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■ハロウィンを見つけに■

エム・リー
【2320】【鈴森・鎮】【鎌鼬参番手】
 その日はハロウィン当日だったため、東京の街の中には様々なコスプレ……もとい仮装を楽しむ者がちらほらと見受けられた。
 と、その街中で。
「おい、こら、そこのおまえ」
 アトラス編集部での依頼を解決し、帰路へとついていたあなたを、聞き覚えのない子供の声が呼び止める。
「おまえ、暇そうだな。しょうがないからおれさまの手伝いをさせてやる」
 続いて発せられたその声に、あなたは思わず足を止めて振り向いた。
 そこにいたのは、見事な大きさのカボチャ――カボチャ頭の少年だった。
 慇懃無礼ともとれるその物言いは、表情ひとつないその顔から発せられていた。(なにしろ、カボチャ頭には三角にくりぬかれた三つの穴が開いているばかりなのだ。表情などあろうはずもない)
 オレンジ色のカボチャ頭に黒いマントを着た少年は、背格好からすれば小学校低学年といった感じだが……。

 足を止めて少年の言葉に聞き入ったあなたに、カボチャ頭の少年は大きくふんぞり返りながら話を続ける。

「おまえ、おれさまが落とした鍵を見つけてくれ。おれさまが住んでる城の鍵だから、あれがないと、おれさま城に帰れないんだ。それは困る。だから捜してくれ」
 人にものを頼む物言いとは言いがたい口調で、少年はあなたの顔を覗きこむ。

 興味を惹かれたあなたは、結局、彼の話を聞き入れてみることにした。

 
ハロウィンを見つけに



「ははあ、なるほど」
 曖昧な調子でそううなずいたのは四つ辻茶屋の店主である侘助だった。
「エルザードという世界にお遣いに行く途中で、うっかりと東京に迷い出てしまった、と」
「初めてのおつかいってやつか!?」
 その肩の上にはシーツオバケに扮したイタチ姿の鈴森鎮と、彼が愛するイヅナのくーちゃん(こちらは専用サイズの箒を持った魔女に扮している)とが乗っていて、彼らの眼前にいるカボチャ頭の子供に視線を寄せている。
 子供は見事なまでの色艶をもったオレンジ色のカボチャを頭に持ち、身体は黒いマントで覆い隠しているという、ハロウィンのランタンをそのまま再現しているかのような見目をしていた。
「そうだ、おれもおとなになったからな。おつかいだって出来るんだ」
 そう応えて胸を張るカボチャ頭。
「でも迷子になってちゃ世話ねえよな」
 侘助の肩からカボチャ頭の上へと飛び乗ると、鎮は尻尾でカボチャをぺちぺちと叩いてみた。
「ひ、ひとの顔をたたくなよ!」
 子供は慌てて大きく身じろぎ、鎮を振り落とそうとした。が、それより一瞬早く、鎮は再び侘助の肩へと戻っていたのだった。
「ケケケ、やっぱり痛いんだな」
「あたりまえだ! しっけいなやつだな!」
 叩かれたあたりを過剰に撫でまわしながら、子供は鎮を睨みつける。
 鎮は構う事なくヒヤヒヤと笑っていた。

 事の発端は半時前ほどに遡る。

 この日、鎮は、アトラス編集部にいた。
 依頼された仕事は案外あっさりと片付ける事が出来、せっかくだから街の探索を楽しみながら帰ろうという流れとなったのだ。
 ちょうど、アトラスには侘助の姿もあった。知己である田辺聖人が池袋の百貨店内で期間限定のパティスリーを担っているのだという。
 おりしも、ハロウィン当日の事。
 鎮はくーちゃん共々侘助に同行する事にしたのだ。
 田辺のスイーツを食す機会に恵まれるというのもそうだが、侘助と街を散策するというのも、きっと楽しい。そう考えたのだ。
 街はハロウィンに沸き立ち、中には仮装を楽しんでいる人間も少なくはない。そこかしこに飾られたカボチャや魔女の飾りも、街をデコレーションしている。
 その喧騒の中を右往左往している子供がいるのを初めに見つけたのはくーちゃんだった。
 ハロウィン用のランタンを模したオバケ……否、ジャック・オー・ランタンと呼ばれる悪魔に酷似した出で立ちをした子供は、まるで何かを捜してでもいるかのように、人混みの中をうろうろとさまよっているのだ。
 行ってみようと提案したのは鎮だった。
 ハロウィンという西洋の祭にも係わらずいつも通りの和装を身につけている侘助の前を、蛍光塗料をまぶしたシーツを被ったオバケ・鎮がふわふわと飛んでいく。それは周りからすれば手品かなにかのようにも見えたかもしれないが、それすらもハロウィンという賑わいの中に溶け込んでいた。
 ランタンオバケは、自らを悪魔界の皇子だと名乗った。住んでいる城の鍵を紛失してしまったのだという。
 そしてそれから今に至っているのだ。

「おまえたち暇なんだろ? おれさまの鍵を見つけるのを手伝ってくれよー」
 口調こそ甘えたものではあるが、胸を張ってふんぞり返っているその様は、どこからどう見ても無意味に威張りちらしたものであるようにしか見えない。
 鎮はカボチャ頭の皇子を見下ろし、対抗するかのように胸を張る。
「おまえ、あれだぞ。鍵とかそういうのはちゃんとヒモつけて首にぶらさげとくもんだぞ」「きゅ・きゅう」
 鎮の言葉にくーちゃんが賛同の意を示す。
「いや、だって」
 皇子はもごもごと頭をかきだした。
「お手伝いするのはいいとして、まずは鍵の形だとかそういうのを教えてもらわないと」
 つと膝を屈めて皇子と視線を合わせた侘助が、穏やかな笑みを浮かべてそう述べた。
「おお、そうだ。そういうのがわかんないと捜しようもねえよな。どんなだよ」
 連動して訊ねた鎮の顔を見つめ、皇子はなぜかもじもじと俯き加減に口を開く。
「ほ、本だ」
「本?」
「城に入るには呪文がいるんだ。で、でも、その呪文があんまり長いから」
「ああ、なるほど。それで本を持ち歩くんですか」
 皇子の応えに侘助が大きくうなずく。その肩の上では鎮が腕組みをした姿勢でニヤついていた。
「あれだな、カンペみたいなもんか」
「カンペとかじゃないけど、でも」
 気恥ずかしいのか、皇子はやたらともじもじしている。おそらくはなにがしかの事情のようなものがあるのだろうが、鎮はそれ以上のツッコミを入れず、うんうんとうなずきながら微笑んだ。
「いや、わかる、わかるぞ。俺も暗記もんとかってあんまり好きじゃないし。うん、まあいいや。それじゃ、いっちょ捜すとしようぜ」
 言うが早いか、鎮は侘助の肩を大きく跳ねて地面へ見事な着地をした。それを追いかけるようにして、くーちゃんもまた飛び跳ねる。
「ともかく、俺とくーちゃんは皇子が迷い出てきたっていう辺りを捜してみるからさ。侘助は交番とか見て来いよ」
「お任せしてしまってもいいんですか?」
 侘助が問う。 
 鎮は大きく胸をはり、得意げに声を弾ませた。
「落し物とかってさ、蹴っ飛ばされて、その辺に入り込んじゃってるかもしれないじゃん。道の端っことか隅っことか捜してみるよ」
「きゅう」
「な、くーちゃん。ほら、俺とくーちゃんって侘助とかよりも地面近いしさ、見つけやすいかもしれないじゃん」
「ああ、なるほど。――では、ちょっとばかり交番あたりを回ってきてみますね」
 得意満面といった風の鎮とくーちゃんに笑みを残し、侘助はひとり交番を目指して去っていった。

 残されたカボチャ皇子の証言の元、鎮とくーちゃんは文字通り、道の端や隅、建物の小さな隙間といった場所をちょろちょろと動き回り、皇子が落としたという鍵を捜して回った。

「なあ、大きさってどんぐらい?」
 ひとしきりちょろちょろと動き回った後に、鎮とくーちゃんは皇子の傍へと立ち戻って、再び詳しい証言を聞く事にした。
 本は確かに色々と落ちてはいるが、雑誌であったり漫画であったり――どれもがどう考えても”鍵”と称されるようなものではなかったのだ。
 皇子は自分もそこかしこをうろついていたが、鎮の問いかけに足を止め、ゆるゆると首をかしげて応える。
「大きさは……このぐらい」
 小さな手で示した大きさは、せいぜいが文庫本程度といった大きさをしたものだった。
「厚いのか?」
「んにゃ、あんまり厚くはない……のかな。おれさまにはじゅうぶん厚いけど」
 応えつつ、皇子が再び示した厚みは、確かにさほどのものではないようだった。
「パパ上がおれさま用にまとめなおしてくれたんだ。おれさま、パパ上にあいされてるからな」
「おまえが物覚え悪いから、見やすいようにしてくれたんだろな」
 皇子の言葉に、鎮はうんうんと大きくうなずく。
 皇子は鎮の言葉に不服を申し立てているが、鎮は構わずに再び道の端々へと向き直る。
「ま、見てろって。見つけてやるからさ」
「きゅ・きゅう!」
 鎮とくーちゃんはふたり同時にガッツポーズで天を指し、大きく気合を入れた後に皇子のいる場所を後にした。

 それから程なくして、交番やコンビニ、駅の構内といったあらゆる場を巡ってみた侘助が、なんの収穫もなしに皇子のもとへと戻って来た。
 そしてそれからしばしの後に、得意げに笑う鎮とくーちゃんがふたり揃って戻って来たのだった。

「ほら、コレだろ、コレ」
 言いつつ差し伸べたそれは、およそ人間世界のものとは思い難い文字で何事かをしたためた文庫本サイズの本だった。
「俺が見つけたんだぜ」
 胸を張る鎮の横で、くーちゃんが同じように胸を張る。
「感謝しろよな」「きゅうきゅう」「そこのコンビニのゴミ箱の裏に落ちてたぜ」
 得意げに指を示したコンビニは、皇子が本を落としたのだと証言している場から数十メートルほど離れた場所にあるコンビニだった。
「あのコンビニは俺も回ってきましたけど」
「ゴミ箱の裏にあったからな。たぶん、蹴っ飛ばされて入り込んでったか、それか拾った誰かが何も考えずに捨てるかどうかしたんだろ」
 侘助の言葉に顔を向けて、鎮は小さなうなずきを共にしてそう告げる。
 侘助は「なるほど」とうなずき、それから改めて皇子をみとめて微笑んだ。
「ともかくも、見つかって何よりです。――さて、お遣いに戻りますか?」
 そう訊ねかけた、その時。

 トリック・オア・トリート!

 どこからか流れ聴こえてきたのは、数人の子供による楽しげな声だった。
 鎮は跳ねるようにして顔をあげ、声のした方を見やって目を輝かせる。
「なあ、なあ。あっちのほうでなんかやってるんじゃね?」
 そう声を弾ませたのと同時に、再び子供たちの声がした。
「お菓子を貰って回ってるんですかねえ。最近ではこの辺でもハロウィンは随分と浸透してるようですし」
 侘助がのんきな口調でそううなずいたのに弾かれたのか、鎮とくーちゃん、それに皇子までもが子供たちの声の方へと走っていく。
「ハロウィンやろうぜ、ハロウィン!」
 走りながら、鎮の体はイタチのそれから人間サイズのものへと変わっていった。
「きゅ・きゅう!」
 鎮の肩へと飛び乗ったくーちゃんが、ガッツポーズを前方へ向けて突き出している。
「おつかいは後だ、後! ハロウィンはおれさまのテリトリーだぞ! おれさまが技を見せてやる!」
 跳ねるような走りで、皇子が鎮の後を追う。

 喧騒の中に残された侘助ばかりが、走り去っていく三人の後姿を見つめ、微笑んだ。
「まあ、祭ですからね」
 呟きながら、ゆったりとした歩調で三人を追う。
 トリック・オア・トリートの声は、東京の空の下、元気に弾みながら響き渡っていった。 
 

   


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2320 / 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】


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          ライター通信          
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お世話様です。このたびは当方のハロウィンにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。
本来ならばハロウィン当日までにお届けしたかったのですが、スケジュール管理の未熟さもあって、このようなていたらくとなってしまいました。
申し訳なく思うばかりです。
せめて、少しでもお楽しみいただけていればと思うのですが。

この後は、きっと、ひとしきり街を練り歩き、山ほどお菓子をもらっているのだろうと思います。
その後も田辺の店に出向いていったりですとか。
スイートなハロウィン(まさに文字通り)となっているかと思われます。

それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。