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■CallingV 【小噺・月見】■

ともやいずみ
【6494】【十種・巴】【高校生、治癒術の術師】
 10月6日。
 今年の中秋の名月は、この日だ。
 そんな今日……出会った。
 月が引き寄せてくれたように。
 一年で一番美しいと言われる今日の月を、一緒に見ませんか……?
CallingV 【小噺・月見】



 学校で色々と用事を済ませていたら、あっという間に日が暮れてしまった。
 両親が今は留守なので叱られる心配はないが、十種巴も年頃の女子高生。やはり暗くなると怖いと感じることもある。
 夜に出歩いて遊ぼうという気はほとんどないし、家に誰も居ないから帰らなくても平気、という考えは巴にはない。
 留守の家を任されているのだから自分がしっかりしなくては。
 巴は元々責任感の強い少女だ。それに時間通りに動こうとする癖がある。
 今日は何時までには家に帰って夕飯の支度をして、それからお風呂も沸かして……などと予定を立てていたのだ。
(今日はドラマをのんびり観れると思ってたのに……)
 最近巴が気に入っているドラマのことを思い、足早に家を目指した。
 月が空に輝いている。
「……こんなに綺麗だったっけ……?」
 そういえば今日はお月見の日だとか……クラスで誰かが言っていた。
 せっかくなのだしどこかのコンビニでお団子でも買って帰ろうかな。
 そう思っていた巴は通りかかった小さな公園を見て目を見開き、なぜかその場で屈んでしまう。
「…………」
 頬を赤らめ、そっと公園内を見遣った。
 ブランコに座って缶コーヒーを飲んでいる陽狩が、居た。
(陽狩さんだ……! こんなところで何してるのかな……?)
 なるべく気づかれないようにと腰を低くして近づく。公園の入口のところで中をうかがうなんて、かなり怪しいだろう。
 しかし巴はそんなことに構ってはいられなかった。
 月を見上げている陽狩を見ていると胸がどきどきと高鳴り、顔が熱くなる。
(…………)
 見惚れる、というのはこういうことを言うのだろう。
 陽狩は巴が知っているどの男ともタイプが違うようだ。乱暴な言葉遣いや、ぶっきらぼうな言い方はするが声が穏やかだからそれを感じさせない。
 バカばかり言っている同じ学校の男ども。ただ真面目に勉強をしているガリ勉くん。
 それとも違う。
 コーヒーに口をつけた陽狩は溜息を吐き出した。かなり色っぽい。
 顔の造作だけでもかなり「いい男」なのに、モテないのだろうか? あれだけ気さくな性格だと、もしかしたら友達止まりかもしれない。そんな女は見る目がないと思う。
(……彼女とか、いないのかな……)
 好きな人とか……大切な人とか……いないのか、な……。
 巴は頭を引っ込めて悩んだ。
 いたら、どうするんだろう自分は。
 今までだって誰かに憧れを抱いたことはある。素敵な年上のお兄さんや、気に入った店の店員さん。だがそれは淡い気持ちであって、陽狩に対するものとは別物だ。
 巴は陽狩が好きである。
 彼が大切で、大事で、どきどきして、胸が痛くなる。四六時中陽狩のことを考えているわけではないが、彼のことを考えると頬が熱くなる。
 もっと知りたい、と思った。
 だが、知りたくない、とも思う。
 陽狩に恋人がいたらどうする? 今はいなくても過去に付き合っていた人がいない可能性はないわけではない。きっと一人や二人は居るだろう。
 遊び人という感じではなく硬派な印象はあるが、陽狩はあまり恋愛事に興味はなさそうだ。だがそう見えるのは誰かを一途に想っているとかだったら……?
(ああ……やだ)
 心の奥底に浮かぶもやもやとした曖昧な気持ちの中に、黒い感情がある。それが鬱陶しくてたまらない。
 好き、だけならいいのに。ただ好きだけなら、もっと純粋に彼を見ていられるのに。
 鞄を抱えてしゃがむ巴は俯く。自分がこんなに嫌な女だとは思わなかった。
 と、肩に何かが落ちてきた気配がして巴はそちらを見遣った。茶色い物体に巴は悲鳴をあげて立ち上がる。
「キャーッ!」
 毛虫だっ!
 巴は鞄を落とし、うろたえた。
「いやーっ! け、毛虫っ、だ、誰かとっ……取ってぇー!」
 あまり動くこともできずにその場でおろおろと助けを求めていると、誰かが手を伸ばして肩のモノを取ってくれた。
「枯れた葉っぱだけど……?」
「………………」
 ぴた、と騒動を止めて巴は相手の手を見遣る。摘まれたのは確かに茶色の葉だ。
 あ、と安堵してから顔を引きつらせた。目の前に陽狩が居る。
 顔が一瞬で真っ赤に染まり、巴は慌てて頭をさげる。そうするつもりはなかったのに、思いっきりさげてしまった。
「こっ、こんばんは陽狩さん! 今日はおっおっお月見?」
 いつものように喋っているつもりなのに、声が上擦る。舌がもつれた。
 陽狩はきょとんとしたが、小さく吹き出して笑った。
「そんな力まなくても。虫を怖がるのなんて、恥ずかしいことじゃないぜ?」
 どうやら彼は巴が緊張している理由を、先ほどの行動を見られたから、と判断したようだ。そのほうがありがたかった。
 落とした鞄を拾い上げて埃を払うと、巴はおずおずと言う。
「あ……あの、一緒にいてもいい?」
 巴の発現に陽狩は不思議そうにする。だが何かに気づいて頷いた。
「……ああ、お月見か?」
「うっ、うん!」
 元気いっぱいの声を出すものの、巴は頬の熱さがいっこうに引かないことに気づいていた。
 どうしよう。落ち着かないと。



 それぞれブランコに座って空を見上げる。丸い丸い月は神々しく輝いていた。
 巴には月よりも陽狩が気になる。近い。こんなに近くに居る。
 静寂が辛くて巴は口を開いた。
「陽狩さん、この間の怪我……大丈夫? 痛くない?」
「あれか。痛いのは傷が治るまでだから。平気平気」
 平気じゃないわよ! と巴は思わず言いそうになる。
 あんなに血が出ていたのに。腕だって、動かなかったのに。
「……あれくらいで死んだりしねーよ」
 暗く笑う陽狩はコーヒーを飲む。それは死を恐れていない者の言葉だった。
 巴はそんな陽狩の横顔をじっと見つめる。
(どうしよう……)
 どうしよう、本当に。
 こうやって一緒に話せて凄く嬉しい。心が満たされている。心臓は忙しくどくどくと鳴っているが、それでも幸福感でいっぱいだった。
 だが。
(……恥ずかしいよ……!)
 とてつもなく恥ずかしかった。
 完全に巴は舞い上がっている。話したいことがうまくまとまらず、言葉にも出来ない。変なことを訊いてしまいそうだ。
 陽狩がこちらの視線に気づいて見てくる。緑色の瞳と視線が絡まった。
 途端に巴の全身が熱を帯び、激しい羞恥心にその場から逃げ出したくなった。
 彼の目には自分はどう見えているのだろうか。
「ひ、陽狩さん!」
「ん?」
「彼女とかいる!?」
 巴の質問に彼は目を丸くした。巴は内心で悲鳴をあげる。こんなことを訊くつもりはなかったのに!
 陽狩は視線を伏せた。
「……いや、いねぇ」
 いないと言い放った陽狩の言葉に嬉しくなるが、彼の態度が引っかかった。
「……彼女いない歴が……長いとか?」
「ハハッ。そんなもんだな。俺みたいなヤツを好きになる女なんていねーよ」
 笑って言う陽狩。巴は首を横に振った。
「うそ! 陽狩さんを好きになる女の子はたくさんいるわ!」
 だって私もそうなのだから。
 出そうになった言葉を飲み込む。
 陽狩は巴の勢いに驚き、「そうかぁ?」と言った。自分の魅力を理解していない発言である。
「告白されたこととかないのっ?」
「ええっ? あー……いや、ある、けど……」
「……あるんだ」
 落胆する巴の様子が理解できないようで、陽狩は疑問符を浮かべていた。
 ゆっくりとブランコをこぎながら巴は続けた。
「ど、どうして……付き合ってないの? 陽狩さんなら選び放題でしょ……?」
 声が震えそうだ。どうしてこんなことを訊いているのだろう。
 陽狩は視線を伏せた。
「そんなことねぇよ。それに……俺は旅ばっかりしてて同じ場所に長いこと留まれねーんだ」
「旅……?」
「ああ。日本に帰って来たのは…………かなり久しぶりだな」
 薄く笑う陽狩。その様子に巴は不思議そうにした。
 まるで日本を嫌っているような、口調だ。
「遠距離恋愛って方法もあるじゃない」
「……んー。そういう問題じゃねえっていうか……。
 まあいいだろ。俺はこれからも、そういう特別なヤツとか作らないんだし」
 面倒そうな陽狩に、巴は尋ねた。これだけは訊きたかった。
「……ここでも……日本でも、作らないの?」
「どうせ今の仕事が終われば日本から出て行くからな。無理だろ」
 素っ気なく言う陽狩はコーヒーを全て飲み干した。
 巴はショックを受けていたが、同時に喜ばしかった。だって……陽狩は特別な人を作らないと言った。誰かに彼の注意は向かない、ということだ。
「で、でも陽狩さん、すごい。外国を旅してたんでしょ?」
「え……? まあ、なぁ」
「てことは、外国語とかペラペラなんじゃないの?」
 なるべく明るい声で、動揺を悟られないようにと話し掛けると……陽狩は照れたように頬を染めてそこを掻く。
「褒められたようなもんじゃねーよ。適当に喋るし、発音ワリィから」
「そんなことないっ! 私なんて学校で習ってる英語くらいしかわからないし、会話とか少ししかできないもの」
「いや……ほんと、そんな凄いことじゃねーから……」
 顔を真っ赤にして俯く陽狩は可愛くて、巴はつられて照れてしまった。
「もっ、もう俺のことはいいだろ! 月を見るんじゃねえのかよ!?」
 ほれほれ、と月を指差す。
 だが巴は月ではなく陽狩を見据えたままだった。彼は渋い表情をする。
「なんで俺を見てんだよ……。見てても面白いもんじゃねーぞ」
「…………ねえ陽狩さん」
「なんだよ?」
「今の仕事って……?」
 それが終われば日本から立ち去るという。巴はじっ、と陽狩を凝視していた。
 彼は頬杖をつく。
「憑物封印。巻物に妖魔を封じ込めるんだ」
「退治じゃなくて封じるの?」
「…………」
 それ以上は話す気がないのだろう。陽狩は無言で返す。
 巴は月を見上げた。
「そっか……憑物封印ってのが終わったら……居なくなっちゃうんだ……」
 最初のどきどきはいつの間にか消えている。胸を占めているのは悲しみ。
(ずっとこうしていられればいいのに……)
 我侭な考えだ。けれども巴はそう願った。
 彼がケガもせず、ただ隣に居てくれればいいのに。
「……綺麗な月」
 呟いた巴は眩しそうに目を細めた。あんなに無垢に輝けたらいいのに――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
 恋する乙女になっていればいいのですが。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!