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■特攻姫〜特技見せ合いっこパーティ〜■

笠城夢斗
【5515】【フランシス・ー】【映画館”Carpe Diem”館長】
 広い広い西洋風の邸宅。
 いかにも金持ちそうな雰囲気をかもしだすその屋敷の庭園で、ひとりの少女がため息をついていた。
 白と赤の入り混じった、流れるような長い髪。両の瞳はそれぞれにアクアマリンとエメラルドをはめこんだようなフェアリーアイズ。
 歳の頃十三歳ほどの、それはそれは美しい少女は――
 ほう、と何度目か分からないため息をついた。
「……退屈だ」
 そして――ひらりとその場で回転するように、舞う。
 シャン
 彼女の手首につけられた鈴の音も軽やかに。
 少女の両手に握られていた細い剣が、音も立てずに庭園に何本もつきたてられていた木の棒を切り飛ばした。
 少女は舞う。ひらひらと舞う。
 そのたびに両の剣も舞い、だんだん細かくなっていく木の破片が、あたりに散らばっていく。
 シャン シャン シャン
 やがて一通り切ってしまってから――
「……退屈だ」
 両の剣を下ろし、少女はため息をついた。
 彼女の名は葛織紫鶴[くずおり・しづる]。この大邸宅――実は別荘――の主で、要するにお金持ちのご令嬢だ。
 そして一方で、一族に伝わる舞踏――『剣舞』の後継者。
 まだ十三歳の若さでその名を背負った彼女は、しかしその立場の重要さゆえになかなか別荘から外に出してもらえない。
「退屈だ、竜矢[りゅうし]」
 若すぎるというのにどこか凛々しさのある声で、紫鶴は自分の世話役の名を呼んだ。
 世話役・如月[きさらぎ]竜矢は――少し離れたところにあるチェアで、のんきに本を読んでいた。
「竜矢!」
「……いちいち応えなきゃならんのですか、姫」
 竜矢は顔をあげ、疲れたようにため息をつく。「大体その『退屈』という言葉、今日だけでももう三十五回つぶやいてますよ」
「相変わらずのお前の細かさにも感心するが、それよりも退屈だ!」
 どうにかしろ! と美しき幼い少女は剣を両手にわめいた。
「危ないですよ。振り回さないでください。あなたのは真剣なんですから」
 冷静に応える竜矢は、やがて肩をすくめて、傍らのテーブルに本を置いた。
「では、パーティでも開きましょう」
「パーティなど飽いた。肩が凝るだけだ!」
「そうではなくて、特別に一般の人々を呼ぶんですよ。それで――そうですね、姫の剣舞のように、他の方々の特技も披露して頂いたらいかがです?」
 私がどうにかしますから――と、のんびりと竜矢は言う。
 紫鶴の顔が輝いた。「それでいくぞ!」と彼女は即断した。
特攻姫〜きみの心に花束を〜

 葛織紫鶴。退魔の名門葛織家の次代当主と目されている少女である。
 現在まだ十三歳の彼女は、生まれてすぐに別荘に移された。
 ――その体に宿す魔寄せの力が、あまりに強かったから。

 そして少女は十三年の時を、数人のメイドと世話役の手を借りながら生きてきた。
 結界の張ってある家からは、一歩も出してもらえないまま。
 紫鶴はうすうす分かっていた。
 ――自分は本家に疎まれている。

 それは魔寄せの力が強すぎるためだけとは一概に言えないことも知っている。だから我慢してきた。
 葛織家の“当主”が代々ただの飾りものだということも知っている。“当主”は必要なときに、魔寄せの剣舞を舞えばいい。それ以外に必要ない。
 紫鶴は――
 自分が当主になったあかつきには、それだけでは済まさないと誓っていた。
 けれど今は、時が早すぎる。早すぎる……。
 だから耐える。
 親戚の誰にも、構ってもらえないこの状況を。

     **********

 その日、立食パーティが、紫鶴の別荘で行われていた。
 集まってきたのは葛織家の親戚と、葛織家と縁の深い退魔の者たちやその他、葛織家の付き合いの人々。
 完全な社交の場だ。

 ――立食パーティを催した紫鶴本人は、パーティ会場である自分の家の庭の隅でぼんやりと立っていた。
 今は世話役の如月竜矢がいない。ひとりきり、寂しさに耐えること――それが今日の自分の役割だと思っていた。
 ひとつの声が、紫鶴の耳に届くまでは。
「よう、お嬢」
「………?」
 紫鶴は緩慢なしぐさでそちらを向いた。
 そして、目を丸くした。
「フランシス殿!」
「また来たぜ、お嬢」
 ひょろりとした長身。長い手足。今日はなぜか、びしっと決めたスーツ。
 フランシスという名のその男性は、紫鶴を見てにやっと笑った。
「元気だったかい?」
「元気――元気だ、フランシス殿!」
 紫鶴は嬉しそうにフランシスに飛びついた。親戚でも付き合いでもない人物が来てくれたことが嬉しかったのだ。
 後ろには竜矢もいる。微笑ましげに見ている。
「今日こそは特技を見せなきゃなあ……」
 フランシスは紫鶴の、赤と白の入り混じった不思議な色の髪を撫でながらふっと意味ありげに笑った。
「え? 何をなさるのだ? フランシス殿」
「とりあえず、お嬢の剣舞を披露してもらいたいもんだ。いいかい?」
「もちろん!」
 紫鶴の剣舞は魔寄せの剣舞。舞えば魔が寄ってくるが、葛織家の魔寄せは月に影響される
 今は昼だ。剣舞の能力も大分落ちている。
 紫鶴はすぐさま、剣舞用の精神力で生み出した二本の剣を取り出した。そしてポケットから、両手首につける鈴を取り出そうとする。
「待て待て待て」
 フランシスはそれを止めた。「今日は、親戚どもにも見せてやれ、お嬢」
「え……それは無理だ」
 紫鶴の表情がかげった。
 親戚その他、紫鶴の事情を知っている者は、紫鶴の剣舞に興味を示したりしない。
「いい、いい。いいからもっと親戚どもの近くに行って舞え。な」
 フランシスは強引に少女をパーティ会場の近くに連れて行く。
 紫鶴の表情が硬くなった。一瞬目が合ってしまった親戚が、ふいと横を向いたから。
「フランシスさん――」
 竜矢がフランシスの強引さを止めようとした。「姫にとっては拷問です。よして頂けませんか」
「こらこらこら、親戚には負けないってんだろ?」
 フランシスは小声で紫鶴と竜矢に言う。
 紫鶴は――うなずいた。
「ああ。負けない」
 その返事に満足したフランシスは、今度は竜矢の肩に腕をかけて、紫鶴に聞こえないように小さな声でごしょごしょとしゃべり始めた。
「クックックッ。今日こそお嬢に俺の特技を見せるときだぜ。主催者のお嬢に誰も注目しねえなら、俺が注目さしてやるまでだ。力ずくでも顔をたててやる」
「どうやって?」
 フランシスが実は悪魔だと知っている竜矢は、いぶかしそうにフランシスに訊き返す。
「お前、竜矢、意地でもお嬢の舞を親戚どもに見せてやれ」
 とフランシスは言った。「その間によ、俺はちぃっとばかし外に出てちょいとやりたいことやってくるからよ」
 予約してあんだよ、とフランシスは言う。
 何を? と竜矢が訊いても、フランシスはにやりと笑って答えなかった。
「とりあえずお前の協力が必要だ。手引き連絡、その他色々よろしく頼むぜ」
「はあ……」
 そうしてフランシスは、
「よっしゃお嬢、俺はあっちらへんから見てるからな」
 とわざと親戚がかたまっている方向を指差して、紫鶴に言った。
 紫鶴はいったん剣を消してから、ぱんと頬を張り、
「よし! 行ける!」
 気合を入れて両の拳を空へと突き上げた。
 フランシスの存在が――紫鶴に勇気を与える。
 フランシスは、にいっと笑った。

 再び二本の剣を生み出し、手首に鈴をつけて、紫鶴が剣舞の用意を始める――
「皆さん!」
 竜矢が大声を張った。
「ただいまから、葛織紫鶴による剣舞が始まります! どうぞご観賞ください!」
 紫鶴が地に片膝をつく。
 親戚たちががやがやとし始める。
 紫鶴の両の剣が、下向きにクロスされる。
 おい竜矢、どういうことだ――と、親戚の咎める声が聞こえる。
 その中で――
 フランシスはそそくさとパーティ会場を脱け出した。

 ――予約はすませてある。
 ――お嬢の髪の色に合わせた色で。
 ――とっておきのものを作ってくれるように。

 フランシスは悪魔だ。紫鶴の剣舞を見ていることはできない。
 しかしその代わりに――できることはいくらでもある。
 親戚にないがしろにされても、
『ああ、負けない』
 そう言いきった十三歳の少女のために、フランシスは走る。
 そう、あんなにけなげなお嬢の顔を立てるためならば。

 竜矢との連絡は、携帯で取ることになっていた。
 竜矢には言ってある。紫鶴の剣舞が終わったら呼べと――

 おそらくフランシスのために、紫鶴は張り切ったのだろう――
 竜矢から剣舞の終了連絡を受けたのは、いつもより大分遅く、小一時間経った後だった。
 自分のために張り切ってくれたものをすべて見ていなかったというのは胸が痛かったが――
「安心しな、お嬢」
 フランシスは立食パーティの元へ戻りながら、つぶやいた。
「俺は、お嬢の味方だ」

 紫鶴が片膝を地面につき、両の剣を下向きにクロスさせ、うつむいて剣舞の終了を告げるポーズを取っている。
 フランシスは親戚たちの間に割りこんだ。
 そして紫鶴が顔をあげたころ――

「いやあ、素晴らしかったぜ、お嬢!」

 フランシスは大声をあげて、紫鶴の前に進み出た。
 紫鶴が目を丸くした。
「ふ、フランシス殿? それは――」
「お嬢の剣舞があんまりに素晴らしかったからよ、たった今出て行って急いで買ってきたぜ」
 受け取ってくれや――とフランシスが差し出したのは――

 赤い、赤い花を集めた、美しい花束――

「お嬢の髪の色に似合うだろうと思ってよ」
 フランシスは柄にもなく、地面に片膝をついてまるで騎士が姫に花束を渡そうとしているかのようなポーズさえ取った。
 後ろでは親戚たちが騒いでいる。
 ――フランシスのパフォーマンスに目を奪われて。
 紫鶴がしどろもどろになる。
「え、ええと」
「受け取っていいんだぜ、お嬢」
「い、いいのか?」
 今までかつて、花束を捧げられたことなどなかった紫鶴はおろおろとしている。
 しかし、いつもなら助けてくれる竜矢も、少し離れたところで笑って見ているだけ。
「お嬢。この花束はお嬢のためにあるんだぜ」
 フランシスはなるべく重々しく、声を低くする。
「もらってもらえねぇと、花が泣くぜ」
「―――」
 言われて――
 紫鶴はおずおずと、花束に手を伸ばした。
 フランシスは片方の唇の端をあげ、少女の手に花束を乗せた。
「わ、わっ」
 花束を抱く不思議な感覚に驚いて、紫鶴は慌てた声を出す。
 フランシスは立ち上がり、親戚たちのほうを向いて声をあげた。
「どーよ! 似合うと思わねえかい!」
 場がしんとなる。
 しかし、
 竜矢がぱちぱちと拍手をしだすと――
 紫鶴は耳を疑った。――竜矢以外の人間からも、ぱらぱらと拍手がこぼれ始めた。
 かたくなに拍手を拒む者が圧倒的多数。それでも、少しの人間は認めてくれたのだ――
 何より、全員の視線が紫鶴に注目している。
「お嬢が、次代葛織家当主だ――! 大事にしてやってくれや!」
 フランシスは上機嫌で宣言した。
「お嬢が当主になりゃ、いい家になるぜ、葛織もよ!」
 それは皮肉半分、本気半分――
「……いい、香りだな……」
 紫鶴が花束を顔に近づけてつぶやく。
「ん? いいモンだろ花束ってぇのは」
「うん」
 紫鶴はうなずいて――
 顔を、花束にうずめた。
「お嬢?」
 フランシスの呼びかけにも答えず。
 小さな肩が、震えていた。
「お嬢……」
 フランシスはその肩を抱いた。
 紫鶴がもう一度顔をあげられる、そのときまで……

     **********

「フランシス殿」
 目元をぬぐっていた紫鶴はふと、横の長身の男に尋ねた。
「舞っている間、フランシス殿を見かけなかったような気がする。……気のせい……か……?」
「気のせいですよ、姫」
 竜矢が近づいてきて、にっこりと微笑む。
「フランシスさんは端っこのほうでちゃんとごらんになっていました。姫も夢中だったから混乱なさってるんでしょう」
 ――フランシスと竜矢の間で交わされた口裏合わせ――
「さて姫。お疲れでしょうから、あちらのあずまやにいらしてください。親戚を黙らせますから」
「あ……竜矢、すまん」
「いつものことですよ」
 紫鶴があずまやへ走っていってから、竜矢はフランシスに「ありがとうございました」と言った。
「滅多にないことです。姫が泣くなんて……」
「そうかいそうかい」
 フランシスは満足そうな笑みを浮かべた。竜矢の肩に手を回して、
「フフフ、こういう水面下でのハカリゴトってのが俺の特技なのさ」
 竜矢が笑う。
「……そういや、お嬢のおじさん元気ぃ? あの人暗くてすげー好き☆」
「京神様ですか。あちらで鬼のような形相をしてらっしゃいますよ」
 竜矢がちらりと見た先、壮絶な目つきでこちらをにらみつけている男がいる。
 紫鶴の叔父の京神――
「いやあ、暗ぇねえ。暗ぇ暗ぇ。サイコー」
 フランシスはあっはっはと笑う。
「笑い事じゃないんですけど……」
 竜矢は片手で顔を覆った。「さて、どうしたものかな……」
「あとは任せるぜ☆ 俺はお嬢としゃべってら」
「はいはい。よろしくお願いしますよ」
 フランシスは長い足でひょこひょこと紫鶴のいるあずまやまで歩いていく。
 竜矢は騒いでいる親戚を黙らせにパーティ会場へ歩いていく。
 互いに、互いの役割りを済ませるために――

     **********

「フランシス殿は帰ってしまわれたのか……」
 夕暮れ時。パーティもお開きとなって、閑散とした庭。
 後片付けをメイドたちがやっているのを見つめながら、紫鶴はぽつりとつぶやいた。
「なあ竜矢……」
「はい」
「花束……というものは……素晴らしいな……」
「ああ、もっと抱いていたかったですか?」
 フランシスからもらった花束は、とうに家の中に持っていかれ、花瓶におさめられている。
 紫鶴は、竜矢の言葉に首を振った。
「いや……あの花束じゃなく……」
「姫?」
「ここに」
 少女は胸に手を置いた。「ここに、綺麗な花束をもらった気がする」
「姫……」
「私がロマンチストすぎるのか?」
 真顔で問うてくる主人に、世話役は優しく微笑んだ。
「いいんですよ、それで」
 花はいつか枯れてしまう。それでも心に咲いた花は、枯れることなどない。
 フランシスがくれた花は――そんな花だ。
「ありがとう、フランシス殿……」
 紫鶴は夕暮れの空を見上げた。
 フランシスのへらっとした笑顔が、見えた気がした。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5515/フランシス・―/男性/85歳/映画館”Carpe Diem”館長】

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■         ライター通信          ■
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フランシス様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は紫鶴のために、素敵なプレイングをありがとうございました!
一番笑ったのは叔父さんの話のところでしたがwいかがでしたでしょうか。
よろしければまたお会いできますよう……