■ワンダフル・ライフ〜特別じゃない一日■
瀬戸太一 |
【5199】【竜宮・真砂】【魔女】 |
お日様は機嫌が良いし、風向きは上々。
こんな日は、何か良いことが起きそうな気がするの。
ねえ、あなたもそう思わない?
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ワンダフル・ライフ〜和の心は祖母心〜
「…もうめっきり涼しくなったし、秋って感じですねえ」
「そうね。日差しはあっても風は冷たいし、この過ごしやすさが秋なのよね」
「うん。ホント、秋ってすてき」
のほほん、というかまったり、というか。
そんな穏やかで気を抜くとうたた寝してしまいそうな空気が流れる店内。
接客用のお馴染みテーブルには、私のほかに和服の美女が腰かけていた。胸元を緩ませることなくきっちりと締め、浅葱と藍の二段染めの帯には水色の帯飾りが揺れていて、粋な洒落っ気を感じさせる。小さな玉が幾重にも連なっていて、細い葡萄を思わせるそれはトンボ玉というそうだ。興味深そうな視線を送っていた私に、そう彼女が教えてくれた。
「前にこちらに寄ったときは雨だったものね。今日は快晴でよかったわ」
でないと、雨女と呼ばれてしまうもの。
彼女はそう言って、軽やかにころころと笑う。彼女の正体を知っている私は、それが言葉通りの意味なのか、それとも意地の悪い冗談なのか分からず、一瞬固まったあとに少々ひきつった笑みを浮かべるのだった。
「そ、そうですね。雨女だなんて言われたら、ピクニックに誘ってもらえなくなっちゃうもの」
「ええ、それは困っちゃうわね。でも私の場合、当たらずも遠からず、というところだけど」
彼女はふふ、と優雅に笑って見せた。…しまった、後者だったか。
「雨魔女な私は、ルーリィさんのところのピクニックへお呼ばれ貰えないかもしれないわね」
「そっ、そんなことないですよ!」
私は慌てて首をぶんぶん横に振る。
「それに真砂さん、雨魔女じゃなくって海魔女でしょう!?」
「ええ、そうともいうわね」
そう言って、にっこり。
はぁぁ、と肩を落とす私に、彼女は締めの一言を告げた。
「それに私、雨程度なら自慢の喉でどうとでもなるの。ご心配どうも有難う」
「…さ、さいですか…」
さすがに魔女の”先輩”は、からかい方にも奥深さがあるようで…。
そんな平和?な店内に、唐突に男性の声が響いた。
「ルーリィ、ありましたよ。全く、小さくするならするで置き場所に気をつけてください」
「あっ、本当? ありがとう!」
私はパッと立ち上がり、カウンターの後ろから現れた銀埜のところに駆け寄った。銀埜から手渡しされたそれは、片手の平に収まる程度のミニチュアサイズの畳。普通なら玩具かと思うところだけど、私の店にある以上、ただの玩具では有り得ない。
私は倉庫からわざわざ探してきてくれた銀埜に短く礼を言い、笑顔で真砂のところに戻った。
「真砂さん、ありましたよ! これでお茶会が出来ますねっ」
「あら本当。すごいわね、ルーリィさん宅の倉庫って、何でもあるのねぇ」
「へへ、某猫型ロボット倉庫と呼んで下さい」
私は真砂に褒められたことで調子に乗り、でへへと後頭部を掻いた。だがそんな私に鋭いツッコミが入る。
「…何でも倉庫に押し込められることで、呷りを食うのは私なんですけどね」
「銀埜さんも大変ねぇ」
「”も”って…」
真砂の言葉の中に、一体誰が含まれていたのか気になるところだった…。
それは数十分前。
以前うちの店に来店し、その美しさと優雅さと、そしてマッドマジカリストぶりを振りまいていってくれた竜宮真砂が、再びここに訪れた。今日はどうやらお店のお客ではなく、友人として来訪してくれたらしい。それならば、といそいそと私はおもてなしの紅茶の用意をしたのだが。
「もう秋だし、有平糖の”吹き寄せ”を持参したのだけれど。宜しかったらご一緒に如何?」
という真砂の言葉に甘えて、急遽洋風ではなく和風のお茶会を催すことになったのだった。
テーブルを脇に寄せると、丁度店内の中央に畳二枚分ほどのスペースが出来る。そこで、先程銀埜が倉庫という名の私の作業室から探してきてくれた、ミニチュアサイズの畳の出番なのである。
「これねー、軽く叩くと」
私は空いたスペースに適当に置いたミニチュア畳をぺしん、と叩く。
すると、ぼわんと軽く爆音…否、埃を撒き散らし、ミニチュアサイズだった畳は通常サイズのものへと大きくなった。
「けほっ、けほっ…。ごめんなさい、結構前に使って、それ以来箱の中に突っ込んだままだったのよね」
「あらあら。お茶会の前にお掃除からね」
私は突然立ち込めた埃に咳をするが、さすがといおうか、真砂はホホホと笑って着物の裾で口を覆っていた。真砂曰く、着物はこういうときに便利、らしい。
「ある程度持ってくるときに埃は叩いたんですけどね。やはり巨大化しなければちゃんと取れませんか」
やれやれ、と肩をすくませ、銀埜はピンク色のはたきを私につきつける。
「なにこれ」
「掃除です。まさかこんな埃まみれの畳でお茶を頂くつもりですか?」
「…まあ、そうなんだけど」
何となく釈然としないものを感じる私。こういうのって、普通使い魔がやってくれるんじゃないの? うん、まあいいけどね…。
やれやれ、と腕まくりをしてはたきを握り締めた私は、ふと横を見てぎょっとした。
何とお客様である真砂までが、着物の裾を白い手ぬぐいで縛り、私のものと同じようなはたきを握ってるじゃないか。
「銀埜っ!」
私が思わず声をあげると、銀埜は少しおろおろしていた。…彼にしては珍しい。
「銀埜さんを怒らないであげて頂戴な。私が申し出たのだから」
やる気満々の真砂はそう言ってふふふ、と笑う。
「真砂さんが? そんなの、お客様にさせられませんよ!」
「いいのよ。皆でやればすぐに終わるでしょう?」
私の言葉にも真砂は耳を貸さず、変わらぬ笑みを浮かべている。うぅ…こういう人は、こうなったら頑固なのよね。仕方ないなあ…。
「う、ごめんなさい。…今度からちゃんと綺麗にしときます…」
私はそう項垂れて言うしかなくて。
真砂がにっこりと銀埜に笑いかけたのを見て、ますますがっくりとなった。
埃をはたくのは、15分もかからなかった。敷く畳は全部で二畳、玄関前に出して、ぱんぱんと叩くだけで、あんまり使われていない畳はすぐに綺麗になった。
綺麗にした畳を二畳並べて床に敷き、素足でやれやれ、と寛ぐ私に真砂が言う。
「…今度から、放っておいても汚れない畳を作ろう、だなんて思ってないわよね?」
「ぎくっ」
真砂の指摘に、私はびくっと震える。
「そ、そんなっ。いくら私でも、そんな無頓着を増長するような魔法はっ」
「かけられるものならかけたい、かしら?」
「…図星です」
私は潔く負けを認めた。
この”先輩”にはどうなっても勝てる気がしないわ…。
となると、私に残された道はふたつ。素直に真面目になるか、それとも開き直るか、だ。とりあえず今回、私は後者を選んでみた。
「さすがにそんな都合の良い魔法は難しいですけど。でも、日常生活ですんごい楽になりますよー?」
「そうねえ。確かに楽だけど、全てのものに掃除が必要なくなれば…」
「なれば?」
私は少し身を乗り出す。
真砂は興味深そうな私を見て取り、やはりにっこりと笑って言った。
「太っちゃうわよ。動かなくなって」
「うっ」
的を射た真砂の言葉に、私は胸を押さえて呻く。それは…! それはだめだわ…!
「楽を追求するとダメですね…」
「そうね。でもそういうことで文明が発達してきた、ともいえるけれど。まあ、少しは苦労する部分も残しておいたほうが良いと私は思うわ」
「…はい、ご尤もです」
最もな真砂の言葉に、私は神妙な顔つきで頷く。彼女、少し変わり者かと思ったけれど、言うことはちゃんとマトモなのよね。そういうところがうちの村の連中と違うところだわ。全く彼女の爪の垢でも飲ませてやりたい―…
「あ、そうそう」
私の思考は、真砂の言葉で遮られた。ハッと我に返って振り向くと、真砂はいそいそと和物の鞄から、風呂敷包みを取り出す。
「これは?」
「秋物の布地なの。手芸品店で、秋のはしりのバーゲンがあって。ついつい、買い込んでしまったのよね」
「へぇ、ちょっと見ていいですか?」
「ええ、是非」
私は真砂から包みを受け取り、畳の上で広げてみた。
中の布地を取り出しつつ並べて眺め、私は感嘆のため息を洩らす。
「すっごい綺麗ですね! バーゲン品とは思えません」
「元々質が良い店でね、私も愛用してるの」
私がそう言うと、真砂も嬉しそうに布を手にとって眺めている。
布は幾つかの種類があって、反物の状態のものや折りたたまれたもの、布の生地も麻を使ったものやウール、綿など様々だった。秋物と謳ってるとおり、生地の柄や色は秋を思わせる落ち着いたものが多くって、それだけでも私を夢中にさせた。
「これ、いいんですか?」
「ええ、どうぞ。さっきも言ったとおり、買い込みすぎて、一人じゃなかなか使えなくって。このお店なら持て余すことは無いでしょう? 何かの材料に使ってもらえたら嬉しいわ」
「嬉しい! ありがとう、これで何か小物を作るわ」
私はうきうきしながら、布をたたみはじめた。今おいておいたら、お茶の邪魔になるものね。でも本当に嬉しい、何を作ろうかしら? 秋のお洋服に合うような、小さな鞄とかお財布とか…。
「…気に入ってくれたみたいね」
「へっ?」
貰った生地を隅に寄せてほうっとしていると、唐突に真砂に声をかけられた。
「そりゃあ勿論ですよ。でも、何でですか?」
「いえ、顔を見ていると良く分かったから」
「うぅ…表情が出やすいんでしょうか」
私は呟いて頬を触る。良く顔を見れば分かる、とは言われるけども。
「まあ、それも素直で良いことよ。歳を取ると、それだけではいかなくなるものね」
「……なんか真砂さんが言うと…」
「うん?」
真砂のしみじみした言葉に、私は思わず口走りそうになって、はっと口をつぐんだ。…さすがに失礼よね、真砂さんが言うと実感が篭ってる、だなんて。
「あのっ、なんでもないんです」
「そう?」
真砂はそう首を傾げるが、その口元にはやはり笑みが浮かんでいる。うーん、きっと悟られているんだろうなぁ…。
読みの鋭い”先輩”はなかなか厄介なものだ、としみじみしていると、銀埜が盆に載せた陶器の器を運んできた。
それを静かに私と真砂の前に置き、ぺこりと一礼する。
「素人の点てたお抹茶で申し訳ありませんが、どうぞごゆっくり」
「あら、ご丁寧にどうもありがとうございます」
真砂の言葉に銀埜は軽く会釈し、更にお茶菓子を運んできた。
「真砂さんに頂いた、有平糖の”吹き寄せ”で御座います」
そう言って、私たちの前に、漆塗りの皿を置く。
「それでは」
また軽く礼をして戻っていく銀埜の背を見送ったあと、私はさっそく真砂に尋ねた。
「真砂さん、”吹き寄せ”って? あと有平糖ってなぁに?」
「ふふ、茶席に用いられることが多い和菓子なのだけれどね。有平糖は水あめと砂糖を煮て作るの。飴のようでいて飴でない、不思議な食感のお菓子よ。”吹き寄せ”はね」
真砂はそう語りつつ、漆塗りの皿を手の平で指す。
「和菓子の銘の一つ。11月に良く出されるお菓子で、見たとおり秋の紅葉や茸類を和菓子で表現して、飾りつけたものよ。風に吹き寄せられた晩秋の風情を現したものだから、”吹き寄せ”と呼ぶんですって」
「へぇ…」
私は真砂の解説に何度も頷き、漆塗りの皿に盛られた和菓子を見つめた。
真砂の言うとおり、それらは砂糖が塗された飴のようなもので、近くで見るとお菓子だと分かるけれど、遠目だと本物の落ち葉や茸かと思ってしまうほど、細部まで細かく造形が作りこまれていた。紅と黄色に染め分けられたもみじ、黄色のいちょう、灰白色のしめじに緑の松葉、と秋を代表する落ち葉や茸が勢ぞろいしていて、見てるだけでも飽きさせない。
「飾り用の籠や和紙も一緒にいれておいたのだけれど、銀埜さんが上手く飾ってくださったようね。食べてしまうのが惜しいぐらいだと思わない?」
真砂にそういわれ、私は何度も大きく頷く。
竹でざっくりと編まれた籠に手漉きの和紙が敷かれ、その上に落ち葉や茸類がきちんと収まっている様は、一種の芸術品のようでもある。洋菓子も優美さを誇るけれども、和菓子の芸術性はまた格別だわ。もうこれは一種の世界を作り上げているわよね。
「…和菓子ってすごいですね…」
私は感嘆のため息を洩らしながら、そう呟いた。
私の呟きを聞き付けた真砂は、にこっと笑って私に言う。
「和菓子に興味、持ってくれたかしら?」
そんな問いかけに、私は即答する。
「ええ、勿論!」
私が大きく頷いて見せると、真砂は至極嬉しそうに微笑むのであった。
有平糖で作られたというイチョウを一口かじると、砂糖がさっくりと口の中で溶け、すぐに馴染んでいくのが分かる。
「舐めるよりも噛むほうが正しいわね。材料に飴が含まれているけれど、飴ではないのよ」
「ですね。初め聞いたときは良く分からなかったけれど、食べてみると飴じゃないってことがよく分かります」
私はもぐもぐしながら頷く。
真砂は噛むほうが良いといったけれども、割と噛まなくても十分食べられる柔らかさだ。眺めている間は食べるのが勿体無く感じたけれど、こうして食べてみると、やっぱり和菓子は食べるものだという気がする。
「だってすごい美味しいんだもの。こんなの、飾ってみてるほうが勿体無いですよ」
「とてもストレートな意見ね」
真砂はふふ、と笑って抹茶を一口啜る。そして器から口を離し、「でも私は嫌いじゃないわ」と付け加えた。
ちなみに銀埜が点てた抹茶は、私は一口啜ってギブアップしてしまった。だって、滅茶苦茶苦いんだもん…。
「…まあ、初めて飲む人には少しきついかもしれないわね。それにルーリィさんは西洋人だし…」
「そうですよ。うぅ、まだ苦さが残ってる…」
さっきから私が有平糖をパクついてるのも、実はそんな理由があったりする。うぅ、苦い苦い。コーヒーは平気なのに、何で抹茶だけこんな苦く感じるのかしら。
私がそんな疑問を真砂にぶつけてみると、真砂は少し首を傾げ考える素振りを見せたあとに言った。
「それはやはり…味覚の違い、かしら。人種的なものもあるかもしれないけれど」
「そうかしら…。ねぇ真砂さん、コーヒーは得意?」
一握りの希望を胸に、私は真砂に問いかけた。
「珈琲? そうねえ…どうかしら。ご想像にお任せするわ」
だが真砂は、ふふ、と笑って何も答えてくれなかった。ちぇ。
「そういえばルーリィさん、魔法の具合はどう?」
「魔法ですか?」
体良く話を摩り替えられてしまった気がするけれど、まあいいや。私はポン、と手を叩き、
「そうそう、この間お財布を買ってみたんですよ。新しいのを。それに魔法をかけてみたんですけど」
「へぇ、どういう風な?」
真砂が首を傾げつつ尋ねてくれたので、私は少々胸を張りつつ答えた。
「表面を叩くと、中のお金が倍に増えるんですよ! これはね、ある童謡をヒントにしてて…」
「……ルーリィさん、すぐにその魔法解きなさい」
真砂が目を逸らしつつそう言ったので、私はえぇーっと口を尖らせた。
「でも、御伽噺にあるじゃないですか。ポケットを叩くとクッキーが増えるってやつ…」
「ええ、あるけれどあれを財布にすると大変なことになるから。お巡りさんがきちゃうわよ」
「えっ! それは困るなあ…」
うんうん唸る私を、真砂は横から優しく説得してきた。
何で真砂がこんなにも必死になるのか、私には良く分からなかったけれど…。
とりあえず、先輩のいうことは素直に聞くべきだ、と思ったので。
「分かりました、じゃあやめます」
「ええそうね、それがいいわ」
あからさまにホッと安堵する真砂に少し訝しさを感じたけれど、私は続けて言った。
「じゃあ何か新しいネタください。魔法の」
「…ネタ?」
「はい。財布の魔法がボツになっちゃったので」
「ネタ…」
ということで、次は真砂がうんうん唸ることになったのだった。
真砂さんにもらったネタ? それはいえないわ。所謂、企業秘密ってやつだもの。
おわり。
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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
【5199|竜宮・真砂|女性|750歳|魔女】
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▼ ライター通信
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いつもお世話になっております、またのお目見えありがとうございます!
そしてお待たせしてしまって申し訳ありません;
今回は秋にちなんだ和菓子を頂いたので、和風なお茶席を設けてみました!
「吹き寄せ」という名前は、今回のご依頼で初めて知りました。
とても雅な名前と由来で、調べながら自分も食べたくなりました。
お茶席では色々とお話が出ましたが、真砂さんのイメージを壊していないか心配になりつつも、
楽しんで書かせて頂きました!楽しんでいただけると何よりです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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