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■ハロウィンを見つけに■

エム・リー
【1009】【露樹・八重】【時計屋主人兼マスコット】
 その日はハロウィン当日だったため、東京の街の中には様々なコスプレ……もとい仮装を楽しむ者がちらほらと見受けられた。
 と、その街中で。
「おい、こら、そこのおまえ」
 アトラス編集部での依頼を解決し、帰路へとついていたあなたを、聞き覚えのない子供の声が呼び止める。
「おまえ、暇そうだな。しょうがないからおれさまの手伝いをさせてやる」
 続いて発せられたその声に、あなたは思わず足を止めて振り向いた。
 そこにいたのは、見事な大きさのカボチャ――カボチャ頭の少年だった。
 慇懃無礼ともとれるその物言いは、表情ひとつないその顔から発せられていた。(なにしろ、カボチャ頭には三角にくりぬかれた三つの穴が開いているばかりなのだ。表情などあろうはずもない)
 オレンジ色のカボチャ頭に黒いマントを着た少年は、背格好からすれば小学校低学年といった感じだが……。

 足を止めて少年の言葉に聞き入ったあなたに、カボチャ頭の少年は大きくふんぞり返りながら話を続ける。

「おまえ、おれさまが落とした鍵を見つけてくれ。おれさまが住んでる城の鍵だから、あれがないと、おれさま城に帰れないんだ。それは困る。だから捜してくれ」
 人にものを頼む物言いとは言いがたい口調で、少年はあなたの顔を覗きこむ。

 興味を惹かれたあなたは、結局、彼の話を聞き入れてみることにした。

 
ハロウィンを見つけに


「……で?」
 眼前に並ぶふたつの顔を見やりながら、田辺聖人は吐き捨てるような口調でそう告げた。
「だから、この子がこまっていたから、連れてきたのでぇす」
 田辺の座っている席と向かい合わせになった椅子の上――正確にはそこに座っている子供の頭の上で、露樹八重は意味もなくふんぞり返りながら田辺を見据える。
「なんで俺のところに」
 げんなりとした面持ちでタバコの煙を吐き出している田辺に、八重は「ものわかりの悪い男でぇすね」などと頭を振りながら、再び事の流れを説明した。

 そもそも、事の発端は、数時間ほど前まで遡る。
 八重はこの日、とりたてて目的もなく、池袋の街中を散策していた。
 打診した結果打ち解けるに至った野良猫にまたがり、(猫の)気の向くまま、行き交う人々でごった返している雑踏をすり抜けるように周っていたのだ。
 折しも、ハロウィン当日。
 街中には仮装を楽しむ人の姿もちらほらと見受けられ、八重は、自分もハロウィンの仮装を楽しみたいという気持ちを抱えこんでいた。
 その雑踏の中、八重は、特に目を引くひとりの子供を見かけ、そこで野良猫とは別行動を取る事にした。
 体長10cmの八重からすれば充分に巨大な身丈ではあるが、見たところ、おそらくはせいぜい七歳程度の子供だろう。
 それは見事な色と形をしたオレンジ色のカボチャを頭に、全身は黒いマントで覆っている子供。
「みごとなハロウィンっぷりなのでぇす」
 思わず感嘆の声をあげた八重に気付いたのか、子供は膝を屈めて自分よりも随分と小さな八重を見つめた。
「おまえ、ちっちゃいな」
「キー! よけいなおせわなのでぇす! そっちこそ、見事なカボチャなのでぇす!」
 言い返した言葉は、むしろ子供を喜ばせるようなものでしかなかった。
「なあ、おまえ、暇だよな。おれさまの手伝いをさせてやる」
 カボチャに、三角穴が三つとギザギザにくり抜いた横長の穴がひとつ。それぞれが目鼻口を模しているのだろう事は見てとれる。
「てつだいですって? あたくしに手伝いをたのむだなんて、ひゃくまんねん早いのでぇす」
 腕組みをして、顔をぷいと横に背けてしまった八重に、しかし子供は怯む事もなく言葉を続けた。
「おれさま、城の鍵を落としちゃったんだ。あれがないと、おれ、城に帰れないよ」
 しゅんと肩を落とす子供に、八重はすかさず食いついた。
「おしろ! お城ですって!?」
「うん。おれさま、悪魔界の皇子だからな」
「すごい!」
 激しい眩暈を覚え、八重はくらくらと数歩をさまよう。眼前にいる子供が皇子という立場にある者だからでも、悪魔界という聞き慣れない世界の者だからでもない。
「お城……! めくるめくやぼうといんぼうの日々なのでぇすね……!」
「やぼうもいんぼうもないけど、おれさま、鍵がないと帰れないんだ」
「わぁかったのでぇす! あたくしが手伝ってあげるのでぇす! あたくしが手伝ってあげるからには、どろぶねに乗ったようなものなのでぇす!」
「おおお、ありがとう! 助かるぞ!」
 
「そう言って熱いあくしゅをかわしあったのでぇすよ」
「泥船に乗ったらダメだろうが」
 深々とため息を吐く田辺を見上げ、八重は再び胸を張る。
「ちょうど、田辺しゃんが池袋の百貨店でケーキを売りさばいてるって聞いていたから、協力をたのみに寄ったのでぇすよ」
「はいはい、了解。……しかし、そうか。鍵を失くしたんじゃ、確かに困るわな」
 アゴひげを撫でながらカボチャ頭の皇子を見つめる田辺に、皇子もまた八重と同様に胸を張った。
「とても困る」
「威張るところじゃねえだろうが」
 大仰なため息と共に、田辺は吸い終えたタバコを灰皿の上へと押しやった。
「とりあえず、鍵の形や特長――例えば彫り物がされてるだとか、ストラップみてえのがついてるだとか、何でもいいや。教えておいてくれるか?」
「彫り物もかざりもないぞ。本なんだ」
「「本?」」
 八重と田辺の声が重なる。
 皇子はかくかくとうなずいて、それから再び言葉を告げた。
「おれさまが住んでる城は、呪文を言わないと開かないんだ。でも呪文が長いから、おれさま覚えきれなくて」
「カンペか」
「かんぺ?」
 田辺の応えに皇子が首をかしげる。
「大きさは」
 手近にあったメモ書きを引っ張って、田辺は皇子が話す”鍵”の特長を書きとめていく。
 大きさは文庫ぐらい。厚みはさほどのものではなく、ゆえに重みもさほどのものではない。
「なるほど、じゃあ、この情報を流しておいてみる」
 そう言うと、田辺はカフェエプロンをしめなおし、テーブルを立った。
「てつだってはくれないんでぇすか」
 追いすがるように訊ねた八重に、田辺は肩をすくめてみせる。
「俺も仕事があるからな。情報は携帯に入るようにするから、これ、持ってけ」
 放り投げられた携帯電話は皇子が見事にキャッチした。
「気をつけてな」
 そう言い残すと、田辺はそれきり振り向きもせずに部屋を後にした。

「まったく、たよりにならない男なのでぇす」
 ぷりぷりと怒りながら百貨店を後にした八重だが、しかし、皇子の姿を目にとめて、何事かを思いついたかのような笑みを見せた。
「せっかくだから、あたしもハロウィンをたのしむのでぇす」
 ニヤリと笑んでそう告げると、八重の体は見る間に大きくなり、皇子と同じほどの身丈――小学生ほどの大きさとなったのだ。
 背に二対の翼を伸ばし、黒のローブをまとって頭には猫耳という出で立ちは、どこから見ても『ハロウィンで仮装を楽しんでいる』小学生にしか見えない。
「これで好き勝手に歩けるのでぇすよ」
 言うが早いか、八重は皇子の手をとり、小走りに雑踏を目指し、向かった。
「池袋にはおもしろいトコがけっこうあるのでぇす。ついでにかんこうしていくといいでぇすよ」

 程なくして、ふたりは、池袋東口にある大きなビルの展望台に立っていた。
 そこに辿りつくまでのコースでは、むろん、”鍵”を捜すために奔走もしていた。
 皇子が辿った道を出来る限り正確に歩きもしたし、交番などに立ち寄ってもみた。道端でティッシュやチラシを配っている人たちに対しては情報を収集目的で近寄り、なぜかダンボールごと奪取してみたりと、本末転倒な事もした。

「見つからないものでぇすね」
 大仰なため息を吐きながら、展望台から望める眺望を眼下に見やる。
「でも、さっきのオヤジからの連絡もあるかもしれないんだろ?」
 眼下に見えるミニチュアのような街並みを眺める八重の横で、皇子が上機嫌を窺わせる声音でそう返した。
「きっと、あのオッサンがどうにかしてくれるって! それより、やえ、おれさま、あの車がほしいぞ」
 皇子はひどく呑気だ。事態の大変さは、すっかりと頭から外れてしまっているらしい。
「うう……でもあんまり頼りにならない男なのでぇす」
「なあ、なあ、おれさま、あの車がほしい!」
 うきうきと声を弾ませ、眼下に見える車の列を指差している皇子に、八重は深々としたため息を吐き出した。
「こどもなのでぇすね」
 片手を頬に押し当てて、困ったと首を振ってみせる八重は走り出した皇子に手を引かれ、下りのエレベーターに乗り込んだ。

 やがて、ビルの中のお土産売り場、その一画に並んでいたミニカー売り場近辺に、仕事を切り上げてきたらしい田辺が姿を現した。
 田辺は跳ね回りはしゃぐ八重と皇子の姿を見つけると、髪をかきむしり、かぶりを振った。
「……楽しそうだな」
「ひゃ!」
 なんの前触れもなく現れた田辺の存在は、それまでお土産売り場――特におもちゃ売り場を走り回っていた八重を心底驚愕させた。
「た、田辺しゃんでぇすか! びっくりしたのでぇす」
「びっくりしたのでぇす、じゃねえだろう。おまえ、携帯はどうした」
「あ、おれさまが持ってるぞ」
 皇子がどこからともなく抜き出した携帯電話には、着信が数件ほどあったのを報せる記録が残されている。
「それ呪いのあいてむだぞ。勝手に音楽がなるんだ。おれ、こわくて、捨てちゃおうかと思ったよ」
「呪いのアイテム!」
 皇子が告げた恐怖に、八重までもがつられて恐怖する。
「きみたちはアホですか。携帯が音を鳴らさないでどうすんだ、ああ!?」
「ひゃあああ!」
 頭を抱えうずくまるふたりを見やり、田辺は再び深々としたため息を吐いた。
「……ほら、これじゃねえのか」
 めんどうくさげに頭をかき、田辺が差し伸べたそれは、
「ああ! おれさまの!」
 田辺の手から一冊の本をひったくった皇子は、嬉しそうに飛び跳ねた。
「たすかったぞ、ありがとう、オヤジ!」
「……誰がオヤジだ」
「ちょっとは役にたつんでぇすね!」
「おまえらもう帰れよ」
 飛び跳ねる皇子と、なぜか頬をうっすらと染めている八重を、田辺はげんなりとした表情で見つめた。

 この後、結局(なぜか)田辺が会計を済ませたミニカーを数台ほど手に持って、皇子は無事、再び道中へと戻っていった。
「今度、悪魔界にあそびにいくのでぇす。お城なのでぇすよ。めくるめくやぼうとあいぞうの世界なのでぇす」
「おお、おれさま待ってるからな。ぜったいだぞ」
 お互いに手を大きく振って、再会の約束と共に別れた八重と皇子を、後方、離れた場所から田辺が見守っている。
 八重の手にも数台のミニカーが握られている。
 一見すればなんとも微笑ましいふたりのやり取りも、田辺にとっては非常に疲れるものとなったらしい。

「あ、待つのでぇす! あたくしを頭の上に乗せていくのでぇすよ!」

 早々にきびすを返して立ち去ろうとしている田辺を目ざとく見つけ、八重は再び体長10cmの姿をとる。
 
 街にはハロウィンが色濃く広がり、あちこちにジャック・オー・ランタンや魔女の飾りが飾られていた。
「田辺しゃんにのぼったら、記念に、カボチャのマーク入りの旗をたてておくのでぇす」
「……アホか」
 田辺のため息が、雑踏の中へと消えていく。
    


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【1009 / 露樹・八重 / 女性 / 910歳 / 時計屋主人兼マスコット】


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          ライター通信          
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お世話様です。このたびは当方のハロウィンにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。
なにやら全体的にまったりとした(?)ノベルとなったように思いますが、少しでもお楽しみいただけていましたら幸いです。
探し物というよりは、ただ単に観光を楽しんでいただいただけのような気もしますが、それはそれとして。

NPCは侘助ではなく田辺をチョイスさせていただきました。とはいっても、今回は特にスイーツのご用意はしていないのですけれども。
(ああ、でも、この後、いつも通りの量を(?)召し上がっているのかもしれません。パンプキンプディングとか、パイとか)

それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。

たのしいハロウィンを。