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■I’ll do anything■

九十九 一
【1009】【露樹・八重】【時計屋主人兼マスコット】
 都内某所
 目に見える物が全てで、全てではない。
 東京という町にひっくるめた日常と不可思議。
 何事もない日常を送る者もいれば。
 幸せな日もある。
 もちろんそうでない日だって存在するだろう。
 目に見える出来事やそうでない物。

 全部ひっくるめて、この町は出来ている。


臨時担当八重が行く


 賑やかなそこはアトラス編集部。
 飛び交う単語はやたらとマニアックで怪しげな物だが、雑誌を作るという仕事である以上本人達は居たって真面目だ。
 遊びに来ている数名を除いての話だが、その数名も今日のように忙しいときは手伝いに駆り出されてしまったりもする。
 今日もそれは例外がではなかった。
 休憩用のテーブルの上には誰が用意したのか小さな椅子が置いてあり、そこに八重がちょこんと座ってお菓子を食べている。
「大変そうなのでぇす」 
 人の出入りが多々ある場所と言うのは、大抵誰かが持ってきたお菓子や何かが置いてあり、名前でも書いておかない限りは勝手に食べても良いようになっているのだ。
 多少違うような気もするが、今はそれは置いておく。
「おいしい?」
「おいしいのでぇす」
 あれ程あったお菓子は、八重の小さな体のどこへ減っていくのかと言うぐらいのペースで次々と減っている。
 そんな八重の一時を止めたのは、たまたま近くを歩いていた男。
「よく食べますね」
「まだまだいけるのでぇす」
 その言葉に何かを思いついた夜倉木が、ある提案を持ちかける。
「もっとお菓子ある所に様子を見に行って貰えます? 出来れば原稿も取ってきてください」
「まかせてくださいなのでぇすよ、立派にやりとげてみせるのでぇす!」
 あくどい笑みで頼みながら手紙を渡す夜倉木に、自信たっぷりにドンと胸を叩く八重臨時担当。
 こうしてどちらにとっても一石二鳥の行動を選んだ結果。
 一人の男が不幸のどん底に至る訳である。



 パソコンの前で立ったり座ったり、集中力のかけらもない。
 ふらふらと他の部屋に行ったり、ネットで資料を検索していたりもしていたが……それも中断しベッドの上へと横になる。
「ちょ、ちょっとだけいいよな」
 ぎりぎりな状況であり、もちろん良いわけがないのだ。
 よって当然こういう事になる。
「起きるのでぇす!」
「!?」
 ギョッとして目を見開くりょうの頭の近くには、八重とリリィ。
「様子見に来てくれたのよ。私はナハトとお買い物行ってくるから、後はよろしくね」
「まかせるのでぇす」
「ちょ、そんな事したら食い物全部無くなる」
「良いじゃない、チョコ食べ過ぎだもの、少し減らした方が良いわ、じゃあ行ってきます」
 止めるまもなく出かけるリリィに、がくりと肩を落とす。
「さあ、きりきりかくのでぇす。今日はあたしが担当さんなのでぇすよ」
「……!」
 驚いたように八重を見てから、何か納得したように枕へと顔を埋める。
「寝たらだめなのでぇす」
「夜倉木がこないなら。あと少し……寝れる」
 きつく目を閉じ頭から布団をかぶる。
 手に負えないとはこのことだ。
「寝ても完成しないのでぇす、そしたらもっと怒られてしまうのでぇす!」
「寝て起きたら出来てる、そんな気がする」
「できっこないのでぇす、そんなこと今まであったのでぇすか?」
「今回こそは、きっと……うう、眠い」
 布団からはみ出した髪を引っ張るが、りょうは本格的に寝ようとしている。
「ならいつまでも寝てればいいのでぇすよ」
「……え?」
 寝ぼけた声と共に顔を上げた時には、八重はとっくにキッチンの方へと行ってしまっていた。
「お菓子が沢山なのでぇす」
「ちょっ、待て待て!」
 ベッドから飛び降り八重の後を追いかける。
 テーブルの上には既にケーキやお菓子が山盛りになっている、出かける前にリリィが出していったのだろう。
 全てはこうなると解ってやっていたに違いない。
 ホールケーキにそのままフォークを突き立てては口へと運び、お菓子のおまけの小さなカップに紅茶を注いで飲んでいる。
 そこだけ見れば楽しげな光景なのだが、そうも行ってられない。
「俺のだしそれっ!」
「もっと寝ててもいいのでぇす」
「できっかそんな事っ!」
「食べても良いって許可はもらったのでぇすよ、止めたければおしごとをするのでぇす」
「繋がりあるのかそれ!?」
 もっもとな突っ込みに、八重はにやりと笑い手紙を取り出しりょうへと突きつける。
「………」
「夜までに出来てなかったら食べて良いっていわれてるのでぇすよ。寝てるならできないのでぇす」
「だ、だから食べていいって?」
 かなりのこじつけだが一応は繋がってしまった。
 出来てなかったら怒られた上で没収。
「それだけじゃないのでぇす、沢山あり過ぎるから食べてねってリリィしゃんにいわれたのでぇすよ」
「おかしい、おかしいだろそれ!?」
「終わるまでになくなっていないといいのでぇす」
「くっ……」
 そうこう話している間に、ケーキが半分ほど消えているのは認めなければならない事実。
 何を言っても食べても良い条件が整っている以上は止められない。
 更に相手は不条理妖精。
 とってつけたようないい加減な理屈では何も出来ないのだ。
「書くから、書くから食うペース遅くしろよ!」
「チョコレートケーキがおいしすぎるからむりな相談なのでぇす」
「それ好きな奴だからせめて少しは残しといてくれって。ええと……ほら、缶に入ったクッキーとかやるから」
「まだ隠していたとはおどろきなのでぇす」
 隠していた缶入りクッキーやカステラなどを幾つか取り出して八重へと渡す、その量は確かに食べ過ぎだと怒られても仕方ない状況であることは……この際、横に置いておく。
 今は全部食べられないことが優先だ。
 何しろケーキは今更隠せないと言うのに、このまま八重とケーキを一緒にしていたら間違いなく無くなっている。
 ケーキは食べられたくない、仕事はしなければならない。
 出した結論は一つだった。
「クッキー持ってきて良いから、そっちの部屋で食うなよ」
「しかたないでぇすね、おしごとも見ててあげるのでぇすよ」
「………よし」
 これで暫くは大丈夫。
 幾らかの犠牲を差し出し、パソコンの前に戻る。
「さあ、きりきり書くのでぇす」
「………」
 今までの不調は一体何だったのか?
 まっすぐパソコン画面に向かい、速いペースでキーを叩き続けている。
 初めからこの調子で書いていたら〆切が危なくなるなんて事はないだろうが、常に順調に出来る筈もないのだから仕方がない。
 ややぐったりとしながら書き続けているりょうのすぐ側で見ていた八重は、大きめのクッキーを手に背中を登り始める。
「……なあ」
「なんでぇす?」
「何で登ってるんだ?」
「そこに登る場所があるからなのでぇす、手が止まってるのでぇす」
 クッキーを背負ったまま肩に到着。
「腹減ってきたな……」
 ぼそりと呟いたりょうがクッキーへと手を伸ばしかけるが、ぐいと髪を引っ張り止める八重。
「痛っ! なんだよっ!?」
「終わってから食べるのでぇすよ」
「少しぐらい良いだろ!?」
「ダメなのでぇす、りょうしゃんがそう言うならあたしもケーキを食べに戻るのでぇすよ」
「……! 解ったよっ!」
 勢いよく書き始めるりょうに満足し、コクコクと頷いてから頭を登り初め、頭頂部へと到着した。
「……何で頭の上で食うんだ?」
「ここが一番よく見えるからでぇす」
 はっきりと言い切りクッキーを食べ始める八重。
「がんばった後のおかしはもっとおいしいのでぇす」
「ぼろぼろ落ちてるっ!」
「気にしちゃだめなのでぇすよ」
「無茶言うなっ!」
 声を張り上げながら書き続けたその結果。
「お、おわった……」
「びっくりなのでぇす、お菓子の力はすごいのでぇす」
「実力を出せば、こんなもん……疲れた」
 ふらふらとベッドに座り込み、倒れるように眠り込んでしまう。
「よく寝てるのでぇす」
 髪を引っ張って確認した八重は、にやりと邪悪な笑みを浮かべた。
 りょうはしばらくの間寝ていて起きそうになく、リリィとナハト、夜倉木もまだ来ない。
 結果は、一つだった。
「今のうちなのでぇすよ」
 テーブルに戻り、フォークを構える八重を、後ろから伸びてきた手がひょいとつまみ上げる。
「な、なにをするのでぇす! 放すのでぇすよ!」
「もう終わったんですか? もっとごねると思ってたんですが」
 意外そうな声で尋ねる夜倉木に、八重がえへんと胸を張ってみせた。
「そうなのでぇす、あたしはちゃんとやりとげたのでぇすよ」
「出来てなかったらいびり倒そうと思ってたんですが……そうだ、お礼をしないと行けませんね」
 テーブルの上に八重を降ろし、手慣れた動きで部屋の中に隠されていたお菓子を次々と出してくる。
 初めにクッキー缶をあっさりと出したわけである。
 これだけあるのなら少しぐらいは構わないというわけだ。
「わあああ、すごいのでぇす!」
「多かったら持って帰ってください」
「ありがとうなのでぇす」
 りょうが起きたのは数時間後。
 八重を初めとした複数名の手によって、全ての菓子類がきれいに食べられてしまっていた頃だった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1009/露樹・八重/女/910/時計屋主人兼マスコット】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
色々と遊ばせていただきましたが、喜んでいただけたら幸いです。