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■ワールズエンド〜此処から始まるものがたり■

瀬戸太一
【5615】【アンネリーゼ・ネーフェ】【リヴァイア】
閑静とした住宅街。そこに佇むのは一軒の雑貨屋。
どことなくイギリスの民家を思わせるようなこじんまりとした造りで、扉の前には小さな看板が掛かっているのみ。

そんな極々普通の雑貨屋に、何故か貴方は足を止めた。
それは何故なのか、貴方が何を求めているのか。
それを探るのが、当店主の役目です。

方法はとても簡単。
扉を開けて、足を一歩踏み出すだけ。
きっと店主の弾ける笑顔が、貴方をお迎えするでしょう。

ワールズ・エンド〜軽やかな秋








 空高く萌ゆる秋。そんな一年で最も過ごし易い季節にのんびりダラけていた私の店に、一人の来訪者があった。
「お邪魔致します。…宜しいですか?」
「あっ、はい! どうぞどうぞ」
 カランカラン、と鳴るドアベルと共に、涼やかな声がカウンターでぼんやりしていた私に届く。
私は慌てて席を立ち、お客様を出迎えに玄関のほうに急いだ。
 長方形の小包を片手に、淑やかな笑みを浮かべて立っていたのは一人の女性。
20歳前後というところだろうか、まるで空の色を映したような、綺麗な蒼色の髪を腰ほどまで垂らしている。
纏っている服装は丈の長いドレスのような珍しいデザインで、彼女の整った顔とあまり見かけない髪色とあわせて、
まるでこの店が御伽噺の世界に入ってしまったような感覚を覚えた。
「…?」
 ぽかん、としている私を不思議に思ってか、彼女はあくまで淑やかに首をかしげた。
そんな彼女の仕草で私は我に返り、パッと”お出迎え用”の笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいませ! この店は初めて…かしら?」
「ええ、所用で寄らせて頂きました。こちらは服飾…生地のようなものは置かれてらっしゃいますか?」
「生地? ええと、どういったような…」
「秋冬物の新しい衣服を作るため、絹を頂きたいのです。出来れば、上質のものを」
「絹…ね。絹というと、シルクよね?」
 倉庫にあったかしら…。繕い物はするけれど、自分で服までは作れないのよね、私。
でも確か、婆様が取り扱ってたものを、村から持ってきたような覚えもあるわ。
そうなると、魔法がらみになってしまうけれども。
 私はそう考えて、目の前の女性に尋ねてみた。
「ええと…多分、あったと思うの。あまり表立って取り扱ってはいないから、少し在庫を探すのに時間はかかるんだけども。
…でも、もしあったとしても、少しばかり、その…特殊な品物になってしまうんだけども、構わない?」
「特殊、ですか?」
 彼女はかすかに目をぱちくりさせた。
「ええ。…あ、とりあえず、ひとまず中へどうぞ? お茶を淹れるから、ゆっくりお話でも」
「ああ、お茶を頂けるのでしたら」
 彼女は私の言葉に微笑み、自分が下げていた包みを少しだけ掲げてみせた。
「ご一緒に如何ですか? 物々交換用に、ケーキをお持ちしましたの」












「わっ、おいしい! これ、なんていうケーキ?」
「キルシュトルテといいます。気に入って頂けて良かったです」
 アンネリーゼ・ネーフェと名乗った彼女が持参したケーキを一口含み、私は感激の声をあげた。
アンネリーゼはそんな私の様子を微笑みを浮かべて見つめている。
 うん、お世辞じゃなくって、本当に美味しい。
見た目は桜桃が乗った生クリームケーキ、だけどスポンジの中にチョコが挟んであって、
口に含むと同時にチョコの濃厚な味が口全体に広がる。
ああ、至高のひととき。美味しいケーキがあってこそ、ノンシュガーの紅茶も引き立つってもんよね。
「物々交換…って言ってらしたけど。こんな美味しいもの頂いてよかったのかしら」
「ええ、勿論。そのためにお持ちしたのですから」
 アンネリーゼはそう言って頷く。
彼女によると、彼女の出身地では貨幣経済が発展していないため、物々交換が盛んに行われているそうだ。
このケーキは、この店で絹の生地と交換のために持ってきたものだという。
…絹っていっても、うちの倉庫に眠っていたものなのに、
こんな美味しいものを貰って何だか申し訳ない気分だわ…。
 でも美味しいものは幸せな気分で頂かなくっちゃ失礼よね。
てなわけで、私は気を取り直してケーキをぱくつくのであった。
「こちら、不思議な絹ですね」
「ああ、それ?」
 私はフォークを皿の上に置き、アンネリーゼが抱えて長めている反物を見た。
さすがに、物々交換なのに、先にケーキを頂くわけにはいかないもの。
アンネリーゼが店内を眺めている間に、特急で倉庫から探し出してきたのだ。
うん、ちゃんと取っておいて良かった。
 彼女が抱えている絹の反物は、一見すると色が固定されていない。
緩やかに七色に変化していて、まるでたゆたう風のようだと私は思う。
「それ、本当は私じゃなくって、うちの婆様が作ったの。うちの村でもなかなかお目にかけない一品よ。
気に入ってもらえると嬉しいんだけど」
「…うちの村、ですか」
 アンネリーゼは不思議そうに首を傾げる。
ああ、と私はまだ自分の出身地について話していなかったことを思い出し、掻い摘んで話すことにした。
「イングランドのね、コッツウォルズ地方にある村なの。魔女が多いから、単純に魔女の村って呼んでる。
割と閉鎖的なんだけど、いいところよ。自然も多いし」
「…成る程」
 アンネリーゼは、納得したように頷いた。
「人間の魔女でしたか。それならば、一般の方よりかは、私たちに近い存在…ということですね」
「…?」
 私はアンネリーゼの言葉に、何か含まれているような気がして、少し首をかしげた。
近い存在ってどういうことかしら? 彼女は確かに普通の人の雰囲気はないけれど。
「この絹、気に入りました。きっと素敵な衣服を作ることが出来ますわ」
 ありがとうございます。
そう言って彼女は軽く頭を下げた。
「この反物は、使ってもなくならないそうですが」
「あ、うん。そうなの。再生能力に優れているから、少しでも残しておけば、自然に元通りになるわ。
…でも絹だけじゃなくて、巻き取る棒とセットの魔法だから、全部使い切ったら効果がなくなってしまうんだけど」
「了解しました。ならば、名前が必要ですね。既につけてらっしゃるのですか?」
「名前? ううんと、まだなの。…アンネリーゼさん、つけてもらえる?」
 私がそう言うと、彼女は少し驚いた素振りを見せた。
そして少し目を逸らし、考えるように指先を口元にあてる。
暫くそうしていたかと思うと、やがてゆっくりと口を開いた。
「そうですね…。ライヒテ・ザイデ、というのは如何でしょう?」
「らいひ…どういう意味?」
 私は目をぱちくりさせた。あまり聞きなじみがない言葉だ。
私が問い返すと、アンネリーゼは上品に微笑み、
「”軽やかな絹”という意味です。人間の欧州、ドイツで使われている言葉だそうです」
「へえ、ドイツ語かあ…」
 常人離れしている美人のお嬢さんは、どうやら私の想像以上に博識家のようだった。













 とりあえず物々交換は済んだから、もう彼女の用も終わったのだけれど。
差し迫った用事はない、とのことで、そのまま午後のお茶会を開くことになった。
紅茶はポットごと、お茶請けは勿論彼女が持ってきてくれたキルシュトルテという名のケーキ。
美味しいお茶とケーキがあると、話も弾む。
「…シュテルン? それはどこにあるの?」
 アンネリーゼは言葉を選びつつ、自らの出自について話してくれた。
私の想像通り、人間ではないのだという。
”シュテルン”という地からやってきた、光の妖精なのだとか。
 …妖精、というと魔女である私は馴染みが深い言葉である。
でもそれは私の村のあちこちにいる、手の平サイズの悪戯好きのおちびさんたち。
無論、アンネリーゼたちとは種族が違う。
「天上にあります。人間たちからは察知することが出来ません。
統治者がおらず、平和で穏やかな場所です。…勿論、自然も豊かですよ」
「へえ…所謂、楽園ってやつね」
「ええ、人間から見るとそう思われるかもしれません」
 アンネリーゼの言葉に、私はふむふむ、と納得する。
「じゃあ、今着ている服も、そのシュテルンっていうところの服なの?」
 私は興味深そうに、アンネリーゼの胸元に視線を移した。
実は、彼女がこの店に現れたときから気になっていたのだ。
一見すると優雅なドレスだけれど、片方の肩が素肌を晒していて、同時に活動的にも見える。ウエストをきゅっと太目の帯で縛り、そこから広がるスカートは、幾層にも分れていて、彼女の歩幅にあわせて優美に揺れる。当然ながら、あまり見かけないデザインだ。
 私の好奇心に気づいたのか、アンネリーゼは自分の胸元に片手を添え、言った。
「ええ、これはツィーアリヒ・フラオといいます。清められた糸で私が織りました。
デザインはシュテルン独自のものですね」
「へええ…うん、とっても素敵」
 うんうん、と私は何度も頷いた。
「あの、ライヒ…なんとかも、服を作るために使うのよね?」
「ライヒテ・ザイデ、ですね」
「そうそう、それそれ」
 アンネリーゼが苦笑しつつもフォローをしてくれて、私は頷く。…ドイツ語って難しいのよね。
「ええ。そろそろ季節も変わりますし、衣服を新調しようかと」
「へえ。いいなあ、自分で作れる人って。羨ましいわ」
 私は心底そう思って言った。事実、縫い物が出来る、というのと、衣服を作れる、というのは全く違う。
技術も勿論のこと、デザインセンスも問われる。遠い昔、挑戦したことがあったけれど、結局挫折したっけ。
「そうですか? ルーリィさんの着てらっしゃるものも素敵ですよ。ご自分で作られたのでは…」
「あはは、これは違うの。魔女の村の友達が作ってくれて」
 私は苦笑して、軽く手を振った。
私が着ているものは、長袖のブラウスにふんわりとした丈の長いスカート。ところどころに細いリボンが巻きついていて、私はそれが気に入っている。逆立ちしても、私にこんなものは作れない。
「だからね、自分で作れる人って尊敬なの」
 私がそういうと、アンネリーゼは微笑を浮かべて見せた。
「でも、衣服の良し悪しは作成者に寄りますが、それ以上に使用者に寄るものです。
どんなに良い物でも、そのものが持つ良さを見出すことが出来なければ、魅力は無くなってしまいます」
「はあ…」
 私は少し呆然として、アンネリーゼの形の良い唇を見つめていた。
彼女の言うことは少し難しかったけれど、少し考えてみると私にも彼女が言いたいことは伝わった。
「…つまり、着こなしが大事、ってこと?」
「ええ。そういう意味では、ルーリィさんの衣服や装飾は素敵だと思います」
 つまりそれは、私の着こなしを褒めているということ。
それが最大の賛辞であることは、私にも分かった。
 だから私は少し照れつつも、笑って返した。
「…ありがとう。あまりそう言ったことを言われたことがないから、照れるけれど」
「そうですか? でも私、世辞はあまり得意なほうではありませんから」
 だから信用しろ、ということか。
私はアンネリーゼの言葉の意味を察し、ならば、と素直に礼を言うことにした。
「うん、ホントに、ありがとう。でも、アンネリーゼさんの衣装も素敵よ? デザインも、勿論着こなしもね」
 私がそういうと、アンネリーゼは嬉しそうに笑った。
「有難う御座います。…日本文化にはまだ詳しくなくて、少々浮いている部分があると思うのですが」
「…確かに、珍しいデザインだとは思うけれど。
でもほら、やっぱりお洋服って着ている人によるもの。さっきアンネリーゼさんが仰ったようにね?
貴女にはぴったりだもの、気にすることないわよ」
「…ええ、そうですよね。ならばライヒテ・ザイデを使って、私らしいものを作るとします」
 アンネリーゼのその言葉に、私は満足して頷いた。
彼女が作る秋冬物の衣装、私も是非拝見してみたくなった。
だってそれはきっと、彼女の優雅な雰囲気を、さらに際立たせるものであるだろうから。








 そして暫くお茶を楽しんだ後、そろそろお暇します、と彼女が口にして。
玄関での別れ際、アンネリーゼは紙袋に入れた件の絹を大事そうに掲げ、微笑を浮かべていった。
「今回は有難う御座いました。おかげで、とても良い物が作れそうです」
「それは良かったわ。ねね、アンネリーゼさん」
 私がそうニコニコして言うと、アンネリーゼは不思議そうに首をかしげた。
「出来上がったら、是非見せてね? とても期待してるから」
「…! はい、是非に」
 アンネリーゼは一瞬だけ目を大きくし、すぐにふっと微笑を浮かべ、頷いてくれた。






 うん、やっぱり秋って大好き。
気候は穏やかだし、やる気も出るし―…何より、新しいデザインの衣装を拝むことが出来るんだもの。
読書や料理、スポーツに絵画と色々あるけれど―…。
さしずめ妖精の彼女にとっては、デザインの秋。…ってところかしら?








             End.





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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【5615|アンネリーゼ・ネーフェ|女性|19歳|リヴァイア】


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▼ ライター通信
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 初めまして、今回は当WRにお任せくださり、誠に有難う御座いました。
連休を挟み、お届けが遅れてしまい申し訳ありません;

 今回の絹を使って、どのようなお洋服を作られるのか、楽しみにしていますね。
きっと素敵なものなのだろうなあ、とドキドキしつつ!

 それでは、またお会いできることを祈って。