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■〜Auberge Ain〜にて■

竜城英理
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
 落ち着いた内装を持つ様式に、歴史を感じさせる調度品が突然迷い込み、どことなく落ち着かない気分にさせていた心が平穏を取り戻す。
 玄関ホールで誰か居ないかと声をかけようとした時、奥から現れた人物に気付き、声をかけた。
 その人物は、丁寧にお辞儀をし、言った。
「ようこそ、Auberge Ainへ。今宵の料理と遭遇する出来事が貴方をお待ちしていました」
銀木犀の風薫る庭で 〜Auberge Ain〜にて



 秋。
 秋の夜長に読書の季節。
 読書好きなシュライン・エマにとって過ごしやすい季節。
 すこし熱い珈琲を片手にゆっくりと本のページを捲る時間が至福に感じる、そんな季節だった。
 昨日も、時間のある時にと購入して未読のまま放置していたハードカバーの本を読破したばかり。
 今日は何を読もうかしらと、積み上がった本の中から一冊を抜き出す。
 時間の空いた時に読もうと、鞄に本を入れるとシュラインは草間興信所に向かう。
 指輪を交わしたとはいえ、シュラインの所蔵する本は数が半端でなく多い。本の置く場所がない興信所では引越をする訳にもいかず、いぜんと変わらないままだ。
 変に変わっても困るだけだから、今のままでも良いと思うシュラインだ。
 互いの気持ちが理解できていれば何もいらない。
 それに、翻訳の仕事でぼさぼさになっている姿を見られたりするのは矢張り恥ずかしいと思う。
 好きな人には一番綺麗な自分を見ていて欲しい。
 けれど、当の本人である草間自身は気にしては居ないだろうとは思うのだ。
 草間は元々、そういった事には拘らない性格だ。
 いつもよれよれになった服を平気で着ているし、煙草の吸い殻が山になった灰皿でも気にしない。
 いざというときには、強さを見せる、それでいいと思うのだ。
 階段を軽く駆け上がると、シュラインは草間興信所の扉を開けた。
「おはよう、武彦さん」
 が、当の草間はいびきをかいて、気持ちよさそうにデスクの上に足を投げだし、椅子の上で寝ていた。
 声をかけたというのに、寝ているのは余程熟睡しているのだろう。
 シュラインは仕方ないわねと呟くと、デスクの上に置かれた山盛りの灰皿から片づける事にした。
 毎日の習慣になったその片づけ。
 ヘヴィスモーカーの草間だから、今更だと思いつつも少し煙草の量を減らして欲しいと思うが、好きな物を禁止するのは可哀想だとつい注意も甘くなるシュラインだ。
 吸い殻をスチール製の吸い殻入れに入れると、流し台で灰皿を洗って、灰皿専用の布巾で綺麗に拭く。
 ぴかぴかになったのを満足げに見ると、草間の元に戻り、デスクの上に灰皿を置く。
 相変わらず寝ているのを見て、シュラインは良い事を思いついたとばかりに、草間の鼻を細い指でつまんだ。
「………!?」
 草間は数秒は静かだったが、息が出来ないので、眉を眉間に寄せて変な表情を浮かべている。口で息が出来るのに気付いたのか、口を開けて呼吸をしはじめた。
 だが、それでも目覚めることなく、睡眠を続行する草間。
「なかなか強情ね……」
 掃除をしようと思っていたのだが、草間が寝ているのでは仕方がない。
 そう諦めるとシュラインは鞄から本を取り出し、草間が起きるまでの間、本を読む事にした。
 ソファに座り、楽な姿勢で本を読み始めたシュラインだが、草間と同じく睡魔に襲われ、やがて眠りについた。
 そよそよと窓から秋風が流れ込んでいた。



 銀木犀の香りがふわりと薫ってくる。
「良い香り……」
 シュラインが目をやると、両側の木々は銀木犀で白い柱が続いているよう。
 薔薇のアーチをくぐり、西洋建築の建物が見えると、シュラインは再びAuberge Ainへとやってきたのを確信した。
 ふと顔がほころぶ。
 普段は料理を用意する側だから、用意して貰えるというのは純粋に嬉しいもの。
 料理するのが嫌いという訳ではなく、もてなして貰える側になるのが草間興信所の財政状況を考えると稀な部類に入るからだ。
 一度訪れた人間の気配は分かるのだろうか、男は扉を開け、シュラインを招き入れた。
 落ち着いた内装を持つ様式に、歴史を感じさせる調度品。
 慣れる程ではなかったが、以前、来訪した時に比べると随分と驚かなくなったと思う。
 そうシュラインは自分を落ち着かせると、男を眺めた。
「再訪、ありがとうございます。シュライン・エマ様」
 深く頭を下げる男にシュラインは訊ねた。
「武彦さんはここに来ているのかしら?」
「はい、草間武彦様はお部屋の方で休まれています。ご一緒のお部屋で良いと草間様から伺っておりますが、よろしいでしょうか」
「え、……ええ。それでいいわ。案内お願いできるかしら」
 シュラインは一瞬どきっとしたが、一緒にといって先に入っている草間の顔を立てないといけないと思い、頷く。
 前回とは違う部屋なのか、廊下に掛かっている絵画は風景画多い。
 調度品も柔らかい木の素材を生かした物が多いのか、雰囲気は良かった。
 草間の居る部屋の前に到着すると、男はアンティークな金色の鍵をシュラインに差し出した。
「草間様はお休みですので、わたくしは此処までとさせて頂きます」
 確かに、寝相悪く眠る草間の寝姿を男と二人で覗くのは趣味じゃない。
「案内ありがとう」
 シュラインは礼をいうと、男は一礼をして去っていった。
 中にはいると、室内の雰囲気は同じなのか臙脂色で纏められている。
 天鵞絨のカーテンをひいたまま、薄暗い中で気持ちよさそうに身体を投げ出して、ジャケットも脱がずにそのまま寝ている。
「もう、武彦さんったら」
 せめて靴ぐらいは脱がせておこうと、すぽんと脱がしてベッドの下に揃える。
 暗いままなのはどうかと、シュラインはソファセットのテーブルの上に置かれた洋燈に火を灯した。
 洋燈だけではなく本が置かれているのは明かりをつける前から分かっていたが、見覚えのあるその本にシュラインは笑みを浮かべる。
 小さな一角獣の出てきた召喚書だ。
 シュラインは前に見た姿を思い浮かべながら、本を開いた。
 ぴょんとページから飛び出してきたのは、白い一角獣だ。
「まえに見た子かしら?」
 観察していると、一角獣はシュラインの掌を嗅いで確認する。暫く首を傾げるようにしていたが、ようやく思いだしたのか、尻尾を振った。
 嬉しいことに覚えていたらしかった。
 一角獣は辺りを見渡し、ベッドの上で眠る草間に気付いて、悪戯をしようと近づいていく。
 気付いたシュラインは慌てて、一角獣を制止した。
「駄目よ、武彦さん眠って居るんだから」
 一角獣は残念そうにシュラインの方を見る。
「駄目よ?」
 ようやく諦めたのか一角獣はシュラインの方に戻ってきた。
 シュラインの指に頭を寄せて、一角獣は撫でるように要求する。甘える一角獣に笑みを浮かべ、撫でてやる。
 部屋の時計を見れば、まだ昼を過ぎて間もない時間だ。
 元の世界とこの世界の時間経過は少し違うようだった。
 中に何があるのか、まだ全てまわっていないシュラインは、晩餐までの間、探索をしようと決めた。
 庭も広く、四阿もあり、その下で軽い食事をするのも気分が良いだろうと、シュラインは草間への伝言をメモに書くと、部屋を出た。
 サロンへと足を運び、バスケットに軽く食べられるものを詰めて貰うと、一角獣を相棒に探索を始めた。
 外を眺めるのに最適な回廊をゆっくりと歩く。
 光と影とのコントラストが美しく、時折立ち止まって見る。
 その時、綺麗な旋律がシュラインの耳に聞こえてきた。ピアノではなくどうやらパイプオルガンのようだった。
「誰が弾いているのかしら」
 今はまだ小さくしか聞こえないから、ずいぶん遠くで弾いているのだろう。探索の目的をパイプオルガンを弾いている人物と場所に変更する。
 シュラインは優れた聴覚で辿っていく。
 音色も段々と大きくなり、やがてその音色は尖塔が3本ある建物から聞こえているのが分かった。
 確か、音楽堂だったとシュラインは思い出す。
 開け放たれた扉から、そっと覗き込む。
 半円状に並んだ椅子。
 その奥。
 長い金髪の人物が、壇上に据えられたパイプオルガンを弾いている。側には黒豹が寝そべっていた。
 来訪者に気付き、黒豹が頭をあげてシュラインを見る。そして、シュラインの肩に乗った一角獣へと視線を移した。
 びくーっと一角獣が跳ね、シュラインに寄り添う。
「大丈夫よ」
 黒豹が襲いかかってくるとは思えなかったので、安心させるようにいう。
 実際のところ、確認する感じを受けただけだ。
 演奏を終えた金髪の男性は、鍵盤から手を離し、黒豹の頭に手を乗せると、シュラインの方へと振り返った。
「初めまして。シュラインさん」
「どうして、私のこと……」
 知ってるの。
「支配人に聞いただけですよ」
 本当は違いますが、と男は内心呟き、口元に笑みを浮かべた。
「私はクラーク・マージナル。この館にいるあいだは外での関係は問わないように」
「あら、あなたもブラッドさんと同じことをいうのね」
「ほう、ブラッドと。彼と会われましたか」
 興味が湧いたのか、クラークは椅子から立ち上がると、黒豹を連れてシュラインの方へとやってくる。
「ここで食べ物を食べるのは気が引けるわね……、庭にある四阿でどうかしら。ほら、バスケットに色々詰めて貰ったのよ。何が出てくるのかはお楽しみね。だって、私も知らないんだから」
「お誘いありがとうございます。それでは、向かいましょうか。四阿までは少し歩かなければなりませんが、大丈夫ですか」
「私はまだまだ大丈夫、いつも足で調査とかしているもの」
 逆にあなたの方が心配なんだけどと声には出さないがシュラインは思う。
 二人は話をしながら、並んで歩く。
「音楽堂、鍵を掛けなくてもよかったのかしら」
「大丈夫です。招かれない限り、この館に来られるものは居ませんよ」
「そう、それなら安心ね」
 シュラインの視線に気付き、クラークがいう。
「黒豹は一角獣は食べません。召喚獣ですし」
「えーっと、それは召喚獣じゃなければ、食べるって解釈してもいいのかしら」
「角が無ければただの馬ですし。食べるものもいると思いますよ」
「飛んだりしてるけど、ただの馬……」
 ちょっぴり悲しい言い方に、シュラインの声が落ちる。
「あぁ、そのような意味ではありませんよ。弱肉強食な世界ですから、戦闘能力から見ると、一角獣はかなり弱い部類だとそういうことです。元々、攻撃よりは回復に優れた種ですから」
 戦闘能力が高い召喚獣達の中ではただの馬な部類、そういうことなのねと納得する。
 強くても強くなくても、館では可愛らしい姿で楽しませてくれるのだから。
「歩くのも良いですが、折角ですから、この一角獣に乗せて貰いましょう。シュラインさん手を」
「手?」
 言われるままに手をバスケットを持っていない手を差し出す。
 クラークはシュラインの手を取ると、いった。
「鞍を乗せるのには慣れていないようですから、このままでいきましょう」
 一角獣が乗れる位の大きさへと姿を変える。
「真っ白で綺麗ねぇ」
 大きくなった一角獣の背を撫でる。
「暫くは大きさを保っているので、大丈夫ですよ。いきましょう」
 クラークは馬上へとシュラインを引き上げ、自分の前に横乗りで坐らせる。
「高いわね……でも、景色が違っていいわね」
 ふわりと銀木犀の香りが漂っている。
 柔らかな香りは気持ちを優しくするものだ。
「昔は見えましたが、残念ですね……」
「え?」
 微かに呟いたクラークの言葉にシュラインは振り返る。
「あぁ、着きましたよ」
 何事もなかったかのようにクラークは笑みを浮かべ、シュラインにいった。少し悲しそうなのは、気のせいではないだろう。
 二人が一角獣の背から降りると、掌程の大きさに戻った。
 シュラインは一角獣を肩に乗せると、四阿で持ってきたバスケットの中を開けて広げた。
 大理石のテーブルの上には、サンドイッチとフルーツの盛り合わせとビスケット、アイスティと冷えたワインが並んでいる。
 ナプキンを膝の上に広げ、二人は食事を始めた。
 クラークはワイン、シュラインはアイスティだ。
「あら、このサンドイッチのお肉、初めて食べる味……」
「これは、悪夢食いの羊肉ですね。この館で出るとは珍しい」
「羊肉のわりには癖がないわ」
「鶏肉に似ているかも知れませんね。獄が属では鶏肉はありませんから」
「鶏肉の代わりみたいなものなのね」
「鶏肉という部類なら、あるのでしょうが……、こちらの鳥は随分と大きく、表皮も硬いですから専ら乗り物です」
 ダチョウに羽がない生き物みたいなのかしらと想像しつつ、サンドイッチを平らげると、フルーツを攻略しはじめた。
「おや、これはワインではありませんね。赤葡萄の果汁です。騙されましたよ」
 クラークは面白そうに表情を浮かべる。
「そうなの? 赤ワインみたいなのに」
「赤ワインと同じコンコード種から作られた物なのでしょう」
「美味しいのには変わりません。ワインは晩餐でどうぞということなのかも知れませんね」
「ホント、ジュースだわ。濃厚なグレープジュースね」
 零さないように気をつけつつ、シュラインは飲み干した。
「は〜、きもちいい風ねー」
 お腹もいっぱいで、このまま眠ってしまいそうだ。
「眠っても良いですよ」
「いえ、そういうわけにはいかないわ。館に武彦さんを置いてけぼりにして来ちゃったし」
 戻る頃には流石に目は覚めているだろう。
 もう暫くこの場所で風を感じていたかったが、夕闇が近づいてきていた。
「そろそろ戻りましょうか。四阿からは館へ戻るのにはそう時間はかかりません」
 クラークは慣れない手つきで、片づけを手伝いながらシュラインにいった。
 似合わないわ、と思ったのはシュラインの独り言だ。



 シュラインは館に戻り、クラークと別れると、部屋に戻り、未だに眠っていた草間を叩き起こすと、晩餐用の衣装へと着替えて、ダイニングへと向かった。
 今日のメニューは季節の茸を使った料理だ。
 ゆっくりと食事を堪能した後、シュラインは草間とゆっくりと部屋へ戻った。

 草間が眠っている間にあった出来事をシュラインは話す。
 そして夜は更けていった。
「そろそろ寝るか」
「そうね……、おやすみなさい」
 瞼がゆっくりと閉じて、夢の中へと落ちていく。



 ちっちっちっ。静かな部屋に響く時計の秒針を刻む音。
 時間はほんの数分しか経っていなかった。カップの中のコーヒーは少し温くなっていた。
「ふあぁぁぁぁあ……シュライン、熱い珈琲を頼む」
 起き抜けにシュラインを認めると草間はいった。
「はいはい」
 自分の分も入れ直そうとカップを手にして、給湯室へと姿を消した。
 次に出会うのは誰なのかしら、またいけると良いわねと呟きながら。



END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【公式NPC】
【草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】

【NPC】
【クラーク・マージナル/男性/27歳/天が属領域侵攻司令官・占術師】

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■         ライター通信          ■
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>シュライン・エマさま
こんにちは。竜城英理です。
〜Auberge Ain〜にて、参加ありがとう御座いました。
音楽室からピクニックになりました。一角獣は懐いている様です。お名前などありましたら、つけて頂けると嬉しいです。
金木犀じゃないのは銀木犀の方が館のイメージだったからです。
では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。