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■終夜之夢■

緋烏
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
  この日は少しばかり夜も気温が高く、秋祭りにはちょうどよい気候だった。
 草間と共に少しの間祭を見ていた零は、ふと、小物を扱う露店に惹かれた。
「お兄さん、ちょっと見てきていいですか?」
「ああ、ほしいのがあれば買っていいぞ」
 日頃何かと世話をかけている零への、ささやかなお礼も兼ねて。
 普通の少女のように嬉しそうに微笑む零を眺めながら、草間も一緒に露店を覗き込む。
「いらっしゃい、どれもこれも元はいいものだから、お買い得だよお嬢ちゃん」
 昔懐かしいステテコ姿をした店の親父は、無骨な手で幾つかの品を零に薦める。
 その中で、零はふと蒼い香炉に目がいった。
「おじさん、これがいいです」
 手のひらサイズの小さな香炉。
 不思議な模様がおきに召したらしい。
「ありがとよ、お嬢ちゃん」
 そして、二人は何事もなく興信所へ戻っていった。

 だが……

 翌朝、珍しく零に起こされもせず眼が覚めた草間は、キッチンへ足を運ぶ。
 しかし、そこにいるはずの零の姿はない。
「? 珍しいな…」
 まだ寝ているのだろうか?
 部屋へ行って扉をノックしても返事はない。
「開けるぞ」
 何かがおかしい。
 そう思って草間は零の部屋へ入った。
 部屋の中はいつもどおり。
 違うと言えば、昨晩購入した香炉が増えているだけだ。
 そして、焚いたであろう香の残り香が微かに…
「零?どうした、調子でも悪いのか?」
 返事はない。
 人の気配があれば、ましてや声をかけられればすぐにでも目覚めるはずだ。
 そうでもなくて身じろぎの一つもするだろう。
 零は、まったく動く気配がない。
「零!?」
 最悪の場合を想像した。
 まさか…
「…生きてる…な?」
 生きているという表現も、彼女を前にしてはしっくりこないものだが、とりあえず体は機能しているようだ。
「…目覚めない…どういうことだ?」
 昨日の彼女には、自分が知りうる範囲で変化はなかった。
 何かあったとすれば、祭の露店で買物をしたこと―――
「こいつが原因か!?」
 チェストの上に置かれた香炉を見やるが、道具は門外漢の草間だ。
 何がどうなっているのか分かるはずもない。
 ただ、直感で香炉が原因であると感じているだけ。
「……そうだ蓮!」
 アンティークショップ・レンの店主。
 彼女ならば何かわかるかもしれない。
 そう思った草間は早朝にも関わらず、彼女の店に電話をかけた。

『―――こんな朝っぱらから一体何だってんだい!?』
 やや不機嫌そうな声は当たり前。
 それでも急を要することゆえ、用件を手短に話した。
『………で、その香炉が何なのかって?』
「そうだ。何かわかることはないか!?」
『…とりあえず……現物を見てみないことにははっきりしたことは言えないねぇ…わかった。もう一眠りしてからそちらへ行こう。さっき寝たばかりで頭もはっきりしないんだよ。こんな状態で考えたってどうともならない。何、その手の香炉は即死を招くモンじゃないさ。とりあえずは様子見で……ああ、香炉は何か箱にでも収めておくといい』
 そういって蓮は一端電話を切った。
 切迫した状況ではないと言われても、不安であることには変わりない。
「零……」
 眠ったままの零の穏やかな顔を見つめ、草間はただただ見守るしかなかった。



霧の中
深い 深い 霧の中
手を伸ばせば自分の手すら霞んで見えなくなるほどの、深い霧


―――ここは、どこでしょう…?