてなさそうな声をあげる。はたして地面に落ちた頭からなのか、頭を失ったガイコツの首からなのか、声の出所ははっきりしない。
ジャックはもういいだろう――
そう判断した紫鶴は、竜矢が次々と動きを留めていた他の魔たちを斬りに向かう。
ミノタウロスだけが、うまく影縫いできずに、二人に襲いかかっていた。
紫鶴はミノタウロスは避けるだけにして、他の魔たちを斬り払っていた。
「それにしても……っ」
竜矢が必死にミノタウロスの動きが止まる瞬間を狙いながら、困ったように苦笑した。
「なんだかおいしそうな魔ばかり集まったものですね」
「うむ。何かを思い出すぞ……!」
紫鶴が気合を入れて魔タマネギを斬った瞬間、
「Trick or Treat!」
ジャックの声がした。
はっと紫鶴が振り向いた。
ジャックの頭を失ったガイコツ首は――マフラーを巻いていた。赤いマフラーを。
そこから――
巨大タマネギがぼこっと生えた。
「はひっ!?」
紫鶴は思わずおかしな声をあげた。「た、タマネギなら今切ったばかりだ……!」
タマネギ汁はやめてくれ、と悲鳴に似た声を出して一歩退くと、タマネギ頭になったジャックがふとチェーンソーを下ろしてつぶやいた。
「今ノで思い出シたゾ……」
ウイーンウイーン。チェーンソーは下を向けられたまま恐ろしい音を立てている。
「夕飯ノ買出シがまだダっタ……」
チェーンソーが持ち上げられる……
「ア……今夜はカレーだったナ。材料は……」
眼光を鋭くして――目はないが――見つめる先――
ミノタウロス、牛肉。
他にもタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、魔たちがおいしそうな匂いをさせてジャックの目の前にいる。
「姉ちゃんたち、ネェ」
タマネギジャックは紫鶴を見る。慌てて竜矢が紫鶴をかばう。
「姉ちゃんたちには何もしナいからサ。こいつラうちの食料にもラってイイ?」
「……はあ?」
竜矢が気の抜けた声を出す。
「交渉と言エば交換条件。半分アげるからサ」
「い、いや半分もらっても」
「ジャ、いただきマス!」
ウイィイィイン!
ジャックのチェーンソーがうなった。
ウイイイイイイイイ!!!
ずしゃっ! ずしゃっ! ずしゃっ!
「今夜はおイしいカレーだヨ!」
紫鶴がしとめそこなっていた魔野菜たちを、ジャックのチェーンソーが遠慮なく斬っていく。すでに事切れている魔にまで、「食べラれるサイズでネ!」とチェーンソーがうなった。
ジャックは歌でも歌いそうな様子で「買出し、しなクてもよくなッタ」などと言っている。
そんなジャックを、紫鶴と竜矢は呆然と見つめていた。
ふと――
殺気を感じ、竜矢が紫鶴を引っ張って立ち位置を変えさせる。
突進してきたのはミノタウロス――
「ソイツだけ、うるさいネ」
ジャックがこちらを向いた。タマネギ顔の、穴状になっている目の奥が、キラーンと光った。
「でモ、カレーに肉は入れナいとネ!」
たっ……!
ジャックは飛び上がった。
ミノタウロスが、一瞬前までジャックのいた場所を通り過ぎていく。
ジャックはすとんと飛び降り、チェーンソーをうならせた。
「おトなしく斬らレなヨ!」
ウィイイイイイイイイイ!!!
ひときわ激しくうなるチェーンソー――
ミノタウロスがジャックに向かって突進してくる。
ジャックは、
立ち位置を微妙に変えて、
―――
ミノタウロスがチェーンソーにまともに突進していく。
ジャックの微妙な手の動きで、ミノタウロスは半分になった。
「ハい、もっと小さくネ」
ウイイイィィ
ジャックは遠慮なく事切れたミノタウロスの体を斬っていく。
「す、すごい……」
紫鶴が呆然と、ジャックの技を見ていた。
「はイ、これ約束の半分ネ」
すべての魔野菜たちを斬り終わった後――
ジャックは律儀に半分を紫鶴に渡そうとした。
紫鶴は慌てて首を振った。
「い、いい、いい。それはどうぞそちらで食べてくれ」
「それジャ和解できナいヨ」
「それがなくても和解した、した! ジャック殿はもう我々を襲わないのだろう?」
「うン、約束するヨ」
「なら、それで充分ですよ」
横から竜矢がほっとした声を出す。
ジャックのチェーンソーの恐ろしさは散々見せつけられたため、敵に回らないのならそれが最高だ。
タマネギ頭のジャックは機嫌よさそうに、
「ありガたいネ。今日ノ夕飯助かるヨ」
と――表情がないのに笑顔と分かるような様子で――紫鶴たちに重そうな頭を下げた。
あの……と紫鶴はおずおずと口を開く。
「その……すまなかった。カボチャ頭、斬ってしまって……」
「いいヨいいヨ。和解したヨ、オイラたチ」
紫鶴がほっと笑みを見せる――
「よかった……やはり顔は大切な部分だから」
「うン? オイラの顔はいくらでも換えがきくカら大丈夫だヨ。なんなら他の頭に変えようカ?」
「遠慮します……」
紫鶴と竜矢は、丁重にお断りした。
こうして、日が暮れるころ、大量の荷物を抱えてジャック・ブレイドマンは去っていった。
「あんな魔もいるのだな……」
紫鶴が剣を消してほうと息をつく。
「勉強にはなりますね」
竜矢が苦笑する。
紫鶴は竜矢を見上げて、
「……なあ、彼の作るあのカレーはおいしいのだろうか?」
「……そこには興味を持たないでください」
月が、天を照らし出す――
ふと紫鶴が月を見上げると、丸い月がカボチャ頭の顔に見えた。
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【5616/ジャック・ブレイドマン/男性/9歳/人形/探し物屋『インビジブル』メンバー】
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■ ライター通信 ■
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ジャック・ブレイドマン様
初めまして、ライターの笠城夢斗です。
このたびはゲームノベルへのご参加、ありがとうございました。納品が大変遅れて申し訳ございません。
ジャックさんのようなタイプのキャラは初めて書きましたので、とても楽しかったです!
よろしければ、またお会いできますよう……
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