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■CallingV 【小噺・月見】■

ともやいずみ
【6073】【観凪・皇】【一般人(もどき)】
 10月6日。
 今年の中秋の名月は、この日だ。
 そんな今日……出会った。
 月が引き寄せてくれたように。
 一年で一番美しいと言われる今日の月を、一緒に見ませんか……?
CallingV 【小噺・月見】



 夜空を見上げる。
「わ〜……綺麗だなぁ」
 観凪皇は見惚れて微笑んだ。
 料理教室体験入学は、なかなかいい経験になった。その帰りにこんな綺麗な月を見ることができたのだから、今日はいい一日だったと実感する。
 丸い月はいつもより輝きが強く、皇の目に焼きつく。
(月を見てると深陰さんを連想するんだよなぁ……)
 そこまで思って、ハッとした。すぐさま落ち込んだ皇は嘆息する。
(関わるなって……言われちゃったんだ……)
 がっくりと肩を落とす。
 深陰という少女のことを皇はあまりよく知らない。知っていることと言えば、彼女がどういう人間かということだけ。
 制服を着ているがどこの高校かは知らない。知らないことのほうがほとんどと言っても良かった。
 それは深陰もだろう。彼女は自分のことを知らない。それに、訊いてもこない。
「…………」
 でも、大事なことは知っている。彼女は思ったことを態度や口に出すこと。結構優しいこと。
 体験教室で作った月見弁当を片手に、皇は閃く。
 こんなに綺麗な月なのだ。せっかくだから、自室で食べるのではなく、月を眺めながら食べよう。
 帰り道の途中でわりと大きめの公園がある。そこに立ち寄り、弁当を食べながら月を見ていようと皇は決めた。



 想像した自分のお月見プランは、うまくいきそうにない。
 それは公園に来てしばらく歩いて……思ったことだ。
 皇は少しだけ頬を赤らめ、少しだけ申し訳なさそうに公園内を歩いていた。
(……ショックだ)
 なんだか自分が場違いに感じる。いや、実際場違いだ。
 時間のことも関係しているだろう。なにせ深夜。月が綺麗に見えるこの夜の時間。
 座るところはないかとベンチを見回すたびに視界に入る、カップルたち。抱擁している者、口付けを交わす者など。
 自分は悪くないのに、そういう行為を見てしまうたびに皇は恥ずかしさと申し訳なさに縮こまる。
(こんなに深夜の公園がカップルで溢れてるなんて……っ)
 公園で弁当を食べるのをやめようか。そう思い始めた頃、皇は耳に届いたカップルたちの声に思わず足を止め、それから動揺して俯き、遠ざかろうとした。
 どんっ、と何かにぶつかって皇は「ひゃっ」と声をあげる。感触からすれば、人間だろう。
「あ、ごめんなさいっ」
 慌てて謝って振り向くと、顔をあげた相手と目が合う。
 異質な紺碧の瞳。皇はきょとん、として。
「……深陰さん?」
 深陰は顔の半分をべったりと血で濡らしていた。皇は慌ててハンカチを出す。
「血が……っ! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫。もう傷はないから」
 苛立ったように言う深陰は、水飲み場を目指して歩き出そうとした。それを皇は止めた。
「ま、待って! えっと、あそこ! あそこに座って!」
 深陰の手を掴んでベンチまで引っ張って座らせると、皇は走り去る。そしてすぐに戻って来た。
 ハンカチを水で濡らしてきたらしい。
「深陰さん、ちょっと冷たいかもしれないですけど、我慢してくださいね」
 彼女の前髪を払いのけ、ハンカチで血を拭う。彼女はどこか驚いたような表情で皇を見ていた。
 懸命に血を拭く皇は気づいていない。深陰がどこか辛そうな表情で彼を見つめていることに。
 血を全て綺麗にとると、皇は安堵の息を吐き出す。
「これで綺麗になりましたかね」
「…………そのハンカチ」
 深陰が指差すと、皇はすぐに手の中に押し込めてしまう。
「……洗って返すわ。……新しいの買ったほうがいいかしら」
 そう言うと思って隠したのだが、深陰は皇からハンカチを奪った。
「いいんですよ、深陰さん! 俺が勝手にしたことですっ」
「…………借りは嫌なの」
 静かに言う深陰は、あまり元気がないようだ。皇は不思議そうにする。いつもなら怒鳴られたり、睨まれたりするのに。
 座ったままハンカチを眺めている深陰に、皇はおずおずと言う。
「あ、あの、」
 深陰が皇のほうを見た。いつも怒ったような目をしているのに、なぜだろう。今日は優しく見える。
「えと、その……お、お弁当一緒に食べませんかっ!? あ、いや、嫌ならいいんです! 元々自分ひとりで食べるつもりだったの……で……」
 うんいいよ、と言って欲しかった。だからどうしても、語尾が弱くなる。
 期待してしまう。いいよと、言ってくれるかもしれないって。そんな期待は、本当に微かなものだけれど。
「…………いいわ」
「ですよね。嫌ですよね、あはは。困らせてすみません」
 苦笑する皇は、そこでぴた、と動きを止めた。深陰は立ち上がろうとする。
「あんたが嫌ならわたしは帰るだけ」
「わっ! ち、違います! 頷いてくれると思わなかったので!」
 深陰の両肩を手で押さえて座らせると、皇は横に並んで腰掛けた。視界にちらちらとカップルたちが入るが無視するしかない。
 持っていた鞄から弁当箱を取り出すと、膝の上に置く。
「嫌いなものありますか?」
「ないわ」
「そうなんですか。良かった」
 安堵している皇の前で、深陰は薄く微笑する。あまりに綺麗で儚くて、皇はドキッと胸を高鳴らせた。
(ど、どうしたんだろう……いつもの深陰さんなら、なくて悪かったわね! とか言いそうなのに)
 弁当の蓋を開け、深陰に箸を渡す。彼女は素直に受け取ってくれた。なんだかとても新鮮だ。
「今日はお月見の日ですよ、深陰さん。月が綺麗ですよね、本当に」
「…………日本の月って、綺麗よね」
 彼女はしんみりした様子で呟く。
 皇は心配になってきた。元気がないのは見てわかる。もしかして、この間のことを気にして……?
 火傷を負った彼女の傷があっという間に治った、あの時のこと。
 気持ち悪い、と深陰自身が言っていた。それに「関わるな」とも言われた。
(……俺と居るの、嫌……とか……かな)
 そう思って皇は視線を伏せた。膝の上の弁当に伸びる箸を、目で追う。
「……あの、もし迷惑なら言ってくださいね? 俺、雰囲気を読まないヤツってよく言われて、みんなに嫌われることが多々あったんで」
 ぴた、と視界の中の箸が止まった。皇の言葉に深陰が手を止めたのだろう。
 皇は慌てて続けた。
「あ、でも、俺は深陰さんのこと好きですよ! 嫌いになんてなりませんっ!」
 これだけは、言っておきたかった。
 気持ち悪くなんてない。そんなことで嫌ったりはしないと。
 恐る恐る深陰を見た皇は、驚く。彼女と目が合った。
 呆然と皇を凝視している彼女は頬を赤らめ、困ったような表情をしている。なんだか凄く可愛らしい。
 皇は自身の発言を思い返し、顔を真っ赤にする。
「って、あわわわわわ、友達としてですっ! 違いますからっ」
 ばたばたと左手を眼前で振る皇は、深陰がつん、とそっぽを向くのをなんだか惜しい気持ちで見ていた。さっきの表情を、もっと見ていたかった。
「そんなのわかってるわよ」
「あ、は、はぃ。そうですよね」
「でも……わたしは、特別な人とか……作れないから。気持ちだけ受け取っておくわ」
「……友達でも、ですか?」
 うかがうように、眼鏡のレンズ越しに彼女を見る。深陰は月を見上げていた。
「友達でも。…………どうせ長続きしないもの」
「?」
「憑物封印が終わったら、わたし……日本から出て行くから」
「日本から出て行く!?」
 東京、ではなく日本!?
 驚く皇のほうを見もせずに深陰は告げた。
「そう。どうせそのうち別れちゃうんだから、関わらないほうがいいわ」
 不愉快そうな、それでいて辛そうに彼女は言う。
 と、深陰は息を吐き出して表情を引き締める。
(あ……いつもの深陰さんだ……)
 皇はぼんやりとそう思った。今の切り替えは、間違いないだろう。
「あーもうっ。なんでこんなこと観凪皇に話さなきゃなんないのよ!
 ちょっと! さっさと弁当寄越しなさいよ!」
「うえっ!? あ、はい! どうぞ」
 深陰が弁当に箸を向ける。口に運んだ彼女はもぐもぐと食べながら顔をしかめた。
「あ……あの、不味いですか……?」
 皇の質問に彼女は、食べ終えてから応えた。
「普通!」
「ふ、ふつー……ですか」
「わたしのほうが上手いわね。もうちょっと修行しなさい。料理ができる男って、どこの国でもモテると思うわ」
 ニッと笑う深陰の言葉に、皇は「はい」と頷いた。
 二人で弁当をちょこちょこと食べながら月を眺めた。
「あの……深陰さんて、そのツキモノフウインをするためにここに居るんですか?」
「そうよ。…………でなければ、誰が日本まで戻ってくるもんですか……」
 苛立たしそうに深陰は小さく呟く。
 皇は彼女の事情を知らない。だからこんなことしか言えなかった。
「無事に……憑物封印が終わるといいですね」
「…………うん」
 暗い色を宿す瞳で、深陰は唇を歪める。それは昏い笑みだ。

 食べ終えた二人はただ月を見上げていた。静かな中で眺めているのならいいのだろうが……。
 無言だった深陰がむっ、と顔をしかめる。
「風流じゃないわ、この公園」
「そ、そうですね……」
 二人とも頬を赤らめている。
 度々聞こえる声や、カップルたちの行動に二人は嘆息した。
 熱く口付けを交わしているカップルたちが目に入り、皇は視線を伏せる。この間のキスを思い出してしまい、そっと深陰のほうをうかがった。
 つい、視線が彼女の唇で止まる。ごくりと、自分の喉が鳴った。
 慌てて頭を左右に軽く振る。
(女の子なら誰でもいいってわけじゃ……! 節操なしだって深陰さんに怒られるっ)
 だが、自分は本当にどの女の子にも今のような反応をしてしまうのだろうか? 皇は少しだけ疑問に思った。
 気を紛らわすために深陰に話し掛ける。
「ほ、ほんとに綺麗な月ですね。深陰さんみたいです」
 ぎょっとした深陰はさらに頬を赤くして不愉快そうに顔を逸らす。
「あっそ。褒めても何も出ないわよ」
 怒らせたと思って落ち込む皇をちらっ、と見た深陰は微笑んだ。
「……いいヤツね、観凪」
「え? 何か言いました?」
「なんでもないわよ」
 なんだか楽しそうに言う深陰は、皇が見惚れるほど綺麗で……可愛かった。皇はそんな深陰を直視できなくて、顔を伏せる。
 いつの間にか彼女は元気が出たようだ。それが嬉しくて、皇は照れ臭くなった。
(やっぱり深陰さんは元気がないより、こっちのほうがいいな)
 たとえ怒られても、怒鳴られても、睨まれても――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6073/観凪・皇(かんなぎ・こう)/男/19/一般人(もどき)】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、観凪様。ライターのともやいずみです。
 呼び方が変わりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!