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■CallingV 【小噺・月見】■

ともやいずみ
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 10月6日。
 今年の中秋の名月は、この日だ。
 そんな今日……出会った。
 月が引き寄せてくれたように。
 一年で一番美しいと言われる今日の月を、一緒に見ませんか……?
CallingV 【小噺・月見】



「あ……」
 初瀬日和は空を見上げる。
 チェロのレッスンがいつもより長引いた今日……こんなに月が綺麗だとは思わなかった。
 そういえば今日はお月見の日だったはず。だからこんなに月が大きく、美しいのだろう。
 遅くなると家族に心配をかける。そう思って足早に家に向かっていたが……。
「…………」
 足を止めて、微笑んだ。
 今日くらいは月を眺めてゆっくり帰ろう。たまには、いいだろう。
 空に輝く月をちらちら見ながら歩く日和は、家への帰り道の途中にある公園を見遣った。
 この時間帯にはほとんど誰もいない。それがわかっていても、どうしても自然に見てしまう。
 だが誰かがいた。
 日和はまたも足を止めた。今度は月にではなく、公園のベンチに座る人物のために。
 ベンチに腰掛けているツインテールの少女は、どこか物憂げに月を見上げている。
(あそこに居るのは深陰さん?)
 どうして。
 いや、退魔士である彼女はどこにだって居るだろう。妖魔が現れれば、どこにだって。
 自分とそう年は変わらないだろうに、深陰と自分は全く違う世界に住んでいる。彼女は夜に生きているのだ。
「…………」
 拒絶されていた今までのことを思い出して、早々にそこから去るべきか悩んだ。
 だが日和は深陰のことを嫌っていない。どうしてなのかはわからない。もう関わらなければ、ひどいことを言われなくても済むのに。
 遠逆和彦のことがあるから、彼女に関わろうとするのだろうか?
 それは関係ないと……おもう。
 和彦に深陰が関与している可能性は低い。それに……日和では遠逆家の事情にそれほど関わることはできない。自分は彼らのような退魔士ではないのだから。
(だったら……なぜなんでしょう……?)
 深陰は自分とタイプが違う。自分の仲のいい友達とも。
 日和はきびすを返した。



 深陰は月を眺めている。一年で一番美しいとされる、今日の月。
 手を組んで膝の上に置いたまま、深陰は月を見つめる。その瞳は決して月に見惚れているわけではない。どこか憎むような視線だ。
「あっ、わ」
 小さな悲鳴と何かが落ちる音がして、深陰はそちらを見遣った。
 視線の先に居たのは日和だ。

 両手で数種類の缶を持っていた日和は深陰に気づかれて照れ臭そうに微笑んだ。
「…………」
 日和に向けていた視線を深陰は逸らす。そのことが悲しかったが、日和は落ちた缶を拾うとベンチに近づいた。
「こんばんは……こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「奇遇?」
 フッと鼻で笑う深陰は日和の持つ缶を見遣った。
 日和は慌てて続ける。
「夜はかなり寒くなってきましたから、なにか温かい飲み物でもいかがですか?」
「……何が目的?」
 冷たく言う深陰の言葉に日和は肩を落とす。
「……違います。物で懐柔しようなんて、思ってないです」
「そう」
 なんだかひどく辛い。心が痛い。
 泣いてしまいそうだった。だが涙を見せれば深陰はさらに態度を硬質にするだろう。
「お、おかしいですよね……。深陰さんがどんな物が好きなのかわからなかったので、あるだけ買ってきちゃったんです」
「バカね。熱いんじゃないの?」
 実はかなり熱い。
 黙っている日和の前で嘆息し、深陰は言う。
「座れば? それと、そのホットドリンクも降ろしたら?」
 深陰の言葉に甘えて隣に腰掛け、缶をベンチの上に並べた。コーヒーに紅茶、なぜかおしるこまである。
 自動販売機の前で、深陰の好みを知らないことに気づいた日和は散々悩んでからこれらを購入したのだ。
 なぜそこまで自分がするのか、わからない。
「深陰さんは、どれが好きですか? 私は、紅茶が好きなんですけど……」
 おずおずと話し掛ける日和に、深陰が目を細めた。
「自分が好きなの取ったら?」
「で、でも! これは深陰さんに買ってきたものです……っ」
「あんたのお金で買ったんだから、優先はあんたでしょ? わたしは好き嫌いなんてないから」
 日和が動かない限り深陰は動く様子はない。仕方なしにレモンティーを取った。
 自分の分を選んだ日和は深陰をちらちらとうかがう。
「……そんなにじろじろ見なくてもちゃんと貰うわよ。そこまで非道じゃないから」
「えっ!? いえ、そんな風に思ってませんよ、私!」
「いいのよ。嫌われるのには慣れてるし、嫌ってくれたほうが楽だから」
 あっさりとそう言い放った深陰はミルクティーを選んだ。
 早速飲み始めた深陰の横で日和が悲しそうに俯いた。
「嫌われたほうが楽なんて……悲しいです」
「…………」
 自分だったら嫌われたら辛くてしょうがない。深陰に冷たい言葉を浴びせられれば胸が張り裂けそうになる。
 辛くはないのだろうか? 嫌われることが。
 そう思ってしまうと日和は涙が零れるのが止められなかった。
 深陰は自分と違って強い人だ。だからそう。
(憧れてるんだ……私)
 自分にはない強さを彼女が持っている。輝き続ける月に魅せられたように、日和は彼女の強さに惹かれているのだ。
「ふっ……う……」
 声を出さないように泣いていると、深陰がぎょっとして顔を歪めた。
 言わないと。迷惑をかけるつもりじゃないんです。泣くつもりはなかったんです。すみません。すみません、深陰さ……。
「なにやってんのよ。あんたのことじゃないでしょ?」
 ハンカチを取り出した深陰が日和の涙を拭った。
「み、深陰さん……」
「もー……だから嫌だったのよ、あんたみたいなタイプと関わるの」
「す、すみません……」
 深陰からハンカチを受け取って涙を拭く。その様子を見て深陰は小さく微笑んだ。
 やっと涙が止まって、少し赤く腫れた目で日和は深陰を見る。
「ハンカチありがとうございました」
「気にしないで。ミルクティーのお礼よ」
 素っ気なく言う深陰は日和から素早くハンカチを奪った。洗って返そうとしていた日和に、先回りして彼女は言う。
「次に会うことなんてないかもしれないから、洗って返そうなんて思わなくていいわ」
「で、でも……どこかで会えるかもしれないじゃないですか」
 今日みたいに。
 だが深陰はふっ、と笑う。
「会えるかもしれないし、会えないかもしれない。もしかしたらもう日本には居ないかもしれない」
「えっ!?」
「今やってる仕事が終わったら日本から離れるつもりだから」
 さらっと言ってのけた彼女はミルクティーを飲む。その横顔を日和は呆然と見ていた。
「だからあんたもわたしに深く関わろうとしないで」
「……外国でお仕事をされるんですか?」
「さあね。適当に色々とやっていくでしょ」
 どうでもいいように深陰は言う。
 しばらく静寂が占めた。
 ただ月を眺めて二人は紅茶を飲む。
 空は晴れているのに、日和の心は晴れない。
「今……深陰さんがされているお仕事って、なんですか?」
「……憑物封印」
 その言葉に日和はビクッと反応した。
 憑物封印に対して、日和は忌まわしいイメージしかないのだ。
 もしかして深陰さんが犠牲に?
 冷汗が出る日和に気づかず、深陰は続けた。
「まあ、やるだけやってさっさと日本とはオサラバね」
「み、深陰さん……どうして憑物封印をしてるんですか……?」
 胸に渦巻く思い。
 遠逆家から命令されているのでは? 憑物封印がどういうものか知らないのでは?
 様々なことが過ぎる。
 深陰は顔を不愉快そうにしかめた。
「どうして? 別になんでもいいでしょ」
「あ、あの! 誰かに命令されて……!?」
 その言葉に深陰が、ゾッとするような瞳をする。思わず日和は青ざめてしまった。
「わたしはもう、誰の命令もきかない……。これはわたしが選んだことよ」
 薄く微笑む深陰。
 日和は何も言えなくなってしまう。言いたいことはたくさんあったのに。
 憑物封印のことを知らずにおこなっているのなら、止めるべきだ。だが深陰が言うことを素直にきいてくれるはずがない。
 自分で選んだ、と言うからには何がなんでもやめる気がないのだろう。
 また会話が途切れてしまい、静かに二人は紅茶を飲む。
(な、何か話題を……)
 せっかくいつもと違って深陰がきちんと話してくれているのに。
 だが何も思い浮かばない。下手なことを言ってまた嫌そうな顔をされたらと思うと……。
「……なに眉間に皺寄せてるの?」
「えっ!?」
 深陰に指摘されてハッとし、日和は苦笑いをする。
 深陰は空の月を指差した。
「今日はお月見の日でしょ? 見ないの?」
「いえ、見ますっ」
「いや……そんなに力んで言わなくても……」
 日和は作っていた拳から力を抜き、恥ずかしそうに俯いた。
 呆れたような表情をする深陰は尋ねた。
「だいたいあんた、何しにここに来たの?」
「……一緒に温かいものを飲みながらこの月を見られたらって思ってここに来たんですけど……子供みたいですよね、やっぱり……」
「………………」
 深陰の表情は完全に肯定を示していた。しゅんと肩を落とす日和だったが、深陰の呟きに驚いた。
「いいんじゃないの」
「え……?」
「だって初瀬日和はまだ子供でしょ?」
「そ、それはそうですけどぉ……」
 なんだか納得がいかない。
 深陰は飲み終えたミルクティーの缶を置く。
「持って帰るの? 残りのホットドリンク」
「ど、どうしましょう……」
 チェロのケースもあるのでちょっと困る……かも。
 そう思っていると深陰がコーヒーに手を伸ばした。
「二人で飲まないとダメでしょ。苦手なのは残しなさいよ。飲んであげるから」
 ブラックコーヒーを手にしている深陰に日和はきょとんとする。なんだかイメージと違った。
「深陰さん……ブラックも飲めるんですね」
「なんでも飲むわよ? あまりに不味いもの以外はね」
「特に好きなのは?」
「……ミルクティーが一番多いわね。ハズレがそんなにないっていうか」
「はずれがないって……そんな理由ですか?」
「色んな国を旅してきたから、あまり贅沢はしてないの」
「旅……」
 そうなんだ、と日和はちょっと嬉しくなる。
 飲み終えた缶を置いて、次の缶に手を伸ばした。
 苦手なのは残していいとのことなので、遠慮なく飲めるものを取った。
 女二人でこうして公園で飲むのは少し変かもしれない。でも、こんな日があってもいいのではないか。日和はそんなことを思いながら、缶を開けたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 少しは仲良くなっている感じ……? いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!