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■彼女はアイドル! 〜ささやかな、でーと?〜■

ともやいずみ
【6612】【安藤・浩樹】【高校二年生】
 最近毎日が忙しい彼女。
 そんな彼女が珍しく懇願してきた。
 たまには二人だけで出かけたい。デートしたい。
 だが彼女は人気のアイドル。恋人がいることがバレてしまっては困る。しかし彼女の願いは叶えてあげたい。
 さて、どうする――?
彼女はアイドル! 〜ささやかな、でーと?〜



「な、に……?」
 言われたことがうまく理解できなくて、安藤浩樹は口元をひくり、と痙攣させた。
 携帯電話にしっかりと耳をつけ、もう一度、と促す。
<デートしよ?>
 ずる、と浩樹のかけていた眼鏡が落ちそうになった。
「でっ!? なに言ってるの!?」
 迂闊に「デート」と言えないために、浩樹は慌てて言い直す。しかし彼女は平気な声で続けた。
<一緒にお出かけしよう、って言ってるの>
「それはわかってるよ! でもなんで?」
<なんでって……うーん。二人っきりで遊びに行くことないから、かなぁ……>
 何か考えているのか、電話の相手……七種くるみは、少し沈んだ声を出した。
 一方、浩樹の脳内でも色々と葛藤が始まっていた。
 くるみとは恋人同士ではあるが、まともにデートしたことすらない。現在に至っては、彼女とちょくちょく会うのが精一杯だ。
 デートに行くことは簡単だ。だが彼女のマネージャーからもきつーく言われている。付き合っていることがバレてはいけないと。
(デートって……夜の公園で散歩、とかじゃないんだよなぁやっぱり)
 それは「散歩」であって、「デート」ではない。
(昼間に外に二人で……? き、危険ではないのか……?)
 かなり危険だ。
 しーんと静まり返る浩樹を、電話越しのくるみは心配した。
<浩樹君? ねえ、聞こえてる? もしもし?>
「あ、ご、ごめん」
<やっぱり……いや?>
「嫌ってことはないけど……」
<嫌なんじゃないの>
 ぷう、と頬を膨らませる気配を感じられる。少し不愉快そうな彼女の声に浩樹は困惑した。
<私だって、たまには二人で居たいなあって思うんだよ?>
「こうして電話してるだけじゃ、だめなの?」
 自分だって、電話だけでは嫌だなと思う時があるというのに……浩樹はそう尋ねてしまう。
 くるみは少し黙ってからちょっと怒ったように言った。
<顔が見たいなあって思ったりしちゃダメなの?>
「違うよ! そ、そうじゃなくて…………ほら、くるみちゃんは……今、けっこう有名人だからさ……外に二人っきりは危険だと……」
<…………>
 ぼそ、と何か呟かれたが、浩樹には小さすぎて聞こえない。
「え? なに? ごめん、聞こえなかったよ、くるみちゃん」
<……たまには彼氏と彼女らしいことしたいなあって、思っただけ>
 ぼそぼそと言うくるみの言葉に、浩樹はかあ、と顔を赤らめた。
 そうはっきり言われてしまうと、どうにも恥ずかしい。
(そ、そうか……そうだよね。彼氏、だった……僕は)
 なにを今さら、という感じではあるが、秘密にしている交際ゆえに時々「本当に付き合っているのだろうか?」という不安にかられる時があるのだ。
<だめなら……仕方ないから諦める。浩樹君も忙しいだろうし>
 遠慮がちに言ったくるみに、浩樹は座っていたイスから立ち上がって言う。
「わ、わかった! 行こう!」
 慌ててしまったために、かけていた眼鏡が床に落ちる。だが構ってはいられない。
<え、でもいいの?>
「いいよ。たまには一緒に遊びに行っても、いいと思う。バレないようにするなら」
<……堂々と一緒に居られないって、やっぱり変だよね>
「そうだね。でも、声が聞けるし、家は隣だから…………」
 そこまで寂しくはならないと……思う。



 電車に揺られている浩樹は、隣の車両のほうを見遣った。車両を区切るドアの窓越しに、相手と視線が絡む。
 チューリップハット、とでも言うのだろうか? 帽子を深く被って、眼鏡をかけている少女が居る。
 長めのスカートとカーディガン姿で、帽子と眼鏡さえなければ目立ってしまうだろう彼女がこちらを見てにっこりと微笑んだ。
(なんか……スパイ映画みたいだ……)
 どきどき、する。
 浩樹は視線を自分の足もとに落とす。
 目的の駅まではそれほど時間はかからない。だから二人とも立ったままである。……ただし、電車の車両は別だが。
 今日のために綿密に計画を練った。とはいえ、それほどたいした計画ではないが。
 行き先は最初、遊園地にでもしようかなと思った。デート言えば、定番だろう。
 だがあそこは目立ちすぎる。もっと目立たなくて……。
(で、結局デパートでやってる催し物になっちゃったんだけど……)
 くるみにもっと楽しんで欲しいとは思うのだが……。
 浩樹は顔をあげた。
 ううん。二人で一緒に楽しむのだ。彼女が誘ってくれたんだから。
(今日くらいは、で、デートを楽しもう!)

 大型百貨店まで来て、タイミングをずらして中に入る。これでただの買い物にしか見えないはずだ。
 エスカレーターに乗るかエレベーターに乗るかでちょっと悩む。これは決めていなかった。
(エスカレーターにしようかな……)
 思案していると、変装したくるみが浩樹を追い越してエスカレーターに乗った。
(あ……乗っちゃった)
 なんてことを思っていると、くるみがちらっとこちらを振り向いた。軽くウィンクされて、浩樹は「うっ」と小さくうめく。
(う、嬉しいけど……だ、ダメだよなぁ、ああいうことしたら)
 後頭部をちょっと照れ隠しに掻き、しばらくしてからエスカレーターに乗り込む。
 催し物がされているのはかなり上の階だ。
(くるみちゃんは降りる場所は知ってるから安心だな)
 ゆっくりとあがっていくエスカレーター。浩樹はくるみが居るかどうかを目で確認しつつ、どきどきと胸を高鳴らせた。
 大丈夫だと何度も自分に言い聞かせる。
 催し物がされている階で降り立つと、くるみの後ろ姿が遠くにあるのが見えた。彼女は一直線に催し物のコーナーへと向かってフロアの奥へと歩いている。
 この階の奥のスペースを使って、現在は天体の催し物がされている。小さなプラネタリウムもあるのだ。
 距離をとって、くるみの後ろを歩く。本当は……横に並んで歩きたいのだが……。
 周囲を見てもくるみであるとはバレていないようだ。そこに浩樹は安堵する。
 チケットを買うくるみを見遣り、それから少しの間をとって浩樹もチケットを購入してプラネタリウム室に入った。
 さすがにデパートでやっているだけあって、狭い。だが工夫がこらしてあり、そこそこ凝っている感じだった。本物のプラネタリウムに比べることは、できないが。
 天井もそれほど高くはないが、十分だろう。並べられたイスと、少し強めの冷房。
 浩樹は視線を動かしてくるみの姿を探した。
 いた!
 一番奥側の、後ろの席にいる。
 浩樹は自然を装って近づき、横に腰掛けた。
 変、じゃなかったよね? 今の動き。
 大丈夫、だよね?
 と、なぜかかなり気にしてしまう浩樹である。自分でも「気にしすぎ」だとは思うが、どうしようもなかった。
 隣の席に座るくるみの気配を感じるが、そちらを向けない。場内はまだ明るい。誰かに見られる恐れがある。
(むぐぐ……)
 早く始まればいいのに。
 数分だったのだろうが、浩樹にはもっと長く感じた。やっと場内が暗くなり、アナウンスがかかる。
 天井に星が映った。星の海だ。
(わぁ……綺麗だな)
 こんな小さくて狭いところでも、こんなに綺麗なのか。本物の大きな場所で見たら、感動の度合いはもっと大きくなるのだろうか?
 アナウンスが星の説明をする。それを聞きながら浩樹はくるみのほうを見遣った。
 薄明かりの中で彼女が嬉しそうに顔を輝かせていた。眼鏡を外している。元々眼鏡をかけないのだから、フレームが視界に入って邪魔なのだろう。
 誰かに気づかれてはいないかと浩樹は周囲を見回したが、その心配は無用だった。他の人たちも天井を見上げている。誰も周囲に目を配ってはいない。
 天井に映る星たちは、あまり詳しくない浩樹もよく知っている有名なものばかりだった。
 来て、良かった。
 もっと洒落ていて、楽しいところだと良かったのだろうが……と、何度も何度も思った。だが、来て良かった。
 浩樹はくるみのほうへ手を伸ばし、彼女の手を握る。その瞬間、なぜか恥ずかしくなって頬を少し赤らめてしまったが。
 彼女はちょっと驚いたような反応をするが、黙って握り返してくれた。
(こうしてると……なんか、二人っきりで宇宙遊泳してるみたいだ……)
 同じ目線で、同じものを見て、感動して。
 それが凄く嬉しい。幸せだ。
 人工の星は、美しく瞬いている。



 会場をあとにした二人は、帰路についていた。
 バス停から二人は歩く。こればかりはタイミングをズラしようがなかったのだ。
 それに……もう帰りだ。最後くらいは……。
 浩樹は前を歩くくるみが立ち止まったのに気づいて不思議そうにした。
「? くるみちゃん?」
「もうそろそろ家だし、もう大丈夫よ」
 うん、と頷くとくるみは振り向く。
「一緒に歩こう。遠足と一緒で、家に帰るまではデートだもん」
「う、うん……」
 夕焼けを浴びているくるみがとても綺麗だった。
 並んで歩く。
「あのさ……今日、楽しかった?」
 浩樹は小さな声で尋ねた。家に帰ってから携帯電話で訊くこともできたし、そういう携帯メールをすることもできた。だが、直接訊きたかったのだ。
 あんな百貨店の催し物なんかで、満足できただろうかとか。色々と……不満はなかったのかとか。
 どうせなら遠くまで行って、もっと若者らしく映画を観たり食事をしたりするのだろうが……。これが、浩樹のできる精一杯だった。
 目立たないように行動するには……そう考えて、近くで目ぼしいものはないのかと探して……。
 くるみはきょとんとし、浩樹の顔を覗き込んだ。
「どうしてそんなこと訊くの?」
「どうしてって……。もっと気の利いた場所のほうが良かったかなと思って……ちょっと」
「遊園地とか、映画館とか、食事とか?」
「うん……」
 彼女はニコッと可愛らしく微笑んだ。
「綺麗だったよ、星。私は好きだな」
「……くるみちゃん」
「遅くまで遊んだりするのがデートじゃないもの。一緒に居て、楽しく過ごすのがデートじゃないのかな? 普段と違う場所でね」
 そうなのだろうか?
 浩樹は迷ったような視線をする。すると、くるみがまた微笑んだ。
「自信もって! 私、とっても嬉しかった!」
 その笑顔で、浩樹は強く頷いた。そして言う。
「僕も……すごく、楽しかった。また、行こうね」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6612/安藤・浩樹(あんどう・ひろき)/男/17/高校二年生】

NPC
【七種・くるみ(さいくさ・くるみ)/女/17/アイドル】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、安藤様。ライターのともやいずみです。
 ささやかなデートでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!