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■CallingV 【小噺・月見】■

ともやいずみ
【6603】【円居・聖治】【調律師】
 10月6日。
 今年の中秋の名月は、この日だ。
 そんな今日……出会った。
 月が引き寄せてくれたように。
 一年で一番美しいと言われる今日の月を、一緒に見ませんか……?
CallingV 【小噺・月見】



 帰宅した円居聖治はカーテンを閉めるために窓に近づいた。
 カーテンに手をかけて一気に閉めようとするが、止まってしまう。
 空に輝く月に視線が向けられた。あまりに美しく、神々しい。
 そういえば今日は……。
「中秋の名月……でしたね」
 一年でもっとも月が美しいとされる日。
 ベランダに出ると更に月の輝きに圧倒される。いつもは穏やかな光が、今日は強烈だった。
 あまりに強い光に影が濃くなる。そんなことを思っていると思い出される。あの少女のことだ。
(月を見ると深陰さんが重なる……)
 たった数回会っただけの少女だ。いつもならとうに忘れているはず。
 聖治は深陰のことなど知らない。彼女も自分のことを知らない。
 聖治の関心はもっぱらピアノのことだけ。ピアノに関係することなら大抵は憶えているし、忘れることはできない。それほど自分の生活の中心はピアノになっている。
 だが深陰はピアノとは関係のない娘だ。聖治の客でもなければピアノの弾き手でもない。聖治にメリットのある人物ではない。
 なのになぜ。
(気になるのだろうか……。知りたいとさえ、思っている……?)
 彼女の中に何かを見つけ出そうとしているようだ。
 聖治は夜空に浮かぶ月から視線を外し、室内に戻ろうとした。視線をさげたその瞬間、下の通りを歩いているツインテールの少女を見つけた。
 一瞬、目の錯覚かと思った。
 だが闇の中を、背筋を伸ばして颯爽と歩く少女は見間違えようがなかった。
 思わずベランダから乗り出すようにして彼女の姿を確認した。帰宅途中のサラリーマンとすれ違う彼女は真っ直ぐに歩いている。迷いのない歩きだ。
 行ってしまう。ここから呼んでも声は聞こえないだろう。
 聖治は慌てて室内に戻った。



「深陰さん」
 声をかけると、ちょうど車道を渡って向こうに行こうとしていた深陰が振り向いた。
 少しだけ息を吐き出し、聖治は追いつけたことに安堵する。
「こんばんは」
「……こんばんは、円居聖治」
 淡々と呟く深陰は視線を前に戻した。渡ろうとしていたのを邪魔されて、怒ったのだろうか?
 聖治は彼女の横に並ぶ。
「こんなところでどうしたんですか?」
「……あんたに関係ない」
 目を細めて言う深陰は聖治のほうを見もせずに言葉を返す。
 聖治は空を見上げた。
「今日はお月見です」
「それがなんだって言うの!?」
 苛立ったように言う深陰が聖治を睨んできた。聖治は微笑む。
「何もありませんが少し眺めていきませんか?」
「いきません」
 きっぱりと言い放って深陰は腕組みする。なかなか車が途切れないので車道を渡れない。
 苛々したように行き交う車を眺める深陰を見遣り、聖治は口を開く。
「……あなたとご一緒したいのです」
「はあ!?」
 素っ頓狂な声をあげた深陰は周囲を見回す。幸いなことに誰もいない。
 深陰は聖治から一歩分ほど右に寄って距離をとった。
「深陰さん?」
「わたしはあんたとご一緒したくない」
 じとり、と見る深陰は完全に警戒したようだ。
 こうして本当に偶然に出会うことしかできないので、もう少し一緒に居たかっただけ。
 月見に誘ったが、月よりは深陰を見ていたかっただけ。
(嫌われてしまったかな)
 そう考えていると、深陰はイライラしたような顔で右を向き、歩き出した。聖治に背を向けてズンズン歩いていく彼女に優しく尋ねる。
「深陰さん、渡るのではなかったのですか?」
「うるさい!」
 肩を怒らせて歩く深陰を追いかけると、彼女はぎょっとしたような顔をした。
「なんでついてくるのよっ! あっち行って!」
「こんな夜更けに女性一人では危険です」
「あんたのほうがよっぽど危険よ! そんなに月見がしたければ、恋人でも誘いなさいよね!」
 しっしっ、と手を振る深陰は足を止めない。だがそれは聖治も同じだった。
「女性に手など挙げませんし、乱暴はしません。それに恋人はいないです」
「乱暴なんてしてきたら顔面グチャグチャにしてやるわよ! って、そういう意味の『危険』じゃないっての!
 あぁ……でも、あんたみたいなタイプはカノジョとかいなさそうよね」
 フッと、嘲るように笑う深陰。すぐにその表情が不愉快そうに歪められる。
「ついて来ないでって言ってるでしょ!」
「深陰さん」
「なによ!」
「深陰さんは東京で暮らしているのですよね?」
「…………」
 突然なんなんだという顔をして、深陰は前を向く。
「だったらどうだって言うの!?」
「いえ……こうしてたまにしか会えないので」
 ぴた、と深陰が足を止めた。聖治もそれにならう。
 彼女は振り向いた。聖治を、それはもう不思議そうな目で見て。
「なんなのあんた……何がしたいの? わたしを追いかけても何もいいことないわよ? それにあんたより強いんだから、夜道は一人でも平気。なんならここであんたを一撃で倒してみせましょうか?」
 深陰の空気が少しだけ張り詰めた。紺碧の瞳に攻撃の色を宿す。
 攻撃されれば空気の流れを察知して避けることはできるだろう。だが深陰の身体能力は聖治のそれを上回っているはずだ。
 攻撃が『聴こえて』いても、避けることができない。聖治ははっきりとそう感じた。
 それに、どうして深陰を追いかけるのか。その理由は聖治自身が、自分に向けて訊いていたことだ。
「……私にもわかりません。…………多分、あなたが好きだからです」
 深陰の不愉快そうな反応を予想した。いきなり男にこんなことを言われてはきっと気持ち悪がることだろう。それにこれは愛の告白ではない。
「気を悪くしないでください。好ましく思っていることは正直な気持ちです」
 自分でも、わからないのだ。不明瞭、と言ってもいい。
 顔を歪めていた深陰は呆れたように嘆息する。
「びっくりした……。やっぱり変態だったのね、って思わず逃げるところだったわ」
「そう言うと思いましたよ」
「まあ、別に異性に対する告白だとは最初から思ってなかったけど」
 深陰の言葉に聖治は意外そうにする。普通、ああいう言葉をかければ相手は少なからず誤解するからだ。
 今までだってそうだった。ただの好意を過剰に受け取ってしまう人もいたのだ。
 深陰は聖治の前で腕組みする。
「あんたは…………わたしが珍しいだけよ」
 そして薄く笑った。
「物珍しいから気になるだけ。道端にちょっと綺麗な石があったら『いいな』って思うのと一緒よ」
「そういうのとは違う気がしますが」
「そうかしら?」
 大人びた表情で溜息混じりに言う深陰は聖治を見遣る。彼女の色違いの瞳は心の奥底まで見透かすような強さがあった。
 頭上の月の持つ、惹きつける力とは違う。深陰は相手を射抜く眼力がある。
 隠している部分を、まるで「知っている」と言わんばかりの瞳をしている。
 彼女は眼光を緩めた。
「気持ちだけいただいておくわ、お兄さん。子供をからかうもんじゃないわよ?」
 彼女は腕組みを解く。
「わたしはあんたが出会うたくさんの人々の中の一人にすぎない。どうせ日本からは離れるつもりだし、そのうち薄れて消えていく存在よ」
「日本から離れる?」
「今している仕事を終えたらね。元々この国はわたしには合わないから」
 フンと面倒そうに息を吐くと、深陰は空を見上げた。
「ま……月を眺めるのはこの国が一番だとは、思うけれど」
 聖治も空を見上げる。やはり月は美しかった。
 目の前に立つ深陰に視線を戻すと、聖治は尋ねる。
「今されている仕事というのは? 深陰さんは学生ではないのですか?」
「残念だけどわたし、学校には通ってないの。今しているのは……憑物封印」
「ツキモノフウイン?」
「まぁ妖魔とかを封じ込める仕事ね。それが終わったら、あんたとも二度と会うことはないわ」
「……そうですか」
 聖治は穏やかに微笑した。
「では、その憑物封印をしている間だけでも、時々は会っていただけませんか?」
「なに言ってんのよ。あんた社会人でしょ? 小娘に時間を割いてる暇があるなら仕事もプライベートもさくさく頑張りなさいよ。どうせ気が付いたらすぐに老人なんだから。
 だいたいわたしに会ってどうするのよ。話すこともないでしょ?」
 言外に「あんたのことに興味ない」と言われていることに気づき、聖治は少し笑った。
 本当に深陰はわかりやすい少女だ。興味のないことはどうでもいいらしいし、気に入らないなら攻撃的になる。
 そういえば先ほどまで態度がツンケンしていたのに、今はそうでもない。自分の好意的な気持ちを深陰が汲んでくれているのかもしれない。
「そうでしょうか? お互いに知らないことが多いので、話すと面白いかもしれませんよ?」
「例えば?」
「……それぞれの生活や仕事についてなどはいかがです?」
「…………」
 深陰が半眼になる。本当に興味がなさそうだ。
「興味はないようですね、深陰さん」
「あんたの仕事について聞いてもフーンとか、ヘー、としか感想は出ないわね。悪いけど」
 はあ、と嘆息して深陰は聖治をうかがう。
「もう十分話したでしょ? 気は済んだ?」
「気は済んだとは?」
「もう追いかけて来ないわよね、ってこと。さっさと帰って寝なさいよ。社会人なんでしょ?」
「深陰さんもお仕事をされているのではありませんか?」
「あんたと一緒にしないで。わたしは夜が仕事場なの」
 しっしっ、と深陰が手を振る。早く帰れ、という合図だ。
 まだ月は美しく輝いているというのに……とても短い。
「惜しいですね。今日の月と同じくらい深陰さんは魅力的で美しいのにここでお別れなんて」
「…………」
 深陰は顔を引きつらせている。完全に引いているようだ。
「あ、あんたそんなこと喋ってて鳥肌立たないの……?」
 軽く体を震わせて深陰は歩き出した。
「じゃあね。月はわたしと違って文句言わないんだから、いくらでも眺めて話し掛けてたら?」
 ひらひらと手を振って闇の中へ向けて歩く深陰の後ろ姿が見えなくなるまで、聖治はそこに佇んで見送った。
 空を見ると、先ほどと変わらない月の姿が在った。
 何も言わず、ただ静かに在り続けている。
 聖治は目を細めて眩しそうに手で月を遮った。
(帰って……寝る前に一曲弾きましょうか)
 穏やかでこの美しい月にぴったりの曲を――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6603/円居・聖治(つぶらい・せいじ)/男/27/調律師】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、円居様。ライターのともやいずみです。
 少しだけ態度が優しげな深陰……? いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!